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J/53  作者: 池金啓太
十五話「未来へ続く現在に圧し掛かる過去の想い」

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静希の言葉

時間は遡る


陽太と別れた静希は過去の自分の姿をした何者かの後に追従していた


この先に雪奈がいるのだということも何となく理解していたし、その先にいる誰かがこの事件の発端であることも理解していた


だからこそ眼前にいる幼い自分が敵側の存在であることも把握し、露骨な敵意を向けていた


それを察しているのか、進み続ける幼い静希は不快な笑い声を出しながらちらちらとこちらを見ている


『なぁオレ、雪姉に会ってどうするつもりだ?』


「・・・叱ってから連れ戻す、それ以外になんかあるのか?」


昔の自分の声を聞くというのは奇妙なもので、こんなに高い声だっただろうかと少しだけ違和感を覚えた


不機嫌さを隠そうともしないで自分自身ににらみを利かせると、そんなものは気になりもしないとでもいうかのように僅かに首だけこちらに向けて幼い自分は笑う


『いい加減姉離れしろよな?彼女もいるってのに情けないったらないな、そろそろ雪姉もうざいと思ってるんじゃねえの?』


「うざいと思ってるならそれで結構、俺がいちいち気にかけることが無くなるならそれに勝るものはないな」


恐らくはこちらの怒りを買おうとしているのか、それともただの世間話のつもりか、自分に向けられた言葉の節々に棘があるのを感じ取りながら静希は僅かに眉をひそめる


『オレのくせに、誰かに気をかける余裕があるのかよ?そんな余裕があるふりしてるから左腕無くすような無様を晒してるんじゃないのか?なぁ引き出し』


「記憶を読んだからって俺のことをわかったふりしなくてもいいぞ?お前程度に構ってる暇はないんだ、とっとと大本のところに連れて行け『出来損ない』」


挑発に対してさらに強い挑発を返す静希に、若干眉間にしわを寄せた幼い静希はもう静希に目を合わせることもせずにどんどん先に進んでいった


目の前の存在が記憶を読み、自分を再現した存在であるならば大まかな体験までならば把握しているだろう


だが記憶というのは総じて穴があるものである


その時の認識、印象の大小に応じて人間は記憶を書き換えることがある


それこそ自分の都合の良いように改変することだってあり得るのだ


その程度の不確定な過去を覗かれたところで静希の、いや人間の本質までは理解できない


生憎と、静希は挑発や侮辱というものに慣れている


なにせ幼いころから落ちこぼれの道を歩いてきたのだ、その程度のことは日常茶飯事である


しばらく歩いていると、一瞬にして周囲の景色が反転する


一体どういう環境の変化か、先程まで真っ暗だった空間は一転して真っ白な空間へと変わっていた


そして静希は自らの感覚からある種の確信をもっていた


ここにこの事件の元凶がいると


その元凶は人間ではない、これも静希の感覚が告げるものだった


毎日のように人外に接しているのだ、その程度の感覚くらいは身につくものである


そして自分が相対するべき人外がいる方向に目を向ける


気配とでもいうのだろうか、存在だけの存在が発する独特の空気


幼い静希の先導を無視して移動を始めると、過去の自分は薄く笑いながらその姿を消していく


もう道案内が必要ないことを察したのだろう、耳に残る高い笑い声が不快感を加速させていく


少し進むと、それはそこにいた


今まで見てきたどの人外とも違う、まったくの異質の存在


メフィや邪薙、オルビアは特色こそあれ人型である、ヴァラファールは完全なる獣型の人外だった


だが目の前にいるこれは人とも獣とも違っていた


液体


そう形容するのが一番しっくりくるかもしれない


大きさにして直径二メートルほどだろうか、水ではないようだが、何かの液体の塊であることがわかった


形を変え、流れを作り、時に輪になり、時に揺れる、定まった形を持たない液状の人外


今まで見てきた人外に比べるとどう反応していいか困るタイプだった


その液体の周りには不思議な光の輪がついている、あれも人外の一部なのだろうかと視線を全体から液体へと移す


「・・・お前が雪姉を監禁したやつか?」


口も耳もないその液体に言葉を介するようなことができるのか疑問ではあったが、とりあえずは言葉を介することにする


いきなり武力行使に出てもいいが、筋は通すべきだろう


静希の声に反応したのか、液体の人外は震えだし、音を立てながら姿を変えていく


その液体は徐々に形を作っていく


足を、手を、体を、そして顔を、その液体を器用に変化させてやがてそれは一人の人間の形を創り出した


それは外見からすれば老いた男性のように見えた


顔は頬が痩せこけており、貧弱そうな印象を受けるのに対して、その体は雄々しく鍛え抜かれている


筋骨隆々という表現が最適だろうか、首から下はムキムキなのに顔だけ貧相だ


顔と体のバランスが随分と悪いという印象を受け、静希はわずかに眉をひそめた


「来たか・・・人の子よ」


どうやら人の姿を介することで人間の言葉を使えるようにしたらしい


少なくともいきなり戦闘を行うような真似をする人外ではないようだ


その声は低く、少し掠れているように聞こえる


人外の声にしては少し安っぽくも聞こえた


「よくこの地までやってきた、大義である」


「人の姉を攫っておいて謝罪もなしか、いい度胸してるな」


静希の目に敵意がこもるも、目の前の液体から作られた老人の姿をした人外は意に介さない


一体何を考えているのか全く分からないが、少なくとも静希は眼前の存在と敵対関係を築くだけの心の準備はできていた


「とっとと雪姉を返せ、そもそも何が目的で俺を呼んだ?」


「・・・私をこの杯から解放させるためだ」


どこまでも上から目線なのかと静希は一瞬苛立ちを覚えるが、この言葉でようやく現状を理解した


目の前の存在がいったいどういう人外かは知らないが、恐らく何かの拍子でこの杯の中に収納され、何故か出られなくなったのだろう


この杯の効果か、それともこの人外に何かあるのかは知らないが、出られなくなり、途方に暮れていたところに運悪く入ってきた雪奈の記憶を読み、静希の存在を知ったのだろう


雪奈は静希の能力をほとんど把握している


人外を入れることができるという特性も把握しているため、静希の力を借りればここから出ることができると踏んだのだろう


そして、運悪く、いやこの人外からしたら運よく静希の身内の人間が入ってきたため、人質として捕獲したのだろう


それがこの人外の能力なのか、それともこの霊装の特性を利用したものなのかまではわからないが


「人外だっていうなら霊装の呪縛くらいはねのけて見せろ、うちの奴らなら余裕だぞ」


「私を捕えているのはこの杯の力ではない・・・私自身に賭けられた忌まわしきこの輪だ」


人外が指差すのは先程から周りにある光る輪だ


以前邪薙を縛っていた鎖と同等の物だろうか、どうやらあれのせいであの人外はここから出ることができなくなっているらしい


「私をここから出せ、さすればあの娘も解放しよう、そしてそなたの願いも叶えてやろう」


「・・・あぁ?願い?」


まるで物語の都合のよい神様のようだと訝しみながら静希はその瞳に強い敵意を込める


今まで静希は神に祈ったことはない


邪薙という身近に神がいるのにもかかわらず、祈りや願いをささげたことは一度としてない


そんな静希に叶えたい願いなどあるだろうか


「どんな願いでも叶えられるってか?ずいぶん都合がいい神様だな」


「然り、我は思成人為御神(しせいひといのみかみ)、人の思いより作られし、人の為の神、願いをかなえることこそ我が本質」


今まで聞いたこともないようなその名前、そして眼前にいる存在が邪薙と同じ神格であることを知り警戒を強める


眼前のそれがどの程度のレベルの神格かは知らないが、少なくとも願いをかなえるなどと言う不明瞭な性能の能力を保持していることは確かだ


『邪薙、聞いたことあるか?』


自らの守護神に先の名前を尋ねると、邪薙は唸りながら頭をひねっていた


『あまり確かではないが、誤った認識により生まれた神の模造の塊だったと記憶している・・・』


『・・・どういうことだ?』


邪薙の物言いに若干理解が追い付かず、静希は眉をひそめてしまう


神の模造の塊


目の前の人外は、神格ではないのだろうか


『神の教えというものがあるように、神が信仰を得るためにはその力を示す必要がある、だが奴はその力を誤って捉えた人の思いと信仰で創造された、所謂偽の神だ、古今東西あらゆる神の信仰の誤った部分を押し固めて作られた存在・・・だったと記憶している』


人の言葉や、文章もそうだが、人によってとらえ方が違うことはよくある


本来神が提示した意味とは異なる意味としてとらえ、そのまま信仰し、誤った方向へと向かった思いや信仰が増え続け、そうして生まれた神格こそが『思成人為御神』つまりは言葉の通り人によって作られた神なのだ


本来存在しないはずの、偽りの神の信仰の集合体、純粋に誤った信仰が生み出した虚構の神


『人によって作られたってことか・・・しかも古今東西って・・・』


『恐らくは複数の神の集合体ととらえてもいいだろうな、性能は原典のそれとは比べようもなく弱いものだろうが、塵も積もれば・・・恐らく相当の力を持っているだろう』


神格の力は信仰している人の数によって決まるという


誤った認識の信仰が作り出した神格、本来神の力となるはずの信仰が意志を持ち、力を持つほどの存在に昇華するということは、相当数の人の信仰があることになる


しかも本来の神であるなら、神器や場所などに自らの力によって縛られるはずだが、あらゆる神の誤った信仰をその力の依代としている故に、恐らくは力に縛られるということもないのだろう


「願いを叶えるねぇ・・・ここから出られなくなって人様に頼る程度の能力で何を叶えるんだか」


「我が力は人の為に用いられるもの、我が為に用いてよいものではない・・・故に人の子よ、そなたのその腕を元に戻すことも容易いぞ」


皮肉をものともせずに眼前の神格は静希の左腕を指さした


触れもせずに静希の左腕が義手であることを把握した、その事実に静希は一つの事実に気づくことができた


「・・・あぁなるほど、さっきの出来損ないはお前が作ってたのか・・・」


「過去を読み、自らを映す見鏡として投影する、その程度容易いこと」


眼前にいる神格は、少なくとも人の記憶を読むことのできる能力を保有しているのだろう


そして発現にも似た力で幻影を創り出す


こうなってくると願いを叶えるなどと言う言葉も嘘に思えてくるから笑えない


幻を作り出して願いが叶ったように見せかけることだってできるのだから


「願いとかそういうのはいい、お前を解放してやれば雪姉を解放するんだな?」


「願わないというのか?そなたの矮小な能力も、我にかかれば容易に強力無比なものに変えられるぞ?それこそ、過去ごと変え、そなたの評価そのものも変えることもな」


静希の過去を覗いたのだろう、蔑まされ、嘲笑された過去を見たのだろう、静希が何度も求めた強力な力、それを与えられるという


聞く人間によってはそれは途方もなく有難く、何より歓喜にまみれるような申し出だろう


だがなぜだろうか、静希は今苛立ちしか覚えていなかった


「過去を変えれば、その腕も元の自らのものとなるだろう、その可能性があるのに、なぜ拒む?力が変われば、そなたを囲む人外たちともかかわりなく、平穏無事な日常を送れただろう?」


静希が今人外たちに囲まれているのは、この神格の言うところの矮小な能力のせいだ


人外を収納できる、特異な収納系統の能力


これがあったからこそメフィの意表を突けたし、その特性によりメフィに気にいられることもできた


邪薙と出会い、彼を救うことができたのもこの能力のおかげだ


オルビアと遭遇し、彼女をあの閉鎖的な空間から連れ出すことができたのもこの能力のおかげだ


逆に言えば、この能力がすべての始まりと言ってもいいのだ


この能力がまったく別のものに変わったらどうなるのか


静希はわずかに考えるが、その想像を打ち消すように首を横に振る


「過去を変えるとか、そういう事に興味はない・・・これは俺のせいで負った傷だ、メフィ達と出会ったせいで負ったわけじゃない」


メフィ達と出会わなかったら、静希は今頃どうしていただろうか、どんな時間を過ごしていただろうか


そんな『もしも』に興味はなかった


能力が違っても、きっと静希は雪奈の弟として優秀であると判断されただろう


能力が強くても、きっと連携を用いて優秀とされ、あの森へ行っていただろう


だとしたら静希は間違いなくあの場で死んでいた、今こうして生きているのは、ほかでもない人外たちのおかげなのだから


「だが、彼奴等と出会うことで、そなたの平穏は乱されただろう?再び平穏を取り戻したいとは思わないのか?再びその左腕に血と肉を取り戻したいとは思わないのか?過去を変えればそれが叶うぞ?」


「・・・確かに、俺の腕があった方がいいだろうさ、メフィと会わなきゃ邪薙とも会わなかっただろうし・・・もしかしたらオルビアも俺と一緒にはいなかったかもしれない・・・」


過去を変える


そんなもしもがあるとして、静希の波乱万丈の始まりであるメフィとの出会いが無ければ、恐らく彼の周りにいる人外たちはほとんど、いやすべていなくなるだろう


メフィに始まり、邪薙に続き、メフィのアドバイスによりオルビアと引き合い、メフィによってフィアが作られた


そして悪魔の契約者でなければ、エドと会うこともなく、テオドールに暗殺されかけることもなかっただろう


全ての始まりはメフィだ


その出会いとなる出来事を変えれば、何もかもが、平穏なものへと変わるだろう


「苦労したよ、今まで面倒なことにずっと巻き込まれてきた、何でこんな思いしなくちゃいけないんだってずっと思ってきた・・・」


日常から非日常に至るまで、静希は人外たちによって苦労を掛けられてきた


普通の学生が負うような責任以上のものを求められ、苦渋を強いられてきた、それはほかでもない人外たちも知るところである


「ならなぜ過去を変えることを拒む?そなたが望むように過去を改変することもできるというのに、自らの能力をもっと強いものに変えてしまうことだってできるのだぞ?」


「はは・・・ずいぶんと簡単に言ってくれるじゃねえか、俺がこの能力を得てから、十年以上、ずっとこいつと一緒にやってきたんだ・・・最初は入れられる量も少なくて、全部足しても十キロもいかねえようなダメな能力だったよ」


幼少の頃、あれはいつのことだっただろうか


両親と買い物に行ったときに、いつの間にか自分が持っていたトランプ、それが始まりだったように思う


両親はいつの間にか子供が売り場から持ってきてしまったのではと非常にあせったそうだ


今となっては笑い話に思えるほどに些細な出来事


「そのダメな能力から解放されるのだぞ?思うがままになるというのに、なぜ拒む?」


「分かんないのかよ、二十六キロちょい・・・お前にとってはさしたる重さじゃないだろうさ、でもな、俺にとってはたいした重さなんだよ・・・」


静希の能力には、今まで静希が重ねてきた十年以上の月日が詰まっている


苦悩し、訓練し、その力を伸ばすために培った日々の重さが詰まっている


それを変えろと言われたところで、静希は首を縦には振らない


「十年以上ったってお前から見たらたいした時間じゃないだろうな・・・でも俺にとっては今までの人生のほとんどなんだよ、今まで辛かったこと、悩んだこと苦しかったことにむかつくことだってたくさんあった、でもそれ以上に楽しいことだってたくさんあった、今まであったことはこの能力があったから、この能力と一緒にいたからあったことなんだ」


それは想いの重さ、物質などでは測りきれない、感情論の塊


静希にしては珍しい物言いだろう、だが自分の過去を見ている神格にならば、その意味は正しく伝わる


静希は、それだけの十年を送ってきたつもりだった


お気に入り登録件数が1700を超えたのと誤字報告が五件溜まったので合計三回分投稿


今日と明日を超えれば少しはマシになると思いたい、そんな忙しい日々


これからもお楽しみいただければ幸いです

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