触れ合うほどの近さで
藍色の炎が燃え盛り、徐々に陽太の右腕へと収束していく
生き物のようにうごめく炎、それは現実の物とはかけ離れて、柔らかな飴細工のように繊細に、そして大胆にその形を作り出していく
やがて、それは槍になっていく、それは鏡花が陽太に与えた槍だった
数十秒、やがて一分経過して、槍は完成した
青い炎を保った状態で槍を完成させたのは、これが初めてだった
「あ、やべ!」
陽太がそうつぶやいた瞬間、大きく垂直に跳躍し、上空数十メートルほどの高さへと退避すると同時に槍は陽太の制御下から離れ、暴発する
空中にまき散らされた青い炎はまるで花火の様に霧散し、消えていく
鏡花からはその光景が、藍色の炎がほんの一瞬だけ、空を覆い尽くしたように見えた
そして落下してくる陽太はすでに藍色の炎からいつものオレンジの炎に変わっており、着地すると同時に能力を解除してその場に座り込む
「あー・・・くそ、途中まではうまくいったのに」
「・・・あんた何がしたかったのよ、いきなりあんなことして」
鏡花が近寄り、自分も身をかがめて陽太に視線の高さを合わせてその顔をのぞき込む
陽太は気まずそうに頬を掻いてなんと言ったらいいのか言葉を探している様だった、どうやら彼自身なんと言っていいのかわかっていないようだった
「なんつーかその、礼が言いたくてさ」
「・・・礼?」
一体何の礼なのか、鏡花は首をかしげて見せる
自分は陽太に何かしただろうかと思い返したのだが、それほど特別なことはしていないように思える
何かをあげたわけでもない、むしろ最近誕生日を祝ってもらったこちらがお礼をするべきではないのかとさえ思ってしまう
「俺さ、今年の初めまではずっとただの落ちこぼれだっただろ?能力もうまくコントロールできなかったし、全力も出せなかったし」
「それに関しては今もでしょ、まだまだ完成には程遠いんだから」
鏡花の言葉を陽太はそれでもと言って遮って見せる
その眼はしっかりと鏡花を見つめていた、まっすぐに、何かを伝えたいという意志だけは鏡花も理解できた
「それでも俺は、お前がいなきゃスタートにも立てなかったんだ、ずっと一人でやってきても全然成果は上がらなかった、でもお前が来て、一年も経たずにここまでうまく使えるようになった、だからその・・・」
陽太は何か言いたいようだったが、突然立ち上がって鏡花から距離をとり、再び体に炎を灯す
オレンジから白へ、白から藍色へ、時折変化させながらその炎で辺りを明るく照らす
「お前に指導されて、俺はここまでできるようになったぞって見せたかった、お前のおかげなんだ、だからなんていうか・・・その、やったぞっていうか・・・」
「要するに、いろいろ指導してくれてありがとうってこと?」
「そう、そういう事!」
陽太らしいというかなんというか、自分の言いたいことをその場その場で考えるために自分の気持ちに言葉が追い付かないのだ
陽太自身頭がそこまでよくないためにその言葉を選ぶのに時間がかかるせいで鏡花がその思考に追いつくことは簡単なのだが、時折突拍子もないことをするせいで思考を追えないことがある
先程の行動がまさにそうだった
突然連れてこられて炎を灯したと思ったら槍を作り始めて、一体何をしているのかと思った
藍色の炎の制御だってまだ上手くいっていないのにその状態で槍を作るなんて無謀にもほどがある、結局一瞬ではあるが形を維持して見せたが、藍色の槍を実戦で使えるまでには至らないだろう
その片鱗を見せたことだけは、胸にしまっておくことにした
「俺バカだからさ、これからもたくさん迷惑かけると思う、我儘も言うと思う、無茶も言うし勝手に突っ走ることもあると思う」
陽太は炎を消して鏡花の元へ近づいてくる、暗がりのためその表情は少ししか見えないが、とても真剣な瞳をこちらに向けているのがわかる
「だけどさ、これからも頼む、いろいろ俺に教えてくれ、お前とならやっていけると思うんだ」
その言葉に、鏡花は一瞬言葉を詰まらせた
どう答えればいいのかなどすでに決まっている、だからこそ、今ここでそうするべきだと、思ってしまったのだ
「陽太、顔が見えないわ、もっと近づいて」
「んあ?なんで?」
「私は人の顔を見て話すのが信条なのよ、ほら、あんたの顔が見えない」
鏡花は陽太の顔を両手で優しくつかんでゆっくりと顔を近づけていく
その距離は徐々にゼロへと近づいていく、互いの息がかかるのではないかと思えるほどに近づいたとき、鏡花は背伸びする形で、陽太は少しかがむ形で互いの顔を肉薄させていた
「あんたがバカなのも知ってる、不器用なのも知ってる、我儘言うのも無茶するのも突っ走るのも予測済みよ」
互いの息遣いが、肌で感じあえるほどの距離になりながらも、鏡花はその手を離さない、陽太もその顔を遠ざけようとはしなかった
「だから安心しなさい、私が教えられるものも、私が見せられるものも、私があげられるものも、全部あんたにしてあげるから」
鏡花はそのまま顔を近づけ、陽太の唇と自分の唇をほんの一瞬だけ触れ合わせる
互いの唇に互いの体温と、感触が伝わる中、本当に一瞬だけ行われたそれは、二人の思考を止めるのには十分だった
互いの唇が離れた後、陽太は放心し、鏡花はうつむいていた
何がどうなったのかわかっていないという感じの陽太、そしてやってしまったという後悔の念にとらわれている鏡花
先に声を出したのは、鏡花だった
「・・・ごめん、暗くて距離感ミスった・・・」
「え・・・あ・・・あぁ・・・」
言葉にした後で言わなければよかったという更なる後悔に襲われる中、陽太は自分がしてしまったことを意識したのか、僅かに顔を赤くしながら何とか体裁を保とうとない頭を必死に働かしていた
「い、いやしょうがねえって、こんだけ暗かったしな、避けなかった俺も悪かったし、ノーカンだろノーカン!」
「ノーカンってあんたねぇ・・・乙女のファーストキスをなかったことにするつもりなわけ?」
「えぁ!?なんだよじゃあどうしろっての!?」
慌てる陽太をしり目に、鏡花は見えないように笑みを浮かべ陽太に背を向ける
笑みが止まらない、こんな表情をしていては陽太に気づかれてしまうかもしれないのに、口元が緩むのを止められなかった
「そういうのはね、自分で考えることなのよ、男の子でしょ?」
「俺が考えるの苦手だって知ってるだろ・・・」
「ふふ、ほら、そろそろ出ましょ、見つかったら反省文じゃ済まないわよ?」
今度は鏡花が陽太の手を引き歩き出す
自然に触れた陽太の手は暖かい、そして先ほど陽太と一瞬だけ触れあった唇も熱いままだった
痺れるような感覚が残り、血液が沸騰するのではないかと思えるほどに体が熱くなっているのがわかる
学校から脱出するのもまた陽太の跳躍で容易に門を飛び越え、ほんの少しの間だった学校への侵入は終わりを迎える
「さぁ、女の子に夜道は危険なんだから、きちんと送ってもらおうかしら、頼むわよ?ナイト様」
「俺がナイトなんてがらかよ、そこらの野盗の方がまだあってそうだぞ?」
そう言いながらも陽太は差し出された鏡花の手を何の違和感もなく握って見せる
先程のキスのせいで、ほんの少しだけ互いの体温が上がっている、手で触れあう互いの手が、数刻前よりも熱くなっていることにそれぞれ気づいていた
だがあえてそれを言う事はしない
暗さのおかげで互いの顔が少し赤くなっているのはそれぞれ気づいていなかった
「・・・陽太、ありがとね」
「ん?なにが?」
「・・・いろいろと」
自分を助けてくれて、自分を必要としてくれて
そんな言葉を言うつもりはない、いや、そんな言葉では足りない
鏡花が陽太に向ける感謝の言葉は、感情はそれだけでは表せないものだった
「いろいろって・・・変な奴だな」
「あんたに言われたくないっての」
互いに軽口を言いながら、鏡花は僅かに微笑んでいた
今自分がこうして誰かと手をつないで歩いているなんて、去年の自分からしたら想像もできなかっただろう
今だってこれが夢ではないのかと思えてしまう
自分の手を握って、自分と一緒にいてくれるのが陽太で本当によかったと、鏡花は心の底から思っていた
鏡花は陽太の悪いところをたくさん知っている、だが同時に良いところもたくさん知っている
そして自分のことも知ってもらいたい、良いところも悪いところも
これから鏡花はいろんなことを陽太に教えるだろう
勉強でも、能力でも、そして自身の事でも
そのうえで、陽太に自分のことを好きになってもらいたかった
バカで無鉄砲で考えなしな陽太に、不器用で口が悪くて性格がきつい自分のことを
「ようやくついた、結構遅くなっちまったな」
「構わないわよ、前もって伝えてあるし」
鏡花の家にたどり着くころには、深夜に近い時間になってしまっていた、のんびりと歩きすぎたかもしれない、意図的にゆっくり歩いたのだけれども
鏡花は少し名残惜しくしながら陽太から手を離して自分の家の門に手をかける、冷たい鉄でできた門が鏡花の手のひらから体温を奪っていく
「陽太、送ってくれてありがとう」
「なに、いいってことよ、またなんかあったら連絡すっから、初詣とかも行くんだろ?」
「えぇ、この辺りの神社とかよく知らないから、よかったら教えてね」
任せとけと陽太は笑って見せる、鏡花もそれを見て微笑み、ゆっくりと陽太との距離を開けていく
「それじゃまたね陽太」
「おうよ、またな」
いつもの別れの言葉を交わした鏡花と陽太、いつもと違ったことをしたのにもかかわらず、その関係は変わらない、だがその心の中は少しずつ変わっていることに、二人は少しずつではあるが気付き始めていた
日曜日なので二回分投稿
この辺りがここ最近で書いた中で一番書きやすかったです
これからもお楽しみいただければ幸いです




