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J/53  作者: 池金啓太
十八話「雪の見えるその場所で」

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手術の様子

静希達の宛がわれた部屋は、大量のビニールに覆われ外気から完全に遮断されていた


内部の空気は陽太が一度完全に熱により処理し、鏡花が新鮮な空気を作り出すことでほぼ百%の滅菌状態にして見せた


そして静希が寝かされている机の近くには鏡花が作った手術道具がいくつも並んでいた


静希の傍らには鏡花と明利が並んで立っている、その姿は全身白に包まれており、マスクや手袋をつけ本格的な手術の装いをしていた、そして部屋の隅には城島の姿もある


自動回復する静希の手術とはいえ、医師免許を持っていない一介の生徒が弾丸の摘出手術を行うのだ、責任者としてその場にいる義務がある


それに生きた人間を切るというのはかなり重要な経験だ


未だ机上の上での知識と、時折の補助くらいしかやったことのない明利にとって生きた人間を治療目的で切るというのは重要な経験になる


対して相手はほぼ死ぬことが無い静希だ、経験材料としてはうってつけと言える


城島はそこまで考え明利の手術を許可した


城島は逐一この状況を記録しながら後々の明利の医師免許取得に影響を及ぼす資料を作成していた


成功すればいい意味で、失敗すれば悪い意味で医師免許取得に関わってくるだろう


「・・・ふぅ・・・それでは・・・今から銃弾の摘出手術を行います・・・鏡花ちゃん、フォローよろしくね」


「任せて・・・って言っても汗ふいたりしかできないだろうけど・・・」


鏡花は明利に言われた通りの道具を作り出した、メスや注射器、カンシやそれを置くトレイなどもすべて鏡花が用意したものだ


無論それらの道具はすべて陽太の炎によって完全に滅菌されており、この空間の中にあるものはすべて清潔なもので構成されていた


「静希君、まずは足の血を止めて、麻酔を打つね、ちょっと痛いかもしれないけど我慢して」


「あぁ、注射位大丈夫だから気にすんな」


手慣れた動きで静希の足に布を巻き付け弾丸の埋め込まれている部分の血を完全に止める


完全止血という、時には危険にもなる止血法だ、正しい知識がなければ最悪そこから先が壊死することもあり得る危険な方法でもある、無論医学に精通し、生物に対して同調を行える明利がするそれは専門家のそれと遜色ないほどに鮮やかだった


ふくらはぎから先の血の流れが完全に止まったところで、明利はすばやくその場所に麻酔を施す


局部麻酔と呼ばれるある個所にのみ効果を及ぼす麻酔だ、もっとも静希の所有する麻酔を使用しているためにそれほど効果は得られないかもしれないが、少なくとも一時的に痛みを緩和することはできている


明利は深呼吸し、集中を高めている


今まで手術に立ち会ったことは何度かあった、だがそれは赤の他人だからこそ医学の勉強という建前の元眺めていられた


だが今目の前にいるのは自分の恋人、しかも手術を行うのは自分自身

失敗は許されない


鏡花は少しだけ不安に思っていた


普段は臆病で、引っ込み思案な明利だ、自分の恋人を前に集中力を保てるかどうか、そしてミスをしないかどうか


だが明利の目を見て、それが杞憂であることに気付く


明利の目は今までに見たことが無いほどに集中している様だった


以前のような暴走しているような生気のない瞳ではない、やる気と、決意に満ちた覚悟ができている目だった


「鏡花ちゃん、私が指示したらすぐに動いてね、時間との勝負だから」


「う・・・うん、頑張るわ」


今までにない凛とした声に、鏡花はわずかにたじろいでいた


人は見かけによらないというが、ここまで変わるものだろうか


時間との勝負


傷が自動的に修復する静希の体から弾丸を取り出す方法はいくつかある、それを行うためにも明利には高いレベルでの施術が求められ、それをアシストする鏡花には高いレベルでの補助が求められる


静希の体を余計に傷つけるわけにはいかない


誰が好き好んで、恋人の体を傷つけるようなことをするだろうか、明利は可能な限り小さな傷で、可能な限り短い時間で手術を終わらせるつもりだった


一度、二度、正常な空気を吸って、吐いて、全身に酸素を巡らせてから明利は静希の体に触れ、強く同調する


本来医療器具などで患者の生体反応を感知するが、明利にはその必要がない

その能力で呼吸、脈拍、栄養状態、血液量、細胞の一つ一つに至るまでその全容を把握し理解する


そばに置かれたメスを握り、僅かに目を細め静希の足へ向ける


どこに弾丸があるかも把握している、血管や筋肉、骨の位置も理解している

生き物の肉を切るという事を行ったこと自体、明利は少ない、それこそ数えるほどしかない、治療のために行うことは初めてだ


だが静希の足を見る目に、メスを握る手に怯えはない


静希は自分を疑っていない、自分がこのくらいのことはできると信じているのだ


それなら明利が迷う理由も疑う理由もない


自分はできる、静希がそう信じているのだから


「・・・それでは、手術を始めます」




明利の施術が始まるころ、入浴を終えた陽太は部屋の外で待っていた


手術を待つというのは時間がかかるものだとは知っているが、やはり少し心配は残るために落ち着かない


廊下をぐるぐると動き回りながらいつ終わるものかと完全に落ち着きを無くしてしまっていた


「落ち着かないみたいだね」


「あ・・・斑鳩さん」


先程まで小此木と話していたであろう斑鳩がこちらにやってくる


鏡花の話によると獣と間違えたという事を小此木が強く謝罪したのだという、外見がこれだから仕方ないという事を言ったのだが、小此木は申し訳なさでいっぱいのようだった


そしてそのことを詫びるためにも夕食などをごちそうするという話になっているという


大人には大人の付き合いがあるため生徒である自分たちは特に干渉しなかったが、どうやら静希が負傷したという知らせを聞いてここにやって来たらしい


「すまないね、私を先に向かわせなければこんなことにはならなかったんだろうけど・・・」


「気にしなくていいっすよ、今回は斑鳩さんをここに送り届けるのが一番手っ取り早かったっすから、それに俺も静希もちょっとした怪我は慣れっこっすよ」


長年訓練を重ねてきた陽太たちにとって、この程度の怪我はよくあることだ、その度に明利に治してもらっていたために、この流れもいわばいつも通りだと言える、少し違うのは治療の仕方が少々大仰だということくらいだろうか


「それより斑鳩さんは大丈夫っすか?俺らがいなくなった後であの密猟者に見つかったら・・・」


陽太の懸念は、当然静希もしていたことだった


自分たちは今実習でここにいる、その内容はあくまで未確認生物の危険性を把握することだ、今回は未確認生物扱いされていた斑鳩をこの場に連れてくることが一番確実かつ早く実習内容をこなせるからこそこうして斑鳩を守りこの場所までやってきた


だが実習が終われば当然のようにこの場から帰らなければならない、そうなった場合斑鳩は自分自身で身を守らなければならないのだ


あの密猟者が、人間であろうと珍しければ問題ないというような人種だった場合、斑鳩は単身で戦闘を行わなければならない


陽太とて能力者のはしくれだ、エルフの力がどれくらいのものであるかある程度は把握している


だが戦闘において絶対はない、特に狩猟をおこなうような人種は不意打ちなどを得意としている


戦闘状態に移行する前に仕留められれば実力差などはあってないようなものだ


まったくの見ず知らずであったならそんな心配もしなくてよかったのだろうが、幸か不幸か陽太は斑鳩について知りすぎてしまった、今さら何の心配もなしに居られるほど陽太は薄情ではない


「ん・・・まぁ不安がないわけではないけど、なんとかするさ、これでもいっぱしのエルフだからね」


完全奇形のエルフ、戦闘に特化しているかまではわからないがそこまで言うのであれば多少の荒事も得意としているのだろう


陽太は今まで本気のエルフと言うものと戦ったことが無い


暴走状態のエルフとの戦闘経験はあるが、本気で戦おうとするエルフと言うものを見たことすらない


自分達とは異なる強さを持ったその力の本質を知らない以上、どれほどの強さであるかを想像することができなかった


「一応相手の特徴とか能力とか詳しく教えときますんで、万が一があると怖いっすから」


「意外と心配性だね・・・そうだね、万が一は怖いから、気を付けるとするよ」


陽太から密猟者の外見的特徴と所持している武器、そして能力の詳細を聞くと斑鳩は何度かうなずいてから屈託のない笑顔を浮かべて見せる


自分を心配してくれる陽太の心遣いが嬉しいのか、それとも単純にそれくらいなら何とかなると思ったのか、その笑みは何の陰りも見えなかった


「・・・それにしても彼は大丈夫かな、銃弾が体の中にあるんだっけ?」


「えぇ、逆にそれが厄介で、貫通してたほうが楽だったんすけどね」


扉の向こうで行われている手術を心配してか、斑鳩は僅かに目を細めた


静希の左腕のことを知らなければ心配になるのも無理のないことだった、まさか普通の能力に加え、その左腕にあるのが自動回復の能力を持った霊装だなどと思いつけるはずもない


「・・・なんだかこうしてると子供が生まれた時のことを思い出すなぁ」


「あぁ、出産のときもやっぱりこんな感じで落ち着かなかったんすか?」


斑鳩は一児の父だったのだなと思いだし、落ち着かない様子を見せている陽太と懐かしそうにしている斑鳩でその姿は対照的に見えた


「落ち着かなかったよ、医術が発達していると言っても、やっぱりエルフの出産は負担が大きいからね、もしかしたらと思うと気が気じゃなかった・・・」


医学がいくら進歩しても出産は母子ともに大きな負担がかかる、それが危険であればなおさらだ


しかも扉の向こうから悲鳴などが聞こえてくれば、男としてはその場を行ったり来たりするか、椅子に座ってただ祈ることしかできないのだ


「あの小さな子が手術をしているとなると・・・心配だろう?」


「ん・・・俺らの中で一番あぁいう事に慣れてるのは明利だし・・・そこまで心配はないっすね、今のところは」


静希達のことをそこまで深くは知らない斑鳩でも、陽太が明利に寄せる信頼は強いものであることが理解できた


ぶっつけ本番の手術に対して、そこまで心配していないと言える陽太もそうだが、それに立ち向かって行ける明利も相当に度胸がある


不思議な子たちだと斑鳩が思っていると、手術を行っている部屋の扉がゆっくりと開いた


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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