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J/53  作者: 池金啓太
十六話「示した道と差し出された手」

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鏡花の悩み

十月も終わりに差し掛かり、気温もかなり下がり、もう夏とは言えない秋の陽気になっていた


朝には少し肌寒さすら感じる程に気温が下がり、日中は気温は高くともすでに夏のような湿気も、強い太陽の光が降り注ぐこともなく比較的過ごしやすい天候となってきていた


気温が上がったり下がったりと、服を選ぶのに苦心する季節の変わり目でもあるが、制服を着ることがほとんどな学生からすればあまり関係はない


すでに完全に冬服へと移行しており、これからの季節に備えていくつかの施設の点検が行われているところもあった


そんな中、一年B組の一角で清水鏡花は頭を抱えていた


その近くには彼女の友人である幹原明利が不思議そうな顔をしてこちらを眺めている


彼女の班員である静希と陽太は今は所用で席をはずしていた


「・・・あの、鏡花ちゃん・・・大丈夫・・・?」


「ん・・・あんまり大丈夫じゃないかも・・・」


体調が悪いというわけでもないのに鏡花の顔は浮かない、はっきり言って体は絶好調だ、風邪などと言うものは体調管理がほぼ完璧な鏡花には無縁の物

だが鏡花の顔色はあまり良くない


「ここ最近ずっと変だよ?どうしたの?」


鏡花の不調、というか異変は以前雪奈が霊装に取り込まれた事件からずっとである


静希や陽太たちは気づいていないようだったが、周りを観察することに長けている明利は当たり前のように気づいていた


「・・・わかる?」


「わかるよ・・・何か悩みでもあるの?」


明利の言葉に、鏡花は額を机に置いた状態であぁぁあああぁと謎の奇声を出してしまっている


明らかに異常だ、何がどうしてこうなったのかがわからないほどに


「どうしよう・・・ほんとに・・・どうしよう・・・」


「悩みがあるなら聞くよ?話すだけでも楽になるっていうしさ」


明利が何とか鏡花の力になろうと少しでも明るい声を出していると、鏡花は少しだけ顔を上げて明利の方を見る


目の前には自分をまっすぐに見つめている明利がいる


「・・・頼りないなぁ・・・」


「な!?わ、私だって頼りになる・・・よ!?」


自信持ててないんじゃないと切り返しながら鏡花はため息をつく


原因はわかっているのだ


だが原因に対しての対処法がわからない


明利に相談すれば確かになんとかなるかもわからないが、明利に話したらどんな展開になるか


「話しにくいことならどっか二人きりで話す?私がダメなら雪奈さんでも・・・」


「・・・そうね・・・じゃあ放課後時間くれる?」


鏡花がようやく自分を頼ってくれたことがうれしいのか、明利は満面の笑みを浮かべながらうなずいて見せる


嬉しいは嬉しいのだが一体何の相談をされるのか、明利は見当もつかなかった


なにせ自分よりも何倍も優れた鏡花が悩みを持つくらいだ、恐らく途方もつかないような内容なのだろうと想像するのだが、一切具体的な事を思いつくことができなかった


「ただいまー」


「あ、二人ともおかえり」


そんなことを話していると静希と陽太が教室に戻ってくる


所用はすでに終わったらしく、ため息をつきながら自分の席に座る二人、その二人を確認すると鏡花は小さくため息をついた


「聞いてくれよ、先生ひでーんだぜ?俺ががんばってやった宿題を誰かの写しただろって」


「普段から自分でやらないからそう思われるんだろうが、俺までとばっちりだよ」


二人は教科担任から呼び出されて宿題のことについて詰問されていたのだ


なんでも二人の宿題の内容が酷似しすぎていたために、陽太が静希の物を写したのではないかと疑われたらしい


毎回のように誰かの宿題を写すことが当たり前だった陽太ならば疑われても仕方ない


最近は鏡花の指導により自分で宿題をやらせているのだが、今までの最低ランクの信用はそうやすやすと覆ることはない


「陽太、今日悪いけど訓練なしね」


顔をそむけたままそういう鏡花に、陽太はマジかと目を丸くしていた


それこそ訓練がないことの方が少なかったために久しぶりに羽を伸ばせるかもしれないと思いながらも陽太は浮かれている


「自主トレのメニューは組んだから、この通りにやっておきなさい」


「なんだよ・・・俺だけでやるのかよ・・・」


「サボるんじゃないわよ」


鏡花は顔をそむけたまま陽太に自主トレーニングのメニューが書かれた紙を渡す


この反応は少し珍しいなと思いながら明利は鏡花を見ていた


普段鏡花は人と話すときは必ず目を見て話す


それが礼儀だと鏡花はいうだろうが、今はそれをしていない


一体どうしたのだろうかと明利は心配になってしまう


自分もあの霊装の中であまり良いことはいわれなかったからそれを引きずっているのではないかと思えてならない


少しでも鏡花の力にならなくてはと小さく意気込みながら明利は決意を新たにする


放課後、静希達と別れて明利と鏡花は駅前の喫茶店に入っていた


学校帰りにここまでやってくる人はあまりおらず、何より装飾や柱の設置から周りの声や人の目があまり気にならない位置に座ると、明利と鏡花はとりあえず注文をすることにした


注文した品が届くと、二人はとりあえずカップを傾けるのだが、平然としている明利とは対照的に鏡花は少し落ち着かない様子だった


いくら気心知れた相手とはいえ、今の悩みを打ち明けるのは抵抗があるのだろうか


「えっと・・・それで、悩みって何なの?」


鏡花から切り出すのはさすがに難しいと察したのだろうか、明利が口火を切ると鏡花はカップを両手で持って中に入っている紅茶を眺める


僅かに波を作っている紅茶の水面には自分の顔が映っていて、何とも情けない表情をしているのが見て取れた


「・・・顔が見れないの・・・」


「・・・顔?」


一瞬何を言っているのかわからなかったために明利は首をかしげてしまう


顔を見ることができない、どういう意味だろうか


「顔って・・・みんなの顔?」


「ううん、明利とか静希とかは平気・・・その・・・陽太の顔が見れないの・・・」


明利はさらに首をかしげてしまう、なぜ陽太の顔だけが見れないのか


喧嘩でもしたのだろうかと考えた時にふと思いつく


原因の一端、というより鏡花の悩みが始まったあの時期にあったことと言えば、霊装に取り込まれる事件だ


あの時からこの悩みが始まったとしたら、霊装の中に入った時に何かがあったと考えるのが自然


「・・・あの霊装に入った時から?」


「・・・そうよ・・・」


明利に言い当てられたことで、少し恥ずかしいのか情けないのか、鏡花は顔を伏せてため息をついた


「あの時ね・・・あの中で、その、ちょっとトラウマを刺激されたの・・・精神的に参ってた時に、陽太が助けに来てくれて・・・」


鏡花にトラウマなどあったのかと、明利が驚いたのはそこだったが、とりあえず今はスルーした


「すっごい無様で情けないところ見られて・・・でも・・・気にしないでくれて・・・それで、どんな顔していいのかわからなくて・・・」


「・・・それで顔を合わせられないの?」


明利の言葉に鏡花は頷いて返答する


つまり羞恥からくるものなのだという風に鏡花は語るが、明利からは違って見えた


だがどうしたものか、悩みを聞くとは言ったが、もっと深刻な問題だと思っていただけに少しだけ拍子抜けしてしまったというのが本音である


まずは一つ一つ確認が必要かもしれないと、明利は意気込んで体を乗り出して鏡花の目を見る


「鏡花ちゃん、陽太君の顔を見ようとはしたんだよね?」


「う・・・うん、でも顔を見ようとすると、なんていうか、こう・・・どうしたらいいのかわからなくなって・・・自分が今どんな顔してるかわかんなくなって、恥ずかしくて・・・」


鏡花は普段自分の弱みを見せずに凛々しくしてきたつもりだ


班員からも教員からも、凛々しく正しいというのが鏡花の評価だった


だがこの前の事件で鏡花が見せた弱い部分ともいうべき醜態、それを陽太は見たのだ


そのせいで、陽太に対してどんな顔をしていいのかわからなくなった


そして陽太の前に出るとなぜか急に処理能力が落ちる


普通の会話なら問題ない、だが面と向かっての会話になると急にダメになってしまう


「・・・ねぇ、鏡花ちゃんは陽太君のこと嫌い?」


「・・・嫌い・・・じゃないわ・・・前はただのバカだって思ってたけど・・・そんなことないってわかったし・・・それに・・・あいつ結構根性あるし、強引だけど・・・優しいし・・・一緒に居ると・・・楽っていうか、安心するし・・・」


この反応、完全に明利がこれからやるべきことは決まったようなものである

だがまさか鏡花がこんな反応を見せるとは予想外だったために意外の一言だ

顔を赤くしてカップで口元を隠しているが、恐らくその口元は緩んでいるだろう


今まで陽太のことを話すときはバカにしながらも信頼を持ち、楽しそうに話していた


今は陽太のことを話すと言葉を選びながらもバカにすることなく、むしろ褒めている、その姿は乙女そのものだ


こんな弱弱しい鏡花は見たことが無い明利は、少しドキドキしていた


なるほど、これが普段雪奈たちが自分を見ている時に感じている気持ちなのだろうか


確かに抱きしめたくなるような弱弱しさと儚さを持ったその顔と仕草に、明利はわずかにたじろいだ


「鏡花ちゃんは陽太君のことが好きになっちゃったんだね」


明利がそういうと、鏡花は一瞬固まった


そしてゆっくり視線を上にあげ、明利の方を見る


明利が何を言ったのか理解できなかったのか、それとも理解したが故に硬直しているのか、鏡花は目を見開いていた


「は・・・はぁ!?わ、私が?あのバカ陽太を!?冗談でしょ!?」


「鏡花ちゃん、声大きいよ!」


慌てて鏡花を諌めるが、すでに店の中の何人かは鏡花の声に反応してこちらを向いてしまっている


謝罪をするも、あの大きさの声で叫んでしまっては注目を浴びてしまうのも仕方のないことだ


誤字報告が五件たまったので二回分投稿


今回から十六話スタートです


最近評価者数が増えて嬉しくてにやにやしています、こういう数字で出てくれると本当にうれしい


これからも拙い文章ではありますがお楽しみいただければ幸いです

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