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J/53  作者: 池金啓太
十九話「年末年始のそれぞれ」

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年越し

「とりあえず、高校生になったよ、それで校外実習に何度か行って、社会貢献の実習をしてる、いろいろ大変だよ」


「能力者っていうのはそういう事もするんだな、今までどんなことをしたんだ?」


どんなことを


今まで静希がやってきたことを挙げれば、それなり以上に危険な事ばかりだった


だがそれをどのような形で父に伝えるべきか、あまり危険なことをやっていると知ればそれなりに心配するかもしれない、可能ならあまり不安にさせたくないところである


「そうだな・・・例えば山で迷子になった子を探したり、川で変に成長したザリガニとかを駆除したり、あとは護衛とかもやったな、ほとんど暇だったけど」


嘘は何一つ言っていない、最初の実習は結局、東雲風香を確保することが目的だったし、二回目の実習は巨大に育ったザリガニを駆除するのが目的だったし、二学期に行った護衛はほとんどが暇だったのも事実だ


物は言いようだ、こういえばそこまで実習が大変なものではないという風に伝わるだろう


そして、向こうから聞いてこない限りは両腕のことは言わないつもりだった、そこまで心配させる必要はないと考えたのだ


「なるほどねぇ、やっぱり能力者ってのは大変なんだな、休み返上で学校とは」


和仁の言葉通り、静希達は基本金曜日から日曜日までの約三日間校外実習に行くが、その際代休などは基本ない、土日潰して実習に行っているために休みなしでそのまま次の日に学校に行くのだ


その為月曜日は筋肉痛だったり負傷していたりする生徒が意外と多かったりするのももはや通例である


「まぁもう慣れたよ、そっちは仕事はどうだったわけ?」


「んん、いつも通りかな、そうだそうだ、お土産を忘れていた、母さん!お土産どのカバンに入れたっけ!?」


「お土産はそっちのカバンよ、食べ物もあるから早めに冷蔵庫に入れちゃってくれる?」


洗濯をしている麻衣の言葉が聞こえ、静希と和仁は近くに置いてある少し大きめのカバンの中身を取り出す


その中身ははっきり言ってしまえば無秩序という言葉が最も似合う状態だった


どの国のものかもわからない多種多様な物品がその中に詰められていて何がどうなっているのかわかったものではない


その中で唯一理解できたのは食べ物であるらしい英語で書かれたパッケージに入っている奇妙な感触の板状のものだった


表にはワニやカンガルー、他にも動物園などで見られるかもしれないような動物の写真が載っている


「なんだこれ?タペストリーかなんかか?」


「あぁそれ肉だよ、ワニの肉とか、オーストラリアで買ってきたんだ、美味しいぞ」


ワニの肉と聞いて静希はとりあえずパッケージに入っていた肉を一つ取り出してみる


どうやら既に加工してあり、このまま食べることもできるようだった


少し匂いを嗅ぐが、僅かに香辛料の匂いがするばかりで特にこれと言って臭みなどはなさそうだった


思い切ってかじりついてみると、どうやら調理済みの物を乾燥させたもののようで、非常に硬く噛みにくい、だが噛めば噛むほどジワリと味が滲み出るように口に広がる


だがその味もずいぶんと香辛料の物が濃いようで肉本来の味とは言えないものだった


不味くはない、こういうものだと割り切って食べればむしろうまい部類かもしれない


静希が酒を飲める歳であればこういうものを食べながら酒を飲むのも乙だっただろう、そこは年齢の違いというところだろうか


「あとはいこれ、お土産だ」


「はんはよほれ」


ワニの肉を咥えながらなんだよこれと渡されたものをまじまじと観察する、それは一見ただの球体のように見える、透明で中には何もないガラス玉のようだ


一体これが何なのだと思えるが、それを渡した和仁はふふふと笑って見せる


「それは完全な球体でできていてな、まぁ一種のお守りみたいなものだ、ガラスではなく貴金属の一種でできているらしいぞ、詳しくは私も知らん」


詳しく知らないものを息子に渡すというのもどうなのだろうかと思えるが、完全な球体というのは少し興味深い


理論上、完全な球体を作るのはそう難しくないように見えるが、実際は非常に困難である


特に量産が難しい、完全な球体を作るためには、当然ではあるが完全な球体を模った枠組みが必要だ、だがそれを作ること自体が難しい


この世界に絶対が無いように、完全を作ることはほぼ不可能に近い


どこか歪みがあったり、変形していたり、条件を変えることでその完全が崩されることも多々ある


だからこそ、完全な球体を作り出すのは本当に難しい


もっとも、鏡花などの変換能力者ががんばって作ればできなくもないが、そんな無駄なことをする能力者も稀である


ともあれ、完全な球体の透明な物体を渡された静希は、とりあえずそれを適当なところに飾っておくことにした


お守りというのであればせいぜい守ってもらおうという事で普段自分を守っている神格である邪薙のいる神棚にそっと置いておく


神棚にガラス玉のようなものが置いてあるというのはまた奇妙な光景だったが、今は神棚の主はトランプの中でゲームを楽しんでいるのだ、たまにはいいだろうという事でそのままにしておくことにした


「ていうかあんなの何処で買ってきたんだよ」


「ん?町の朝市で売ってた、どこの国だったかは忘れたよ」


お土産なのにどこの物なのかがわからないというのはどうなのだろうと思ってしまったが、昔からこういう親だからもう突っ込むのも意味がない、静希は小さくため息をつきながらワニの肉を食いちぎりながらその味を楽しんでいた




久しぶりの再会もそこそこに、静希はとりあえず家族のだんらんを味わいながら明利や雪奈の親と一緒に食事会などを設けながら平和な日常を謳歌しながら時間が過ぎ、ついに今年最後の日を迎えた


年末という事もあってテレビは特別番組ばかりでこれと言って見るものがない、バラエティーやお笑いなどを徹底的に流すこの風潮はどうにかならないものかと思いながら静希は年末に向けて最後の武器チェックを行っていた

すでに年賀状なども書いて出してしまったためにもうやることと言えばこのくらいのものなのだ


ナイフや銃の手入れ、そしてできるなら片腕の中に入っている仕込みナイフもしっかりメンテナンスしたいところだが、親がいる間は片腕を外す動作自体が難しいためにできそうもない


入浴時など、徹底して両腕を見られないように注意し何とかここまで来れたが、この後もばれないことを期待するばかりである


「静希、お蕎麦できたわよ」


「はいよ、今行く」


夕飯は細く長くという日本の伝統なのか、そばを食べるのが習わしである、もしかしたら地域によっては蕎麦ではないかもしれないが、そこは静希の知ったことではない


リビングに向かうとそこには温かい蕎麦に、野菜やキノコの天ぷらなどが大量に用意されていた


これも毎年のこと、何故か天ぷらを用意するのだ、これは五十嵐家だけかもしれない


「それじゃ今年もお疲れ様でした、いただきます」


父である和仁の音頭と共に麻衣と静希も手を合わせていただきますと言葉に出してからそばをすすり始める


「いやぁ、今年は大変だったなぁ」


「来年はもうちょっと帰れるようにするからね、一人で寂しいかもしれないけど・・・」


「もう小さい子供じゃないんだから平気だよ、雪姉もすぐ隣にいるし」


同居人も数人いるしという言葉は押しとどめ、静希は天ぷらを食べてからそばのつゆをすする


実際静希は一人暮らしをしているという感覚がほぼなくなりつつあった


もとよりしょっちゅうやってくる姉貴分である雪奈がいたとはいえ、そこから次々と人外が増え、今や四人と一匹による奇妙な共同生活を送っているのだ


今となっては一人暮らしのあの寂しさにも似た解放感は過去のものとなっており懐かしさすら感じる


思えば一人暮らしの時間が終わってから随分と時間が経ったものだ、まだ一年も経っていないが、一人だった気ままな生活が随分前のように感じた


家族がいると言っても特にこれと言ってすることもなく、さすがに年末に剣の訓練をすることもできずとりあえず深夜まで時間を潰すことにした


年末恒例の歌番組を眺めながら話題となっているらしい歌手を眺め欠伸をしながら何も考えずにただ放心していると、遠くから小さく鐘の音が聞こえ始める


人間に存在する百八の煩悩を叩き潰す除夜の鐘、ようやく聞こえ始めた今年の終わりを告げる独特のカウントだ


深夜近くから始まってこの鐘の音がいつまで続くのか、宗教などに疎い静希は知らなかったが、とりあえず今年の終わりが近づいていることだけは認識できた


歌番組の中では華やかな衣装を着た歌手たちがそれぞれ思い思いに歌を歌っている


聞いたことがあるような歌もあればない歌もある、いいと思うものもあれば聞くに堪えないものもある


好みの問題もあるのだろうが、静希はそこまで歌というものに興味が持てなかった


そんな状態でもトランプの中ではしきりに人外たちがゲームの会話を続けている


どうやら一つの山場を迎えているらしくメフィがやられかけ、オルビアがフォローし、邪薙が囮になっている様だった


言い争いをするような気配はなく、普通にゲームを楽しんでいるようで静希は少し安心した


メフィはともかく、邪薙やオルビアがゲームを楽しむことができるのか少々不安だったのだ


あと数日間両親は滞在する、これならあと数日持つかもしれない

そう考えながら静希はテレビのチャンネルを変える


歌番組から一転、そこには全国各所にある有名な寺のリアルタイムの映像が映されていた


これも恒例の一つだなと思いながら静希はとりあえずチャンネルを固定してソファから立ち上がって軽くストレッチをする


今年の終わりが近い


二十三時五十八分、テレビの時間がそう表示されると、静希は一度床に正座して見せる


静希のそれに倣って和仁と麻衣も一度姿勢を正した


「今年も長いようで短かったなぁ」


「毎年いうわねその台詞」


「まぁある種恒例の言葉だろ」


本当に、長いようで短かった、高校生になって、鏡花と出会って、メフィと、邪薙と、オルビアと、フィアと、それぞれ出会い静希は今こうしている

来年こそは、もっと平穏に暮らせますように


そんなことを考えていると、テレビの中でアナウンサーがどこかの有名な寺の境内の中でカウントを進め、それがゼロになった瞬間、静希達は一息ついた後でゆっくりと頭を下げる


「「「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」」」







年が明け、新しい一年の始まりを告げた日、五十嵐家一行は近くにある神社に初詣にやってきていた


「あ、静だ、あけおめー」


そしてその途中でやはりというか当然というべきか、姉貴分である雪奈とその両親に遭遇する、どうやら既に参拝を終え家に帰る途中のようだった


正しい言葉を使わずに略して言っている雪奈にしっかり言いなさいと注意しているのは雪奈の母、深山穂香である、その近くには雪奈の父、深山勝也の姿もあった


「おじさんおばさん、雪姉、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」


「あけましておめでとう、今年もうちの子をお願いね静希君」


「ちょ!お母さん、私が静のお世話をする側でしょ!」


まったく何を言ってるのかしらこの子はと言いながら雪奈の両親は今度は静希の両親に新年のあいさつをしている


互いの両親で話を進めている中、静希と雪奈はとりあえず子供同士で話をしていることになった


「まったく、お母さんにも困ったもんだよ」


「いやいや、本当に今年も雪姉のお世話をすると考えると気が重いぜ」


「なにさー!年のはじめっから静が意地悪だよ」


雪奈とそんな話をしていると、遠くからその姿を見つけたのか、小走りで小さな影が近づいてくる


「静希君!雪奈さん!」


「あ、明利、明けましておめでとう」


「明ちゃん!あけおめことよろー!」


雪奈に続いて遭遇した幼馴染明利に静希と雪奈は同様に年始のあいさつをすると、どうやらまた親同士の会話が始まったのか、子供と大人で完全にグループが分かれてしまっていた


近くにある神社がここしかないというのもあるが、静希の知り合いも何人もやってきていた、この遭遇率も当然と言えるかもしれない


「あ、やっぱり来てた、静希!明利!雪奈さん!」


続いてやってきたのは我らが班長鏡花、そしてその後ろには陽太の姿もあった


鏡花の両親もその後ろにいる、そしてもう一人、陽太の近くに女性が一人いた


「おお鏡花に陽太、それに実月さんも、その節はお世話になりました」


そう、年末年始という事で実家に帰省していた陽太の姉、響実月である


何度もお世話になっただけに静希は頭が上がらなかった


「なに、気にしないでくれ、私が力になれればそれはそれで嬉しいことだ」


相変わらずすらりとした体に凛々しい表情、これが本当に陽太の姉というのだから驚きである


「何気に全員集合しちゃったわね」


「まぁ仕方ないだろ、これから参拝だろ?一緒に行くか?」


「私一度やっちゃったけど・・・二回目でもいいか」


「雪奈さん、それはあんまり大丈夫じゃないような気が・・・」


「まぁいいじゃん、行こうぜ」


静希、雪奈、明利、陽太、鏡花、実月の六人は一緒に参拝を済ませ、それぞれ近況を話し合うことにしていた


特に身の周りで変わったのは静希と陽太だ、なにせずっと海外にいた家族が帰ってきているのだから


「実月さんはあれですね、相変わらず陽太にべったりですね」


「当然だ、姉が弟を思うのは当たり前のことだろう?」


「陽太ももうあきらめてるのか一切抵抗しないのよ・・・」


陽太はげんなりとした顔で実月に抱かれるがままになっている、なんというか残念な部分は本当に残念なのが実月の特徴と言えるだろう


そして近くを見回してみても陽太の両親は見当たらなかった


「・・・やっぱ陽太の親はいないみたいだな」


「・・・あの人たちは仕方ないさ、陽太が鏡花ちゃんを案内するという事でな、私もこちらに来たわけだ」


どうやら能力の操作が上手くいき始めていても親との確執自体はなくならないようだ、こればかりは陽太の問題であるために静希はどうすることもできそうになかった


「そうだ、実月さん、去年はお世話になったのでこれどうぞ」


「ん?なんだお年玉かい?この歳でもらうことになるとはね」


「まぁそんなようなものです、気に入ってもらえるといいんですが」


そう言って静希は少し大きめのポチ袋を実月に渡す


少し恥ずかしそうになりながらも実月はそれを受け取り、中を覗いた瞬間硬直する


そして陽太から離れ、静希の肩を掴んで小声で話し始める


「こ・・・これは一体・・・」


「実習の時に何度か・・・他にもありますよ」


「・・・焼き増しを頼む」


静希が渡したのは陽太の写真だ、寝顔やら普段の姿やら、以前張り出された物や静希が個人的に撮影したものを現像して渡したのである


さすがにあれだけ世話になって何もしないというのは静希としては少し心苦しいという事で用意しておいたのだ


超絶ブラコンな実月にはうれしいお年玉となったようで、ほんのり笑顔を浮かべながら実月はそれを懐に入れていた


日曜日と誤字報告が五件分溜まったので三回分投稿


寝落ちしてたなんて言えない・・・!


これからもお楽しみいただければ幸いです

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