抱える不安要素
夕食時、小此木が用意してくれた食事を堪能しながら静希達は横目で城島の様子を確認していた
先程静希たちに見せた威圧感は今はない、平然と食事を口に運んでいる
あの圧力は自分達よりも、どちらかと言えば今もどこかにいるであろう監査の教員に向けられたものであると静希達は感じていた
いざという時まで動かないような人員は最初から当てにしないという意志表示でもある
とはいえさすがにあそこまではっきりと公言するのは問題があるのではないだろうか
自分たちが問題なく行動すればいいこととはいえ、もし城島が行動して彼女に何かしらの罰則が入った場合、静希達としても居心地が悪い
「・・・気になるか?」
「え・・・?」
味噌汁の入った椀を傾けながら城島は僅かに視線を静希達へと向ける
気付かれないように視線を向けていたつもりではあるが、さすがに城島にはばれていたようだった
「・・・気にならないって言えば嘘になります・・・さすがに」
鏡花は視線を明後日の方向に向け、どこかにいるであろう監査の教員の気配を探るのだが、索敵が可能なタイプではない鏡花にはどこに誰がいるのかなどわかりようがなかった
今もどこかで聞いているのだ、気が気でないというのは言い過ぎかもしれないが、気にならないわけではない
「お前たちは実習に全力を注げ、私の行動はあくまで保険だと思え・・・お前たちが気にすることじゃない」
「つっても・・・なぁ?」
同意を求める陽太の視線に静希はわずかに眉をひそめる
気にするなと言われてその通りにできるはずもない、城島は自分達より何倍も優秀な能力者だ、そんな人の協力が得られればさぞ楽になるだろう、だが楽になってはいけないのだ
校外実習の本来の目的はあくまで静希達生徒の成長を促すもの、そこから逸脱した行動をとれば必ず何かしらのペナルティがある
もしかしたら静希達の担当から外されることもあるかもしれない、それは非常にまずい
人外たちの状況をほぼ正確に把握しているのは教師の中では城島だけ、監査の教員もほとんどを知っているとはいっても実情を知っているとは思えない
となるとここで城島を担当から外されるのは大きなデメリットだ
ここで城島にあまり行動的になられるのは好ましくない、結果的に自分たちが危険になろうと、それは自分たちの実力が足りなかったからでもある、それに万が一の場合は静希も手段を択ばないという選択肢だってある
「先生、さすがに先生が行動するのは問題あります、今だけじゃなく今後に関しても」
「それは承知している、だが死ぬか罰を受けるかと聞かれれば後者をとるだろう?」
「それは万が一の場合の話です、そういう話にならなければ問題ないはずです」
城島と静希の視線が鋭くなり、互いに交差する
殺気というには足りないが、威圧というには強いものを互いにその視線に込めていた
肌を刺す威圧感にその場にいる鏡花たちは息をのむ
城島の視線と威圧感はいつものように鋭く重苦しい、だが静希のそれもまた以前の物とは違う、冷たく圧迫感のあるものになっている
数秒間の沈黙が、数分にも感じられるほどに緊張感が高められた一室で静希と城島は互いに譲ろうとしない
「・・・じゃあ聞こう・・・万が一の場合、お前はどうするつもりだ?」
万が一
城島が一体どの程度の危険を想定しているのかは静希の仮定でしかないが、いくつか危険のある状況を考慮したときに取る行動は決まっていた
「万が一の場合は生存を最優先として行動します、場合によってはあいつらの手を借りることも視野に入れて」
あいつら、城島はその言葉の意味を理解していた
静希の選べる行動の中で最悪で最強の手札、悪魔メフィストフェレスと神格邪薙
もしこの二人が出てきた場合、戦闘のランクが大幅に跳ね上がることになる、それと同時に静希は今まで積み重ねてきたただの学生能力者という立場を失いかねない
実習中はほとんどメフィ達に頼ることなく行動してきたのに対し、今回は意図的に頼ろうとしているのだから
静希が左腕を失った樹海の実習では途中、獣除けのためにメフィを一瞬出すことはあったが、鏡花の壁で覆っていたため何をしていたかも把握できていないだろう
実際に長時間人外たちが飛び出した時は落盤のこともあり悪魔や神格を目撃した人間はほとんどいない、偶然出会った村端くらいのものである
監査の教員も静希を見失っていたために、そのあたりの報告もされていない可能性があるが、今回は違う
もし作戦行動中に悪魔を召喚することがあれば、静希の評価は一転するだろう
「・・・お前は・・・いや、お前たちはそれでいいのか?」
唐突に話を振られたことで鏡花たちは一瞬呼吸をすることも忘れていたことに気づき、声を出す前に何度か深呼吸をしてしまう
「もしこいつが最終手段を使おうとしたら、私たちには止められませんし、たぶんこいつが使おうとしたなら、それが最善なんだと思います」
鏡花の言葉に陽太も明利も同意であるのか何度も頷いて見せる
司令塔として、現状把握と対応に対して定評のある静希だからこその評価だと言えるが、同時に危険性もはらんでいる
過度な信頼はそれこそ判断を曇らせる可能性だってあるのだ
だが城島は納得したのか、それとも諦めたのか小さくため息をついてわかったと呟いた
結局、城島は自分が動くという発言を撤回してくれた、正確に言えば条件付きでだが
危険に陥り、死ぬかもしれない事態に陥った場合緊急連絡を入れるようにという事だった
この山でも電波が通るのは今まで行動した場所までは確認済みだ、危険と判断したらすぐに連絡するようにと言及された
「なんか先生、ちょっと心配症になってないか?前はあそこまでじゃなかった気がするんだけどな」
自分たちの部屋に戻って装備の点検と明日の準備を行っている静希の言葉に、近くで同じように準備をしている鏡花たちは表情を曇らせていた
「・・・正直、私は先生の気持ちわからないでもないわ」
荷物を分けながら、鏡花は取り外された静希の左腕を眺める
その内部に取り付けられた刃の調整と整備のために取り外しているのだが、その光景が静希の左腕がすでに無いという事実に拍車をかけ、さらに不安感を募らせるのだ
「ちなみに聞いておくけど、なんで?」
「・・・あんたは死にかけてたから見てないんでしょうけど、本当にこいつら酷い有り様だったのよ、私から見ても、たぶん城島先生から見てもね」
あの時静希は、精神状態に異常をきたした陽太と明利を見ていない
静希は命の危機を直に体験したが、鏡花や明利、陽太は外側からそれを見ていた、そしてその後一体どういう事になってしまうのかを直に体験している
静希が死んだ後、自分たちが一体どうなってしまうのかを実際に体験してしまったのだ
そしてそれは城島も同じ、静希が死んだ場合、あるいは班員の誰かが死んだ場合のシミュレートができてしまったのだ
班の崩壊以上に重い意味がそこにはあった
「この中で、一番危ないのがあんたなのよ、私や明利はそもそも前衛に出ることなんてしないけど、あんたは場合によっては前に出ようとする」
静希は本来中距離支援を得意とする能力者だ、技術と武器が手に入ったことで接近戦をするという選択肢もとれるようになったが、それでもやはり本職である前衛には劣る点が多すぎる、その中に耐久力の問題がある
陽太のように耐久力が上がるわけでも、雪奈のように高速で動けるわけでも、頑丈な鎧を纏っているわけでもない、ほとんどただの生身で前に出ようとすれば危険が付きまとうのは当然のことだ
「あんたの左腕が便利で、回復もしてくれるってのはわかってるわ、でも静希、忠告しておくわ、少しずつでもいいから前に出るのは控えなさい、あんたが怪我したらそれだけ泣く人がいるんだから」
鏡花の言葉はもっともだ、相変わらず正論で構成されている内容に静希は返す言葉もなく頬を掻いている
「わかってはいるんだけどな・・・こればっかりは・・・・」
「あんたの能力が弱いから悠長に選んでられる余裕がないってのも理由にしちゃだめよ、目的達成よりも何よりもあんたは自分の体を最優先にしなさい」
静希の考えをすでに読んでいるかのように鏡花は眼前に指を突き出して注意して見せる
自分の体を最優先に
鏡花の言っていることは正しい、本来そうするべきなのは静希だって十分わかっている
だが自分が怪我をすれば勝てる相手だったなら、そうするべきではないのだろうか
将棋やチェスでも一つも駒をとられずに戦うことなどできない、必ず何かしら犠牲はつきものなのだ
ゲームと現実を混同する必要はないが、実行するにあたって何かしらの対応が必要なのは事実だ、その対応が自分が囮になることだったり、前に出ることだったなら静希は迷わず実行するだろう
鏡花のいう事は正しい、だが静希の考えていることもまた正しいのだ
結局のところ、どちらに視点を置くかによってその正しさは変化してしまう
静希達の身の安全を考えた場合は鏡花のいう事が、目的達成を考えた場合は静希のいう事がそれぞれ正しくなる
鏡花は実際に壊れていく班員たちを見た、そしてようやくできた、ようやく出会えた仲間を失いたくないからこそ静希にこうして忠告しているのだ
静希は自分の能力に劣等感を抱え、成長していく幼馴染を前に少し焦りの気持ちだってある、そして悪魔や神格や霊装といった面倒事を抱え込んでいく中で手段を選んでいられないというのも、また当然の思考だと言えるだろう
両者ともに正しいことを言っているのだ、自分の考えを通したいと思っているのだ、それぞれ思うところがある故に意見が異なる
もちろん静希だって怪我しなければそれが何よりだ、明利や雪奈たちに心配をかけたくないと思うのも本心だ
だがだからと言ってできることをしないでいい理由にはならない
「・・・まぁあんたにこんなこと言っても結局聞こうとしないんでしょうけどね」
「わかってるなら言うなよ、自覚はしてるんだから」
鏡花は呆れたように大きくため息をついてから明利の方に視線を向ける
不安そうにこちらを見ている小さな少女は鏡花の視線に気づいたのか申し訳なさそうにうつむく
本来は自分が言うべきことなのにと思っているのだろうか、静希のことを誰よりも心配しているのは明利だ、しっかりと口に出すことも必要だろう
だが今は班長である鏡花が言うだけでいい、もしまた静希が危険な行動をとったのなら、その時は明利にしっかりと説教なりなんなりしてもらうことにした
この班はやはり前途多難だと思いながら鏡花はさっさと明日の準備を終えることにした
「それで?明日はどういう風に動くわけ?」
「明日も行動自体は今日と同じ、出発は夜明けと同時、今だとだいたい六時半くらいか」
明日のことを具体的に考えていくのだが、如何せん今のところできることが少ないのが現状である、なにせ追跡の対象が足跡のみなのだ、行動速度も遅くなり必然的に時間もかかる
しかも早く動きたいのは山々だが、冬は日の出が遅く日没が早い、行動時間そのものが限定されてしまうためにまともに動ける時間が十二時間以下になってしまうのだ
小此木に頼んであらかじめ米を炊いてもらい、おにぎりにして茶と一緒に持って昼食代わりにするつもりだが、戻らず行動しても時間が短すぎる、とはいえ夜中に行動するのも危険すぎるためどうしたものかと悩んでしまう
目標の行動範囲がかなりの広さであればもしかしたら明日中にも発見できないかもしれないのだ
「まぁ実際それくらいしかできることないしな・・・特に匂いとかもなかったし」
「他の生き物も特に変わった動きもしてなかったし、今は足跡を追うくらいしか・・・」
陽太の嗅覚と明利の索敵にもこれと言って異変がなかったために、静希達が追えるのは足跡のみという少し心もとない状況なのだ
与えられている情報が少なすぎるというのも問題である、もう少しばかり何とかなればよいのだがと思えてならない
もう少し野生動物特有の痕跡が残っていてもいいのだがまったくないというのが少し不審だ、本来の野生動物であれば体毛や縄張りの証明でもあるマーキング、または糞尿の類があってもおかしくないのだが今のところそのようなものは見つかっていない
冬ということもあって体毛が抜けにくい時期でもある、また奇形種の可能性が高いため本来行う行動をしないことがあることも否めない、糞尿に関してはただ単に確認距離が短かったからという可能性だってある
今わかっている情報だけでは判断できないことが多すぎるのだ、少しでも情報を増やすためにも同じ行動を行って足跡の先へ向かうしかないのである
「なんかやることははっきりしてるんだけどできることが増えないっていうのももどかしく感じるわね、初日だからこんなこと言ってもしょうがないのかもしれないけどさ」
「まぁまだ始まったばっかりだ、気長に行こう、焦ってもしょうがないからな」
事実まだ実習の初日、実働時間が少ないために成果が上がらないのも無理はないのだ
それにすでに実習において失敗を経験している静希達からすれば、全力を出した結果目標の行方が分からなくなっていたのであればそれはそれで仕方ないのではとも思えてしまうのだ
足跡を追ってその先に目標がいるのかもわからないが、できるだけのことはするべきだという事だけはわかっている
目の前の課題を一つずつ解決していくくらいしかできることはないのだ
「それじゃ今日はここまでにしましょ、明日に備えて就寝ってことで」
「そうだな、とっとと寝るか」
それぞれ男子と女子の領域を作り、布団を敷いてから眠ろうとする
電気を消して布団の中に入ってから数十分、明利がこそこそと動いているのを鏡花は見逃さなかった
「・・・あんた何やってんの?」
「っ!?」
まさか起きているとは思わなかったのか体を硬直させて布団から上半身だけ起こしてこちらを見ている鏡花を見ながら明利は口を開閉してしまっている
「え・・・えっと・・・その・・・」
「・・・まさか静希のところに行こうとしたんじゃないでしょうね?」
鏡花の言葉に明利は視線をそらしながら冷や汗を流している、どうやら図星だったようだ
「・・・あのね、今は実習中なのよ?普段そういう事をするなとは言わないけど、今は体力を温存しておく必要があるってこと、わかってるわよね?」
「ち、違うよ!あの・・・ただギュってしてほしくて・・・ただそれだけで・・・」
どうやら明利自身もこんなところで情事を行うつもりではなかったようだが、班長として実習中の不純異性交遊を見逃すことはできない
風呂場のことはまだ自分も関わってしまったためにスルーしたが今回ばかりは見逃せない
恐らく、先程の静希と鏡花の話で少し不安になってしまったのだろう、静希がいなくなった時のことを思い出してしまったのだろう、その表情にはわずかな怯えのようなものも見える
だから静希の所に行きたいというのは理解できる、だがそれを是とするかどうかは話が別だ
「我慢しなさい、ほら私が代わりにやってあげるから」
「え?あ!」
明利の手を強引に引っ張り自分の布団の中に引きずり込んでから抱きしめて拘束する
これで静希の所に向かうということはできなくなる、そして鏡花も体よく明利という湯たんぽ代わりを入手できた
「・・・あんたって本当に抱き心地いいわね・・・あったかいし小さいし」
「うぅ・・・褒めてないよねそれ・・・」
何度か拘束から抜けようともがいていたがもともとの筋力の差がありすぎるのか、明利はすでになすが儘になっている
鏡花の腕の中にもすっぽりと入ってしまう小柄な同級生、これを静希や雪奈は好きなようにしているのかと思うとやはり犯罪の匂いがしてしまう
「にしてもこんなので落ち着くの?抱きしめてるだけだけど」
「うん、やっぱり安心するよ?自分より大きい人にギュってされるとなおさら」
「ふぅん・・・このまま子守歌でも歌ってあげようか?」
「そこまで子供じゃないよ・・・」
子ども扱いはさすがに嫌だったのか、明利は鏡花に抱かれるまま顔をそむけてしまう
鏡花は苦笑しながらも腕の中にいる小さな同級生の体温を感じながらそのまま眠りについた
翌朝、明利を抱いたまま眠っていたところを静希と陽太に目撃されからかわれたのはまた別の話である
誤字報告が五件分、さらに累計pvが10,000,000突破したのでお祝い含めて3回分投稿
かなり前から目標に掲げていた10,000,000突破でテンションがやばいです
これからも未熟ではありますが皆様に楽しんでいただけるように尽力する次第です
誤字も多く、至らぬ点も多い作品ですがこれからもお楽しみいただければ幸いです




