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J/53  作者: 池金啓太
十九話「年末年始のそれぞれ」

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共に過ごした後の

「やっちゃった・・・」


終業式の次の日、鏡花は強い自己嫌悪に襲われていた


その場の勢いとは恐ろしいもので、何故自分はあの時あんなことをしてしまったのかと本気で後悔していたのだ


しかもあの時自分が言った精一杯のごまかしがあれほどひどいと泣けてくる、暗くて距離感をミスしたなんて言い訳、あの陽太にだって通じるかどうか怪しいものである


あの場で自分の気持ちを伝えておけばよかったものを肝心なところで最後の一歩が踏み出せない自分にほとほと嫌気がさしていた


自分のベッドにうつぶせで寝転がり、今までの人生で一番の後悔と自己嫌悪をしていると、鏡花の携帯が鳴り始める、相手は明利のようだった


「もしもし?明利?」


『鏡花ちゃん?おはよう、って言ってももうお昼だけど・・・今大丈夫?』


「・・・あんまり大丈夫じゃないかも・・・」


明るい明利の声とは対照的に今にも泣きそうな声の鏡花に明利は少し心配になったのか、どうしたのと聞こうか迷っていたようだが、きっと何かがあったのだろうということで少し考えた後でこう切り出してきた


『あのね、私たち今起きたんだけど・・・その、今から私の家に来ない?雪奈さんも一緒にいるから』


「明利の家に?」


規則正しい生活を信条としている明利が昼頃に起きるというのは少し意外だったが、昨日は恋人同士で仲良くしていたのだろう、そのあたりはスルーが安定だ、今問題なのは明利の家に行くか否かである


今日の予定は特にない、大掃除もすでにほとんど終わらせてある、やるべきことも特にない中こうして自己嫌悪に晒されるだけだ、それなら明利の家で少しリフレッシュしたほうがいいかもしれない


「・・・わかった、行く」


『うん、それじゃお昼食べてから来てね、お菓子とか用意しておくから』


そう言って明利は電話を切る、あちらはどうやら幸せな一日を過ごせたようで声が浮ついていた


好きな人と過ごせたのだから当然かもしれない


同じように好きな人と過ごすことができたというのにこの違いは何だろうかと思いながら鏡花は適当に昼食をとってから明利の家へと向かうことにした

明利の家は相変わらず庭に大量の草木が生い茂っていた


それらすべてがしっかりと手入れされていることが素人の鏡花でも見て取れるほどに美しく咲き誇っている


そしてその中心部にある多種多様な葉をつけた樹木、まだ小さな木だがその存在は徐々に大きくなっているように見える


日々明利が肥料を加え、能力で調子を管理したうえで最高の状態で成長しているのが良く分かった


インターフォンを鳴らすと家の中から小走りで誰かが近づいてくる音がする


「あ、鏡花ちゃんいらっしゃい、入って入って」


「うん、お邪魔します」


明利が先導して自分の部屋へと案内してくれると、その中には寝っ転がりながら漫画を読んでいる雪奈の姿があった、まるで自分の家のようなくつろぎ方である


「お、鏡花ちゃんヤッホー」


「どうもです」


なんだか鏡花に比べて肌艶がいいように見える明利と雪奈を見比べながら、鏡花は明利が持ってきてくれた紅茶を飲みながら小さくため息をついた


その様子を見て雪奈はふむと小さくつぶやいた後で顔を近づけ鏡花の顔をのぞき込む


「何かあったという顔つきだね、相手は我らの幼馴染と見た」


「わかってて言ってますよねそれ・・・今軽く自己嫌悪中です」


鏡花がここまで落ち込むというか気落ちしているところを見るのは初めてだったのか、雪奈は珍しそうにしていたが、どうやら原因は陽太ではなく彼女自身にあるのだと察してとりあえずは話を聞く体勢に移行しようと読んでいた漫画を置いて鏡花に向き合う形で座る


「それで、昨日はどうだったの?陽太君と進展あった?」


「・・・そっちはどうだったのよ、静希と何かあった?」


質問を質問で返すと、明利と雪奈は一瞬顔を合わせてそれぞれ顔を赤くしながらにやけた表情を浮かべる


これは確実に何かあったなと思いながら、その何かに関しては深く追及しないでおくことにする


藪をつついて蛇を出すようなことはごめんである


「ま、まぁ私たちのことはいいじゃない、それよりも鏡花ちゃんだよ、お姉さんに何でも相談してみなさい、的確なアドバイスをしてあげるから」


「・・・的確・・・ねぇ・・・」


明利にしたアドバイスのようなものはごめんだが、自分は言われるより前にそれに近しいことをやってしまったためにさらに自己嫌悪が加速する、何で本当にあんなことをしてしまったのだと、本気で後悔したのは初めてだった


「話して楽になることもあると思うし、それにちゃんとしたアドバイスもできるかもしれないし、話してみてよ」


「・・・そうね・・・そうかも」


このまま黙っていても何も始まらないと思い、鏡花はとりあえず昨日静希の家から帰り始めたあたりの所から明利と雪奈に話すことにした、思い返すたびに顔が赤くなったりするのは、もうご愛嬌である






「・・・なんていうか・・・鏡花ちゃんへたれだね」


事情を話した後の雪奈の第一声がこれである


歯に衣着せるなどという事は一切せず鋭い刃物のような言葉が鏡花に深々と突き刺さる中、明利は苦笑しながらうつむく鏡花を眺めていた


まだ陽太は鏡花のことをそこまで意識していない、静希の話では無意識下で鏡花のことを気になり始めている程度だと言っていた


だとすればあの場で何も言わずに唇を重ね、そのままいつも通りになれば陽太をさらに意識させることができたかもしれない


だが鏡花はあの場でミスをしたと言ってしまった、自分の意にそぐわぬ形だったという意味の言葉を放ってしまったために、ただの事故として終わってしまった


もし陽太がその言葉の通りにあの状況を受け取っていれば、気にすることなどなくいつもの日常に戻ってしまうかもしれない


「にしてもあれだね、まさか私がしようとしていたアドバイスを受け止める前にキスしてしまうとは・・・鏡花ちゃんなかなかのものだね、最後の一歩が及ばなかったけど」


「もう言わないでくださいよ・・・あの時もすっごい後悔したんですから」


「でも二人っきりで一緒にいるってロマンチックだね、青い炎も綺麗だったでしょ?」


明利の言葉に鏡花は不承不承ながらうなずく


あの時陽太が纏った炎は、本当に綺麗だった


広い演習場の中心、ほとんど明かりなどついていないあの場所で、空以外にあった、たった一つの光源


普段見る太陽の光とも、電気の光とも違う、不安定そうに揺らめいていたのに力強く、奥から湧き上がるようなのに優しい光


街にあった飾りよりも、月や星の光よりもずっと幻想的で永遠に眺めていたいと思うほどに美しかった


「何も考えないでそういう事ができるのが陽のいいところだよね、あとは鏡花ちゃんをどうやって本格的に意識させるか・・・かなぁ」


やっぱりキスしたほうが一番手っ取り早いよねと雪奈は笑っているが、明利はあまり乗り気ではないようだった、それは鏡花も同じである


「ん・・・お弁当も作ってるし、ほとんど毎日一緒にいるし、十分仲もいいし・・・キスもしたし、他に何かあればいいんだけど」


「いっそのこと襲っちゃえば?」


雪奈の短絡的過ぎる思考に鏡花は飲みかけていた紅茶を吹きだしてしまう


「あ、あの雪奈さん、そう言う直接的過ぎるのはちょっと・・・!」


この場にいる静希の彼女である二人と違って、鏡花は処女だ、いきなりそこまでの行動を起こすには勇気が足りなすぎる


というより陽太がそれに応じるかどうかもわからないのだ


陽太は鏡花に従うことが多くなってきたとはいえ、その身体能力であれば簡単に鏡花を組み伏せることができる、仮に鏡花が馬乗りになったところで軽々持ち上げられてしまうのが落ちである


「ねぇ鏡花ちゃん、鏡花ちゃんは陽太君に告白されたいんだよね?」


「ん・・・うん・・・あいつに振り向いてほしいし、あいつの口から言ってほしいし・・・」


鏡花が抱いている感情の中に、求められたいという想いがあるのだ、態度や表情でわかっていてもしっかりと口で言ってほしい


それが自分の好きになった人だからこそ、なおさらそう思ってしまう


自分から言わないというあたり、鏡花が精神的に強くないことを示している

自分から言えばもちろん拒否される可能性だってある、その時鏡花の精神が耐えられるかどうか、彼女自身わからないのだ


だからこそ少しでも陽太に好意を抱かせたい、そしてあわよくば求められたい


「・・・いっそのことさ、告白しちゃったら?」


「・・・あの雪奈さん、話聞いてました?」


告白されたいという、少し情けない考えを持っている鏡花の話をぶった切るかのような雪奈の言葉に鏡花だけではなく明利まで少し呆れてしまっている


「あー・・・いや二人が思ってるような直接的な告白じゃなくてさ、間接的な告白で陽の気を引けないかなと」


「・・・どういうことです?」


直接的にではなく間接的に、その言葉に鏡花も明利も首を傾げた


告白など誰かに伝える以外のものではないと思うのだが、直接以外で間接的に想いを伝えるとすれば、メールや手紙といった手段を用いてという事だろうか


「この場合静とかに協力してもらう必要があるだろうけど、他の第三者にそれとなく鏡花ちゃんが陽のことが好きだってことを伝えるってこと、ダメかな?」


雪奈の言葉に明利と鏡花は言葉を失っていた


好意を向けているという事をそのまま伝えるという事はそれこそ、今まで積み重ねてきた対応の真意を陽太に気付かせるようなものである、気づくほどの頭が陽太にあるかは疑問だが


直接伝えるよりも、第三者から聞いたという事であれば、陽太も少しは鏡花のことを意識するだろう、その分気まずくなることもあるかもしれないが、格段に前へ進む可能性はある、無論、その逆も十分にあり得るが


「賭けに近いですよねそれ?」


「そうだね、長期戦で行くっていうならあまりお勧めはしないかも、でもさっさとけりをつけたいって言うなら、案外捨てたもんじゃないかもよ?」


短期決戦、何とも雪奈らしい提案だ、長くダラダラと先延ばしにするのではなく、その場で切り捨てるような案を持ってくる、前衛型というのは本当に恐ろしい人種である


誤字報告が五件分溜まったので二回分投稿


鏡花はヘタレ属性を手に入れた


これからもお楽しみいただければ幸いです

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