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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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やるべきこと

結果から言えば、あの後鹿が目を覚まそうとすることはなく、委員会から派遣された搬送チームによって鹿は連れていかれた


静希や陽太、そして現場を見ていた全員で構成した能力の考察レポートも一緒に提出し、万が一にも抜け出されることの無いように万全を尽くしてもらった


そして鹿を乗せた車が動物園から離れていくのを確認すると、静希達は小さくガッツポーズし互いにハイタッチして実習の成功を喜んでいた


そしてそのすぐあと、それぞれの担当の教師に呼び出され事後報告を始めていた


昼食をとりながらの報告ということで、職員の利用する食堂に集まりそこで城島と机を挟むような形でそれぞれ座っていた


「とりあえず御苦労、負傷者もなし、対象にたいした外傷も与えず捕獲したそうだな、よくやった」


「ありがとうございます」


静希達を代表して鏡花が報告を終えた後、城島は小さくため息をついて書類とにらめっこしていた


なにやら考えを巡らせているようだったが、それよりもまずこれからどうするかについて悩んでいるようだ


「今回の実習の目的はこれで終了だが、その前に一つ、今回の目標、お前達から見てどう思った?」


「・・・どう?」


城島の言葉の意味を測りかねているのか、全員僅かに疑問符を浮かべ聞き返してしまった


どう思った


その質問に関して思ったことはいくらでもある、その中で城島が一体何を聞きたいのかがわからなかったのだ


「質問を変えよう、今回の目標は今まで対峙した奇形種と何か変わった点はあったか?」


その質問に静希と鏡花は城島が聞きたいことを把握した


今回の目標はいわば奇形種の中でもイレギュラーな存在だ、先天的な奇形種ではなく、後天的な奇形種でその原因も不明、今まで普通に暮らしていた鹿が突然奇形種になったなど確認されていないのだ


もちろん人間が確認していないだけで自然界ではもしかしたらあり得ることなのかもしれない


そこで今まで奇形種との戦闘経験が他の一年生に比べ多い静希達にその違いを確認しようとしているのだ


静希達の視線が直接対峙した陽太へと向くと、陽太はその視線に耐えかねたのか頭を掻き毟りながら実際に対峙した時のことを思い出している様だった


「えっと・・・そうっすね・・・今までの奇形種とあんまり変わりはなかった・・・と思います・・・反応がちょっと鈍いくらいだったかな?」


反応が鈍い、それは今まで野生のなかで過ごしていなかったからという可能性もある、完全にほかの奇形種と何か変わりがあるかと言われると微妙なところだった


「ふむ・・・清水、五十嵐、幹原、お前たちはどうだ?何か気になったところは?」


「私は特には・・・」


「俺も、そこまで奇形種に詳しいわけではないですし・・・そういう事は明利なら・・・」


この中で一番生物などに詳しいのは明利だ、以前奇形種の研究所に行った際も専門書の意味や内容を理解していた節もある、この場で一番的確な意見を言える可能性が高い


静希と鏡花の視線を受けて明利は僅かに目を細める


鹿の動向を確認していた時に同調し、その体を調べた際のことを思い出しているのだろう


「えっと・・・奇形に関しては他の奇形種と同様、体の一部位あるいは多部位が奇形化して、その細胞も本来の鹿のそれとは異なるものになっていました・・・そういう意味では普通の奇形種と特に変わりはないかと・・・」


「ふむ・・・では幹原、普通に暮らしている鹿が突然奇形化することはあり得るか?」


城島の質問に明利は少し考えた後に首を横に振る


「奇形種になるというのは生まれる前から決まっていることです、胎児の状態から少しずつ変化していくもので成長した後の奇形化は負担が大きすぎます」


明利はわずかに静希の右手を見てうつむく


明利の言葉は静希も理解できる、実際に右手を奇形化した静希からしてもあの激痛は耐えがたいものがある


静希の場合右手だけだったからこそ耐えられたかもしれないが、あの鹿のように足全てと体本体が少し奇形化するとなるとその激痛は計り知れない


少なくとも静希が両手両足一気に奇形化するようなことがあれば確実にその激痛でショック死を起こしてしまうだろう


もっともすでに静希の左腕はないが


「・・・となるとあとは委員会の調査待ちになるが・・・清水、お前達にはこれから職員に混じって動物たちの検査をしてもらう」


「え?動物たちの?」


唐突に割り振られる事柄に、鏡花も、そして静希達も目を丸くしてしまう


なにせ動物たちに直接触れる機会が回ってくるとは思わなかったのだ


「突然に奇形化したという事は必ず原因がある、そしてその傾向が他の動物に無いとは言い切れない、幹原の能力を使って細かく確認しろ、ここ数日に与えた餌やその内容なども把握しておけ」


城島の言葉に静希達は彼女が言いたいことを理解した、確かにただ飼育されていた鹿が奇形化するなどという不可解なことが起こっている以上、二度目がないとは言い切れない


二度目が起こった際に、即時対応できるようにすることと、さらに言えば原因の究明


こちらには幸いにも同調系統である明利がいる、奇形が起こった場合、それに触れることができれば一体何が起こっているのかもわかるはずだ


もしこんなことが何度も起こったら営業そのものにもかかわる、できることは可能な限りしておくべきだと城島自身考えている様だった


城島からの指示を終えてとりあえず園内に戻るとそこにはすでに石動達の姿があった


どうやら命じられたことは静希達と同じようで資料を手に持って頭をひねっていた


「なに?そっちも原因究明に駆り出されたの?」


「あぁ・・・とりあえずできることはするつもりだが・・・はっきり言ってこういう事には疎くてな・・・何をどうすればいいのか・・・」


石動達の班には同調系統がいない、そして医学や生物学に精通した人物もいない、そうなってくると原因究明などと言われても困るの一言なようだった


「これも協力したほうがいい感じか?ていうかそっちの手を借りたいくらいなんだけど」


樹蔵の言葉に石動班全員の視線が明利の方に向く、同調系統であり生物学に精通した、この状況で最も活躍できるであろう人物である


協力を願う石動班に対して、こちらはどう動くべきか、静希としては断る理由はない、鏡花に視線を向けると、彼女も協力に対しては問題ないようで何も言わずにうなずいて返して見せる


「こっちは問題ないぞ、でも今回は明利の指示のもと動くことになるかもな、そこのところオッケーなら」


静希の言葉に石動達も異論はないようで、軽く話し合った後でじゃあよろしく頼むと協力体制を再び敷くことになった


「それじゃあ明利先生、これから俺たちは何をすればいいのかな?」


「え?えっと・・・まずここ一か月以内に与えた食事と薬をすべて把握したいな・・・あとは私が直接同調して調べてみるよ」


「え?一か月?そんなに?」


明利の提案に全員が少し驚いたようだったが、明利は特に気にした様子もなくそうだよと肯定して見せた


てっきり一、二週間程度のものだと思っていたので、そこまで長い期間の状態を確認するとは思っていなかったのだ、やはり専門の人間は考えることが違うという事だろう


「一か月っていったって、どうやって確認するんだ?職員の人も覚えてないだろそんなの」


「こういうところって与えたものは全部記録してるものだよ、餌の量とか薬の量は特に、そう言うところで体調を管理したりもするから、その記録を見せてもらえれば、あとはそれを書き写すだけで済むと思うよ」


明利の言う通り、動物園などは与えた食事内容とその量、そして投薬した場合その薬の種類などを記録することが多い


ここ一か月以内の記録ならば見つかる可能性は大きいが、それをすべて書き写すとなると相当な労力が必要になるだろう


「えー・・・じゃあとりあえず明利は他の鹿に同調をして、それに一人護衛につくようだな、んで他の人間は資料集めだ、職員の人に確認したりしてこの園内にいる動物の一か月以内の食事と投薬を全部把握する、何か異論は?」


静希の要約に全員異議なしと間延びした声を出しながらも少しやる気が減退している様だった


なにせこの動物園にいる動物の種類は膨大だ、下手すれば百を超えるかもしれない


そんな数いる動物たちすべての一か月以内の食事内容と投薬内容をすべてまとめなくてはいけないのだ


「チーム分けはどうする?それぞれバラバラに動くか?」


「いや、二人一組で動こう、それぞれ連携しやすいように班での分け方になるだろうけど、そっちの分割はそっちに任せるよ」


連携のしやすさというのもあるが、すぐに動けるだけの戦力的な意味でも分割しなくてはいけない


例えば戦闘能力皆無な明利や樹蔵が組んでしまうような事故は防ぎたいのだ

性格的な相性というのもあるだろうが、ここは互いをよく知っている者同士で組むのが最適である


「なぁ幹原、写メとかじゃダメか?書くのめんどいんだけど」


「できるなら紙に書いてほしいな、そのほうが比較しやすいし、あと餌や薬を与えた人の名前もチェックしておいてくれるとありがたいよ」


樹蔵の申し出を軽く却下しながら明利は自分がチェックするべき内容をすでに紙に記し始めていた


集中モードに入った明利は普段の臆病さなど全く見せないほどに凛とする、その表情も言葉も態度もすべて変化する


いざという時頼りになるというのはこういうものなのだろうと全員感心していた


自分たちが確認するべき事項が増えたのだが、そこは仕方のないことと割り切るしかないだろう


「んじゃいつものように私と陽太がチーム、静希と明利が一緒でいいわね?」


「あぁいいぞ、しっかり仕事頼むぞ」


くれぐれもデート気分で行かないようにと鏡花に釘をさすとそのくらいは心得てるわよと鏡花は軽くいなしながらちらりと陽太を見た後でため息をつく


戦闘があったという事もあってか、陽太はまだ警戒を解いていない


特に城島の話を聞き他の動物たちも奇形化する可能性があると気づいてからはむしろ警戒を強めている様だった


この状態ではデートも何もあったものではない、それは誰より鏡花自身が思っていることだった


「それじゃ近場から順々に回っていきましょ、職員の人が研修とかしてるみたいだからその邪魔は絶対にしないように、手の空いてる人とかを探して確認するように、みんないいわね?」


鏡花の言葉に全員が了解と返事をし、動き出した


「それじゃあお願いするよ、気を付けてね」


静希と明利はまず奇形種の出た鹿の確認をするべく近くにいた職員に願い出てこれまでの食事内容と投薬内容を確認し、書き写しながら他の鹿たちが入れられている檻までやってきていた


職員の人が鍵を預け、近くで監視する中で行動することになるが、職員の義務上仕方のないことだろう


「んじゃ明利俺は書き写す、同調に集中していいぞ」


そう言いながら静希は明利に邪薙の入ったトランプを渡す、その意味を分かっているのか明利はトランプを体に張り付けた状態でありがとうと返した


職員から受け取った資料を紙に書き写しながらも明利に何かないように注意を向ける中、明利の悲鳴が響く


「あぁ!違うの!ごめんね!ご飯じゃないの!舐めないでぇ!」


どうやら檻の中に人が入ってきたことで食事と勘違いしたのか鹿たちが一斉に明利めがけて近づいてきてその顔や手をなめているのだ


一見すれば子供に動物がじゃれついているように見えるのだが、身長が低いせいでまるで鹿に埋もれているように見えてしまう


見ていた職員の人も若干心配そうにしていた、明利の体の小ささから軽く押しつぶされることだってあり得る


あれではさすがにまともに同調などできないだろう、静希は群れる鹿の中から明利を抱き上げてとりあえず鹿が届かないように明利を肩車する


「あ、ありがとう静希君・・・あぁもうべたべた・・・」


「初見でここまで集まるってのも奇妙なもんだな、警戒心ゼロだ」


明利だけではなく、入ってきた静希の方にも鹿たちはやってきてしきりに匂いを嗅いだりその手や服をなめている


作業服を着てきた方が良かったかもしれないと若干後悔しながらも、静希は明利を肩に乗せたまま鹿たちになすが儘にされながらも餌と薬品の書類を書き写していった


明利は明利で静希の肩に乗りながら鹿たちに手を伸ばして触れさせることで次々とマーキングしていく


人に慣れている動物というのはこういう時に有難い


野生動物だとこちらに近づくことすら忌避するのに対し、飼育された動物は人間に対しての警戒心が全くない、こうなると触り放題だ


「静希君、もう大丈夫、みんなマーキングしたよ」


「はいよ、それじゃ出るか」


すでに静希の服や体は鹿の涎まみれになってしまっているが、今はできる限り無視しながら鹿たちのいる檻から脱出する


何とか考えないようにしていても、やはりというかなんというか、かなり臭う


動物の持つ独特の臭気というか、生臭さというか、そう言ったものが静希や明利から漂ってしまっていた


「うぅぅ、臭い・・・」


「我慢しろ、これからも何度も動物達とのふれあいが待ってるんだ」


今このチームの中で生き物に同調できるのは明利だけ、否が応でも動物たちに触れて行かなくてはいけないのだ


しかも相手は人に慣れきった飼育動物、人が近づけば基本的にすり寄ってくる、そうなると匂いがつくのも至極当然である


そうこうしている間に資料の書き写しを終えた静希はそれを明利に手渡す


明利は同調して鹿たちの体調を確認しながら書き写された資料を読んで正しい成分が体内にあるかをチェックしていく


「・・・ん・・・?・・・あれ・・・?」


「どうした?何かあるのか?」


静希が書き写した資料、鹿に与えられた餌と薬品などが書き記されている

と言ってもここ一か月風邪をひいた鹿は数匹程度、それ以外は何の問題もなくただ餌だけを与えられてきた


だが明利は違和感を感じ取っていた


明利の同調は精度が高い、細胞一つ一つまで、栄養素の一つ一つまで確認できるために薬品などを使っていれば瞬時に理解できるのだ


「あのすいません、この鹿たちの餌でここに書いてあるもの以外与えていますか?」


「いいや、そこに書いているだけだよ、たまにお客さんが餌を投げ入れちゃうけど、そう言うのは基本禁止になっているからそこまで問題にはならないと思うけど」


動物園というその性質上、家族連れなどが多く訪れ、動物にエサを与えるという触れ合いを求めてやってくる人も多くいる


もちろん動物園側としてもそれを理解してふれあいや餌を与えられる機会を作っているのだが、管理している側としたら素人があげる食事ほど恐ろしいものはない


人間と違い動物は多種のアレルギーや中毒を持っている場合がある


犬に対してのネギだったりと、人が食べられても動物は食べられないものは多く存在する


その為餌を投げ入れたりする行為は基本禁止にしているのだ、与えるのは動物園側が用意した餌のみである


「なんかあったのか?」


「ん・・・鹿に同調したことないから何とも言えないけど・・・ひょっとしたら鹿はこういう感じなのかな・・・?」


どうやら人間のそれと勝手が違うためか、同調の結果見つかった違和感が鹿特有のものなのか異常なのかを判断できないようだった


事実人間に作ることができない成分を自分で作り出す動物というのは多く存在する


明利はとりあえず判断は後回しにして確認できた成分をすべてメモすることにしたようだ


土曜日+誤字報告五件分溜まったので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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