泉田の家へ
「というよりメフィストフェレス、何故こんな話をしなければならないのですか」
「え?だって私だけ話すとか不公平でしょ?せっかく話すならみんな話さなきゃでしょ」
変なところで団結心を見せているが、オルビアは少しだけ不満そうにしながら小さくため息をついた
なにせ彼女は自分の古傷をえぐったようなものだ、あまり気持ちの良い話でもなかっただけにその気持ちは半ば理解できる
「ていうか、ただ単に契約の例を聞きたかっただけなのに何でこんな話に」
「あはは、まぁいいじゃないの、少しは参考になったかしら?」
メフィの言葉に静希はまぁなと答えて見せる
悪魔の契約の形が少なくとも自分とメフィが交わすような半永続的に続くようなものではなく、単一の願いでも有効であることはわかった
つまり泉田に今悪魔がいないのであれば、彼は何らかの形で願いを叶えたという事になる
それがいったい何なのかまでは把握できないが、少なくとも彼がまた何かを叶えたくて悪魔の力を欲しているという話に信憑性が出てきた
「でもシズキ、本当に行くつもりなの?行ったところで得ゼロよ?」
「まぁそうなんだろうけど、このまま放置っていうのもな、断るにしろ一度はいかなきゃいけないんだ・・・ていうかお前としてはどうなんだ?俺以外の人間に力を貸すの」
静希の質問にメフィは腕を組んで悩み始めるが、別にいいんじゃないと答えて見せる
多種多様な人間と交流してきたメフィからしたら静希だけに拘るだけの理由は特に無いように感じられた
今は静希と共にいるが、もし誰かに静希以上の何かを見せられ心動いたなら力を貸すのも吝かではないと考えているのだろう
「もちろんシズキが手を貸しちゃダメっていうならそれでもいいわ、わざわざ仕事を増やすこともないだろうし」
「まぁそれもそうか、それにしても悪魔ねぇ・・・」
今まで静希は二度悪魔と接触している
一度目は言わずもがな、静希と契約したメフィストフェレス
二度目はエドモンドと契約したヴァラファール
どちらも悪魔として独特な外見をしているが、もしまた悪魔と接触することがあったとして今度はどんな外見をしているのか少し気になるのだ
人型なのかそれとも獣型なのか
それとも邪薙のように半人半獣の姿なのか、はっきり言って人外の外見は全く予想もできないものが多いために見ただけで驚くこともあるだろう
その時は恐らく静希と共にいる人外全員での戦闘になることもあるかもしれない
そう考えると自分がこれからしようとしていることが本当に無謀なことに思えるだけに好奇心とは恐ろしいものだ
「そういえばメフィ、泉田さんの奇形、あれ見てどう思った?」
「どうって、どういう事?」
「いや、あれだけ派手な奇形だとやっぱ大量の魔素とか入れられたってことだろ?どれくらい入れたとかわかるかなと思って」
静希の言葉にメフィは無理よそんなのと切り返す
なにせ人間の魔素の許容量はそれぞれ違うのだ、静希は元来魔素の許容量はあまり多くなく、メフィが少し魔素を入れるだけで奇形が起きるが、これがもし鏡花や陽太だったらメフィが少し多めの魔素を入れても奇形は起きないかもしれない
奇形化とは、もともとの容器に入れられる限界を超えた時のみに起こる現象だ
静希の場合、能力に与える魔素を急激に増やすために能力発動時に使った右腕に魔素が集中し、一時的に許容量を超え奇形化が起こった
人によってどれだけの奇形が起こるのかはそれぞれであり、どれほどの魔素の量が入れられたかなど測りようがないのだ
「そう上手くはいかないもんだな・・・あの奇形は俺のと違って随分きれいだったけど、あんなのもあり得るんだな」
静希の手は竜の手のように見え、泉田の腕はまるで凍り付いたような印象を受けた
同じ奇形でもここまで違うというのは少し興味深い
かつて見た東雲風香の奇形、歯が鋭い牙のようになっているようなものもあれば、静希や泉田のようになるものもある
「この奇形ってお前の裁量で何とか変わるものだったりするのか?」
「んん・・・人を奇形化させたことってあまりないからわからないわよ・・・私が魔素を入れたからそうなったのか、シズキの奇形がもとよりその形だったのかはわからないわ」
もし魔素を注入することで奇形が変わるのであれば、それはそれで発見になる
今まで人間の奇形化の成功例は聞いたことが無いのだ、もし学会などで発表すれば面白いことになるかもしれない
とはいえそこまで身を削るつもりにはなれなかったが
「ていうかシズキはその手気に入ってるわけ?」
「まぁまぁかな、見た目かっこいいけど隠すの面倒だし、けどなんか嫌いになれない」
無くなった左腕に比べればこれくらいましな方だろと言ってのけるが、静希自身この右手が嫌いではなかった
自分の意志でこうなったからというのもあるが、見た目もそこまで悪くない、多少攻撃的過ぎるかもしれないがそれもまた愛嬌があると思えるものである
無論周りからはひどく心配されたが、こればかりは仕方ないと割り切るしかない
なにせ自分の新しい力を手に入れた代償なのだ、それなりに気に入らなければやっていられないと言うものである
翌日、残り少ない冬休みを利用して静希は先日会った泉田の家にやってきていた
確認しなくてはいけないことも多々ある中、静希の表情は浮かない
「・・・なぁ、何でお前まで付いてきたんだ?」
静希の視線の先には意を決したような表情をしている明利がいる、本来なら連れてくる予定はなかったのだが、家を出る際に一緒に行くと言ってきかなかったのだ
「私がいれば医学の事なんかは大体わかると思うから・・・少しでも役に立ちたくて」
「それは・・・まぁそうだけど」
静希は医学に関しては完全に門外漢である、仮に泉田が医学関連の申し出をした時に、静希ではそれがどういうものなのか判別できないのだ
そう言う意味では明利が一緒にいてくれることは非常に心強くもあるのだが、万一戦闘があることを考えると明利は単なる足手まといでしかない
何より静希も明利を危険なところに行かせたくないのだ、肝心な時に守り切れない可能性がある以上可能なら連れてきたくなかった
「それに私もいろいろ聞きたいこともあったの!論文とか読んでてすごく気になってたところがあってね、文章だとやっぱり上手くわからなくて」
「はいはい、そっちが本命なのね」
明利としては静希の役に立ちたいというのももちろん本音だろうが、泉田に医学のことについて聞きたいというのも本心だろう
なにせ相手は医学界で知らぬ者はいないというほどの人間らしい、特に外科医の中で現役時代は三本指のうちの一つに入っていたというほどの実力者だったとか
全て明利から教えられたことであるため、静希はそこまで詳しくないのだが、そう言う意味では確かに明利が一緒にいてくれることは頼もしいと言えるだろう
「明利、それじゃ約束してくれよ?万が一戦闘になったら俺がどうなろうと逃げるって、多少の怪我なら治せるし、こいつらもいる、お前の安全が第一だからな?」
「う・・・うん、わかった」
理解はしていても納得はしていないようだが、明利はひとまず小さくうなずく
もし不意打ちを仕掛けられても静希なら一、二発までなら耐えられる、邪薙の障壁も合わされば数十秒間は耐えることくらいはできるだろう、それだけ時間の猶予があれば明利を逃がすことだって可能だ
とりあえず覚悟は決めなくては
トランプの中の人外たちに警戒するように呼びかけ、静希は泉田の家の前に立つ
その家は三階建ての少し大きめの一軒家のようだった
一般家屋の中で三階建ては珍しいなと思いながら静希は呼び鈴を押す
軽く眺めるだけでその広さが見て取れる、ガレージには車が置いてあるようだが、シャッターが閉まっているせいでどんな車かを見ることはできなかった
呼び鈴を鳴らして数十秒後、玄関がゆっくりと開き、中から小さな女の子が出てきた
年齢は十歳いくかいかないかくらいだろうか、身長は明利よりも小さく、大きな扉を頑張って押して開いているのがわかる
「あ・・・あの・・・どちらさま・・・ですか?」
「あ・・・えっと、泉田順平さんにお会いしたくて来たんだけど・・・今いるかな?」
まさかこんな小さな子がやってくるとは思わなかっただけに静希はわずかに驚いたが、小さな女の子の視線に合わせるようにかがむと、可能な限り優しい声でそう告げる
女の子はどうしたものかと迷っていて、ちらちらと家の奥を見ようとしている
「えっと、おうちの人を呼んでくれてもいいよ?五十嵐静希が来たって言えばもしかしたらわかるかもしれないから」
「あ・・・はい、わかりました」
そう言って少女は一度扉を閉める、すると家の中を小走りでかけていく音が聞こえ、しばらくして子供ではなく大人の足音が聞こえ始める
そして数十秒後、扉が勢いよく開き中から片足を引きずった泉田が現れる
「来てくれたんですね、どうぞ中へ、汚いところですが」
そう言って来客用のスリッパを床に置き、中へ入ることを勧めてくる
その顔は笑みで満たされている、どうやら来てくれたことが嬉しかったのだろうか
静希が家の中を観察すると、確かに泉田の言うように汚いところが良く目立った
ゴミなどが床に散らばりっぱなしだったり、本や書類などが整理されずに放置されている
オルビアが来る前の自分の家もこんな感じだったなと、泉田に対して静希は少しだけ親近感を抱いていた
「まさかあんな小さな子がいるとは思いませんでしたよ、少し驚きました」
「・・・ははは、いやぁお恥ずかしい、こちらにどうぞ、今お茶などお持ちします」
乾いた笑みを浮かべながら静希を客室に案内して一度泉田は退室する
静希はすぐに部屋の中を観察し、まずは退路の確認を始める
近くには大きな窓がある、そしてその向こうは泉田の家の敷地内にある庭がある、もし面倒があればすぐに逃げられるようにしておくべきだろう
そんなことを考えていると明利がやたらとそわそわしているのがわかる
「・・・どうした?」
「え?・・・えっと・・・気になって・・・」
明利の視線の先には埃やゴミがある
どうやらせっかくいい家なのに汚れてしまっている現状がむずがゆいのか、掃除したいという感情が漏れ出るようにそわそわしている
オルビアが来るまでは特に気にもならなかったが、静希も最近はきれいな部屋で過ごすことが多かったためにゴミやチリなどが良く目につくようになった
掃除をしてくれる人がいるというのはありがたいことなのだなとしみじみ感じながら静希は客室でゆっくりと泉田がやってくるのを待つことにした
誤字報告が五件たまったので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




