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J/53  作者: 池金啓太
十九話「年末年始のそれぞれ」

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親切心から

一度歌ったことである意味吹っ切れたのか、鏡花は徐々にいつもの調子に戻りつつあった


意識が陽太から歌や遊ぶことに向いてきたおかげだろうか、その表情は非常に明るい


「静希君、さっきどこに行ってたの?」


「ん・・・まぁまぁ、あとでわかるよ」


陽太が歌っている間に明利が静希に話しかけると静希はわずかに笑ってお茶を濁す


どうやら何か考えがあるようだったが、ここで話すようなことでもないようだ


少なくとも悪いことにはならないだろうと高を括って明利もカラオケを楽しむことにした


こうして何時間も遊ぶというのは本当にたまにしかできないことだからこそ、静希達は目一杯歌いつくした


喉がつぶれるまでというのは言い過ぎかもしれないが、歌いたい曲が無くなるまで歌い、時刻は十八時を回ったところ、フリータイムも終わってしまい、静希達はとりあえず店から出ることにした


「んん~!歌った歌った!この後どうする?静希の家でもうちょっと騒ぐ?」


「お前人んちをなんだと思ってんだよ・・・」


すっかりいつもの調子に戻った鏡花だが、どうやら本筋を随分と忘れている様だった


この後陽太をデートに誘えなくてどうするのか


どうやら本格的になんとかしたほうがよさそうだった


「陽太、ちょっと来い」


「ん?どうした?」


「鏡花ちゃん、さっきの歌ってなんて曲だったの?」


「あぁあれ?あれはね」


静希の目配せと同時に明利は鏡花の気を引き、その間に静希は陽太に用件を告げると、陽太はニヤニヤしながら静希と明利を見比べる


「ったくしょうがねえなぁ、お前も男ってわけか?」


「いいだろ、こういう時くらい、ちゃんとお前の方も手配したから、頼むぞ」


「オーケーオーケー、任せな」


肩を組んで話をしている静希と陽太には目もくれずに、明利と鏡花は歌の話で盛り上がっている


これで仕込みはすべて終えた、あとは手はず通りに動くだけである


「よっしゃ、とりあえず駅前行こうぜ、どっか遊べるところあるだろうし」


「わかったわ、それじゃ明利、こんどCD貸してあげるから」


「うん、お願いね」


どうやら予想以上に歌の話で盛り上がったのか、鏡花と明利はこの後もしきりに話題に出していた


どうやらうまいこと気を引いて鏡花の意識をそらせることには成功しているようだ


そして駅前にたどり着くと、そこには全員が見覚えのある顔がいた


「あ、ようやく来た、静!明ちゃん!」


手を振ってこちらにやってくるのは静希の姉貴分雪奈だった、彼女は彼女で班の打ち上げを終えてこちらで待ち合わせたのである


「悪い雪姉、遅くなった」


「まったくだよ、女の子は待たせるものじゃないよ」


そう言いながらも顔では全く怒っていない、むしろ嬉しそうにしていた、どうやらこのやり取りを一度はしてみたかったようだ、女の子の考えることはよくわからないものである


そして静希が目くばせすると陽太は小さく親指を立てて笑って見せる


「あー・・・鏡花、付き合ってる奴らの邪魔しちゃ悪いからさ、俺らは退散しようぜ」


「え?でも」


「ほら行くぞ!適当な店で時間潰そうぜ!」


明らかに棒読みの台詞を読み上げた後で陽太は鏡花の言うことも聞かずに強引に手を取って歩き出す


その瞬間、鏡花の思考と意識が陽太の方向に向くことで、その顔が一気に赤くなる


そして処理能力が落ちる寸前に、鏡花はその場に残された静希の方を向く


そこには邪笑を浮かべながら親指を立てている静希がいた


やられた


そう気づくのに時間はかからなかった


明利との話に夢中になっていて気づかなかったが、今回やたらと静希が主導権をとって動いていることに違和感を覚えるべきだったのだ、恐らくいつまでたっても陽太を誘わない鏡花にやきもきして余計な気を回したのだろう


しかもバカな陽太を利用して、恋人としての時間を過ごしたいからお前と鏡花は少しの間席をはずしておいてくれないかとか頼んだに違いなかった


陽太は陽太で親切心で静希達から離れることを選択し、静希は静希で親切心と明らかな悪意を持って陽太と鏡花を二人っきりにして見せたのだ


すっかり忘れていた、自分が普段一緒にいるのは底抜けのバカで、自分の班にいるのは腹の中が真黒な策士であるという事を


「ちょ、ちょっと待ちなさいったら!どこ行くつもりなのよ!」


「安心しろって、そこら辺も静希が用意してくれてるみたいだからさ」


陽太の安心しきったのんきな顔を見て鏡花は愕然とした


静希はやるときは本当にとことんまでやりつくす


その対象が自分と陽太になった時点でいったい何をしてくるのか予想もできない


十分ほど陽太と歩いてたどり着いたのは、地元でも有名な高級レストランだった


少なくとも学生が入るような店ではないことだけは陽太も理解できるのか、静希に教えられた店の名前と一致していることを確認して特に物怖じすることもなく鏡花の手を引きながら店の中に入っていく


「すいません、予約してる響っすけど」


「はい、響陽太様ですね、承っております、こちらへどうぞ」


受付に名前を言うと何の支障もなくすんなりと二人は席へと通される


制服で来るようなところではないだろうと思いながらも陽太と鏡花は席に座り明らかに場違いな空気を味わっていた


周りにはカップルと思わしき大人の男女がいくつか、テーブルを挟んで談笑している


そんな中に学生二人、明らかにいるべき場所が違うのではと思えてしまう


装飾も、内装も、そして置かれているテーブルや椅子、さらには照明に、かかっている音楽も学生が来るような店ではないという事が覗えた


「すごい店だな・・・ザ場違いって感じだ」


「そうね・・・ちょっと着替えようかしら・・・」


そう言って鏡花は自分の制服に手を当て、この空間に合うようなシンプルなドレスに変換してみせる


「おぉ、鏡花、俺のも頼む」


「はいはい」


相変わらず便利な能力だと思いながら陽太の服装もシンプルなスーツへと変換してみせた


再びウェイターがやってきたとき一瞬で二人の服装が変わっていることに気付いたようだったが、そこはプロ、まったく表情に出さずに二人の前に料理を持ってきた


そしてその手には一枚の紙が握られている


「清水鏡花様でよろしいでしょうか?」


「え?はい、そうですけど」


「こちらをお預かりしておりました」


折りたたまれた紙を受け取り、とりあえずその場で開いて見せるとそこには静希の筆跡でメッセージが書かれていた


『セッティングは全部やっておいた、支払いも済ませてあるから素敵なデートと洒落込んでしまえ、後日しっかり報告するように   追伸 支払いは出世払いでいいぞ』


そのメッセージに鏡花は呆れながらも、口元が緩んでいるのを抑えられなかった


出世払いで頼むなど、本来は金を借りている立場が使うべきではないだろうか、金を払う立場が出世払いなどどういう事だろうかと思えてしまう


だが静希が自分たちのためにこうして準備してくれたのだ、嬉しくないはずがない


陽太は全くそんなことは気づいていないだろう、ただ静希達のために気を利かせたくらいにしか思っていないに違いない


せっかく得たチャンスだ、ものにしなければ静希に申し訳が立たないと言うものだ


「陽太、テーブルマナーくらい心得てるでしょうね?」


できる限りいつもの調子で、でも少しだけ紅潮した顔で鏡花は陽太に微笑む




鏡花が陽太と食事を始めようという頃、静希と明利、そして雪奈は二人がいるのとは別のレストランにやってきていた


ここも二人のために用意したレストランと同じく高級レストランと言えるほどのものである


唯一違いがあるとすれば、静希達がいるのはビルの上層にあるレストランであるという点だろう、窓からは綺麗な夜景が見え、クリスマスの装飾で輝く街の光景を臨むことができた


「すごいね・・・こんな所よく予約できたね」


「まぁな、せっかくの機会だったし」


「いやぁすごいね・・・ザ場違いって感じ」


まさか違う場所で陽太が似たような発言をしているとは思わないだろう、雪奈は前衛として陽太と似ているところでもあるのだろうか


静希はその言葉に小さく笑いながら二人の座る席を引いて座らせる


「飲み物はいかがいたしますか?」


「全員未成年なのでノンアルコールを」


「かしこまりました」


オルビアのおかげで人を扱うのには慣れてしまったのか、手慣れた風にウェイターに指示を出す


その様子を見ながら、明利と雪奈はとりあえず渡されたメニューを眺めながらどれにしようかと迷っている様だった


「それにしてもさ、静大丈夫なの?こんな高そうなところ」


「大丈夫だよ、何度か仕事したせいで無駄に金もあるしな、こういう時に使わなきゃ」


静希は何度か悪魔の契約者として半ば無理矢理に委員会から依頼を斡旋され行動したために、正当報酬としてかなりの額を貰っている


学生身分としてはそんな大金があったところで使い切れるものではなかったが、こうして使う機会に恵まれたのだ、ここは素直に喜んでおくべきだろう


「ひょっとして、鏡花ちゃんの方も?」


「あぁ、ちゃんと手配してあるよ、これであいつらがもう少しうまくいくといいんだがな」


「まぁ、あっちはあっち、こっちはこっちで、まずは乾杯しよ」


そう言って雪奈はノンアルコールの飲み物が入ったグラスをもって少し掲げる


「そうだな、何に乾杯する?」


「えっと、お疲れ様・・・かな?」


「それよりも、私たちの未来にってどうよ」


少し臭いぞと思いながらも、静希と明利は微笑みながらもグラスをもって三人同時に触れさせる


乾いた音と共に三人のグラスの中身がわずかに揺れ、照明によって輝き始める


学生には少し早い場所で、静希達は自分たちのこれからに乾杯するのだった


誤字報告が五件たまったので二回分投稿


やっぱり下世話、あるいはこういう話を書いてる時が一番楽しかったりする今日この頃です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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