教訓と見返り
「結局、あんまりアドバイスはくれなかったね」
職員室を出た明利は少し残念そうに鏡花の方を向く、なにせ城島が提示した場所ややったことは静希達でも思いつくような場所であり内容だったからである
あの城島も、惚れた男の前ではただの女の子という事だろう、一ついいことを知った
「そうでもないわ、十分為になるアドバイスだった」
「そうだな、一つ教訓だ」
静希と鏡花はいいアドバイスをもらったと思っている様だった
鏡花は恋愛という視点から、静希は全く別の視点から
他人にも自分にも過度な期待はするな
分相応に生きることを心掛けろと言われているような内容に、静希はわずかに笑ってしまうが、鏡花は笑うことはしなかった
相手に過度な期待をするな、それは鏡花には少し厳しい注文かもしれない
良くも悪くも、陽太は鏡花が期待した以上のポテンシャルを発揮する、だからこそ今まで発揮した奇妙な直感を働かせることがあるのではないかと思ってしまうのだ
だが実際はそんなことは起こらない
口に出してしまえば終わりだ、今まで自分が積み上げてきたものも、今までの自分の想いもすべてが陽太に知られ、そしてその意味合いを変える
そうなった時、陽太がいったいどんな顔をするか
それが怖いから鏡花は陽太を自分に惚れさせたかったのだ
自分が好きである以上、自分ではなく相手に告白されることでその恐怖を感じずに済む
結局、自分の保身のためというのが一番なのかもしれない
もちろん陽太に自分のことを好きになってほしいというのもある、それは本心だ
だが、自分の行動で陽太が変わらないのであれば、言葉で変えるしかない
陽太はバカだが、相手を陥れるようなことはしない
それが敵ならまだしも、信頼している鏡花が相手なら絶対にしないと断言できる
口にすれば、今までの関係は崩れる
そして口にするからこそ意識させることだってできるかもしれないが、そこからの変化が怖いのだ
「ねえ明利・・・私あと陽太になにしてあげればいいのかな?」
「え?」
唐突な鏡花の言葉に明利は首をかしげてしまう
陽太に何をしてあげるか
それは鏡花が陽太に好かれるためにしてきた努力の事だろう
弁当を作り、しぐさや言葉遣いを変え、肉体的接触を増やし、気を惹こうとしてきた
だが陽太はまだ鏡花に振り向かない
「今まで頑張ってきたけどさ、ちょっと陽太が私の事を気にかけるくらいで、あんまり前に進んでなくて・・・何してあげれば陽太は私を好きになってくれるかな」
「それは・・・」
陽太に好かれたくて、振り向いてほしくて今まで鏡花がしてきた努力や苦悩を明利はほんの少しだが知っている
静希もその一端に関わっているだけに少し気にかけていた
「情けないところも全部見せたし、ファーストキスもあいつにあげた、これからもそのつもりだけど・・・あとあいつに何をあげればいいのかな」
鏡花にできることはもうほとんどした
なのに変わったのはほんの少しだけ
自分が頑張れば陽太を惚れさせることくらいすぐにできると思っていたのだ
そしてその結果が、デートと言う形になって返ってきた
だが実際のところは、静希の入れ知恵で、陽太自身がそれを求めたわけではなかった
期待するから裏切られる、だから期待するな
城島は自分の経験からそれを静希達に伝えた
だからこそ、それを理解しているからこそ、鏡花はほんの少し弱気になっていた
「・・・なんていうかさ、逆じゃないのか?」
「・・・逆?」
静希の言葉に鏡花は顔を上げて不思議そうな顔をする
「お前が何をあげればいいかじゃなくて、お前は陽太の何が欲しいんだ?それこそ俺とあいつの契約じゃないけど、貰うからあげるみたいな関係普通はできないぞ?」
あいつ、それがメフィのことであると気づくのに時間はかからなかった
自分がしてあげているのだから、相手にもそれを求めるというのは、先程城島の言ったとおり過度な期待に他ならない
それが長年付き添っている静希達やそもそも考え方自体が違う人外たちならまだしも、鏡花はそんな風にすぐにはなれない
「陽太はバカだから突っ込むことしかできないし、お前は頭いいから搦め手も使えるけどさ、たまに直球勝負の方がいいんじゃねえの?お前そっちの方が向いてる気がするぞ」
以前明利のアドバイスにもあったが、考える前に口に出す、そうすればあとは勢いと流れで何とかなる
結果的に、あの時は鏡花は満足したのだ、自分の言いたいことを、自分の伝えたいことを十分伝えられたのだから
考えるより前に行動
頭のいい思考型の鏡花には考えられない手法だ
だが、理屈に合わないことが理屈になる、事実今までそうなっている、それでうまくいっている
「今すぐにとは言わないけど、一つ区切るのは必要なんじゃないか?自分がどう思ってて、どう思ってほしいのか」




