その男の目的
まず泉田はその手をまじまじと観察し始めた
そしてその後に静希に許可をとって実際に触れはじめる、肌触りを確認していく中で何度も頷き、確認するように眉間にしわを寄せてなるほどと呟いていた
「どうです?何かわかりますか?」
「・・・確かなことはわからないけれど、これは能力を使用したときにできたものですね」
あらかじめどれだけの情報が与えられていたかは不明だが、泉田は静希の右手を見ただけでそれを看破して見せる
事実静希のこの右手は能力を使用したときにできたものだ、少々状況が特殊であることは否めないが
「あとは、これが君だけの力でこうなったわけではない、というくらいでしょうか」
泉田の声は少し沈んでいる、いや正確には静希に探りを入れているように見える
能力者で医者、そういう事ならばこういう奇形がどういう状況で起こるのか大まかにだが把握しているとみて間違いないだろう
「・・・何が言いたいんです?」
「君は一体どんな人外を味方につけたのかな?」
あまりにも直線的な言い草に静希は視線が鋭くなる、そして明利は状況についていけずにおろおろしてしまっている
静希と泉田、両者の視線が交錯し、互いに互いの動向を探っている
静希のトランプの中ではすでに人外たちが臨戦態勢に入っていた
いつ攻撃されてもいいように集中を高めている、だがまだ戦うには早い
「・・・人外っていうのがどういうものだかわかりかねますが・・・それはたとえばどんなものですか?」
「うぅん、この腕の状態からして精霊ではない、となれば・・・悪魔かな」
その言葉に静希の視線にわずかに殺気が混ざる、だがそれを受け止めると同時に泉田は静希の右手から手を離し、自分の右腕と右足を露出させる
それを見た瞬間静希と明利は目を疑った
その腕と脚は静希のそれとはまた違う意味で大きく人の物からは外れていた
奇形部分の皮膚を覗くことができないほどに、鉱物のような結晶体が腕と脚を覆い尽くしているのだ
薄紫色の結晶体は、一つ一つが半透明になっているが透明度が低く、蛍光灯の光を反射して僅かに輝いているように見える
静希のそれとは圧倒的に違う奇形に、二人は考えることもやめてその腕と脚に見入ってしまっていた
「私の体もこんな様でしてね、これでも少なく済んだ方だったんですが・・・」
そう薄く笑う泉田は露出していた部分を隠してしまう、先程足をわずかに引きずっていたのはこのせいだったのかと理解しながら、静希は相変わらず泉田を警戒する
「・・・それは一体・・・?」
「恐らく君と一緒だと・・・単刀直入に聞きます、今も君は悪魔と共にいますか?」
静希は目を見開いた
まさかこんなところでそんな質問をされるとは思っていなかったのである、そしてこの質問をしてきたという事は、少なくとも泉田は静希が悪魔の契約者であることを知らずにここに来たという事になる
委員会や政府とつながりがあるというわけではないのに、静希が悪魔の契約者ではないかと気づいた初めての人物である
静希は口を開きかけて、出しかけた返答を飲み込む
今ここにいる応接室、ここに盗聴器や監視カメラがないとも限らない、迂闊なことを言うわけにはいかなかった
そして泉田はそれを察したのか、部屋を見渡してふむと小さくつぶやく
「・・・失礼、ここではこの話をするには少々不向きでしたね、場所を変えましょう」
そう言って泉田は応接室から出て場所を変えようとする
「・・・なら、場所は俺が選ばせてもらいますよ」
「ご自由に」
余裕でもあるのか、それとも静希を信頼させたいのか、泉田は自分を追い抜いた静希の後を追っていく
静希に手を引かれている明利は今どういう状況なのか理解もできずに、目まぐるしく変わる状況に目を回していた
静希達がやってきたのは屋上、そして屋上のさらに高いところにある貯水タンク、静希が選んだのはそこだった
普段は鍵をかけられ、管理者でなくては入れない場所である、その場に腰を下ろして静希は鋭い視線を泉田に向ける
「先程の質問に答える前に聞かせてください、あなたは何者ですか?」
「何者・・・と言われても大学教授以外の答えは持ち合わせていませんが・・・そうですね・・・」
少し考えた後、どうやら静希が自分のことを敵であるかどうかを測りかねているのだということに気づいて小さく微笑む
「私は昔、ある人を助けようとしました、まだ私が医者だった頃の話です」
唐突に始まった昔話を遮ることもせずに静希も明利もその言葉に耳を傾ける、この言葉とこの話の先に何があるのかを見極めるためだ
「そして私の力だけではどうにもならないと理解したとき、私はある存在に助力を乞いました」
その言葉を聞いたとき、静希の脳裏にある可能性が浮かぶ
そしてそれを肯定するように泉田は静希を見て微笑む
「私は過去、悪魔の契約者だったんです」
泉田の言葉を聞いて静希の中でいくつものピースがはまっていく
何故彼が自分の奇形症状を見ただけでコンタクトを取ろうと思ったのか、そしてなぜ自分の症状を引き起こしたのが悪魔との協力であるとわかったのか
静希もそうだが、人外たちと関わると自然とある種の感覚が鋭くなっていくのだ
それは有体に言えば、高い集中を維持している時に人外たちの存在に反応しやすくなるとでもいえばいいか
以前静希が感覚でヴァラファールと共にいるエドモンドの居場所が分かったように、同じような感覚で泉田は静希の手に触れそのわずかな感覚を感じ取ったのだろう
「・・・もう一度聞きます、今も君は悪魔と共にいますか?」
あえてこの質問をしたのは、今静希の体から人外の片鱗を感じ取れるのが右手だけだからだろう、普段静希のトランプの中にいる人外は外部からほぼ完全に遮断され感知されることはない
集中しても人外の感覚を感じることのできない泉田は最後の確認として静希にそれを確認しているのだ
「・・・仮に悪魔が今も俺の近くにいるとして、いったいあなたは何をしたいんですか?」
静希の返しに、泉田は少し目を伏せた後で力強い目を向ける
「私に協力してほしい・・・いや、正確に言うなら、私に悪魔を貸してほしい」
泉田の言葉に静希と明利は顔を見合わせ、一体何を言っているのかと泉田を訝しげに見てしまう
今まで自分と契約するように言ってきた人間は何人かいた、静希のような子供よりも自分の方がと言った人間はいた、だが貸してほしいなどと言った人間は初めてである
どう返答するべきか、静希は悩んでいた
何が目的でこんなこと言っているのかは知らないが、簡単に自分が悪魔の契約者であると吹聴するほど静希はバカではない
少なくとも泉田の目的をしっかりと把握するまで簡単にそれを認めるわけにはいかなかった
「確認したいんですが、先程悪魔の契約者だったって言いましたけど、今は違うんですか?」
「・・・えぇ、私と彼との契約は既に切れている、だからこそ、もう半分あきらめていたんですが・・・」
そこに静希が現れた
悪魔の契約者は全世界に数えられる程度しか確認されていない
特にその所在がはっきりと把握できているのは日本にいる静希くらいのものである
「悪魔に何をさせようと?何かを破壊するとかそういうのですか?」
「いいえ、私に魔素を注いでほしいんです」
その言葉に静希と明利はまた目を見開いた
魔素を注ぎ込むというのはかなり危険な行為だ、エルフのようにもとよりその許容量が多い存在だからこそ精霊などと契約し、魔素を通常より多く注入することでその力を強くすることができるが、ただの能力者がそんなことを行えば、最悪肉塊に近い状態になってもおかしくない
静希はその左腕の能力と、メフィの絶妙な微調整によって何とか人の形を保つことができたに過ぎないのだ
「正気ですか?それに魔素を注ぎ込むだけなら精霊でも事足りる、エルフに頼んだ方が簡単では?」
「それも試しました・・・ですが、結局それは失敗に終わっている・・・彼らは契約者以外への接触を極端に嫌うようで」
今まで静希は精霊という存在と出会ったことはない、精霊と契約しているエルフとは何人か接触しているが、普段精霊はその体内に宿っており外部の人間は知覚すらできないのだ
そう言う性質があるということ自体知らなかった静希は僅かにトランプの中の人外たちに意識を向ける
確かに悪魔や神格は契約者以外とも分け隔てなく接することが多い、もともと存在としての性質の違いか、どちらにせよエルフに頼るという事はしないようだった
「では魔素を注入して何をするんです?自殺でもするつもりですか?」
「それは・・・」
泉田の言葉は重い
魔素を注入するという行動の意味からして、少なくとも二通りの可能性が考えられる
一つは単純に能力の強化
何かしらの目的をもって能力を強化してその目的を果たそうとしている
もう一つは人体の奇形化の研究
以前何度か城島に聞いたことがあるが、通常の能力保持の人間あるいは動物の奇形化の実験と研究は長く続けられている
動物での実験は成功したにもかかわらず、人体実験のみ失敗し、現在はその原因解明に追われているというが、あまり良い功績はあげられていないらしい
そして今ここに、人間の奇形化の成功例が二名存在する
一人は静希、悪魔の力によって自らの右手を奇形化し、能力を強化しただけでなく存命している
そして目の前にいる泉田、彼の話が本当であれば腕と足を奇形化しながらも生き延びている
彼もまた悪魔の契約者であると言っていたが、真偽のほどは不明である
静希の考えとしては、どちらかと言えば前者の可能性が大きかった
研究ならば自身の体を使えばいいことだし、悪魔でなくとも研究はできる、成功例が新たに出たからと言ってわざわざ接触する意味が分からない
となれば、何の目的があって能力を強化したいのか、一体何がしたいのか、それを知る必要がありそうだった
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




