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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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事前ブリーフィングと行き先

週が明け、鏡花を除いた静希達一班の人間はいつものように教室で待機していた


他の班も班長を除いて全員教室の中にいる、そう毎度恒例校外実習の内容の発表である


かなりの実習をこなしてきたおかげか、クラスメートたちも落ち着いたもので今度の実習はどんな内容だろうなと気軽に雑談している


そしてそれは静希達も同じだった


「前回は雪山だったけど、今度はどこだろうな・・・」


「雪がないところだといいけど・・・」


前回の雪上での戦闘や行動が非常に困難だったために静希達は当分雪を見たいと思わなかった


特に雪山にはいきたくない気分である


「今度はしっかり暴れられるといいんだけどな・・・なんか最近消化不良だ」


「あー・・・まぁ能力者が相手だとそうなるだろうな」


陽太の能力は強力とはいえ単純だ、それなりに経験を積んだ能力者と戦えば陽太がまともな接近戦しか行えないことにすぐ気付くだろう


そうなれば接近させずに遠距離から戦えばいいだけの話だ、事実前回雪山で戦闘した密猟者は終始陽太を懐に入れさせることはなかった


純粋な肉弾戦を得意とする陽太としてはフラストレーションの溜まるものであることには違いないだろう


当たり前だが、常に自分たちの有利なフィールドで戦えるわけではない、相手は自分の苦手なことをしてくるし、自分達だって相手の思うようにいかないように行動するのが常だ


そう言う意味では静希達は学年で一番『実戦』を経験していると言っていいだろう


「陽太の場合は近づかないとどうしようもないからな、爆発とかできるようになって少しは攻撃方法増えたけど」


「そうなんだよなぁ・・・遠距離攻撃とか覚えたほうがいいのか・・・でもなんか俺っぽくないし」


陽太がもし遠距離攻撃を身に着けることができれば強力な武器になるが、自らの炎をそもそも遠くまで届かせることが絶望的に苦手な陽太にそんな器用な真似ができるとは思えない


こればかりは恐らく鏡花でも改善できないだろうと静希は考えていた


陽太の炎は強力だが、陽太がコントロールできる範囲はかなり限定されているのだ


恐らく広げることができる範囲は調子が良くても二メートルに届くか届かないか、本当に極至近距離にしか炎を広げられない


遠距離戦闘を得意とする能力者などに対しては絶望的な数字と言えるだろう

もしこれを改善できたら、それは陽太にとって弱点を克服することにもなりえるが、何事も無理難題と言うものがある


「それは今後の課題になるだろうけど、まずは炎の色と槍を完璧にしないとな・・・まぁ甘いって鏡花に言われてるし」


「そうだな、常時青い炎になれれば強力だし、期待してるぞ」


そんな雑談をしていると教室の扉が開き、担任教師の城島と共に各班の班長が教室内に入ってくる


それと同時に教室内の空気が一気に変わり、緊張感に包まれる


「あー・・・それでは各班班長に資料を配ってある、しっかりとコンディションを整え全力で実習にあたること、以上だ、解散」


城島はそれだけ言ってその場から離れ教室から出て行く


一瞬静希達の方に視線を向けたのは恐らく気のせいではないだろう


城島が出て行くと同時に一気に騒がしくなる教室内の中で静希達も資料を持って戻ってきた鏡花に顔を寄せる


「で?鏡花姐さん、今回はどんな感じですかい?」


「どんな・・・どんな感じ・・・ねぇ、まぁいつもみたいに静希の家で話しましょ・・・少なくとも陽太、今回はあんたの仕事が多いわよ」


鏡花の言葉に陽太はおぉマジかとやる気を出している様だった


陽太の仕事が多いという事は少なくとも戦闘があるという事でもある


戦闘は可能なら回避したいところなのだが、そうも言っていられない、決まってしまったものはしょうがないのだ


いつものように途中で菓子や飲み物などを購入して静希の家で事前ブリーフィングを行うことにする


静希の家に到着するや否や飛び出てくる人外たちにもすでに慣れ、鏡花たちは思い思いの場所に陣取って話をする態勢になっていた


静希と明利がとりあえず全員分の紅茶を用意すると、部屋の中に芳ばしい香りが広がる


そして炬燵の上には鏡花がもらってきた資料の中に一つ目を引くものがあった


それはパンフレットだった、どこかで見たことがあるような動物園のパンフレットだ


「なぁ鏡花、このパンフレットなんだ?どっかで貰ってきたのか?」


「デートの行き先でも考えてたとかそういうのは後にしろよ?ていうか俺らは動物園は入れないぞたぶん」


実習が終わったら陽太とデートすると息巻いていた鏡花が持ち込んだのだと陽太と静希は思っているようだったが、鏡花はため息をついて首を横に振る

そしてメインの情報の乗った資料を全員に見えるようにテーブルに乗せるとこう切り出した


「別に好きで貰ってきたわけじゃないわよ・・・今回の行き先が動物園ってだけよ」


その言葉に静希、陽太、明利は一瞬机の上に置かれたパンフレットを見て、全員で顔を見合わせる


そして同時にはぁ?と鏡花に聞き返してしまった


静希達が驚くのも無理はない、本来能力者たちは大型のテーマパークには入ることすらできないのだ


遊園地や動物園、水族館などがその最たる例である


その理由は至極単純で、能力者が危険だからである


大型テーマパークにはそれだけ多くの人が集まる、大きな施設があり大きな店がある


遊園地には数々の巨大なアトラクションがあり、動物園には貴重な動物たちが、そして水族館には大量の水と、その中に住む多くの生き物たちがいる

もしそんな場所で能力者が万一にも能力を暴発させたらどうなるか


アトラクションで事故が起こるかもしれない、動物が暴れ客に危険が及ぶかもしれない、巨大な水槽が割れ客が溺れることもあるかもしれない


無能力者であればそう言ったことを起こすには準備や道具が必要だが、能力者にはそれが必要ないのだ


ちょっと気が変わってそんなことを起こした日には、大事故につながる、多くの人の命に関わる


それ故に、能力者はそう言った大型のテーマパークには入ることができないでいる


だが今回の実習の先、それがどういう事か動物園と記されていたのだ


とりあえず静希はパンフレットを見てからネットでこれから行くことになる動物園を検索してみることにした


そこは郊外にある動物園だ、そこそこ有名でホームページなども存在し、動物の名前とその日の写真なども載せられている


そしてトップ画面のお知らせの欄に金曜日から日曜日にかけて急遽休園するという事が書かれていた


「マジか・・・本当に動物園に行くのかよ」


動物園というと一般人からすれば幼稚なイメージが付きまとうかもしれないが、静希は内心興奮を抑えられなかった


今まで行くことのなかった、そしてこれからも行くことはないと思っていた動物園、見取り図を軽く印刷した後、静希はそれをもって全員の元に戻る


「一応言っておくと、今回の目的は奇形種の拿捕、あるいは処分よ・・・動物園の中で奇形種が生まれたらしいの」


奇形種が生まれた


普通の動物の間でも奇形種が生まれる可能性は僅かながらだが存在する、だからこそとくに不思議には思わなかったが、静希はその資料を見て目を疑う


「・・・ん?待てよ、この資料だと奇形種の歳が三歳ってなってるぞ、書類のミスか?」


奇形種が生まれたという事は少なくとも生後数日から数週間という事でなければおかしい、生後三年も経っておきながらその奇形に気づかないなどという事はあり得ないのだ


だがそのあり得ないが起きている、その事実に静希は眉をひそめた


「いいえ、先生に確認したけど書類ミスじゃないとのことよ」


「おいおい、じゃあ今まで普通の動物だったのにいきなり奇形種になったとでもいうのかよ」


書類ミスでなければ、奇形種が生まれたという表現を使うとしたらそういう事になる


静希が冗談交じりで言った言葉を鏡花は否定しなかった


「・・・え?本当なの?」


「マジか・・・後天的な奇形種ってあり得るのか?」


明利と静希が驚く中、陽太はパンフレットを眺めながら今回奇形種が現れた、というより生まれた場所を確認していた


そこは鹿を見ることができる場所だった、かなりの数の鹿がいるらしく、コンクリートなどではなく蹄に優しいように土が盛られているのだという


「後天的奇形種って・・・普通あり得るかな・・・?」


「ん・・・静希のそれじゃないけどさ、何かしらの拍子に能力を強く発動しすぎた結果とか、考えられないかしら?」


静希の右手を指しながら鏡花はそう告げる


静希の右手もいうなれば後天的な奇形だ、もっとも悪魔の力を借りて無理やりにその体を適合させたという方が正しいかもしれない


もし万が一、動物園の方で事故があって鹿が身を守るために能力を発動し、その体の限界を超えるような力を使ったとして、奇形が起こらないと断言することはできない


「なぁ、そもそも動物園の動物って能力持ちかどうか検査とかしないのか?」


「しないんじゃないかな、そもそも危険になるような状況も、ストレスも与えないように育てるわけだし・・・」


明利の言うように動物園にいる動物は極力ストレスを与えないように生活させている


食事も衛生管理も、かなり気を遣っているために動物たちがストレスを感じるような環境は限りなく少ないように努めている


動物たちが能力を発動するような状況はかなり限定されている、それはつまり命に関わるような状況であることだ


天敵にあった時、死に瀕している時、そして我が子を守るとき、考えられる発動のタイミングはその程度のものだ


普通の動物園に暮らしているような状態ではまず発動なんて事はあり得ない、万が一事故があったとして、今回奇形種が生まれたのだとすれば、それは異常事態だろう


今回の実習に処分以外の目的で捕縛があるのは、恐らくその奇形と化した動物を検査するという目的もあるのだろう


そしてもし捕縛できないようであれば、殺すことは仕方のないこと


周りの動物達への影響や客への対応などを考えれば、当然と言えるかもしれない


何故奇形化したのか、そこまではまだわからないが、可能ならば殺さずに済ませたいところである


「ちなみに動物園までの道のりは?どれくらいかかるんだ?」


「ドアトゥドアで二時間ってところだな、今までの中じゃ一番近いんじゃないか?」


出発が七時だとして、到着は九時になる、そうなると確かに今までの実習の中では一番近い実習地点という事になる


行動時間もそうだが、それだけ町に近いという事でもある、万が一にも動物園の外に奇形種が逃げるようなことがあってはならない


「にしてもまた奇形種の相手か・・・なんかなぁ・・・」


「そう言わないの、人間相手よりずっとましでしょ」


鏡花はそう言いながら資料の中から一枚の写真を取り出す、それは今回の目標である奇形種の鹿が写っていた


「おぉう・・・随分とたくましい鹿だな・・・」


「どれどれ?・・・おぉ・・・」


静希と陽太はその鹿を見て思わず嘆息してしまった


普通鹿の足は非常に細く、他の四足獣に比べるとアンバランスな印象を受けるのだが、この鹿は随分と足が太ましくなっていた


より正確に言うなら、妙に筋肉質になっているのだ


足以外は普通の鹿で、これはこれで非常にアンバランスに見えてしまう、というか違和感が半端ない


頭に生える角はかなり長くなっており、これで頭突きされるととても痛そうだ


「こいつの性格とか、奇形化前後の状況とかは?」


「特に書かれてないけど、最近急に暴れたり狂暴になったりしたらしいわ、そのせいで他の鹿が怪我することもあったらしいの」


雄の鹿という事でグループ内の争いもあるのだというが、流石に怪我するほどの争いは珍しいのだと書かれているが、さすがに書面だけではうまく伝わらない


どの程度狂暴になったのか、職員に危害を与えるまでになっているのかまで知りたかったが、さすがにわからないことが多い


「これさ、動物園に電話して聞くこととかできないのかな?」


「それ城島先生にも聞いたんだけど、止められたわ、実習である以上現場に到着してからの情報収集は認めるけど、事前に集めるのは不公平になるからって」


鏡花の言いぐさにそれもそうかと静希は納得する


今回静希達は多くの職員もいて、それなりに外への情報開示、つまりは露出の多い場所が実習先だが、他の班はそうではない


偶々そういう場所が実習だったからという理由で先に実習の情報などを得られるのでは対策も講じやすいし、周りの班と差が出てしまう、学校側としては実習を開始してからの班員の行動を評価したいのだ、そう考えるのは当然だろう


「こいつは一筋縄じゃ行かないな・・・なかなかの男だぜこいつ」


陽太がにやりと笑いながらそう評価するのを聞き流しながら静希達はとりあえずこの実習に必要な事柄をどんどん決めていくことにした


「とりあえず宿泊先は?ホテルとか民宿か?」


「近くにある職員用の宿舎を使わせてもらえるみたいよ、なんでも最近新人だかの研修もやってるらしくて結構狭くなるかもだってさ」


「新人研修?あぁ、ひょっとして三日間閉園するのってそれも兼ねてるのか?」


そうかもねと静希の言葉に鏡花は同意する


例え客への安全面を考慮するとはいえ、三日間も閉園するというのはかなりのデメリットだ、維持するだけでも金がかかるのに、ただ実習のためだけに完全に客を入れないようにするのであればそれに見合う行動を起こすべきだと考えたのだろう


普段行えない新人の研修や指導もこれを機にやってしまおうという腹積もりらしい、静希達からすれば何の不都合もない、あるとすれば無能力者が大勢いることで巻き込む可能性が出てきてしまうくらいだ


書類上では年明けからもうずっと行っているらしく、その三日間で最終試験にも似た項目を行うのだという、動物園のシステムはよく知らないが、これもある意味丁度いい機会だったのかもしれないという事である


「ちなみに奇形化したのは・・・先週の金曜・・・まだ一週間も経ってないじゃんか」


「そうよ、だからこのことが決まったのは本当に最近だったのよ、幸か不幸か、新人たちにとってはいい研修の機会が与えられちゃったってことね、動物園的には打撃が大きいでしょうけど」


金土日と三日間閉園するというのは、動物園にとっては確かに打撃だろう、なにせ休日で遊びに来る家族連れを入れることができないのだから


その打撃だけで済ませるくらいなら新人研修も一緒に大々的にやってしまおうと、つまりはそういう事だろう


「気の毒というかなんというか・・・まぁしょうがないことだけどさ」


「一部分だけ封鎖とかにできないのは・・・まぁ動物園故ってところでしょうね、遊園地とかと違って、問題が起こったのが動物なわけだし」


もし遊園地でアトラクションに問題があったのなら、そのアトラクションだけを停止すればいい話だが、動物の場合はそうはいかない


檻から逃げることだって考えられるし、それを見に来る客を攻撃しないとも限らない、行動が決まっていないだけに危険は多いのだ


だからこそ動物園ごと閉鎖することを決意したのだろうが、一匹の鹿の奇形化でそこまで大騒ぎするのもどうかと思ってしまう


なにせ何匹も奇形種と戦ってきた静希達からすれば、恐らく一日で終わる仕事だ、実習の期間が三日間あるから三日休園したのだろうが、ひどくもったいないような印象を受けてしまう


大人の事情なのだろう、これ以上は静希達がどう考えようと意味のないことだ


土曜日と誤字報告五件分で合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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