想い人の手
「ふぅ・・・いやぁ、こういうところの飯は初めてだったなぁ」
「ふふ、なかなか上手だったわよ?」
「マジでか、お褒め頂けるとは光栄の至り」
静希の用意したフルコースのディナーを終え、鏡花と陽太は店を出て街を歩いていた
すでに二人の服装は制服に戻っており、いつも通りの空気に近い物になっている
だが相変わらず鏡花の顔は赤い
アルコールが入ったものは口にしていないが、陽太との距離を意識するとどうしても顔が赤くなるのを止められなかった
冬だというのに体が熱い、冷えた空気が肌を刺すのに、体の芯はいつまでたっても冷えてくれなかった
「陽太・・・寒いわ」
並んで歩く中、鏡花は手をすり合わせながらそうつぶやいた
「あぁ?なんだよこの前あげたマフラーと手袋してこなかったのか?」
「うるさいわね・・・忘れたのよ・・・寒いわ・・・」
悪態をつきながら鏡花は恐る恐る陽太の手を取る
普段から寒さと言うものをあまり感じないのだろう、陽太の体はとても熱い、能力のせいなのかそれともそのおかげというべきか、彼の体は常にこの熱を保っている節がある
「お前の手冷たいな」
「・・・そういうあんたの手・・・あったかいわね」
「おうよ、年中こんな感じだ」
手をつなぐという行為を、陽太が特に意識していないというのが少し有難かった
ただ暖を求めて手をつないだと思ってくれるなら、それもいい
以前意識はさせられたのだ、少しずつこちらを向いてくれるようになればそれで
「・・・あったかいけどごつごつしてる、やっぱ男の手ってこんな感じなの?」
「さあ?そうなんじゃねえの?お前の手は小さいしやわらかいけど」
陽太はそこまで言って何か思い出したのか、自分の口元に手を当て、鏡花の手を握ったまま先を歩き出す
「ちょっと、どうしたのよ」
「いや、なんでもない、さっさと静希達探そうぜ」
鏡花はあたりの光のせいで、陽太の顔が少しだけ赤くなっていることに気付けなかった
鏡花の手の感触に触れたことで、陽太は風呂場での鏡花の姿を少し思い出してしまったのだ
思春期男子にあの光景は刺激が強すぎる
今まで気にしていなかった、というか忘れていたのに、運悪く思い出してしまったのだ
今鏡花の方を見るとあの光景が鮮明に脳裏に過りそうでまともに顔を見ることができなくなっていた
今まではこんなことはなかったのにと、少し自己嫌悪に陥りながら陽太は鏡花の手を引き続ける
陽太の今までと違う行動を鏡花は少し不審に思いながら、とりあえず陽太がそうしたいのであればそうさせることにした
今まで自分が陽太に指示して引き連れることはあっても、陽太から自分を引っ張ってくれるという事はあまりなかったからである
こういうのも悪くないかもしれない
鏡花はそんな風に考えていた
「にしてもあれね、静希も妙なところで気を遣ったものね」
「あ?気を遣ったのは俺らだろ?」
「・・・そうじゃなくて、時間を潰すだけなら適当な店でよかったでしょ?あんな高そうなとこじゃなくても」
支払いなどはすべて静希がしておいてくれたためにいったいどれくらいの金額がかかったのか把握する術はないが、あの店の雰囲気やその中にいた客層からして少なくとも学生の手が届くような店ではないことがうかがえた
鏡花と陽太を二人きりにするだけが目的であれば、あそこまでこる必要は無いように思えたが、そこは純粋な親切心だろうか
「あれじゃねえの?邪魔者扱いしちゃったからその埋め合わせってのもあるんじゃねえの?」
「・・・そうかしら」
陽太からすれば静希達の恋人としての時間を作るために少しいなくなってくれという事を言ったため、そのお詫びという意味合いが込められているのだろうが、鏡花からすれば陽太との仲を取り持つためにわざわざ用意したという意味合いの方が強いように思える
もちろん今回の場合その二つとも含まれているのだろうが、あの静希の邪笑と立てた親指を見るとどうしても後者の方が大きな割合で含まれているような気がしてならなかった
そして陽太と鏡花は静希を探すべく、駅前の広場へとやってきていた
クリスマスらしい電飾で飾り付けられた木々や建物、店の呼び込みをしている店員や腕を組んで歩くカップル
この場所は今まで鏡花たちが身を置いた非日常とは程遠い、普通という言葉が似合う、ただの街の中であることが覗えた
空は暗い、完全に日が落ち、真っ暗になっているはずだが、街全体が輝いているように見えた
隣にいる、身長の高い想い人、同級生で幼馴染を探してあたりを見渡す彼を見て、鏡花はわずかに口を開く
喉元まで出かかっている言葉を押さえつけて、鏡花は陽太の手を強く握る
「陽太・・・あのね・・・」




