必要な情報を
有篠の言葉に静希の思考は一度停止した
今彼女は何といった?
死体
静希の聞き間違いでなければ彼女は今そう言った、自分の耳がおかしくなっているのではないかと思えるほど静希は混乱していた
静希は今日、泉田愛に会った、そして話した、明利に至っては同調も行った
「ま、待てよ、死体って、あの子は病気なんじゃ」
多くの矛盾を携えた言葉に静希は思わず声が裏返ってしまっていた
こちらの動揺とは裏腹に向こうの有篠の声は淡々としている、記憶を掘り起こしながら話しているためにこちらのことに気づいていないようだった
『だから病気なんかじゃねえっての、あのおっさん死体を俺のところに持ってきてこの子を治してくれとか言ってきたんだ、だから言ったんだよ、もう手遅れだって、俺は死んだ奴は治せないんだからな』
「・・・死体って・・・その俺が送った写真に写ってる女の子か?」
静希が撮影した写真、そこに写った泉田愛を含めた三人、あの写真に写っていたのは間違いなく泉田愛だった、そして静希があったのも間違いなく泉田愛だった
酷く混乱しながらも、静希は有篠の言葉に耳を傾ける
『あぁそうだよ、この笑ってるガキだ、ただし体のあちこちがいかれてたけどな、事故かなんかだったらしくて、ほぼ即死だったそうだ』
有篠の話が本当なら、泉田愛はすでに死んでいる
だが今日静希と明利は会った、泉田愛に、なのにすでに彼女は死んでいるのだという
では、今日会った泉田愛は、一体何なのか
静希の思考がかき乱されていると、何やら向こう側から少し声が聞こえる
『なんかもうちょっとで時間切れっぽいぞ、まだ聞くことあるのか?』
あらかじめ聞かされていた制限時間、話すこと自体に時間制限が決められているのではしょうがない、聞くことはまだあるがここは大事なことだけを聞くことにする
「あ・・・じゃあ最後に一つ、細胞や臓器が活動停止してて、体内にエネルギーを作る器官ができる、そう言う病気はあるか?」
『なんだそりゃ、聞いたこともないな、奇形の一種か?』
有篠晶でも知らない、そして彼女が言ったことが事実なら、かなり面倒なことに静希は首を突っ込んでしまったらしい
有篠に感謝の言葉を述べた後、静希は受話器を置く、その頭の中ではいくつもの可能性が枝分かれするように発生していた
「どうだ?何かわかったか?」
「・・・先生、事故かなんかで死亡した人の記録ってどこかで見ることはできますか?」
「なんだ藪から棒に・・・遺族や関係者なら書類を用意すれば見ることくらいはできるかもしれんが、少なくともただ見たいから見れると言うものではないぞ」
城島の言うように、事故などで死亡した人の記録などは見ようとして見れるものではない
新聞などに記されたものは別として、人の生き死にに関わる記録は閲覧することは難しい
「お前は何を知りたいんだ?死亡原因か?」
「いえ、その人が死んでいるかどうかだけ確認できれば」
「それなら戸籍を確認すればいい、死亡時期と時刻ならと戸籍を見ればすぐにわかる、ただ正当な理由が無くては閲覧はできない」
正当な理由、そう言われて静希は眉をひそめる
死んだはずの人間に会ってしまい、本当に死んでいるのかを確認したい、なんて言っても頭がおかしいのではないかと思われるのが関の山だ
となるとどうやって確認するべきか
病院でしっかり死亡が確認されているのであれば必ず死亡診断書が発行されているはずである、一度病院に行って事情を話した方がいいのだろうか
もし死亡していることが確認できたなら、泉田の家にいたあの少女は一体誰なのだろうかという話になる
別人を整形しただけならまだ話は早いが、顔、髪、体形まで写真の中の少女に瓜二つ、そして明利の言っていた異常な体、これがただの女児とは思えない
「五十嵐、何か考えがあるなら話を聞くぞ、何か手伝いができるかもしれん」
城島の言葉に静希は一瞬迷ってしまう
このことを話すべきか否か
ただ話しても頭がおかしいと思われるかもしれない、だが話して損はない
城島はそれなりに人脈が豊富だ、もしかしたら何か手を打ってくれるかもしれない
少なくとも今静希にできることは誰かを頼ることくらいだ、静希だけでは今回の情報を得ることはできないのだから
「あの・・・先程言っていた泉田愛の事なんですけど」
「あぁ、何かわかったか?」
「・・・もうかなり前、有篠晶がまだ現役の医者だった頃にすでに死亡していたそうです」
その言葉に城島は一瞬体が止まる
そして眉をひそめた後、口元に手を当てて悩み始める
「・・・私の記憶が確かなら、お前と幹原は今日その娘に会ってきたはずだが?」
「はい、この写真の子に間違いなく会いました、でも有篠はすでに死んでいるはずだと」
困惑している静希を見て、どうやら嘘を言っているわけではなさそうだと判断し、城島は腕を組んで唸り始める
静希が嘘を言っているわけではないとしたら可能性は三つ、有篠が嘘を言っているか、または泉田には二人娘がいてもう片方がまだ生きているだけの話か、それとも赤の他人を娘そっくりに整形したか、どちらにせよ妙なことになっていることに変わりはない
「なるほど、それで死亡記録を見ようとしたわけか」
「はい、すでに死んでいるのであれば必ず記録に残るはずです、有篠の話では事故らしいので、記録は必ず残っていると・・・」
自宅での死亡などであればごまかしも利くかもしれないが、有篠の話では事故で死亡したと言っていた、つまり警察などが関わった可能性がある、そうなると必ず公的な書類などの作成が行われたはずである
警察などが関わったのであれば書類にごまかしは利かない、たとえ相手が医者だろうと、検死を行うのは警察お抱えの医者の仕事でもあるからだ
「詳しい時期などを知ることができれば、新聞などにも載っていたかもしれないが・・・死亡しているか否かを調べるとなると、やはり戸籍か、あるいは記録をあさったほうが早いな・・・」
「はい、でも理由がないと・・・さすがに死んでるかどうかを確認したいってだけじゃ・・・」
身内ならまだしも静希は赤の他人、他人の戸籍や書類を見るのには正式な理由が必要だ
泉田本人に確認してもいいが、さすがに今回の問題の中心人物に伺いを立てるのは問題がある
「仕方ない、またあいつに借りを作ることになるかもしれんが、調べさせよう」
「あいつって・・・また竹中さんですか?」
竹中は城島の特殊部隊時代の後輩だ、自分の意志なのかどうなのかはわからないが無能力者でありながら特殊部隊に配属された不憫な人間である
警察という立場から城島に時折無茶な頼みをされる、以前静希が警察に捕まった時は世話になったものである
竹中の名を思い出して静希は携帯のアドレス帳を探しある人物に電話をかけ始める
餅は餅屋、情報を知りたいのであればそれなりの人に頼むのが筋である
『はぁいもしもし?お久しぶりね』
「お久しぶりですカエデさん、今お時間よろしいですか?」
そう、それは静希が警察に追われていた時に協力してくれた実月の師匠、カエデである、本名は静希も知らないためにカエデと呼ぶしかないのだ
実月の師匠であるという事はそれなり以上に情報収集が得意なはずである、毎回毎回実月に頼っていては申し訳ない、それにこの時間では時差の関係上実月は寝てしまっているはずである
『大丈夫よ、何かあったのかしら?』
「えっと・・・どこから話したらいいものか・・・いろいろ妙なことになってまして」
静希はとりあえず今回のことのあらましから、今直面している事柄について軽く説明し、他人の死亡記録あるいは戸籍を調べることができないかと伝えた
『なるほどねぇ・・・それくらいなら調べられるけど、お仕事ってことならしっかりお代はいただくわよ?』
「はいそれは勿論、ちなみにこの内容だといくらくらいになりますか?」
喫茶店経営兼情報屋に近い仕事も請け負っているのか、カエデは快く引き受けてくれるようだった、カエデが提示した金額は六桁にも届かない程度の金額だ、情報を知るためには必要経費と言えるだろう
『ちなみに知りたいのは死亡時間だけ?それならもうちょっとまけられるけど?』
「そうしてくれるとありがたいです、あくまで泉田愛が死んでいるかどうかを知りたいので」
そう言うとカエデはわかったわと言って一度電話を切った、実月なら数十秒後にすぐに電話がかかってくるところだが、さすがに師匠と言っても実月以上の情報収集能力はないのだろう
「なんだ、そっちはそっちで頼んだのか」
「えぇ、竹中さんにはもう頼んじゃいました?」
「いや、どうやら時間がかかるらしい、時期も分からず個人の事件を探すというのはさすがに無謀すぎたな」
警察には膨大な量の資料がある、過去の事件のファイルの数は警察署によって異なり、場所も時期も分からないのでは調べるのはかなり困難になる
流石の城島も警察としての仕事もある中でそんなことを頼む気にはなれなかったのだろう、竹中がほっとしている様子が目に浮かぶようだった
静希がカエデに依頼したのは間違いではなかったと言える
数分経ってから静希の携帯に電話がかかってくる、相手は先程かけたカエデからだった
「もしもし」
『もしもし?一応調べられたわ、情報はどうやって引き渡す?データにする?』
今の時刻は十五時を回ったところだまだ活動はできる範囲内である、となれば選択肢は一つだ
「ではお支払ついでにそちらに顔を出しますよ、ついでにお茶でもしていきます」
『あらそう?嬉しいじゃない、待ってるわ』
本当に嬉しそうな声を出しながらカエデが通話を切ると静希は苦笑しながら携帯をしまう
「それじゃ先生、ちょっと行ってきます、途中経過はまた追って報告します」
「わかった、まぁせいぜい無茶をしないようにな」
城島に別れを告げてとりあえずは状況の報告のために鏡花たちのいるコンクリ床の演習場に戻ることにする
相変わらず訓練とランニングを続けているようでそれなりに成果をあげられている様だった
「静希君、報告、どうだった?」
「それについてなんだけど、カエデさんに調べ物を頼んでな、今から受け取りに行くけど一緒に来るか?」
「カエデさん?じゃあお店に行くの?うん、行くよ」
カエデは明利にとっては師匠の師匠にあたる存在だ、どうやらいろいろと個人的に聞きたいこともあるのだろうが、さすがにあの外見に一人で会いに行くだけの勇気はなかったのか、これ幸いと静希の後についてくることになった
訓練中の鏡花と陽太、そしてランニング中の雪奈にも一応声をかけてから静希達は移動を開始する
「いらっしゃい、あら、明利ちゃんも一緒なのね」
静希達を出迎えてくれたのは、相変わらずの筋肉質な体に女性用の服を身にまとったカエデだった
明利は一瞬気圧されるが、もう半ば慣れてしまった静希は特に気にした様子もなく店内に入っていく
「どうもです、とりあえず紅茶とホットケーキを」
「わ、私はココアとシフォンケーキを」
静希達がカエデの経営する店、『水ノ香リ』に到着したころにはすでに日が落ちかけていた
まだ冬という事もあって日が落ちるのが早い、夕食も近いこともあって間食は控えるべきだとも思ったが、せっかく来たのだから何か食べなくてはもったいない
「はいお待たせ、ご注文の品よ」
静希と明利の注文した紅茶やケーキなどが出てくるのと一緒に、カエデは一つの封筒を静希に渡す
何も言わずにそれを受け取り、指定された金額の入った封筒を渡してから中身を確認する
そこにはいくつかの文章が記されていた
内容は、泉田愛についての記録だ
八年前、泉田愛は交通事故により死亡、当時十歳、内臓破裂、全身の複雑骨折などかなり損傷が激しく、ほぼ即死だったという事が記されていた
これで泉田愛はすでに死亡していたという事がほぼ確実になった
ならば静希達が出会ったあの少女は一体何者か
そんなことを考えていると、二枚目の紙を見つけ読んでみる
そこには泉田順平の詳細も記されていた
書かれている内容は扶養などの関係、妻は一人、娘も一人、妻とは八年前、娘である愛の事故がきっかけとなったのか離婚、現在は一人暮らしをしていると記されている
だがこれは一人が死に、一人が出て行ったから一人暮らしになったという書類上の物だ
実際にはあの場に、もう一人少女がいる
だが、泉田に愛以外の娘がいないという事がわかり、かなり助かった
「随分とサービスがいいですね」
「そりゃあもうお得意さんになってもらいたいからね、これからもどしどし依頼して頂戴」
本当に恰好さえもう少しまともになればすごくいい人なのにと思いながら静希は受け取った情報を懐にしまい込み、冷めないうちに紅茶を飲み始める
やはり美味い、香りと独特の渋味、そして仄かに残る甘さ
茶などに疎い静希でも、純粋においしいと感じることのできる紅茶だった
「静希君、結局カエデさんになに頼んだの?」
「ん?まぁいろいろとな、明利も頼んでみたらどうだ?いろいろ調べてくれるぞ?」
「あら、何か知りたいことでもあるの?明利ちゃんなら格安で引き受けるわよ?」
軽く差別的な発言を聞いたかもしれないが、これもカエデの愛嬌の一つだ、気持ちいいまでの贔屓っぷりは見ていて不快感がない
なにか調べてほしいことと言われて明利は迷っているようだったが、ふと思いついたのかカエデに耳打ちをする
するとカエデは満面の笑みになりながらこちらを見ている
「もういやねぇ、そう言うのは私に聞いちゃだめよ、ちゃんと本人に聞かなきゃ」
そんなことを言いながら明利の背中をバシバシと叩いた後、カエデは静希の耳元に顔を近づける
「もう静希君はプレイボーイねぇ、こんなかわいい彼女に尽くしてもらえて」
「・・・明利、お前一体何聞いた?」
「え・・・えっと・・・秘密」
明利が何を聞いたのか興味はあるが、今回はスルーしておくことにする
問題となっていた項目は十分に調べられた、あとはあの少女がいったい何者であるかを調べるだけである
もしどこからか誘拐してきたとかそういう事であるなら、それこそ警察沙汰になる
もちろんメフィをレンタルすることもキャンセルだ、犯罪者にメフィを貸すことなどあり得ない
問題は、あの少女も、自分のことを泉田愛だと認識していることだ
八年前に死亡したのが十歳の本物の泉田愛だとして、その時からまったく見た目がそっくりな女の子を連れて整形手術をしたとしても、明らかに年齢が違いすぎる、あるいは病院から新生児を誘拐し泉田愛として育て、歳を重ねるごとに少しずつ整形させていったか
そうすると外見的には一致することもあるかもしれない
だが病院側もむざむざ赤ん坊を盗ませるような警備体制は敷いていないだろう、泉田が当時医者だったことを考慮に入れても、赤ん坊を入れ替えることくらいはできるかもしれないが、盗み出すという事ができたとは思えない
そんな中、静希の頭の中には笑い声が響いていた
それは、あの声だ、暗い監獄の中で響く狂気に満ちた犯罪者の声
その声を思い出して、静希は最悪の想像をする、そしてその可能性に気づいてしまう
本来あってはならない、狂気の世界に足を突っ込むようなそんな可能性、そこまで考えたところでカエデが静希のカップに紅茶のお代りを入れてくれた
「まだ判断材料が足りないって顔してるわね?」
「・・・えぇ、まぁ、でもここから先は足を使って調べることにしますよ」
調べることができた、やることも決まった
あとは動くだけだ
静希は紅茶のお代りを口に含みながら、今はその風味を楽しむことにした
月曜日+誤字報告五件分溜まったので合計三回分投稿
久しぶりに大きな買い物をしてちょっとテンションが上がっている今日この頃
これからもお楽しみいただければ幸いです




