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J/53  作者: 池金啓太
二十話「とある家族のアイの話」

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とある家族のアイの話

電流を流されたことで体の動きを封じられ、まともな思考もできなくなったためか、その体を覆っていた黒い霧は少しずつ消滅していっていた


能力を維持できなくなるほどに集中力が低下したようだ、意識はぎりぎりで保っているようだが、体はほとんど動かせない状態のようだった


この状態がいつまで続くともわからない、静希はできる限り頑丈に泉田愛を縛り、ソファの上に寝かせておくことにする


「・・・君は、私をどうするつもりだい?」


泉田の弱弱しい言葉に、静希は目を細める、姿形だけとはいえ、娘が拘束されているというのに彼の瞳は一度もこの少女を映すことがない


本当に、この子を娘だと認めていないのだろう


「・・・しかるべきところに報告するつもりです、普通なら・・・いや狂っていたとしても許されることじゃない」


それは命をもてあそぶことに他ならない、必要なことだと言われても納得できることではないし、立派な犯罪になりえることだ


「・・・そうか・・だが私はあきらめない・・・必ず・・・いつか必ず・・・!」


監獄の中に入ってしまえば、恐らく二度と日の目を見ることはない、だというのに彼は全く諦めていないようだった


執念、いやこれはもはやそんな生易しいものではない


何がここまで彼を執着させるのか、自らの大切な人を失ったことのない静希はまだこの感情を理解できなかった


「・・・なぁ、あんたにとってあの子はただの出来損ないなのか?あんたのことを慕って、守ろうとしたあの子は、あんたにとってただの失敗作なのか?」


「・・・」


できるなら、父と子、そんな関係となって少しでも良好な関係になってほしいと願ってしまう、あれほどまでに健気に父を想うあの子がただの失敗作では、あまりにも不憫だ


「あれは娘じゃ・・・愛じゃない・・・あれは・・・」


「いい加減にしろ、あんた自身わかってるだろ、もう人を創り出すなんてことはできない・・・今のこの社会がそんなこと許してくれるはずもない・・・もう諦めろ」


能力者は一度犯罪を起こせば、かなり厳重にマークされる


例え幼少時の軽犯罪であろうと、成人するまでは徹底的に注視され再犯の防止に細心の注意が払われる


仮に泉田が刑務所に入ることがなくとも、もう悪魔と接触できるような機会も、そして運よく接触できたとしても、人を創り出すなどと言う事をもう一度行えるはずがない


「・・・諦めろ・・・?そんなことできるはずがない・・・!」


「・・・この・・・!」


静希が苛立ちを感じた瞬間、泉田は顔を上げ涙を流しながらこちらを睨む


「諦められるはずがないだろう!あの子の笑顔を、もう一度・・・もう一度見たい・・・ただそれだけ・・・!この手で抱きしめて・・・!もう一度そのぬくもりを感じたかった・・・!」


「・・・あの子じゃダメなのか・・・何であの子じゃ・・・」


「あれは・・・愛じゃない・・・愛は・・・あんな笑い方はしなかった・・・!」


自分の記憶の中にある娘と、決定的に違う部分がある、創り出された模造品

泉田はそれに気づいた瞬間から、ここにいる泉田愛を、自らの娘の紛い物としか見れなくなっていたのだ


もはや、静希の説得などは届かない


「あんたが諦めなくたって、もうどうしようもないところまで来てる・・・死んだ人間は生き返らない、なのにあんたはどうしてそこまで・・・」


理屈でいえば、静希は正しい


死んだ人間は決して生き返らない


仮にそれに近しい現象が起こったとしても、それは決して死者の蘇生などではない


静希の連れているフィアも、生きているように見えてその実、静希から供給されて動くただの死体だ、生きているわけではない


死んだ人間は決して生き返らない、それをもしかしたら泉田自身理解しているのかもしれない、だが彼の目は記憶の中の愛娘を映し続けている


「・・・理屈じゃあ・・・ないんだ・・・私は・・・ただ・・・あの子にもう一度・・・!」


理屈ではない


その言葉に、静希は目を細めた


この人を止められるだけの、説得できるだけの、納得させられるだけの言葉を自分が持ち合わせていないことに気付いたのだ


自分が泉田を止めようとしているのは、ただこの場に居合わせ、ただ今回のことに関わってしまったからに他ならない


命を冒涜しているのが許せないだとか、この子が可哀想だから絶対に振り向かせたいだとか、そんな強い正義感があったわけではない


強い感情のこもらない言葉では、理に適った理屈詰の言葉では、強い想いに縛られたこの男に、自分の言葉は届かない


静希はそれを理解した


もっと早くに気付くべきだった、この男が抱えた妄執に


そうすればもっと別な角度からアプローチをかけ、説得することもできたかもしれないのに


もう遅すぎた


静希の耳に、遠くから聞こえるパトカーのサイレンの音が聞こえてくる


どうやら明利はきちんと城島に連絡し警察を呼べたようだ、そして恐らく軍の人間もすぐにやってくるだろう


もうじきに、泉田は拘束され、その処遇も決まるだろう


この少女がどのようなことになるのかはわからない、冷遇されることはないだろうが、その出自が異例であるゆえにどうなるのか静希は予測もできなかった


そして数分後、数人の警官と何人かの軍人が部屋になだれ込み、泉田を拘束していった





後日、静希は城島と会うべく喫茶店にやってきていた


さすがに休みであるのに何度も学校で待っていてもらうわけにもいかず、こちらから場所を指定したのだ


静希が待つことおよそ十分程度、予定より少し早い時間に城島は少し分厚めのカバンをもってやってきた


「どうも、お時間とらせてすいません」


「構わん、こちらも伝えることがあったしな」


そう言いながら飲み物と軽食を注文をした後で城島はカバンの中からいくつかの書類を取り出す


「・・・あの人は、どうなりましたか?」


「・・・軍に拘束され、警察での事情聴取で自白した・・・自らの娘・・・いやそれに近しいものを創り出したと」


自白の内容で娘を創ったと言わないあたり、徹底的にあの少女を自らの娘だと認めたくないようだった


頑な、そう言ってしまえばそこまでだが、こうなると流石に単なる否定ではなく、拒絶に近い物さえ感じてしまう


「その後、詳しい調査と手続をした後で刑務所に送られることになった・・・場所は・・・奴がいるのと同じ場所だ」


奴、それが有篠晶のことであると気づくのに時間はかからなかった


彼女と同じ場所という事は、魔素濃度が極端に低い、脱獄の危険度や犯罪の危険度が高い人間の収容される地下収容所


あの場所に送られるという事実に、静希はどう反応していいか迷っていた


「・・・あの子はどうなりましたか?」


「それに関しては上でももめている・・・人間のクローンでさえ大問題になるような事なのに、一から創り出された存在だ、その体細胞にも、その状態にも不明なところが多い・・・最悪研究所に送られてモルモットになることもあり得る」


人間のクローンは倫理的、及び人道的問題から国際的に禁止されている


そんなものでも大問題になるというのに能力で一から創り出した人間ともなれば、重役も研究者たちも黙ってはいないだろう


しかも明利の同調によりその体が異常な状態であることはすでに分かっている


批判すると同時に、保護を名目に実験動物に仕立て上げることだって十分あり得ることだ


だが、静希はそうならないと半ば理解していた


「・・・能力がある以上それはないでしょう・・・あの能力を拘束する苦労を考えると、妥当とは思えません」


「意見があったな・・・軍部の人間は彼女に能力があることを報告、強化系統であることを確定づけた・・・軟弱な研究者どもが近くに置いておきたいとはまず思わないだろうな」


能力の研究を行う者は無能力者、あるいは戦闘に向かない能力者が担うことが多い


そうなってくると近くに戦闘特化ともいえる能力を有した能力者を配置するとは思えない


特にあの子の父親に対する執着は異常だ、万が一暴れた時、戦闘に特化していない人間がいなければ止められないこともあり得る


そんな危険なモルモットを何の備えもなしに招くようなバカはいないのだ


「父親が創り出したとはいえ、あの子自体は特に罪は犯していない・・・能力を持っているという事もありしっかりと指導するという意見も出ていたが・・・」


「戸籍もない、人間かどうかも定かじゃない、そんな存在を能力者として育てるのは反対だ・・・そういう輩がいそうですね」


「よくわかったな、その通りだ・・・だからこそあの子の処遇で揉めているんだ・・・私としてはただの能力者として過ごせればいいのだが」


城島も静希から話を聞いたことで泉田愛が強く父親を想っているという事を知っている


どんなことをしても近くにいたいと願うだろうし、自分を見てほしいと願うはずだ


それで犯罪を誘発するのは本意ではないし、だからと言って彼女はただ創り出されただけ


実験動物にも、能力者にもなれない彼女が一体何になるのか


静希はあの時泉田にあの子は一体なんですかと聞いた


あの時の自分の質問を反芻しながら、静希は城島から渡された事後処理や今回の事件の背景について記された資料に目を通していた


泉田愛が死亡したのは、静希が調べた通り、そして泉田が離婚したのはそれから数か月後の事、それから泉田は各地を放浪し、悪魔と出会い、娘をよみがえらせる、もとい創り出せる可能性に気付く


そしてそれから彼は徹底的に人体の研究を始め、あの少女を創り出した


その結果体に奇形を抱え、医者としての一生を終えるが、医者としての経験と人体の研究をしていた知識を活かし大学教授へ


そして静希と出会い、再びことを起こそうとする


だが資料には静希に関する項目は記されていなかった


彼なりのけじめか、それとももうそんな気力も残っていなかったのか


残された少女に関して記されているのはただ一つ、父親に会いたいと懇願しているという点だけだった


それを見て静希は僅かに目を伏せ、すぐに向かいに座っている城島を見る


「先生、あの子の処遇、決まってないなら俺から提案してもいいですか?」


「提案・・・して通るかどうかはわからないが、言ってみろ、筋が通っているなら私が上に掛け合ってみる」


ありがとうございますと言って、静希は自分の考えを城島に話した


城島は今まで見せたことがない複雑な表情をして静希の話を聞いていた


そして静希自身も、今まで見せたことのない、複雑な表情をしていた






結局、泉田愛は刑務所に入れられることになった


その理由は父親と一緒にいることができるなら彼女が暴れることがないからでもある


そして彼女の要望も叶えられ、父親と同じ牢の中に入れることで監視を容易にするという意味合いも込められていた


能力の使えない刑務所の地下深く、その一室に二人はいた


父親である泉田順平は手足を拘束され、口にも拘束具を付けられた状態で、そして娘であり人造人間である泉田愛はその父親に寄り添うように体を預けている


何度も何度も、パパ、パパと呟きながら今まで自分を見ることをしなかった父親と二人きりになれているという事から恍惚とした表情を浮かべている


泉田はその姿を視界に収めてはいるようだったが、相変わらず彼女を見ようとしていなかった


彼女を通して、自分の本当の娘である、もう死んでしまった娘を見ているのだ


こんなにも近くにいるのにすれ違う二人、肉体的に距離がゼロでも、気持ちは決して交わることはないのだろう


それほどまでに、彼の娘を想う意志は強い


「パパ・・・ずっといっしょ・・・ずっと・・・ずっと・・・」


愛の言葉に、視線と嗚咽で違う、違うと念じながら、泉田は目の前の娘を否定し続ける


娘は父を想い続け、父は娘を想い続けている


言葉にすればこれほど美しい親子愛はないと思えるかもしれない

だが両者のそれはどこかずれてしまっている


もし、何かが少しでも違ったのなら、少しでも歯車がずれていたのなら、別の道もあったのかもしれない、別の可能性もあったのかもしれない


だがすべてはもう遅い


父親は、目の前にいる作り物の娘ではなく、もういない本物の娘を求めた


そして娘は、父親の近くに居られるという事を幸福に思い、それに浸っている


その幸福が紛い物であるという事に気付くこともなく







「・・・そう・・・あの子も・・・」


静希の家でそのことを聞いた明利は、少しだけ落ち込んでいる様だった


明利としても心境は複雑なようだ


彼女の願いどおり、父親とずっと一緒に居られる、それが叶ったのに、結局彼女は報われることがないのだから


「ねぇメフィさん、泉田さんみたいな能力を持っていても、人を生き返らせることはできないのかな?」


「・・・無理よ、本人がどんなに望んでも、どんなに努力しても、生き返らせることはできはしないわ・・・たとえその体の細胞一つ一つが同じ状態だったとしても、それは別物だもの」


泉田が本当は娘の愛を生き返らせることに成功しているのではないかという、ひと握りにも満たない可能性を期待したが、そんなに世界は都合がよくないようだった


当然と言える、彼がやったのは所謂鏡花の持つ変換の力で同じものを作り出すという事と同じだ


オリジナルがある以上、そこから創り出されるものはレプリカに他ならない

鏡花のようにオリジナルが手元にあり、そこから複製するのであれば完成度は限りなくオリジナルに近づけることができる


だが泉田は恐らく自らの記憶を頼りに能力を使った


人体の構造を徹底的に理解し、複雑な脳の構造すら理解していたのかもしれない


だが、それで創り出せるのはただの人間だけ


彼が求めた、娘本人を作り出せるようなことは絶対にない


「これはシズキにも言っておくわ、死んだ人間は生き返らない、誰かの代用品もありはしない、もしあったとしても、それはあくまでそれっぽいものにすぎないのよ」


だから絶対あんな風にはなっちゃだめよと付け足して、メフィはいつもと違った鋭い表情から、すぐにいつも通りの飄々とした表情に戻る


今の言葉は、主に静希に向けた忠告だったのだろう


どこか似ている


それはメフィも、そして当の本人である静希自身も感じたことだ


そして泉田が静希に似ているという事は、もし静希が泉田と同じ状況に陥った時、同じことをしてしまうかもしれないという可能性を示唆してる


自分の契約した人間が、あんなざまになるのは見ていられない、見たくない

そう言う心境からの忠告だったのだろう


「わかってるよ、死んだら人はそこまでだ、ただ魂ってのがあるなら、その時はメフィ、俺の魂はお前に預けるからな」


「あら?死後も私と一緒にいてくれるわけ?」


以前言っていた、昔悪魔の間で流行ったという魂の取引


実際に魂なんてものは信じていないし、どんな状態になるのかもわかったものではないから解釈のしようがないが、静希は決めていた


「バカ言うな、俺の魂を俺の身内に届けたりするんだよ、保管できるかはさておき、きちんと身内に弔ってほしいしな」


それは自分が身内に囲まれて死ねないという可能性を考えた時の決め事


悪魔の契約者として生きてしまっている以上、その肉体すら残さずに消滅させられることもあるかもしれない


そうなった時、頼りになるのはメフィだけだ


魂などと言う不確定なものを認識できるのは彼女だけ、なら少しでも信頼できる彼女に預けようと思ったのだ


きっと最後の願いくらいは聞いてくれる


「・・・わかったわ、まぁ、気が向いたらね」


気が向いたら、そんな口をきいたが、きっと彼女はそうしてくれる、それを静希はわかっていた


そしてそこまで考えたところで、静希は思う


泉田が創り出した肉体、あの中に宿っている『魂』とやらは一体どんなものなのだろうかと


魂すらも彼が作り出した物なのか、それとも


静希はそこで考えを止める


考えてもしょうがないこともある、だからこそ、もう考えるのはやめた




そして刑務所の地下深くでは、壊れたラジカセのように同じ言葉をつぶやく娘と、愛娘だけを見つめる父親が同じ時間を過ごしていた


ずれて歪んだ家族愛がそこには確かに存在していた


日曜日+誤字報告五件分で合計三回分投稿


これにて二十話は終了、明日から二十一話がスタートします、今回の話は番外及び短編のつもりで作ったので少々短めでしたね、正直年末年始の話とつなげるか少々迷いました


今回の話のちょっとした裏話を活動報告の方にあげるつもりでいます、気が向いたら読んでいただけると嬉しいです


これからもお楽しみいただければ幸いです

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