鋭い角と盾もどき
陽太と鹿の押し合いで先に動いたのは鹿だった
頭を左右にだけではなく上下に振ってその角を地面に叩き付けると地面を再び自分の角にまとわりつかせ、鋭く形成して陽太を攻撃してきたのだ
自分にその刃が向けられていると判断した陽太は即座に手を離し一度距離を置いてその角を確認する
地面を形状変換して取り込むだけでなく、恐らく構造変換も行っている、まるで鉱物のような状態になった角に陽太はわずかに警戒度を上げる
陽太の目にはあの角が鋭利な刃物のように研ぎ澄まされているように見えたのだ、そして実際その角は普通の鹿の角のように丸みを帯びた物ではなくなっている
まるで茨のように棘を持ち、刃物のように鋭い異形の角だった
あれに触れたら痛いなと、直感で理解する、そして陽太はため息をついた後で右腕を前に突き出す
炎が全身から吹き上がり、突き出した右腕に集中していく
槍を作っているのはわかるが少しその形状が変わっていた
いつもの槍より数倍太く、そして短い、さらに言えば先端部が尖っておらず、まるで鈍器のように形成されていた
「お!?なんだあれ!?あいつあんなことできたのか」
「初めてみるな・・・とっておきか?」
今まで陽太の槍を見てこなかった樹蔵と上村は驚きながらその様子を見ているが、静希達は特に驚きはない、だがその形状の変化までつけられるようになっているあたりかなり上達しているというのがうかがえるのだが
「三十点ね・・・まだまだうまくはいかないか・・・」
どうやら担当指導員である鏡花としては及第点にも達していないようで不機嫌そうに陽太の作り出した棍棒のような物体を眺めていた
「なぁ鏡花、あれは何を作ろうとしたんだ?」
「ん?あれは盾を作ろうとしたのよ」
その言葉に静希は耳を疑った
盾、その言葉と道具の意味を静希が間違えていないのであれば陽太は守ることを覚えようとしたという事でもある
今まで攻撃する事しか頭になかった陽太が守りを覚えようとしている、そのことに静希も明利も目を丸くしていた
「あいつが守りねぇ・・・でもなんでまた・・・」
「・・・さぁね、いろいろあったんでしょ」
鏡花は言葉を濁したが、陽太が守りを必要だと感じるようになったのは静希の存在が大きい
以前静希と戦ったときも刃物で切り付けられるという事が大きな痛手になっていた、そして刃などの攻撃を弾く際にどうしても無駄ができてしまう
いちいち爆破しなくても、避けるようなことをしなくてもより一点突破で直進するためには防御も必要だと感じたのだ
陽太の槍と同じ炎で模られた盾ができれば、刃も通すことなく、槍と盾を同時に展開できれば相当の突破力を有することになる
今はまだ槍の形に引っ張られてしまい上手く作れずにいるようだが、恐らく時間の問題だろう
陽太はまだまだ進化しようとしている
いずれ攻防一体のスタイルを身につける日も遠くないかもしれない
巨大な棍棒をみて陽太自身あまり納得がいっていないようだったが、対峙している鹿はそんなことを気にしてくれるはずもない
再び角を振りかざし突進してくる鹿に対して、陽太は出来上がった棍棒を振りかざし、まるでアッパーのように角めがけて殴りつけた
下からかちあげるように殴りつけられたことで鹿の頭は上に大きく弾かれるが、今度は振り下ろすように陽太めがけて角を叩き付ける
いつもなら陽太はここで横か後方に跳躍することで攻撃を回避しただろうが、今回は避けることはせず、短い棍棒で正面から受け止めてその場に踏みとどまって見せた
再び鹿と陽太の押し合いによる力比べに発展するが、僅かに陽太が押し始める
姿勢を低くし、角を押し上げるようにして力を込めることで鹿が力を込めにくくしているのだ
知能があるかないか、今回の勝負はこの差に尽きるだろう
能力の使い方も、体の使い方も、本能によって学ぶ動物と違い、人間はそれらのほとんどを知能によって学習していく
それによって応用力を得て、最適な状況で最適な扱いができるようになる
陽太はまだ成長途中、鏡花に言わせれば発動までの時間も維持できる状況も、応用性もほとんどないと言ってもいい
だが少しずつ変わる陽太の力に、つい先日奇形化した鹿など相手にならないのだ
「陽太!くれぐれも傷つけるんじゃないわよ!」
「オーライだ!任せとけって!」
鏡花の言葉を激励と受け取ったのか、陽太は炎の総量を増やしたのちにその炎の色を一瞬、オレンジから白へと変える
急激に身体能力が強化され、まるで大人と子供の差があるかのようにどんどん鹿を後方へと押しのけていく
陽太が勝利を確信したその時、それは訪れた
鹿が込める力が弱まっていく、そのことに気付いた陽太はすぐに後方へ跳躍し様子をうかがうと、鹿はゆっくりとその場にうずくまるように倒れ、寝息を立て始めた
「終わったぞ!後処理頼む!」
「了解よ、明利行きましょ」
鏡花は能力を使って陽太のいる場所まで階段を作りながら医療器具を持った明利と一緒に鹿の倒れている場所まで移動する
それに続くように静希や石動達も同じ場所まで足を運び、鹿の様子を観察することにした
明利は石動がつけたわずかな傷を治し、その後で注射にて睡眠薬を投与しより深い眠りへと鹿を誘った
「お疲れさん、なかなか手こずってたな」
「あぁ、傷つけちゃいけないって結構難しいぞ?一撃でやれって方がまだ楽だったな」
手加減して戦うというのは非常に難しいことだ、特に不器用な陽太からすれば苦行に等しい
今回の場合は相手を傷つけないような武器を用意することで対応したが、相手の能力が変換に近い物だったのは不幸中の幸いだったと言える
これが身体能力強化だったら角を炎で焼いていたかもしれないし、鹿の体が近すぎてやけどを負わせていたかもしれない
戦いやすいかと言われれば微妙だったが、まずまずうまくいったと言えるだろう
「にしても陽太、あの間抜けな棒はなに?随分と余裕だったみたいだけど?」
「い、いや鏡花姐さん、俺も必死だったんだぜ?相手が目の前にいる中であれだけのものがつくれたっていうのは」
「言い訳しないの、まだまだ訓練が必要ね」
「はい・・・」
完全に上下関係が構築されているのはさておいてとりあえず静希達は完全に昏睡している鹿の捕縛作業に入った
と言っても完全に身動きを封じてしまうと暴れる可能性があるので極小の檻の中に入れることにしたのだ
鏡花のお手製の檻に入れることで首部分を固定、角を檻につけることができないように仕立て上げる
そしてその間に城島経由で係員に連絡を入れ、委員会の人間に回収に来てもらうのだ
睡眠薬が効いているためぐっすり寝ているが、耐性ができている可能性を考えればいつ意識を取り戻してもおかしくない
静希はすぐにでも鹿の能力についてのレポートの作成を始めた
「にしても立派な鹿だな・・・特に下半身が、毛並みは普通なのに」
「もっとフカフカしてると思ってたけど・・・案外そうでもないのね」
動物に触れ慣れていないためか、イメージと実際の毛並みや触り心地に差異があるのか全員不思議がっている、唯一ペットを飼っている鏡花も鹿の毛並みには少し驚いている様だった
写真などでその毛並みを見ているが実際に触ってみると案外硬いのだ、もっとやわらかいと思っていただけにその違和感は拭えない
しばらくすると連絡を受けた職員が様子を見に来たのか、上の縁に集まってきた
それを確認すると静希達は檻ごと鹿を上の部分まで運ぶ、主に陽太と石動、そして鏡花の力で上にあげると、近くにいた何人かの職員がおぉと感嘆の声を漏らしていた
「すごいな、あれだけ暴れてた奴をこんなに簡単に」
「まぁ頑張ったのはこいつらですから、ところで・・・俺たちはもうやることがないわけなんですが・・・どうすれば・・・」
静希達の今回の目的はこの鹿の捕縛だ、あとは委員会に引き渡すまで見張るだけなのだが、その後にやることが完全になくなってしまう
今まではどこにいるかもわからない目標がほとんどだったが、今回は場所も姿も確認できるものだったために非常に早く終わってしまった、しかもこちらの数も多かったためにかかる手間もいつもより少ない
時間を確認するともうすぐ昼になろうという頃だ、まさか半日も経たずに実習内容を終えると思っていなかっただけに拍子抜けしてしまっていた
「そのあたりは先生たちと話し合うといい、もし時間があるなら動物たちを見てもいいかもしれないね」
その言葉に全員が顔を見合わせた
今回は実習に割り当てられた区画以外は素通りして目標に集中するのが目的だったために、他の動物たちは全く見ていない、もし時間があるのなら今日明日明後日とゆっくりできるかもしれない、今までの実習の中では最も楽と言っていい内容だった
「マジでか、こりゃ先生と交渉しなきゃな」
「こんなの初めてじゃない?動物園に入れるのもゆっくりできるのも」
陽太や鏡花だけでなく、他のみんなもテンションを上げている中、静希も明利も同じように興奮が抑えきれなかった
恐らくこんなことは二度とないだろう、久しぶりに手放しに運がいいと思えることだった
もちろんこれから先生たちをどう説得するかも静希達にかかっているとは思うが、今まで相手にしてきた敵を考えれば苦労するとは思えない
そんなテンションを上げる中、鏡花がふと我に返り軽く咳き込んでから大きく手を叩く
「はいはいそこまでにしましょ、まだ実習は完遂してないわ、とりあえず明利はこの子のバイタルを確認しながら起きないようにチェック、陽太や石動さんは万が一に備えておいて、終わるまでが実習よ」
班長として気は抜けないと判断したのか、締めるところはしっかりと締める、鏡花はそれをわかっている
その言葉に全員が少し気まずそうにしながらも気を引き締めた
これでミスをしようものなら全員説教コースだとわかっているのだ、そんなことで千載一遇のチャンスを棒に振るわけにはいかないと全員が全力を持って鹿の警戒に当たることにした
誤字報告が五件分溜まったので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




