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J/53  作者: 池金啓太
十五話「未来へ続く現在に圧し掛かる過去の想い」

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過去の選択と今の姿

再び転機が訪れたのは、高校に上がる少し前に告げられた父の転勤だった


公務員として働いている父が、勤務先を変えることとなり、関西から関東へ引っ越すという話が出てきたのだ


鏡花には選択肢があった


両親についていくこともできたし、鳴哀学園の寮に入るという形で鳴哀学園に残ることだってできた


鏡花は、少し迷って転校を決意した


本来ならば長い時間を共にした鳴哀学園の方が、校外実習を行うにあたって有利に働くであろうことは明白だった


だがこの学校では、自分を妬む人が多すぎる、ならば新しい学校へ向かい、一からやり直せないだろうかと、そう思ったのだ


自分の不器用さが招いたことだからこそ、少しでもそれを改善してより良い人間関係を築けないだろうかと、そう思ったのだ


結果的に、それは鏡花にとって非常に良い判断だったと言える


静希に、陽太に、明利に、ほかにもたくさんの出会いがあったのだから


そして鏡花は、意図的に強い能力を使うのを控えていた


無論、それが必要とされた場合は全力で能力を使い、班に貢献してきたつもりである


だが、自分の意志で進んで行動することはなかった


強い能力を使うことで、また再び拒絶されるのではないかと、そう思ってしまったからでもある


『静希も陽太も明利も、みんなワタシに優しいわよね・・・でも、本心はどうなのかしら?』


「そ・・・れは・・・」


鏡花の耳に、いや頭の中に今まで自分に向けて放たれ続けた怨嗟の声が響いていた


『あんたのせいで・・・あんたがいなければ・・・お前なんかいなきゃよかったのに・・・どっか行けよ・・・近寄らないで・・・うざいわよ・・・』


頭の中に響くその声をやり過ごそうと、鏡花はうずくまりながら耳を塞ごうとする


だが、自分に向けられた声は止まらない


どこかからか聞こえてくる声は、鏡花の耳に届き続ける


『本当はこう思ってるんじゃない?鏡花なんてうざい・・・うるさい、いなくなってくれって』


「ちが・・・あいつらは・・・そんなこと・・・」


思ってない、そういいたいのに、そう思いたいのに、否定できない


心まで読めるわけではない鏡花は、今まで自分に向けられた静希達の目が、声が、信じられなくなっていた


本当はあいつらは自分のことが嫌いなのでは・・・?


普段の鏡花の思考回路ならこんなことは思わなかっただろう


だが、過去のトラウマともいうべき記憶を呼び起こされ、精神が極端に不安定になってしまっていた


過去の級友たちの嫉妬と怨嗟の声が鏡花の耳に届く


その声が聞こえれば聞こえるほど鏡花は強く目をつぶり、耳を塞ごうとした


『なんなら、今すぐあいつらに聞きに行けばいいじゃない?ワタシのことをどう思ってるのか』


「・・・!」


鏡花は想像してしまった


自分の質問を受けて、顔をゆがませる三人の姿を


今まで自分を拒絶してきた友人たちのように、自分に嫌悪の瞳を浮かべる彼らの姿を


「い・・・いや・・・だめ・・・!」


会えるわけがない


こんな状態の自分が、静希達に会えるわけがない


今あってしまったら、どうなってしまうかわからない、何を言ってしまうかわからない


せめてもう少し、もう少し落ち着いていつも通りの清水鏡花に戻れるまで、心を落ち着けなければ帰れない、帰りたくない、帰れるはずがない


うずくまって目を強く瞑り、耳に届く声を必死に掻き消そうと鏡花はうるさいうるさいと呟き続ける


自分を天才だと思ってくれている三人に、こんな無様な姿は見せられない、見せたくない


『うずくまってても何も変わらない、行動しなきゃ変われない、いつまでそうやっていいとこばっかり見せてるつもりなの?』


「うるさい・・・うるさい・・・!」


すぐ近くにいる幼い鏡花が正論を言っているのはわかっている


記憶だけを読んだ劣化物だとしても、そこにいるのは鏡花だ


理路整然とした正論を述べ、いつでも正しいことを言う


何もしなければ、何も変わらない


うずくまっていても何も変わらない、鏡花にだってそんなことはわかっている


だが心が止まってくれない、体の震えが止まらない


三人に拒絶されるのではないかと思うだけで怖くてたまらない


周りから拒絶された鏡花に、初めて声をかけてくれた明利


明利から紹介され、最初衝突したものの、すぐに自分を受け入れてくれた静希


馬は合わないけれど、自分のことを愚直に尊敬してくれている陽太


この三人の本心を聞くのが怖かった、また拒絶されるのではないかと思えて怖かった


いくら強くても、人は一人では生きていけない


それは鏡花も同じだ


中学卒業の頃は一人でも平気だと思った、だが今はもう無理だ


友人が、仲間ができてしまった、その仲間に拒絶されるのが怖くてたまらなかった




「・・・なんか遅くないか・・・?」


鏡花が霊装の中に収納されてから数十分、明利の時は十分もしないで出てきたというのに一向に出てくる気配はない


霊装の水面にも変わった変化はなく、時間だけが過ぎて行っているように思える


「・・・もしかして鏡花も捕まったとか?」


「付き合い長い雪姉が捕まるのはまだわかるけど、あいつを捕まえる理由ってあるか?」


「・・・じゃあ、霊装自体の鍵に引っかかってるのかな・・・」


現段階で入った人間が出られない理由となっている可能性は二つ


静希を呼んでいる何者かにとらえられている


霊装自体の能力の引っ掛かり出られなくなっている


前者の可能性が薄いとなると、恐らく後者であることが考えられるが、となるとどうしたものかと悩んでしまう


「明利の時はどうやって出てこれたんだ?」


「え?んと・・・あまり覚えてないけど・・・ここから出てみんなに会いたいなって思った」


「・・・それだけ?」


それだけだよと呟く明利に静希は首をかしげてしまう


今までこの霊装に取り込まれた三人もあまり覚えていないようだし、こんな少ない情報量で何を把握しろというのか


「仮にだ、誰かに会いたいとか、こっから出たいとかが脱出の鍵だったとして、なんで鏡花は出てこないんだ?出たくなくなるほどこの中って快適なのか?」


「ううん、真っ暗だし、嫌なこと言うのもいるし・・・あんまり居たいところじゃなかったよ」


「となるとあれか、鏡花姐さんまさかの引きこもりか?向こうの自分と意気投合して不平不満をぶちまけていらっしゃるのかも・・・」


普段から迷惑ばかりかけているという自覚がある陽太は気まずそうに頬を掻く


鏡花に迷惑をかけているという意味では静希も同じであるためになんともいい難い


明利の話では記憶を読んで同一体を作って話をするということだったし、ありえない話ではないだろう


待っていてもいいが、このままずっと鏡花が出てくるのを待っているわけにもいかない


「仕方ない・・・俺と陽太も入るぞ、陽太は鏡花を連れもどせ、俺は雪姉と大本のところの対応をする」


「・・・っていっても、おんなじ空間に入れられるかもわからないんだろ?リスク高くねえか?」


「このままただ待ってても鏡花がいなくなるってだけだ、出たくないっていうなら無理やりにでも引きずって来い」


こういう時は考えなしに行動できる陽太の方が有効だ、鏡花の言葉など何も聞かずに引きずってこれるならこれに勝るものはないだろう


もっとも、それで二人が出ることができるかどうかは別問題


だからこそ静希も同時に動くのだ


もし大本につかまっていると思われる雪奈を何とかできれば、それで問題は解決だ


後はゆっくり鏡花をこの霊装から出せばいい


何が原因で出てこられないのかもしっかりと実証しての救出が可能なのだ、緊急性を優先すれば雪奈が先なのは明白である


「んじゃいくか、同時に行くぞ」


「あいよ、んじゃ留守番よろしく」


静希と陽太が同時に水面をのぞき込むと二人の視界が揺れ、一瞬で真っ暗な空間へと投げ出された


静希が周囲を見渡すとそこには一緒に入った陽太の姿もある


「なるほど、とりあえず同一空間に出されたか、一つの入り口に対して複数の空間を作れるってわけでもないのかもな」


収納系統にもいくつかパターンがあり、一つの出入り口に対して複数の異空間を作ることができるタイプと、静希の歪む切り札のように一つの入り口、トランプに対して一つの異空間しか作れないタイプがある


今回の杯は後者の可能性が高い


「で?我らの鏡花姐さんはどこにいらっしゃるんだ?」


「さあな、一体どこにいるんだか・・・」


静希が辺りを見渡すと暗闇にぽつんと誰かが立っている


目を凝らすとそこには、幼いころの静希が立っていた


身長も低く、顔だちも体つきも幼い静希はゆっくりと手招きをしている


「どうやら俺には道案内がつくらしいな・・・お前はどうする?」


「んー・・・考えてもしょうがねえし、適当に探すわ、雪さんの方はよろしく」


そういってどこぞへと歩いていく陽太、数秒するとその姿は暗闇に紛れて見えなくなってしまう


ああいうところは考えなしの陽太の強いところだ、特に何も考えずに勘で動くから悩んだり迷ったりすることが無い


「さてと・・・」


陽太がいなくなるのを見計らって、静希は幼い自分の方へと歩いていく


見れば見るほど、昔の自分の鏡写しのようだった


自分が近くによると、幼い静希は薄く笑い、静希に背を向けて歩き出す


ついて来いということだろうか、やはり何者かの意図があって動いているとみて間違いなさそうだった


自らの内にわずかな怒りと殺意を抱えながら、静希は過去の自分の後に続いていた


土曜日なので二回分投稿


この話は正直書くかどうかすごく悩んだ話です、うまくまとめられているかちょっと心配です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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