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J/53  作者: 池金啓太
十六話「示した道と差し出された手」

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会合

二人の誘拐犯が喜吉学園に向かうのを見送ったあと、静希は自宅に戻り急遽出国の準備をしていた


着替えにパスポートに装備各種


はっきり言って面倒なことこの上ない、何故学生風情の自分が平日に海外出張などしなくてはならないのか


「またイギリスに行くなんてね・・・案外縁があるのかもしれないわよ?」


「あちらの甘露はなかなかに癖のある味だったな・・・また味わえるとは・・・」


そんな静希の苦労など知らないとでもいうかのようにメフィは楽しそうに空中を浮遊し、邪薙は異国の洋菓子に思いをはせている


悪魔や神格は暢気なものだ、オルビアは急遽部屋の掃除や静希の荷造りの手伝いなどをしてくれているというのに


「悪いけど今回は外には出してやれないかもしれないぞ?あいつが用意する宿なんて何があるかわかったもんじゃないからな」


「ん・・・まぁしょうがないわね」


あいつとはもちろんテオドールのことである


今回やたらと強気に偵察を送ってきたことから多少警戒しておいた方がいいだろう


部屋に監視カメラや盗聴器の類があって当たり前と思っていいかもしれない


そう考えると自分と共にいる悪魔は勿論神格や霊装も外に出すのは危険だ


面倒の種になることがわかっていてそれを大っぴらにするバカはいない


「何があるかわからないとはいえ、高級であることが約束されているのであれば、それなりに楽しむのが良いだろう、我々のことは気にするな」


「とはいえ、大野様や小岩様には気の毒なことをするかもしれませんね・・・」


邪薙のいう事ももっともだが、オルビアのいう事ももっともである


楽しむことができればいいのだろうが、静希にはそれができるかも怪しいものだ


そしていくら静希の人外事情を知っているからと言って気軽に海外への護衛にさせるのはかなり心苦しい


二人の詫びのつもりでテオドールに最高級の物を手配させたが、正直言ってそれでは済まない問題だ


静希のように学生身分であれば数日の予定などはそれこそ明利達に頼めば何とかなる


だが二人は社会人だ、それなりに予定もあっただろうし仕事もあっただろう


せめてもう少し軍に知り合いがいれば何とかなったのだろうが、うまくいかない物である


荷造りを終え、速攻でまずは学校へと向かう


職員室に駆け足で向かうとそこには城島の前で正座させられている先程の実行犯の姿があった


「ん・・・来たか」


城島の首がこちらに向くと同時に二人の男がゆっくりとこちらに顔を向ける


その顔は苦痛にゆがんでおり、今にも崩れ落ちそうだった


どうやら片方の男は足の治療をしてもらえたらしい、すでに動ける状態なのだろうが、恐らく長時間正座していたせいで足がしびれたらしい


しかも静希が近づこうとすると突然体が重くなる


なるほど、正座状態に加えて城島の能力で重力を倍増化させているらしい


外人にとってこれほど辛い正座体験はないだろう


今回の被害者は静希よりもこの二人なのではないかと思えてくる


「書類上の仕事はこちらでやっておく、向こうで失礼のないようにな、お前の味方になってくれるかもしれん、せいぜい媚を売っておけ」


「そういうのってあんまり得意じゃないんですけど・・・わかりました、とりあえず行ってきます」


城島から気を付けてなとらしくない言葉を受け取りながら、足がしびれたままの二名を引きずって静希はその場を後にする


まずは空港に直行する


二人の動向に気を付けながら空港にたどり着くと、以前のように大野と小岩がメインエントランスで待ってくれていた


「五十嵐君!こっちこっち!」


大野の呼びかけに静希は駆け足で二人の元へと向かう、今回は軍服ではなく二人ともスーツだった


「お二人とも!・・・今回はすいません、面倒に巻き込んでしまって・・・」


「いいわよ、今回は戦闘はないんでしょ?それならむしろありがたいくらいだわ」


「まぁ面倒がないに越したことはないけどね・・・えっと・・・この二人は・・・」


二人の言葉を受けながら自分の後ろからやってくるスーツにサングラスのいかにも怪しい人物二名に向けられた不信感を隠そうともしない瞳に静希は苦笑する


「今回俺を誘拐しようとした奴らですよ、この二人が持ってるチケットをそのまま俺らが使うんで、今回も転移移動です」


「ああー・・・ってことは手続しないとね・・・それじゃ私やってくるから、お二人ともついてきてくれますか?」


小岩の言葉に犯人二名が静希の方を見るが、静希がジェスチャーでとっとと行けと合図すると渋々ながら小岩の後に続いて手続きへと向かっていった


「五十嵐君、彼ら一体何者だい?何で誘拐なんてことになってるのさ?」


「んと・・・説明すると長いんですが・・・まぁ以前ちょっと面倒事ついでに暗殺されかけまして、それの関係者ですよ」


「あんさ・・・え?」


まるでちょっと喧嘩したとでもいうかのような気軽さで告げられた事実に大野は困惑していた


静希がどれほどの存在を許容しているかは知っている、というか知らされてしまった


故にほかの高校生たちよりも重要度の高い人間であることは十分理解していたつもりだ


だがだからと言って暗殺までするだろうか


各国のパワーバランスなどに興味のない大野からすれば理解できなかった


数分してから三人が手続きを終えてやってくると、静希達はすぐに荷物をもって能力転移の移動口まで向かった


以前と同じような対応をされた後、静希達は日本からロンドンへと旅立つことになる


飛行機に乗らない移動というのは味気ないもので、一時間ほど経過するともうそこは日本ではなく、異国の地、イギリスのロンドンだった


ヒースロー空港にたどり着いた静希達を待っていたのは、今一番見たくない顔ナンバーワン、テオドールだった


「やぁやぁ、お久しぶりだなミスターイガラシ、とりあえず無事で何よりだよ」


「あぁまったくもって無事だよテオドール、今すぐにでもお前を殴りたいのを抑えるので必死さ」


互いに右手で握手してから軽いジャブを飛ばすと静希はとりあえず自分の護衛としてついてきてくれた二人を紹介することにする


「この二人が今回の俺の護衛、大野さんと小岩さんだ、この二人にも手を出すなよ?もし下手なことしたらどうなるかわかってるな?」


「あぁ勿論、最高級のビップ相当の対応を約束しよう、これ以上お前を怒らせると後が怖いからな」


もう十分怒ってるけどなと付け加えると、テオドールは肩をすくませてついて来いというジェスチャーを送る


このやり取りを見ていた二人は少しだけ呆気にとられていた


静希の印象があまりにも違いすぎたのだ


今までの静希は少なくとも礼儀正しい好青年という感じだったが、今の静希は明らかに攻撃的で、高圧的な交渉に慣れているようだった


「い、五十嵐君・・・今のは・・・」


「今のはテオドール、以前俺を暗殺しようとした張本人で、ちょっとした非合法組織の幹部、イギリスの政治家に深くかかわっている人間ですね、今回の依頼はあいつ経由で来たんですよ」


とりあえず今のところは無害ですよと告げられても、先程のやり取りの衝撃は拭えない


なにせこの二人は静希の二面性を見るのは初めてなのだ


以前は犯人に仕立て上げられたエドモンドのために奮闘するまさに好青年

なのに今は非合法組織の幹部と対等の立場でやり取りする明らかにやばいにおいのする男


「・・・なんか君の印象がかなり変わりそうだよ・・・」


「ははは、本性知って軽蔑しました?俺自身は単なる小悪党みたいなもんですよ、そんな大したもんじゃないんです」


小悪党


静希は自分をそう表現したが、まさにそれは適切と言えるかもしれない


利用できるものは利用し、自分の敵で勝てる者は打ち倒し、勝てない者は戦闘を回避する


生き物として当然のことかもしれないが、静希は相手と自分の力関係を測るのが絶妙にうまい


実際に戦った相手であればそれなり以上に力量を含めた現状把握ができるのが静希の強みでもある


「お二人には手を出させないようにするんで、軽い観光みたいなものだと思っててください」


「・・・もし彼らが私たちに手を出したら・・・どうするの?」


小岩の質問に、静希は笑みをもって答える


あえて言葉には出さなかった


ただの笑顔、それ以上聞くなという口止めの笑顔


小岩はそれだけですべて理解して項垂れる


静希も一応は覚悟はしている


もしテオドールたちが自分を含めた三人に危害を加えるようであれば、その時はメフィ達にとっておきのお願いをすることになっている


すでに人外たちは皆了承済みだ


実行犯を含め、その命令を下した人間すべてを殲滅するようになっている


そんなことにならなければ最高だと思いながら静希達はテオドールの用意した車に乗り込んだ


「で?今日からすぐに会うのか?」


「そうせかすな、今日の夕方から時間をとってある、それまではホテルで仮眠でもしていろ」


今になって思い出したが、イギリスと日本の間には九時間の時差がある


静希達が日本をたったのが夕方頃だったのに、こちらはまだ朝、平日であることを考えればまだ仕事も学校もある時間帯だ


「お前よくあんな朝早くに電話でれたな、電話したの二時間くらい前だったのに」


静希がテオドールに電話をしたのは日本時間で十六時ごろだった、九時間巻き戻すとして七時にもう電話できるだけの状態にあったことになる


「なに、仕事なら早起きするのは当然だ、仕事があるのに寝ているバカはいない・・・ホテルは最高級のスイートを確保してある、これで文句はあるか?」


「あぁ文句はないな、後で言いたいことがたっぷりあるけど、まぁ今回は置いておこう・・・時間になったら迎えに来い」


了解したよとテオドールは手を振りながら答えて見せる


空気が重い


せっかくの異国の風景を楽しむことなど、これではできそうにもないと大野と小岩は冷や汗を流していた


言葉の節々に殺意と怒気が含まれているものだから気が気でない


テオドールのそれがどの程度かは知らないが、静希の全力、もとい静希の連れている者たちの全力を彼らは知っているのだ


もし静希を怒らせたら彼らが全力で向かってくると思っているために、静希の堪忍袋の緒が切れるのではないかとハラハラしているようだった


静希達が案内されたホテルは、確かにこの辺りでは一番大きく施設も非常に優れたホテルのようだった


大野と小岩が調べたところによるとこの辺りで一番高いホテルだとのこと


最上階を丸々ぶち抜いたかのような内装に静希は若干呆れながら荷物を置いてソファに腰掛けて大きく息をついた


大きなベッドが複数、そしてテーブルにテレビ、冷蔵庫になぜかキッチン、そして街を一望できる窓、こんなところに誰が泊まりに来るのだろうと逆に気になってしまう


「い、五十嵐君、そうカリカリしないほうが・・・」


「あ・・・いえ、別に怒ってるとかじゃなくて、あいつ相手には特に強く出るようにしてるだけですよ」


テオドールとの対応を見ていて静希が怒っていると思ったのか、小岩がそわそわしながらそういうと静希はつい苦笑してしまう


どうやら大の大人をだませるくらいにはしっかりと高圧的にできているようだった


盗聴器が仕掛けられていることも考慮して、静希は携帯で城島からのアドバイスでテオドールに対しては特に強く出るように演じていると打って二人に見せる


すると大野小岩両名は安心したのか大きくため息をついた


「なんていうかさ、今回のこと・・・俺たちはどうしていたらいいのか迷うんだよね、君の護衛って言っても、君はそんなの必要ないでしょ?」


「そうでもないですよ、俺の力は人前で使うようなものじゃないですから、もしもの時は頼りにしてますよ」


もしも


その状況を想像して大野は顔色を悪くする


せっかくのスイートだというのにこれから起ころうとする会談に向けて嫌な予感しかしないのだ


「ちなみに、どうして呼ばれたのかとか、軽く説明してくれるかしら、まだ状況がつかめてないのよ・・・」


「あー・・・そういえば詳しくはしてませんでしたね」


静希はいまさらになって事のあらましを二人に話し始める


悪魔の契約者として暗殺されかけたこと、そしてテオドールのこと、今回の顛末


大まかに話し終えたところで二人はうわぁと嫌そうな顔をしてしまっていた

なにせ外交の中心地に叩き込まれているようなものだ、両国の関係は良いためにそこまで重要かつ面倒な現場ではないが、それでも一介の高校生に行わせるような内容ではないのは確かである


「そういえばこれから会う姫様のこと何も知らないな・・・二人とも知ってます?」


自分がこれから会わなければいけない相手のことも調べてこなかったことに関しては少し自らを叱責しながらも二人に話を振ると、大野は首を振り、小岩は頭をひねって思い出そうとしていた


「えっと、第三皇子の娘さんなんだっけ?たしかセラ・・・じゃなかったかしら?ごめんなさい、今調べてみるわね」


どうやら二人の携帯は海外でも使えるままのようだ


静希も海外でも使える携帯にしたとはいえ、通話とメール機能が生きているだけで、検索機能が使えるかは微妙である


「あぁあってたわ、セラ・レーヴェ、歳も調べる?」


「いや、必要ないでしょ・・・それにしてもテオドールの奴、なんだってそんな奴と・・・」


父親と友人同士であるとはいえ、何故そんな子供と自分が会う羽目になっているのか


もちろんその行動自体に意味があるのかもしれないが、静希にはまったくもって意味不明であることに変わりはない


「五十嵐君は今回のことで海外は二回・・・いや三回目か?三回目でこんなことになってるんだから、数年後はもっとすごいかもな」


「やめてくださいよ、俺も将来のことは少し不安なんですから・・・本当にどうなることやら・・・」


「あはは、悪い大人に利用されないようにしなきゃね」


もうすでに利用されている感はあるが、それでも将来に対しての不安は尽きない


なにせ今は委員会や軍の支援を貰えているが、成人しもし軍に入るようなことがあれば静希の、ひいては悪魔の力をいいようにつかわれてしまう可能性が多いのだ


静希は陽太のような愚直な兵ではいられない、策を弄する工作を得意とする分、頭も使うし苦労も多い


その苦労は静希の実力面だけではなく彼の契約している悪魔や神格のことも含まれる


メフィ達の力を他人に利用されるというのは静希も面白くないのだ


自分の苦労も知らないで必要な力だけ借りようというその魂胆を目の当たりにするかと思うと腹の底から湧き上がる不快な感情が静希の眉間にしわを寄せる


「まぁ、今回ばかりは気楽に行きましょう、用件が済んだら観光でもしたいですね」


「観光かぁ・・・この辺りって何があるんだ?なにも調べずに来ちゃったから・・・」


今回の件が急に舞い込んできたせいで必要な準備など何もできなかったに等しいため、静希達は若干途方に暮れている


以前の海外交流やエドモンドの事件の時もそうだったが、基本静希はイギリスにいい思い出がない、いやいい思い出もあるが、面倒事の印象が強すぎるのだ


一度目は漂流し孤島で霊装を見つけ、二度目は悪魔の事件に巻き込まれ悪魔との戦闘


どちらも生きた心地がしなかった事件である


「今から出歩くのは・・・無理そうね、まずは休んでおきましょ、時差の調整もしなきゃいけないし、休めるのは今のうちだけでしょうから」


確かに、夕方になればテオドールが迎えに来る手はずになっている、それまで時間があるとはいえ時差九時間というのはかなり大きい


今のうちに仮眠でもしておかないと夕方まで起きていられないかもしれないのだ


前回が時差によって多少苦しんだ思いがあるだけに、静希は小岩の提案におとなしく従い、ベッドに横になることにした


こちらの時間で言えば昼食、静希達からすれば夕食をホテルの食堂でとり、引き続きのんびりと過ごして夕方まで時間を潰していると、部屋にノックもなしにスーツにサングラス姿のテオドールが入ってきた


「お三方、スイートの具合はどうかな?お気に召したのなら幸いだが」


「ノックくらいしろ、礼儀をわきまえていないように見えるぞテオドール」


軽いジャブもそこそこに、今回の本題ともいえる謁見もどきの時間がやってきたようで静希は若干気が重い


どこに連れていかれるのかもわかっていない中、名前しかわからないような人と会わなくてはならないのだ、気が重くなるのも仕方ないというものである


「で?どこでそのお姫様と会うんだ?まさかどっかの宮殿とかじゃないだろうな?」


「冗談にしては笑えないな、王族の住処にお前のような危険人物を入れられるか、邪魔の入らない場所はすでに確保してある、いいからついて来い」


宮殿というのはほんの冗談だったのだが、この国ではどうやら王族は宮殿に住んでいるのが基本認識らしい


というか宮殿のような文化遺産をまだ人が利用しているのかと思うと末恐ろしい、日本では城などはほとんど展示や観光に回しているというのに


それだけ作りがしっかりしているということでもあるのだろうが、以前見たイギリスの城からは人が住んでいる様子は想像が難しかった


テオドールの車に乗りやってきたのはロンドン中心地から少し離れたところにある風変わりな建物だった


ビルというには低く、家屋というには広すぎる


屋根や外装もそうだが、通常のイギリスなどで見られる家屋とはまた違ったつくりをしており、細かい装飾や大きな門から、それだけでここが特別な場所であることがわかる


門番と二、三会話してから門を開いてもらい車ごと中に入って駐車場の一か所に車を止めると、静希はその場所がどういう場所であるかを何となく理解した


入り口までに続いた道にも、そこにある庭園にも、噴水にも、細部に至るまで手入れが行き届いている


視界の隅には庭師だろうか、木の剪定をしている男性の姿も見受けられた


恐らくは高貴な人間しか入ることも許されないような場所なのだろう、今さらながら気が引き締まる思いだった


一応位の高い相手と会うということで礼服として学校の制服を着ているのだが、スーツの人間に囲まれていると自分が場違いではないかという風に思えてしまう


「まずはボディチェックを受けてもらう、以前のように武器は持っていないだろうな?」


「んなもん持ってるかよ、仮にも姫様に会いに来てるってのに」


もちろん静希は自分の体に武器はない、入り口に配置されているガードマンに体を軽く触られるが何も問題ないことがわかると問題なく通してくれた


左腕にも気づかなかったことを考えると、腕自体はそこまで警戒していないのだろう


なにせここまで自由に動く腕がまさか義手だとは思わないのだ


とはいえ、武器は持っていないが、保持していないわけではない


トランプの中には銃三丁にナイフが十数本、極め付けに霊装オルビアまである、何があるかわからないからこそ武装はしておく


もっとも、ここで武器を出せば静希が収納系統であるということはばれるだろう


できる限り武器の使用は控えたいところである


日本よりも涼しいイギリスの気候とはいえ、室内には暖房でも効いているのだろうか、そこまでの肌寒さは感じない


内装もかなり手入れが行き届いているようで、カーペットから絵画、壺などの備品なども見事なまでに飾られている


「なんか・・・場違いな気がしてきたな・・・」


「本当にね・・・何で私たちこんなところに・・・」


大野と小岩が内装を見て多少気圧されているのを見て静希は苦笑する


静希だってこんなところにいるような人物ではない、だがもうこの程度では気落ちはしても驚けないし気圧されることはないのだ


テオドールが扉を開けると、その先には夕暮れの鮮やかな日がわずかに入り、色を変えている白を基調とした部屋が広がっていた


カーテンや床や壁、テーブルや椅子など何もかもが白で統一されている


その中で唯一白くないのはそこにいる人だけだった


「やぁテオ、待ってたよ」


答えたのは椅子に腰かけて紅茶を飲んでいる三十半ばほどの男性だった、その口ぶりから、彼がテオドールの友人の第三皇子だろうか


「こんな面倒はこれっきりにしてほしいよ、こいつとは可能なら関わりたくないんだ」


「はは、娘の我儘に付き合わせてすまないな」


テオドールの声音が少し柔らかくなったのを確認しながら、静希はその後ろに追従し、目の前にいる人物を注視する


金髪碧眼、物腰柔らかそうな顔立ちに、凛々しいスーツや時計などの装飾品、それらがすべて一級品であるということに気が付くのに時間はかからなかった


「一応紹介しておこう、アラン・レーヴェ、俺の友人だ、アラン、こっちが例のシズキ・イガラシとその護衛二名だ、危険人物だから注意しろ?」


その紹介に軽くため息をつきながら静希は前に出る


「ご紹介にあずかりました、危険人物五十嵐静希です、どうぞよろしく」


「初めまして、アランだ、今回はすまないね・・・それじゃ本題の娘の紹介をしようか」


アランの言葉通り、もう一人座っていた女性に視線を移す


こちらも金髪碧眼、白いきめ細かい肌と細い体が印象的な女性だった


「初めましてミスターイガラシ、私はセラ・レーヴェよ、会えてうれしいわ」


差し出された手を何の抵抗もなく握り返して静希もそれなりの笑顔を作る


さすがに王族相手に素の自分を出すのは少しまずいだろうという考えが静希にも存在した


「それで、お姫様はなぜ俺に会いたかったんです?何か理由でも?」


「まぁまぁ、立ち話もなんだからまずは座って」


話を進めようとする静希を遮ってアランが着席を進める


テオドールはアランの後ろに立ち、座るつもりは無いようだった


大野と小岩は静希の後ろに立ったまま動こうとしない、ここは自分が座るしか無いようだった


「では失礼して・・・」


「紅茶は好きかい?ミルクは入れる?」


「・・・ストレートで構いません」


アランが機嫌よく近くにいる給仕に紅茶を持ってこさせると静希の前に置く


カップからは香ばしい香りが漂っている、本場の紅茶というのは味わう機会があまりない、紅茶にあまり詳しくない静希でも多少は姿勢を正して味わうべきものであるということは理解できる


そして紅茶を味わっている間にも静希の横に座っているセラはそわそわと落ち着かない様子だった


外見は十五、六だろうか、外国人の年齢、特に自分ほどの年齢の人間はどれくらいなのか判断に困る


日本人より大人びているというのもあるが、外見的特徴が違いすぎて参考にならないのだ


それにしてもまさかお姫様の父親、つまりは王子様までいるとは思わなかった


娘の付き添いか、それともテオドールの友人としてここにいるのか、どちらにせよ空気が重いのに違いはない


「ミ、ミスターイガラシ、一ついいかしら?」


「?・・・なんでしょう?」


落ち着かない様子のセラが顔色を窺うように静希の方を見ている


自分は何かしただろうか、表情にも声にも特に不審な点は見せないように気を使ったつもりなのだが


「あの・・・少し機嫌がよくないように見えるけど・・・何かあったの?」


機嫌がよくない、その言葉に静希は少し眉を動かした


気づかれるようでは静希もまだまだ、姫に気づかれたということを考えると恐らく目の前の王子アランにも気づかれたとみて間違いないだろう


嘘をつくよりはここは正直に打ち明けたほうがよさそうだ


「まぁね、近くにテオドールがいるのでいつまた殺されかけるんじゃないかとひやひやしていますよ、ここに来る時も『手違い』とやらで誘拐されかけましたから」


一瞬だけテオドールの方を見てため息をつきながら紅茶を傾けると、王族二人が表情を変えた


アランは眉を顰め、セラは目を見開いていた


「おいテオ、確か穏便に連れてくるという話だったじゃないか?」


「手違いと言っただろう?こちらの命令を部下が勘違いしたんだ、本当に悪いと思っているよ」


飄々とそんなことをこたえるテオドールに静希は思わず笑ってしまう


「よくもまぁそんなことが言えたもんだな、お前のその姿勢にはある意味感服するよ」


「・・・何か言いたそうだな」


「言いたいことはないね、ただ聞いてほしいものがあるだけだ」


そういって静希は自分の携帯を取り出して日本で録音したテオドールの部下との会話を再生する


オルビアの簡易通訳はその場にいなくては発動しないために日本語と英語の混じる内容だったが、セラ以外の全員はきちんと理解できたようだった


「テオ・・・お前というやつは・・・すまないミスターイガラシ、こいつには私からきつく言っておく」


「いえいえ、テオドールとしても何らかの思惑があったんでしょう、俺の力のことを知りたいとか、俺の実力を測りたいとか、彼自身が行ったことですからあなたが責任を感じる必要はこれっぽっちもありませんよ」


そう言いながら静希は笑う


ここぞというタイミングで自分の持つ証拠を提示できたことで静希はご満悦だ


そして静希は先程まで無表情だったテオドールに僅かに陰りができているのを見逃さなかった


一泡吹かせることができた、それだけで今回は十分と言えるだろう


「ですがそうですね・・・まぁ一応関係の改善というのは必要でしょう・・・今日はテオドールと食事にでも行こうかと思っていますよ、もちろん彼のおごりで」


「おぉ、そうしてくれると助かるよ、今のところ君とのつながりはテオだけだからね、少しでも仲良くしてくれるとありがたい」


命を狙った相手と仲良くすることなどできるものか、そう思いながらも利用できるものは利用させてもらうと言わんばかりに静希は微笑み返す


「・・・イガラシ・・・一応聞いておくが、何かリクエストはあるのか?」


「ん?そうだな、前は日本の高級寿司だったからな、今回は最高級レストランのフルコースでも奢ってもらおうか?もちろん俺の護衛の二人も一緒に、それくらいいいだろ?金で友好を買えるんだから」


その言葉にテオドールもアランも苦笑いしてしまっていた


なにせイギリスという国は静希に対して大きな借りがある


静希もイギリスに対して負い目がないわけではないが、比較したときにその重要性は大きな隔たりがある


その相手に何度も失礼な行動をしているのだ、このくらいは安いものだとアランも割り切っているようだった


誤字報告10個、お気に入り登録件数1800突破、累計pv7,000,000突破記念で累計5回分投稿


まさかまた5回分やることになるとは思ってなかったです、誤字がすごいことになりそうでドキドキしてます


これからもお楽しみいただければ幸いです

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