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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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デリカシー欠如な男

新しい年が始まり、新しい学期を迎える始業式を終えてから少し経った頃、静希は頭を抱えていた


いや正確に言うなら頭を抱えていたのは静希だけではなく、そばにいる明利もだ


状況を説明すると、今の時刻は放課後、学校が終わった後、静希と明利は喫茶店にいた


ある人物に呼び出されたからであり、その人物というのはもはや通例にもなってしまっているかもしれない我らが班長、清水鏡花である


静希と明利の向かい側に座っている鏡花は机に突っ伏すように項垂れ、小刻みに震えている


この状況になってしまったのにはわけがある、当然というかやはりというか、その原因は陽太にある


事の始まりは昨日、特に変わったこともなく静希と陽太が昼食をとっていた時のことだ、陽太のこの一言がすべての始まりだった


「なぁ静希、お前って明利と雪さんの二人と付き合ってんだよな?」


「ん?なんだ藪から棒に・・・まぁそうだけど」


丁度明利と鏡花は席をはずしている、本当に珍しい二人だけの男の会話とでもいえばいいのか、少し下世話な内容かもしれないがこういうのも悪くないと静希もその話に乗ることにしたのだ


「女の気持ちってさ、どうやったらわかるようになる?」


「・・・は?」


率直に自分の聞きたいことを伝える陽太の言葉に、静希は本気でこいつ何言ってるんだと思ってしまう


なにせ何の前置きもなく唐突にそんな話を振られたのだ、丁度良くタイミングよく、いやもしかしたら悪かったのかもしれないが女子がいないこの時だからこそ陽太は口に出したのかもしれない


だがまさか陽太が女子の気持ちを分かるようになるかなどと聞いてくるとは思いもよらなかったのだ


「・・・一応聞くけど、何でそんなことを?」


「いやさ・・・最近鏡花といろいろあってさ・・・なんであんなことすんのかとかいろいろ俺なりに考えてもわかんないから、お前に聞けばわかるかなと」


陽太は陽太で、ない頭を必死に働かせて鏡花の行動が何を示しているのかを知ろうとしている、これは立派な変化だ


鏡花のアプローチによって陽太は少しずつ変わっていっている


それがわかったからか、鏡花、お前の努力は無駄ではなかったぞと静希はついほろりときてしまった


「なぁ、どうなんだ?わかるか?」


「あ、あぁ、でも実際どんなことされてんだ?それにもよるぞ」


実際は静希は鏡花がやっているアプローチのほとんどを明利経由で把握しているが、その行動を陽太がどのように認識しているかというのは重要なことだ


これによって鏡花による陽太の攻略度合いが把握できるのだから


「ん・・・と・・・そうだな、例えば俺の体をやたら気遣うようになったな、訓練の後には柔軟やったり、飯作ってくれたり、マッサージしてくれたり・・・あとよく勉強見てくれるようになった」


「・・・そうか・・・」


体に気を遣うという陽太の認識に静希は再びほろりときてしまった


確かに体に気を遣うというのも間違った認識ではないのだが、鏡花は陽太と肉体的接触を増やすことで意識させることを目的としてそういう行動をとっているのだ


だが陽太にしてみたら急に鏡花が自分の体調管理をし始めたと捉えているのだろう


あながち間違ってはいないだけにこのバカにどうやって鏡花への意識を強めようかと悩んでしまった


ここで自分がどのように答えるかによっては今後の進展に関わるかもしれない、ここは少し責めることも必要だろう


静希はそう考え小さく握り拳を作る


「そうだな・・・今までやってこなかったことをやってるってことはそれなりに心境の変化があったんだろうよ」


「やっぱそうか、一体何考えてんだか・・・」


陽太がやれやれと鏡花の作った弁当を口に運んでいる中、静希はここだと意気込んで言葉を続ける


「何もしないで相手をわかろうってのが無理な話だ、どうせなら二人でデートにでも行ってきたらどうだ?」


「デート?」


そんなこと思いつきもしなかったのだろうか陽太は素っ頓狂な声を上げてしまう


だが静希の説得はまだ終わらない、長年陽太と一緒にいた実績は伊達ではないのだ


「相手のことを知るなら、相手が何を楽しむか、何が嫌いか、そういう事をきちんと知らないとな、そう言う意味じゃデートってのは大事だぞ、二人で行きたいところとかやりたいこと決めれば、おのずと相手のことがいろいろわかる」


「・・・なるほど・・・相手を知る努力をしないと理解が深まることはない・・・そういう事か!」


陽太にしては珍しく理解が早い、恐らくは鏡花の英才教育のおかげで少しずつだが知力が上がっているのかもしれない


まさか説明を一発で理解するとは思っていなかっただけに静希は少し肩透かしを食らった気分になるが、とりあえず誘導することはできた


「ふぅ、ただいま」


「お待たせ静希君、何話してたの?」


丁度席をはずしていた明利と鏡花が戻ってきた瞬間、静希は自分がしてしまった助言を後悔することになる


「おぉ鏡花いいところに、今度俺とデートしようぜ」


そう、このバカはオブラートに包むという言葉の意味を知らず、デリカシーという成分を欠片も保持していない種類の人間だったのだ





そして時間は現在に戻り、こうして机に突っ伏している鏡花の出来上がりというわけである


以前能力の特訓を申し出た時も、言葉足らずのせいで誤解を受け顔を真っ赤にしていたが、今回は誤解がない分厄介だった


陽太は今回、何の曲解もなく、鏡花とデートするつもりなのだ


そしてそれを理解した鏡花はこの状態になった


やっちまった


静希はそう思いながらどうしたものかと頭を抱える


「あ・・・あの、鏡花ちゃん、大丈夫?」


明利が心配して鏡花に声をかけるが、鏡花は先程から小刻みに震えるばかりだ


体の調子が悪いわけではないだろう、精神状態がちょっと異常になっているだけである


「・・・大丈夫じゃ・・・ないわ・・・顔・・・もどんない・・・」


震える声で何とか声を絞り出す鏡花、静希と明利は二人で協力してその顔を机から引っぺがすと、そこには目を細め、ほおを緩めてしまっている鏡花がいた


恐らくはデートに誘われたということが嬉しかったのか、それともようやくここまで来たという事に喜んでいるのか、鏡花は笑っていた


静希はなんと言うか、申し訳ない気分でいっぱいだった


ここまで喜ばれておきながら陽太が自発的に誘ったものではないと知ったらどうなるだろうか


「でもようやく前に進んだね!陽太君もやっと鏡花ちゃんを意識したんだよ」


明利の何気ない言葉に静希は内心動揺しながら冷や汗を流していた


これはまずい、早めに誤解を解いた方がいいかもしれないと思う反面、鏡花は小さくため息をついた後静希を一瞥する


「あのバカが自分で考えてあんなこと言うわけないでしょ、どっかの誰かさんの入れ知恵と見たけど?」


「・・・さすが鏡花姐さん・・・おっしゃる通りです」


陽太のことに関してほぼ完全に把握しつつある鏡花を欺くことは最初から無理だったのだろう、鏡花は半分あきらめたような感じでもあったが、それを差し引いても嬉しいようだった


「まぁ、まさか昼休みに堂々と言われることになるとは思えなかったけど、これはチャンスよ、さしものあいつもデートとなれば少しは意識するはず・・・!」


「・・・」


「・・・」


静希と明利は鏡花の意気込みに完全に同意することができずに、沈黙を保ったまま二人して目をそらしてしまう


なにせ相手は陽太だ、はっきり言ってデートと言うとただ女子と遊びに行く程度の認識しかないかもしれない


今までアプローチをしてきた鏡花にとっては大きな一歩なのだろうが、これが起爆剤になるとは思えない


むしろ静希が注目しているのは、陽太が鏡花のことを知ろうとしているという点だ


今まで尊敬や信頼こそ感じているものの、自分から鏡花へ何かをするという事はしてこなかった陽太が、初めて自分から何かを知ろうとしている


その始まりは鏡花のアプローチだからこそ、鏡花の行動が報われているという事でもあるが、今回のことで進展があるかと聞かれると、微妙である


可能性がないわけではないが、ある種師弟のそれに近い関係を築いてしまっているだけに厄介なのだ


「そこであんたたちに聞きたいのよ、普段どんなところで遊んだりしてるの?」


「え?どんなって・・・」


「・・・どんなって・・・」


明利と静希は目を合わせた後で思い返す


静希や明利、そして雪奈は付き合い始めてからもちろんデートだって行ったことがある


能力者という身分である以上、遊園地などには行けないが普通のショッピングや食事を楽しむことはできるし、この辺りが学生街という事もあって娯楽施設もかなりある


だからこそ今までデートの内容に困ったことはないが、普段どんなところで遊んでいるかと聞かれると、七割近くが静希の家だ


週末に遊びに行く以外はほとんど静希の家に入り浸っているため、もはや半同棲状態と言ってもいい


「家でダラダラしながら映画観たりゲームしたりするのが多いかな」


「外に遊びに行くのって意外と少ないかも・・・?」


三人であっている時間のほとんどはのんびりとした時間、もちろん遊びに行かないわけではない、だが普段のゆっくりと流れる時間が印象的過ぎて二人はうまく思い出せずにいた


「そんな熟年夫婦みたいな内容じゃなくてさ・・・もっとなんていうか・・・」


「そんな鏡花ちゃん・・・夫婦だなんて・・・まだ早いよ・・・!」


「明利、悪いけど照れるのは後にしてくれるかしら?」


夫婦と言われてうれしいのか明利はわずかに顔を赤くしているが、今まさに窮地に立たされている鏡花からすればこの反応は後回しにしてほしいものである


だが思い返せば思い返すほど、静希達は普通の恋愛とは違うものをしているのだ、それこそよい例になるとは思えない


なにせ十年近い付き合いのある三人なのだ、今さらどこかに遊びに行くと言っても新鮮さがあるはずがない


それよりも一緒に居られるという安心感の方が大きいのだ、もはや倦怠期などと言うものは通り過ぎて一緒にいることに幸せを感じることのできるレベルに達している、これでは鏡花の参考にはならないだろう


「・・・ここはさ、もっと別な人に聞くべきじゃないかと思うんだ」


「別な人って・・・例えば?」


静希の言葉に鏡花と明利は首をかしげるが、静希が話を聞くべき相手はもう決まっていた


なにせ身近にそういう事を相談できる相手がいるのだ、ここはしっかり相談に乗ってもらうことにしよう


「というわけで城島先生、良いアドバイスなどあればよろしくお願いします」


喫茶店から職員室に移動した静希達は城島の前に並び、頭を下げていた


何がどういうわけでというわけなのか城島はあまり理解していなかったが、とりあえず静希が自分を小ばかにしながらも頼っているという事は把握したところで下げた頭に拳骨をおとした後で詳しい話を聞くことにした


「なるほど・・・響が清水をねぇ・・・」


「はい、なのでデートの話を聞かせていただけたらなと・・・できれば大人な感じで」


どんな感じだと悪態をつきながら城島は口元に手を当てて悩み始めてしまう

彼女はそれなりに長い間前原と付き合ってきた、デートに行った回数だってもう結構な数になろうという状態だ、それなりに経験はある


アドバイスができるかどうかはさておいて


以前逆に静希にアドバイスを求めていたが、自分が受け持っている班の人間がほとんどいる中で情けないところは見せられないとでも思っているのか、腕を組んで悩み始める


「・・・そもそも奴は何を目的にお前を誘ったんだ?ただ遊びに行くためか?それとも告白でもするつもりか?」


不純異性交遊は立場上認められんぞという城島の言葉に、静希と明利は静かに目をそらす


すでに不純な異性交遊をしてしまっている二人からしたら耳の痛い話なのだ


「たぶんですけど、陽太は最近の鏡花の行動の意味を知りたいんだと思いますよ」


「・・・それがどうしてデートなどということになる」


流石の城島もまともに説明していない状態では理解することは難しいのか、とりあえず今回のことにつながるところも話すことにすると、そのことを聞いた鏡花も城島も半ば呆れてしまっていた


「なんというか・・・お前はきっとろくな死に方をしないな」


「恐縮です」


静希が皮肉を軽く受け流したところで、城島は悩んでしまう


静希達と同じ年頃の頃、自分はどうしていただろうかと思い返しているのだ

はっきり言って城島にとって学生時代はあまりいい思い出がない、とにかく自分の中にある鬱憤を訓練や実習にぶつけていた記憶がある


浮いた話の一つもなかったし、あるとすれば班員である友人たちとバカ騒ぎしたくらいのものだ


「響の奴が清水のことを知りたいと言っているのであればその通りにしてやればいい、お前の考えをすべて教えてやればいいのではないのか?」


「・・・先生、それはさすがに酷だと思いますが・・・」


静希の言葉に城島は自分の時のことを思い出してそれもそうかと思い直す


なにせ城島も静希達の後押しがあってようやく自分のことを前原に話したのだ、きっと後押しがなければずるずるとあのままの関係を続けていたかもしれない


そして自分ができなかったことを教え子に押し付けるのはさすがにないと思ったのか、城島はどうしたものかと頭を掻き毟る


「・・・とりあえず、私たちが行ったところなどを挙げていくか・・・と言ってもお前達とあまり変わらないかもしれないがな」


城島は今まで前原と行ったことのある場所を列挙してくれた


それは確かに静希達が言ったことのあるようなところが多い、それもそのはずである、大人であるとはいえ城島も能力者だ


遊園地などのテーマパークなどには入場できないし、行ける所にも時間にも限りがある


能力者であるという事実がいつだって自分たちを縛る、無能力者を基盤に考えられた法律がある以上仕方のないことだ


「清水、お前が響に何を求めているかは知らん、だが相手に期待しすぎるな、そして自分にもな」


「・・・心得ておきます」


相手に勝手に期待して、勝手に落胆して、そんなことを繰り返してはいけない


互いの相互理解こそ、関係を一番長く続けることができるコツなのだ


鏡花は、静希や明利と違い陽太と出会って日が浅い


長く行動を共にすることで、その行動理念を把握することができてもすべてを把握できるわけではないのだ


特に人間の根本ともいえる、感情の面では全く分からないと言っていい


陽太は何も考えていないから、すぐに次の行動がわかるときもあるが、同時に次に何をするかわからない時もある


それは感情も同じ


すぐに顔に出したり態度にすることがあるときもあれば、時々本当にわからなくなる時がある


そしてきっとそれは、陽太から見ても同じなのだろう


鏡花は陽太にすべてを見せると言った、だが実際に全てを見せることができるはずがない


見せられるのは外だけ、中身は見せることができない


だからこそ陽太は悩み、鏡花は苦心している


ここまで近づいていながら思いを互いに理解していないのは、偏に鏡花が肝心なところで勇気を出せない、というか妙なところで見栄っ張りなのが原因かもしれない


陽太の告白を待つよりさっさと告白してしまえばいいのにと思ってしまうが、そこは口出しするべきことではないなと思い、静希は黙っていることにした


月曜日と誤字報告5回分で3回分投稿


今回から21話始まります


これからもお楽しみいただければ幸いです

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