素顔と残業
「それで、明日まで私はこの村でご厄介に?」
「そうなるな、どちらにせよ迎えが来ない限り村にも送れない」
そもそも村の位置すら名前でしか知らないのに送り届けられるはずがない
「あの、その・・・五十嵐さん達は・・・」
「あぁ、俺達も明日まではこの村にいる、お前と村の警護の仕事が残ってるからな」
「そうですか・・・!」
安心したのか嬉しかったのか、声をあげて、そして声が大きくなってしまったことが恥ずかしくなったのか布団を頭までかぶってしまう
「あの・・・一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「私の口・・・見ましたよね・・・?」
東雲の口、まるで獣のように発達し、鋭く伸びた牙
エルフは動物の奇形種と同じだ、身体のどこかが異常発達している
彼女の場合、それが口の中の歯なのだ
「俺達は見ていないぞ?」
「今は三人しかいないから、内緒なら」
あくまで見ていないとして通そうとするのに、悪戯を隠そうとする子供のようなことを言う
いや、実際子供なのだが
「あの・・・どう思いました?」
「ん・・・かっこいいと思った」
「静希君、それ女の子にいう言葉じゃないよ」
「え?そうか?」
素直な感想だったのだが、明利は呆れてしまう
「それで、私の顔を最初に見たのって、誰ですか?」
「え?最初に?」
「はい、ちゃんと私の顔を見たのって、誰ですか?」
「そんなの気にすること」
「気にするんです」
どうやらエルフはそういうことを気にするらしく、やはり自分たちとはどこか常識が違うのだなと思いながら静希は思い出す
一番最初に目標である東雲に接敵したのは雪奈だ、だが人であることを判別しただけでそのまま負傷させられた、昨日の夜の出来事で暗かったことも考えてまともに顔は見えていないだろう、陽太もすぐに能力で弾き飛ばされて静希達のところに飛んできた
そして静希達がその姿を見て、静希が最初に顔を見て人間だと気付いた
「静希君じゃないかな、顔をしっかり見たっていうと」
どうやら明利も静希と同じ結論に至ったようだ
そうだなと同意してその旨を東雲に伝えると、少女は「そうですか・・・!」と言って布団を深くかぶってしまう
何がそんなに知りたかったのか静希も明利も理解できずに互いに目を合わせて疑問符を散布していた
「そういえばお前、学校はどうしたんだ?小学校とかいってるだろ?」
なぜか公欠をとっているという話だったが、そのことを知らない体で話を進める
できるならエルフについても少しでも話が聞きたい
「はい、喜吉学園の小等部に通っています、今はお休みをもらっています」
「なんで?」
小学生が公欠で休む理由は家庭の事情、葬式などが一般的だ
「私達エルフは年が二桁になると同時に精霊の加護を受け、使役するために召喚の儀式を行うんです、そのための準備でお休みを頂いてます」
「それで学校は納得するのかよ」
「いえ、家庭の事情ということで話してあります、学校もエルフの事情には関わらないようにしているみたいで・・・」
どうやら学校とエルフ、いや、能力者達とエルフの間にはずいぶんと大きな溝がありそうだ
静希と東雲が普通に話せているのもこの二人がまだ子供だからなのだろう
大人になれば権力やら人間関係やらで雁字搦めになって身動きが取れなくなることもある
今からこういう風にエルフと会話できるのはきっと貴重なことだ
そんなところで、静希の携帯が音を立てて着信を知らせる
「はいもしもし?」
『もしもし静希?フェンスの修理は終わったけど補強はどの程度までやるの?全体のある程度の補強は終えたけど、さすがに最大限までなんて言ったら日が暮れるわよ?』
相手は鏡花だった
あれからまだ一時間と経っていないのにもう修理と補強を終わらせたか、さすが優秀な変換能力者は違う
「そうだな、戦車の砲撃を一発耐えられる程度の強度でよろしく」
『はっはっは、面白い冗談ね、本気でいっているならぶっ飛ばすわよ?』
さすがに戦車はいいすぎたか、だが本気で鏡花が変換すれば本当に戦車砲の一撃くらいなら防ぎそうな物が出来上がりそうだ、冗談は時と場合を選ぶことにしよう
「それじゃあ・・・雪姉のナイフで切れない程度の強さで」
『・・・それだと材質ごと変えないと難しいじゃないの』
「そうだな、雪姉は鉄くらいなら簡単に切り落とすし」
刀を持った雪奈なら鋼だろうと切裂いてみせる、だがナイフならそうはいかない
ナイフの切れ味、そしていくら能力で底上げされたからと言って鉄でできたフェンスをナイフで簡単にきることはできない
そもそも雪奈の能力は物に対する能力ではなく生き物に対して真価を発揮する対生物能力
しかも手加減したナイフなら材質を通常の鉄から鋼に変える程度で十分だ
そもそも通常の獣相手ならば普通のフェンスでも十分なのだからそれ以上は必要ないかもと思ったのは内緒にしておいた方がいいだろう
『まぁそのくらいなら日が沈むまでには終わるわね、あーあ、残業代は高くつくわよ?』
「そうだな・・・先生に何か掛け合ってみろ、なんかもらえるかもしれないぞ?」
『そうね、期待しないで言ってみるわ、それじゃ』
電話はそのまま切れて鏡花はさらなる残業へと向かったようだ




