長年恋をしてきた女の子の言葉
無駄に注目を集めてしまった鏡花と明利は店から出て、歩きながら話を続けていた
「め、明利、悪い冗談はやめてよね!私が何で陽太のことなんか・・・」
そう言いながらも陽太のことを思い出したのか、鏡花はわずかに顔を赤くした
こんな反応をしておいて好きではないと何故言えるのか
以前の自分もこんな感じだったのだろうかと思い出しながら明利は鏡花の顔をじっくり観察する
心ここにあらずと言ったところか、何を考えているのかはわからないが恐らく自問自答を繰り返しているのだろう、表情がコロコロと変わる
面白い
明利の素直な感想がそれだった
今さらながら昔の自分もこんな感じだったのだろうかと思うと少しだけ恥ずかしくなってくる
「でも陽太君のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「そりゃ・・・まぁ、そうだけど」
鏡花の語尾が小さくなっていくのを聞きながら、明利はどうしたものかと思案を始めていた
鏡花はよい意味でも悪い意味でも気が強い
恐らく今まで見下して、もとい、自分が教える立場にあった人である陽太が好きであるという感情を認められないのだろう
出会いが最悪で、しかも鏡花は陽太のことを散々バカにしてきたのだ
陽太自身もそれを受け入れたうえで鏡花に全幅の信頼を置いているのだから、その関係はあながち間違っていたとは言えない
だが鏡花からすればバカにしてきた相手のことを好きになる、などと言うわけのわからない状況は認められないのかもしれない
「別に変な事じゃないと思うけどな、陽太君背も高いし、勉強は・・・あれだけど、能力の方もどんどん上達してるし」
「そうでしょ!あいつ槍だけなら十五秒くらいで作れるようになったのよ?前まで一分近くかかってたのに、ずいぶん上達したわ、この分なら年内には実戦でも使えるかも・・・」
陽太のことを随分と嬉々とした表情で話すのだなという視線を明利が送ると、鏡花は口を閉じて明利から顔をそらした
だが今さらもう遅い、明利は微笑みながら鏡花の手を握る
「鏡花ちゃん、何もおかしいことじゃないよ?あの時、陽太君に助けてもらったんだよね?」
明利はあえて、あの時、霊装の中にとらわれた時に何が起こり、どうやって陽太が鏡花を助けたのかは聞かなかった
今問題なのは、過程ではなく、ここにある鏡花なのだ
「自分のために来てくれて、助けてくれて、そんな人を好きになったってなにもおかしくないよ、私だってそうだったんだもん」
明利は静希に救われた
それは明利だけではなく、明利と、明利の家族を救ってもらった
静希がいたからこそ、今の幹原家があるのだ
「私はあいつのこと散々バカにしたし・・・あいつも私のこと嫌な奴だって言ったわよ?あいつは私のこと嫌ってるわよ・・・」
「嫌いな人とずっと一緒になんていないよ、それに本当に嫌いなら、陽太君は鏡花ちゃんを助けになんていかなかったと思うよ?」
陽太は自他ともに認めるバカだ、いくら静希の指示とはいえ嫌なことはやらないだろう
あの場に来て、鏡花の前に立って鏡花に言葉をぶつけたのは紛れもない陽太自身だ
あの言葉に嘘はない
それは鏡花も自信を持って言える
「ねぇ鏡花ちゃん、陽太君の嫌いなところ上げてみて?」
「え?嫌いな・・・ところ?」
明利の言葉に鏡花は首をかしげてしまった
普通こういう時は好きなところや気に入っているところを上げるのではないかと思える
だが明利は嫌いなところを上げろと言って見せた
何の意味があるのだろうかと思いながら、陽太の嫌いなところを上げていく
「バカなところ、ズボラなところ、考えなしなところ、体力バカなところ、向こう見ずなところ、無駄に元気なところ・・・」
他にも次々と陽太の嫌いなところを上げていくが、その反面心の中ではそれに追加して言葉が付け足されていた
バカだけど、そのバカさに助けられたこと、ズボラで人の気持ちなんて考えないけど、だからこそ心が楽になった、考えなしだからこそ、頼りになる
次々と浮かぶ嫌悪に対する否定の言葉を繰り返し、鏡花はようやく明利が言わんとしていることを理解した
嫌いなところを上げれば上げるほど、それだけ好きなところが浮かぶのだ
してやられたかもしれないと思いながら鏡花は明利の手を握り返す
「・・・明利、あんたいつの間に人生相談なんてできるようになったの?」
「えへへ・・・私にも少し余裕ができたのかも」
鏡花は明利と雪奈が静希と付き合うことになったことをすでに聞いていた
最初聞いたときは一体何を考えているのだとも思ったが、この三人ならばなんとかなってしまうのではないかとも思ったのだ
そしてその結果、今の明利がいる
確かに、以前の明らかに少女という印象を受けた明利はもういない
どちらかというと幼さの中に精練された女性としての魅力を漂わせている
身長のせいで大人びた小学生に見えてしまうのは仕方のないことだが、前の明利からは大きく変わったのは間違いない
「鏡花ちゃんが陽太君のことを好きになったのは、きっと間違いじゃないよ、雪奈さんも、静希君もきっとそう言う」
「・・・私は・・・」
まだ認められないのか、それとも認めるのが怖いのか、鏡花は明利とつないだ手に視線を落とす
普段が普段なだけに気持ちの整理にも時間がかかるのか、鏡花は複雑な表情を浮かべながら自問自答を繰り返しているようだった
こればかりは自分でけりをつけるしかないことだ、助言はこれくらいにしてあとは考える時間を与えたほうがいいかもしれない
鏡花は頭がいい、自分を客観から見ることができるだけの視野の広さを持っている
気づけるだけの言葉は交わした、そして鏡花自身もう気づきかけている
後は彼女が自分の気持ちに踏ん切りをつけるだけだ
そんなことを明利が考えていると、彼女の携帯が着信を知らせる
相手は静希だった
「はいもしもし、静希君?どうしたの?」
明利が携帯の向こう側にいるであろう静希と電話しているのを聞きながら鏡花はぐちゃぐちゃになった頭を少しでも冷静にしようと大きく深呼吸していた
日中の日差しは夏ほどではないがまだ強い
そして同時に震えるほどに寒い風が鏡花の血の上った頭から熱を奪っていく
夏と秋の境目のこの時期、暑さと寒さが同居する中でこういった風は今はありがたかった
自分が陽太のことを
そんな想像をするたびに再び顔に血が集まっていく、だが不思議といやな気持ちではなかった
陽太のことは嫌いではない、それはわかっている
嫌いな人間とほぼ毎日放課後に訓練などしない
陽太は一緒に居て楽しい人間だ、喜怒哀楽がわかりやすいし、何よりひたむきで好感が持てる
突っかかればその分反論してくるタイプなので変に強がったところでよいことなどないのはわかっている
素直になったほうがいい、明利だって雪奈だって素直に自分の気持ちを伝えたからこそ今の関係ができているのだ
だが自分にそれができるかと言われると微妙なところである
なにせ自分は口が悪い
静希や陽太とは別のベクトルで口汚い
物をはっきりと言いすぎるせいで事実を相手に突き付けるだけで傷つけてしまうこともしばしばだ
攻撃的過ぎると言ったほうがいいかもしれないが、つい口に出てしまうのだ
こればかりは生来の物かもしれないとため息をついてしまう
こんな自分が素直に陽太と接することができるだろうか
そもそも陽太にどう接すればいいのだろう
今まで通りに?それともおしとやかに?はたまた攻めの姿勢で?
それぞれの自分の姿を想像してはそれを打ち消していく
そんな風に人によって態度や性格を変えられるほど器用ではないのはわかっている
それに変に自分を見繕ったところで陽太には通じないだろう
何やってんだお前変なものでも食ったか?なんて風に言われるのがオチである
何より問題なのは陽太の気持ちだ
陽太は自分のことをどう思っているのだろうか
嫌われてはいない、と思いたい
半年近く一緒に訓練をやってきた、家に呼んで勉強もしたし、自分の家族のことも知っているし、たぶん男子の中では一番仲が良いかもしれない
だがそれはあくまで鏡花からの視点だ
陽太は自分のことをどう思っているだろう
そんなことを考えると今まで陽太に向けて罵詈雑言を言っていた自分をひっぱたきたい衝動に駆られる
何故あんなことを言ったのだろうか、もう少し優しい言いかたはできなかったのか、なぜもっと気遣ってやらなかったのか
そんなことを考え出すと頭が痛い、ついに頭を抱えてその場にうずくまってしまう鏡花
こんな姿を見るのも珍しいものだと思いながら明利は電話先の静希の言葉に耳を疑う
「え!?今から!?で、でも明日も学校あるよ?」
「んぁ・・・?どうしたの?」
声音が変わってきたことで何事かと鏡花は屈んだまま顔を明利に向ける
さすがにしゃがんでいると明利の方が高くなる、このアングルから明利を見るのは少し新鮮で、非常に違和感が強い
「そ、それはいいけど・・・うん・・・わかった・・・雪奈さんには?そうなんだ、わかった気を付けてね」
「静希から?どうしたの?」
不穏な会話を終えて明利が通話を切ると、その表情は何とも言い難い複雑な表情をしていた
困惑しているようで、どうやら明利も現状をほとんど理解できていないようだった
「えっとね・・・静希君今日から数日イギリス行ってくるんだって」
「・・・はぁ!?」
明利の言葉の意味を正しく理解できずに鏡花は素っ頓狂な声を上げてしまう
一体何がどうしたらそんなことになるのか、まったくわからずに鏡花は別件で頭を抱える羽目になった
諸事情により予約投稿、ついでにランキングに入ったようなのでお祝い投稿
ランキングに入るとか嬉しすぎる、日刊だからまぁ波があるのは仕方ないけれどそれでも嬉しいものです
これからもお楽しみいただければ幸いです




