その目と耳を
「・・・必要ないとか、邪魔だとか・・・ずっと言われてきたよ」
「・・・?」
今見えるのは、陽太の背中だけ
今陽太はどんな顔をしているのか、鏡花には見えなかった
だがその声は、いつか聞いたことのある、抑揚のないものだった
「でもさ、泣いてるときに限って、姉貴がやってきて俺のこと抱きしめんだ」
「・・・」
以前にも聞いたことがある、陽太の姉実月の話だ
陽太は姉の話はあまりしたがらないが、訓練の時の自分の悲惨な状態や、姉の奇怪な行動に関してはよく口にしていた
その中の一つの話
陽太は幼いころから、大人たちから疎まれていた
他人ならまだいい、だが陽太の存在を一番疎んでいたのは彼の両親なのだ
幼い彼にとっては、両親とのふれあいは必要なものなのに、一番つらいものとなってしまっていたのだ
だが、泣いている時、必ず実月はやってきた、彼を慰めるために
「何でこんなことするんだって聞いたら、何ていったと思う?」
「・・・なんて言ったの・・・?」
「『私にもわからない』だとさ」
「・・・」
弟がこれでも、姉は優秀だと聞く、事実陽太の姉は優秀だ
だがそれでもわからないことがあるのかと、鏡花は陽太の背中に額をつける
「でも『こうしてると、なんでかわからないけど、落ち着くだろう?』って、姉貴は、いつもそう言ってた」
「・・・」
誰かと触れ合って、一緒に居て、それだけで落ち着ける
幼いながらに実月はそれをわかっていたのだ、そして陽太も、同じようにそれを学んだ
以前幼い能力者が暴走していたとき、陽太は迷わずに抱きしめた
自らの体に能力が当たることも厭わずに、距離をゼロにして抱きしめて見せた
それが正しいことだとわかっていたからだろう
自分の経験から、それを実感しているが故に
「だからさ、俺バカだから、お前になんて言っていいかなんて分かんないし、どうやって慰めたらいいかとか分かんないけどさ、ここは誰もいないから冷たいぞ?でも外に行けば俺や静希、明利に雪さんもいる、ちゃんと触れるし温かい・・・それじゃダメか?」
陽太なりに、鏡花を説得しているのだということがわかる言葉だった
必死に頭をひねって、何とか外にいてもらおうと、いてほしいと思ってくれる言葉
嘘偽りのない、バカが言う言葉だからこそ、心の奥まで染み渡る温かい言葉
「・・・ほんとに・・・無茶苦茶だわ・・・」
「自分でもわかってんよ、こういう時頭がよかったらって、本気で思う」
陽太からすれば、もっと格好良く鏡花を連れていきたかったのだろう
気のきいたセリフを言い、ちゃんと説得してこの場から連れ出したかったのだろう
だが、陽太はつくづくバカで不器用だった
「・・・それが・・・あんたの・・・」
「あん?何か言ったか?」
それがあんたの一番の才能よと鏡花は口にしかけて、やめる
静希にも、明利にも、自分にもない陽太だけの才能
自分の感情を真直ぐぶつけられる、伝えようとできる天性の才能
「・・・なんでもない」
鏡花は抵抗をやめ、陽太に担がれるまま暗黒の世界を逆行していく
陽太は歩きながらこの空間に入ってから自分の子供の頃に似たやつが出てきてすごい自虐してたんだなんてことを延々と話している
鏡花が聞いていることを前提としない、独り言のように聞こえたが、それは鏡花にとってとても暖かい声だった
自らを映した、攻撃的な幼い自分の姿
自分に向けられる、自分に放たれる冷たく刺さる怨嗟の声
それらはもう見えない、聞こえない、鏡花の目には陽太の身体が、鏡花の耳には陽太の声と鼓動が
鏡花をを守るように、真直ぐに、安心して身を任せられる程にそこにただあり続ける
「・・・ダメじゃ・・・ない」
「あぁ?何か言ったか?」
「・・・なんでもないわ」
鏡花は陽太の身体に顔をうずめる
泣き顔を見られたくないというのもあるが、それ以上に陽太に触れていたいと
どうしてだろうか、今は強くそう思った
暖かい
先程までは何も感じなかったこの空間で、自分に触れている陽太の体温が熱いように思える
鏡花の瞼の裏には、脳裏には過去の同級生の姿はもうない
鏡花の耳の奥には、頭の中には同級生の怨嗟の声はもうない
今彼女の目の奥には、闇を砕いて現れて見せた、炎を纏った鬼の姿をした、陽太が刻まれていた
頭の中には、自分の名を呼ぶ、バカで無鉄砲で、考えなしで、暖かい陽太の声が響いていた
数分して、鏡花と陽太の視界が一瞬にして歪み、元の空間に戻ることができた
二人の姿を確認して明利が駆け寄り、安堵の息を吐き鏡花に抱き着いた




