動物たちの動き
一度男子部屋に戻ってから鏡花たちの作った資料を確認していると、入浴を終えブリーフィングなども終えたであろう石動が様子を見にやってきた
その手には彼女たちが作った資料が握られている
「よかった、丁度確認中だったか」
「ん・・・まぁな」
それぞれが作業を行っているため反応が希薄だが、鏡花が代表してその資料を受け取りその資料に載っている動物にチェックを入れる
「これであと資料を作ってないのは・・・これだけね、やっぱ人手があると楽ね」
「そう言ってくれるとありがたい、同調の方は幹原に任せっぱなしだからな」
どうやら石動としても明利に頼り切っている状況は申し訳なく思っているのか、気まずそうにしているのがわかる
「我々に手伝えることはあるか?とりあえずチェック位ならできると思うが・・・」
「今は大丈夫、だけど明日のことでちょっと、明利と静希だけじゃ動物との接触でちょっと危なそうだから明日は完全に分業にしたいのよ」
鏡花の申し出は部屋に戻る際に静希が提案したことでもある
明日明利が触れなくてはいけないのは肉食獣や大型動物、こうなると護衛が静希だけでは少々心もとない
変換のできる鏡花やいざという時に割って入れる陽太がいればかなり心強い、その為に班全体で行動しようとしているのだ
「それは構わない、では明日は我々で資料作成は行おう、動物の方は任せる」
「そうしてくれると助かるわ、あともう少しだけこの部屋使わせてね、あと一時間くらいで終わらせるから」
「了解した、男子たちにもそう伝えておこう」
恐らく女子部屋の方に戻ったのだろう、石動は部屋の扉を閉め、歩いていく
あと一時間、そう宣言してしまった以上できるだけのことはする、集中力を高める鏡花は明利に教わりながら餌や薬品の内容をチェックし続けていた
「そういえばさ、肉食動物ってライオンとかいるんだろ?」
「そりゃいるだろうな、それがどうかしたのか?」
「いやぁ百獣の王だぜ?ちょっと楽しみじゃんか」
今までライオンを直で見たことがないためか、明日は自分も動物との接触に参加できるという事もあってか陽太は少しテンションが高かった
他にも触れてみたい動物、そして見てみたい動物は肉食やら大型やらが多い、その中の一つがライオンのようだった
「百獣の王っていったってさ、メスに狩りさせて自分はだらけるような生き物なんだろ?なんかヒモっぽくないか?」
「・・・一応オスも狩りをすることもあるんだよ?」
明利のフォローもその甲斐なく、王様が一転ダメ男のような認識を与えられたせいか、陽太のテンションはわずかに下がっていた
陽太のことだからライオンは強くて当たり前くらいの認識でいたのだろう、実際はライオンはそこまで強い生き物ではない
どちらかと言えば数の力で獲物を狩ることが多い、何故それが百獣の王と名付けられたのかは静希も知らないことでもある
「それにテレビとかだとライオンって結構負けることも多いぞ、前にうちのが見てた番組ではシマウマに蹴り殺されてたし」
「え!?マジか!」
うちのというのは勿論静希の家にいる悪魔、メフィストフェレスのことである
なんとなく見ていたサバンナなどの生活を映したドキュメンタリー番組で紹介されていたライオンやらシマウマやらの生き死にの中で、獲物であるシマウマに飛びかかったライオンが、逆にシマウマの蹴りを受けて骨折し死亡したという事が映されていたのだ
純粋な筋力を考えれば体の大きなシマウマの方が力が強いのは当然だと言える
「なんかショックだ・・・ライオンって強くないのか?」
「・・・そんな陽太にいいこと教えてあげるわ、ライオンとカバ、どっちが強いと思う?」
鏡花の言葉に陽太はとりあえず頭の中でライオンとカバを思い浮かべた
鋭い爪と牙を持つライオンと、愚鈍そうなカバ、どちらが勝つかと言われると、ライオンが勝つような気がしたのだ
「ライオンか?」
「はずれ、カバの方が強いわ・・・ライオンは群れでの狩りが基本で、単体としての戦闘能力は意外と低いのよ、さっき静希が言ったけど草食動物に返り討ちに遭うことも少なくないわ」
ライオンよりもカバの方が強いという事実に陽太はかなりのショックを受けている様だった
見た目的な問題もあるのだが、今までのイメージが覆るような話に、ライオンの評価がかなり下がっているようである
「なんかあれだな・・・ライオンって実はそんなにすごくないのな」
「単体としてはね・・・でも人間がライオンに勝とうとしたら武器とか能力を使わなきゃいけないんだから、脅威ではあるのよ」
そりゃそうだけどさと陽太は不貞腐れているが、事実人間が対峙するとなるとライオンは脅威だ、喉にかみつかれるだけで絶命する可能性もある
そこは肉食獣、人間とは最初から次元が違うのだ
「ライオン談義はそこまでにしとけ、まだまだやることたくさんあるんだから」
「はいはい、楽しみは明日にとっておきましょ」
資料とにらめっこしながらチェックを進めていき、静希達の校外実習一日目はこれで終了した
翌日、静希達は六時ごろに目を覚まし、朝食をとった後で軽く園内を見回っていた
すでに動き出している職員の姿も見ることができ、彼らの邪魔にならないように一般客などが歩くコースを通ることで動物たちの動向を調査するとともに明利の同調を終わらせようとしているのである
すでに石動達も資料の作成に動き出しており、二人一組で各動物の元へ向かっているのだという
静希達は特にこれから接触することになる大型の動物や肉食獣たちに注意を向けていた
「ここって危ない動物ってどれくらいいるんだ?」
「どれくらいかにもよるけど、肉食は大小合わせて十五種類くらいいるみたいね、大型の動物は数えるくらいしかいないわ」
肉食動物もそうだが、大型の動物に対しても接触の時には細心の注意が必要である
特にゾウなどはあぁ見えて臆病で気難しい一面があったりする、個体差もあるだろうがもし暴れたりしたとき、鏡花の能力で抑えきれるかどうかも怪しいのだ
「ここにいる大型は・・・ゾウ、キリン、あと熊、肉食だとライオンとか虎が有名みたいだね」
「どれも明利じゃ一飲みにされそうだな」
明利の大きさから考えると、確かに動物が大きな口を開ければ頭くらいなら簡単に飲まれてしまいそうである、明利はその状況を想像したのか僅かに身震いする
そうならないために鏡花や陽太も明利の護衛役として出張ってきたのだ
「まぁもしもの時は俺と陽太が身代わりになるから、そう気張るなって」
「身代わりになるって言われて落ち着けるわけないよ・・・」
元来動物好きである明利でもさすがに自分より大きい動物に関しては苦手意識があるのか、以前のザリガニに比べればどれも問題ない程度の大きさであると思うのだが、さすがにいきなり眼前に現れれば驚くと言うものだろう
そして静希達がやってきたのは園内で一番大きいゾウのいる場所だった
丁度研修を行っているのかゾウの体を洗ったり、檻の中の清掃をしたりと忙しそうにしている
そんな中静希達は職員に断りを入れてゾウの近くまで行くことにした
静希達が近くにやってくるとその存在に気付いたのか、ゾウはゆっくりとこちらを見つめてくる、敵か味方かを判断しようとしているのか、観察しているという表現が一番似合う瞳だった
あまり動かないとはいえその大きさは他の動物とは比べ物にならない、近づいただけで踏みつぶされそうな圧倒的な存在感を感じながらも、明利はゆっくり近づいていく
いつでも動けるように注意している静希達が見守る中、明利はゾウの鼻に手を伸ばす
すると何かを察したのか、ゾウの方から明利の手に触れしきりに匂いを嗅いでくる
一体どうやって動いているのか、機敏に動く鼻は明利の手や顔に触れていく、そして明利の同調は問題なく完了した
ゆっくりと明利が離れると、ゾウは静希達が敵ではないと判断したのか視線を外し自分の鼻を操って頭を掻きはじめる
「・・・ぷはぁ・・・!び、びっくりしたぁ・・・!」
目の前で唐突に長い鼻が動いた様子を直に味わった明利は息をするのも忘れていたのだろう、体中に冷や汗を浮かべながら荒く息をついている
「あの鼻あんなふうに動くのか・・・触り心地はどうだった?」
「え?えっと・・・あんまり柔らかくなかったかな・・・」
明利はどうやらあの鼻がとてもやわらかいものだと想像していたようだが、実際は案外硬かったらしい
残念そうにもしていたが、同時に嬉しそうでもあった
そして他にも数匹いる象に同じように同調していく中、何がどういうわけか明利は随分とゾウに匂いをかがれていた
あれがゾウのスキンシップらしいのだが、毎度毎度急に鼻が動くせいで明利は非常に緊張を強いられていた
なにせゾウの鼻は彼らの体と比べれば細いかもしれないが、実際は明利の腕よりずっと太いのだ、自分の身長よりも長く、そして腕より太い物体が突然動けば驚くのも無理はないことである
「こ、怖かったぁ・・・」
「はいはい、お疲れ様、あれだけ大きいと怖いわよね」
ゾウが温厚な動物であると知っていても視覚的な恐怖は拭えない、特に明利は小さいから大きいものに対する恐怖は倍増するのだ
鏡花にねぎらわれている明利とは対照的に、静希と陽太はじっとゾウの瞳をのぞき込んでいた
そしてゾウも自分を見ている静希と陽太に気付いたのかじっと見つめ続けている
「なんかあれだな・・・見られてるんだけど別に喧嘩売られてるって感じじゃねえな」
「向こうからしたら見知らぬ人間がガンくれてるみたいなものだけどな、しっかりこっちを見据えるあたり人に慣れてるってことなのかね」
静希と陽太が仁王立ちしてゾウを観察している間、鏡花はため息をつきながら明利をなだめていた
これがあとどれくらい続くのだろうと、そう思ってしまったのだ、先日これを行い続けた二人には同情を禁じ得ない
「はいはい、それじゃさっさと次行くわよ、次はキリンさんよ」
「へいへい、鼻の次は首の長い奴か」
まるで保護者のように陽太を引き連れ鏡花は先を急ぐ、こういう面倒な仕事はさっさと終わらせるに限るのだ
「上から見下ろしやがって気に入らねえな・・・」
「そりゃキリンのほうが背が高いんだから当たり前でしょ」
キリン相手になにを言っているのだと陽太を嗜めながら、少し高い位置に登りキリンをあまり刺激しないようにしながら同調を進める明利、そしてすぐ横で明利を守る静希
そして下から足場の操作をしている鏡花とキリンを思い切り睨んでいる陽太
ゾウだって自分を見下ろしていたのになぜキリンはダメなのかと言いたくなるが、そこは陽太の感性だ、まともな返答など期待できない
「きょ、鏡花ちゃん!終わったよ!」
「はいはい、今戻すわ」
静希と明利の乗っていた足場を能力で元の足場に戻すと、明利は緊張感が解けたのか肩の力を抜きながら安堵の息を吐いて見せる
「これでキリンは終わりで・・・次は熊か・・・熊か・・・!」
「何であんたがやる気出してるのよ」
陽太が妙に目を輝かせている中、静希は微妙に暗い表情をしている
無理もない、なにせ静希は過去熊を調理したこともあるのだ、もっともそれもかなり昔の話だが
「知ってるか鏡花、熊って手よりも腹の方が美味いんだぞ」
「・・・あー・・・そうか、あんたたちは食べたことがあるんだったわね」
かつて山で遭難したときに雪奈が撃退した熊、食料として重宝したが同時に静希や陽太にはいろいろな意味で思い入れが深い動物なのだ
静希の表情がなぜ暗いのかを察した鏡花は、同情しながらも陽太を引きずりながら熊のいる檻へと向かう
熊、日本でも海外でも見られる四足歩行を主とした動物である
種類にもよるが大きさは全長二メートルを超える個体もおり、走る速度も車並に早く、その力も強い野生動物の中でもかなり注意が必要な生き物である
牙と爪、そして強い体を使い獲物を追い詰めることを得意とし、子を守るときなどは特に獰猛さに拍車がかかる
だがそれは野生動物の話で、檻の中に住む熊は当然ながらのんびりと昼寝をするようなものがほとんどだった
「なんだよ・・・ガッツが足りてねぇぞあいつら・・・」
「そりゃ何もしなくてもご飯が出てくるんだからだらけもするでしょ」
檻の外から横になっている熊を眺める陽太はがっかりしたという表情を隠そうともせずに悪態をついている
静希も陽太の気持ちがわからなくもない、自分たちの記憶の中にある熊は本当に恐ろしかった
雪奈が控えていたとはいえ殺されることを覚悟したのだ、それほど鬼気迫るものがあの熊にはあった
だが今目の前にいる熊はどうだろう、当然と言えば当然だが両手両足を伸ばしてのんびりしている、時折動いたりしているが、こちらに対して視線を向けても興味ないといった風にすぐにそっぽを向いてしまう
「静希、あいつらだめだ、全然なってねえ」
「言いたいことはわかるけど、あれもれっきとした熊だろ、ちょっと太ってる気もするけど」
自分の記憶の中にある恐ろしくもかっこいい熊とは似ても似つかない為に静希も陽太も複雑な表情をしていたが、実際に熊に接触したことなどない明利や鏡花からすれば十分に圧力のある姿だった
軽く見積もっても自分たちの倍以上の体積があるのだ、大型の動物はそれだけで圧力を与えると言うものである
「んじゃとっとと終わらせようぜ、ライオンとか虎とご対面だ」
「そうだな、明利、行くぞ」
「え?ま、まだ心の準備が・・・」
明利にとってはかなり怖いのだろう、怯えているのが目に見えてわかるが、静希と陽太はまったく怯えていない
確認できる熊は三匹、怠けているような熊が三匹程度なら何も怖くないのか、静希も陽太も平然と檻の中に入っていった
近くにいた職員が驚いた表情で見ているが、静希達が近づいても熊はほとんどアクションを起こさなかった
近くにきているという事は気づいているようで、一瞬視線を向けたがそれ以上何かをする様子はない
人間慣れするだけで、快適な環境を与えるだけで動物はここまで堕落できるものなのかと、静希は改めて人間の力を思い知る
思えば人外の中でもひとり現代にだらけまくったのがいたなと思い至りながら、静希は明利を連れてくる
「ほれ、こんなに近づいても反応しない、ニート熊だから平気だって」
「そ、そうかな・・・鏡花ちゃん!もしもの時はよろしくね!」
「はいはい、見守ってるから頑張って!」
まるで子供を応援する親のようだと思いながら、静希は明利のすぐ横で待機しいつでも動けるようにしていた
熊の体にゆっくり触れると熊の体がピクリと動く
マーキングは終了したようだが、どうやら熊が動くスイッチを押したのだろうか、ゆっくりと起き上りこちらを見てくる、敵意ではないが、こちらを観察している様だった
誤字報告が十件たまったので三回分投稿
随分昔の誤字がまだありました、きっとまだあると思うのでちょっと探してきます
誤字が一個見つかったら三十個あると思え・・・これはGですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




