訓練を終えて
日が落ち始めるころ、静希が撃った弾丸の数は百を超えようとしていた
撃つたびに肩に負担はかかるものの、最初に比べれば強い痛みを感じることもなく撃てるようになっていった
その分後方へ吹き飛ばされるように転がるのだが、しっかりと受け身をとっているために怪我をする心配はない
「あー・・・何とか普通に撃つくらいならできそうだな・・・」
自分の腕、霊装と肉体の接合部を軽くさすりながら静希は軽く体の駆動を確認していく
体に無理がかからないような方法を模索すると言ってもやはりこう何度も連続して撃てば体にかかる負荷の量もそれなりに増える
傷や損傷は治せても襲い掛かる痛みや疲労は治せないのがヌァダの片腕の弱点と言っていいだろう
「うん・・・最初に比べて肩にかかる負担はかなり減ってるみたいだね」
「あぁ、さすがにあれを続けるのはきついからな・・・これで少しはましになるだろ」
鏡花が用意してくれた的もかなりボロボロになっている、途中何度か直してもらったが、静希の使う弾丸はそれぞれ特色こそあれかなり攻撃力がある
一点集中貫通型のライフル弾、平面に浅く広く着弾する散弾、どちらにも属さず強い破砕系の一撃を放つスラッグ弾
体にかかる衝撃もそれぞれの弾丸で違うが、どちらにせよ生身の体にはかなりの負担になることに変わりはない
だが一発限りの切り札としては十分だ
「あら、もう訓練は終わり?」
陽太と訓練している鏡花の元へ戻ると、彼女は椅子に座りながら優雅に静希の弾丸を量産していた
それぞれ完璧にオリジナルと同じものに仕上がっているらしく、もはやどれが本物でどれがレプリカなのか静希では見分けができなかった
「おぉ、こんなに作ってくれたのか」
「まぁね、どうせこれから使うことになるでしょうし、とりあえず十発ずつ作っておいたから持って帰って保存しておきなさい、ばれないようにね」
まさかここまで作ってくれるとは思っていなかったが、これは嬉しい誤算である
これでかなり武装面では強化されたと思いたい
変換能力を用いての道具やらの作成は一応違法行為だ、もしばれたら反省文だけではなく罰金などの処置がとられる上、悪質な場合は留置所か監獄行きもあり得る
取り扱いには十分注意せねばと静希はできる限りトランプの中に収納し、入りきらない分はカバンに入れて持って帰ることにした
「陽太君の方はどう?」
「ん・・・まだまだよ、炎の色を変えた時の槍の維持時間が短すぎ、まだ炎の変化のコツを掴めてないって感じね」
槍の扱いに関してはかなり早い段階でコツをつかんだおかげでこれまで特に苦戦もせずに習得できていたようだが、炎の色を変える訓練は少し難色を示している様だった
炎の色を変えるだけなら実戦で一瞬投入できるまでにはなっているようだが、槍と併用するとなると難易度は上がるらしい
両利きでない人間が両手で同時に文字を書こうとしているようなものらしく、コツをつかむまでは少し苦戦しそうだと鏡花は話していた
陽太の本質でもある藍色の炎、今は感情ではなく感覚での操作ができるように訓練を重ねているが、その感覚を維持するのがとても難しいらしい
こればかりは毎日繰り返して少しずつ維持時間を長くしていくしかない
「ところで鏡花は訓練しなくていいのか?」
「ん?私?私はそれなりにやってるわよ?」
それなりにと言われても、とりあえず周囲の光景にまったく変化はない、変換の力を使っているようには見えないため本当に訓練をしているのか怪しいところである
鏡花も静希達がそう思っていることには気づいているようで、小さくため息をついて足で地面を軽く叩く
すると視界の隅、丁度コンクリートの演習場の四隅の部分にそれぞれ一本ずつコンクリートの柱が突出した、目算でしかないがかなり太く高い柱であることがわかる
今静希達がいるのは演習場のほぼ中心、そこから演習場の端まではかなり距離がある、鏡花の能力は近ければ近いほど、量が少なければ少ないほど早く変換できる、逆に言えば遠く、変換する量が多ければそれだけ変換の速度は遅くなる
だが先ほど鏡花が変換して作り出した柱は出来上がるまで一秒と掛かっていなかったように見える
おぉぉと静希と明利が感心しているが、鏡花はそこまで嬉しくないようだった
「ここの演習場はもう通い慣れてるし変換し慣れてるしね、これくらいできなきゃ、他のところだともっと速度は落ちるわよ?」
普段毎日のように陽太とここにきて訓練している鏡花にとって、このコンクリートの地面はすでに呼吸をするかのように変換することが可能なのだという
これこそ日々の積み重ね、強い能力は突発的な努力でどうこうなるものではないというのを体現している様だった
「ふむふむ・・・せっかく称号を得たんだし、これからはそれっぽい戦い方をしてもらおうかな」
「やめてよね、自然災害扱いされるのはごめんよ・・・まぁしょうがない状況になったらやるけどさ」
鏡花の能力は強力だ、変換という一見簡単なものだがその応用力が凄まじい、それこそ以前のように雪崩を作り出すことだってできるし、鉄砲水を発生させたり土砂崩れ、流砂だって作れる
考えれば考えるほど鏡花の能力は疑似的に自然災害を引き起こすことができるのだなと思い、その称号が彼女にふさわしいことを静希は強く納得していた
もっとも、鏡花はその称号に不満を持っているようだったが、そこは時間とともに慣れるだろう
「んじゃ今日はここまでにするか」
訓練を終えた時、すでに日は落ち辺りは暗くなり始めていた、これ以上残るのはさすがに問題があるために静希達はとりあえずここで切り上げることにした
正門前で守衛に帰ることを告げてそれぞれ家路に着こうという頃、今までずっとランニングをしていたのだろう、雪奈がフラフラになりながら静希と雪奈の住むマンションへ向けて走っているのが見えた
静希と明利は顔を合わせてとりあえず雪奈に追いつくべく駆け足で後を追うことにする
「雪姉、大丈夫か?」
「あえ・・・?!し、静・・・用事はもう・・・済んだの・・・?」
真冬だというのに彼女の着ているジャージは汗まみれになっていて、かなりの時間走っていたことがうかがえる、しかもこれだけ体力を消耗させていることから恐らく全力疾走を何度かやったのだろう、軽いランニング程度では雪奈は疲れないはずだ、たった数週間まともな運動をしていなかっただけでここまで体力が衰えるとは考えにくい
「あの雪奈さん、水分ちゃんととりました?」
「うぇ?あぁ・・・そういや・・・あんまりとって・・・ないかも・・・」
雪奈が静希の家を出てランニングを始めたのが昼頃、そして日が落ちたのがつい先ほどという事は四時間以上走っていたことになる、体力の限界まで使い切るというのが何とも雪奈らしいが、きちんと水分を補充しなければ体に悪いだけである
その証拠に雪奈はふらふらと足元もおぼつかない走りだ、今なら明利にも短距離走で負けるだろう
「とりあえず帰るぞ、ちゃんと水飲まないと」
「うん・・・そう・・・だね」
雪奈は静希にもたれかかるように力尽きる
どうやら本当に体力を使い果たしたらしい、静希と明利は呆れながらも苦笑し、とりあえず雪奈を介抱するべく静希の家へと向かった
明利は水を雪奈に飲ませ、静希はとりあえず風呂を沸かせることにした
体が汗でべたついていては休むような気分にもなれないだろう
「明利、ちゃんと水飲ませたら雪姉を風呂に入れてやってくれ、オルビアはその補助を頼む」
「うん、任せて」
「了解しました、お任せください」
こういう時に女性がいると助かるの一言だ、さすがに男である自分が雪奈を風呂に入れるわけにはいかないだろう
すでにあられもない姿は何度か拝見しているわけだが、それとはまた別のベクトルで問題がある気がするのだ
雪奈を風呂に入れ汗を流し終えると、普段着を着せた後で今度はオルビアのマッサージを受けさせることにした
筋肉を酷使して疲れ切った体には極楽ともいえるコースである
その証拠にベッドの上でマッサージを受ける雪奈の顔は緩み切っている
「ゔぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・ぎもぢぃぃぃぃぃ・・・」
とろけ切った顔をしている雪奈を見て明利は安心するが、静希は同時に呆れてもいた
「にしても倒れるほど走るかね普通、ペース考えろよ」
「いやぁ・・・乙女にとって体重は一生の敵だからね・・・可能な限りおとしたくて・・・」
「・・・体重なんかでそこまで必死になるなんてね・・・人間ってわかんないわ・・・」
体重などと言う概念とは無縁のメフィがふわふわと浮きながら雪奈の周りを旋回する、確かに体重など存在しないメフィにとっては理解できない悩みだろう
「わかってないなぁ・・・女の子は好きな男の子には一番きれいな自分を見てほしいんだよ・・・そういう努力は惜しまないのさ」
「ふぅん・・・でもなんでそんなに太ったわけ?」
「・・・まぁ正月には誘惑も多いしな」
毎日のように静希との剣術訓練を行ってはいるものの、正月は寒いせいでカロリーの消費が少なくなり、脂肪の燃焼が抑えられる、その為摂取する量と運動によって消費するそのバランスが崩れたのが原因と思われる
正月定番の餅はそれ一つで茶碗一杯以上のカロリーが込められており、調子に乗って食べればあっという間に消費量を超えてしまうのだ
「おせちもそうだけど、お雑煮とかお汁粉とかきな粉餅とか美味しいからねぇ・・・この誘惑には耐えがたいのだよ・・・似たような生活してるはずの明ちゃんがまったく変わってないのは疑問だけど」
「私は摂取した量と運動で消費する量をちゃんと調整してますから、こういう時能力があってよかったって思えます」
明利の能力を使えば現在の自分の状態などは事細かに理解することができる、どれだけ食べたか、どれだけ運動すれば現在の体型を維持できるか、すぐにわかるのが明利の能力だ
「・・・わかっても背は伸びないんだね」
「・・・それは言わないでください・・・で、でもまだ伸びる可能性だってありますよ!」
どれだけ理解できてもどれだけ必要なものがわかっても変えられないものはある、それが明利の身長である
必要な栄養素も運動も行ってきた、それでも伸びない明利の身長、明利自身、成長期はまだ終わっていないと信じて努力を続けているものの、そろそろ成長期が終わっても不思議はない時期だ
こればかりは遺伝的なものもあるためどうしようもない、静希も雪奈も明利の諦めない健気な姿勢に僅かに涙をこぼしていた
そんな時、静希の家の電話が鳴り始める、一体誰だろうかと静希が受話器を取ると電話の向こう側から事務的な声と共にある要件が告げられる
「はぁ・・・俺に・・・ですか?」
一体何の話をしているのか、静希が怪訝な表情をしているのを見て明利も雪奈も首をかしげる、静希自身もこの話をどう判断していいものか少し困っていた
誤字報告が五件分溜まったので二回分投稿
作中は冬休みなのに対し現実は梅雨入りしそうな雰囲気、時季外れというのはいかんともしがたいですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




