鏡花の言葉
「つまり、記憶を読むってだけで、本人が出てくるわけじゃないんだな?」
「うん、たぶんそうだと思う」
静希に抱き着いたおかげで気分が落ち着いたのか、明利はあの空間で起きたことを静希達に伝え、自分の考えを話していた
霊装の中で起こったことをほぼ正確に把握した静希はとりあえず内容を整理しながら腕を組んで悩んでしまっていた
「中にいたそいつが明利を外に出したのか、それとも無意識で何か外に出る条件を満たしたのか・・・そもそもなんでそいつは現れたのか・・・わかんないことばっかりだな」
少なくとも同じような目に遭っていながら出てこれた人間が三人ほどいる
五人中に入って四人が出てこれたというのに雪奈だけが出られないのはなぜだろうか
「なぁ静希・・・ひょっとしてだけどさ・・・この中になんかいるってことありえねえかな?」
「なんかって・・・雪姉以外にってことか?」
陽太は頷いて眼前にある霊装を見る
「明利の話じゃさ、こいつって記憶を読めるんだろ?だったらその・・・お前の力に頼りたい何かが雪さんを人質にしてるって考えられねえかな?」
陽太は言葉を意図的に濁したが、何か、とはつまり人外のことだ
人質
なるほど、もし仮に霊装が自動発動で誰かを取り込んだ中で、陽太の言う『何か』が偶然取り込まれてしまい、出ることのできない状態にあった場合、人外を収納できる静希ならばこの霊装から一緒に脱出できるかもしれない
そのことを偶然ではあるものの雪奈の記憶を読んだ際に知った、そして彼女の記憶を読むうちにその能力を持つ静希が彼女の幼馴染で弟分であることを知り、人質として利用するために拘束、何らかの力を使って静希を呼ぶために水面に静希の顔を浮かび上がらせた
「じゃあ、なんで明利の偽物・・・ていうか記憶を読んで嫌なことを言ったりするんだ?」
「ん・・・あれじゃねえの?いやなこと言ってどっか行ってもらって、さっさと静希を連れてこようとしてるとか?」
中にいるということは少なくとも静希達よりもこの霊装に詳しいと考えていいだろう
記憶を読んで、この霊装の外に出る条件を満たさせるために苦言を強いている
目的の人物、静希が現れるまで、それを繰り返している
筋は通っているように思える
「・・・あんたって本当に、たまにだけど頭を使うことがあるのね」
「な、なんだよ、そんな褒めても何も出ねえぞ?」
褒めてないわよと言いながら鏡花は杯の近くに歩み寄る
「じゃあ静希、どうする?次は私の番なんだけど・・・さっさとあんたが行っちゃう?」
「ん・・・それでもいいけど・・・正直相手の思うつぼになるのっていい気がしないな・・・利用するのはいいけどされるのは大嫌いだし」
陽太の仮説が正しかった場合、静希が中に入るということは相手が望んでいるということでもある
恐らくそうすれば雪奈も解放されるかもしれない
だが人質を取った相手のいう事を聞くのは静希からしたら非常に癪だ、正直に言えば絶対にいう事など聞きたくない
「んじゃ、情報収集含めて私も行ってみるわ、その次は陽太ね」
「あいよ、雪さん見つけたら連れ戻しておいてくれよ?」
見つけたらねと言い含めて鏡花は明利と同じように杯の水面をのぞき込む
すると同じように鏡花の視界が一瞬にして暗転し、何もない暗闇に一人立たされている状態になった
話には聞いていたが、実際にやってくると非常に心理的圧迫感が強い
「雪奈さん!?いますか!?」
とりあえず叫んで雪奈がいないか確かめることにする
だが返事はない
真っ暗で何も見えない空間、次に鏡花は自分が立っているであろう地面に触れてみる
黒い何かに手で触れて同調してからその物質がいったいなんであるかを調べようとするのだが、同調の能力が働かない
この空間では能力が使えないのかと思い自分の服に触れて同調を試みると、何の障害もなく同調、そして変換を行うことができる
どうやらこの空間自体に能力を使うことはできないようだ
恐らくは鏡花の能力の範囲外の物質、いや、もしかしたら現象そのものなのかもしれない
自分が立っていると認識しているだけで、実際は違うのかもしれない
理解できないのなら、そういうものだと納得することにして鏡花はその場から歩き出す
とにかくせっかくこの場に来たのだ、情報をできる限り集め、その中で雪奈を見つけられるのであれば見つけたい
自分だって世話になった先輩なのだ、助けたいと思うのは至極当然である
「雪奈さーん!聞こえてますかー?どこですかー?」
雪奈の名を叫びながら鏡花は歩く
同じ空間にいるのかもわからないが、何もしないよりかは効果的だろうと思いこうしているが、一向に反応はない
一体どれくらいそうしただろうか、鏡花の耳に自分の声以外の何かが聞こえてくる
その声は、笑い声だった
そして、自分以外というのは、正しくないかもしれない
その声は、かつての自分、幼いころの自分の声だった
鏡花が声の元を探すと、それはすぐに見つかった
身長も低く、髪も短い、幼い顔立ちの、恐らく小学生くらいの清水鏡花
『あら、何をしているのかしら?意味のないことはやめなさいよワタシ』
「・・・出たわね偽物」
幼い声で、それでも鏡花の口調そのものである目の前の鏡花
明利から聞いていたが、実際に目の前に出てこられると幾分か動揺はある
熊田たちの話から昔の自分が出てくるということはわかっていた
明利からはほとんど自分と同じだったなどと聞いていたからてっきり中学くらいの自分が出てくるかと思ったのに、まさかここまで前の自分だとは思わなかったのだ
そう考えると明利は一体いつごろから成長が止まったのか、今度アルバムでも見て確かめなくてはならないなと心に決めた
「無駄なことなんてないわよ、呼びかけて反応があるかを待ってるんだから、雪奈さんに聞こえれば返事くらい」
『返してくれると思ってるの?』
幼い鏡花の言葉に、鏡花は眉をひそめる
何を言っているのだろうか、自分が危険な状態にある中で、助けがやってきて反応を返さないわけがない
「まさか・・・返事もできないような状況になってるんじゃないでしょうね・・・?」
目の前の鏡花をにらむが、幼い自分は飄々としながら笑い続けている
何を見当はずれのことを言っているのか
そういう、答えを間違えた子供を見るような見下した目と笑みだった
『違うわ・・・私なのにずいぶん目をそらすのがうまいのね?』
「目をそらす・・・?」
幼い自分の言っていることがわからずに、鏡花は徐々にいらだっていた
目の前の自分はわかっているようだった、だが自分にはそれが何なのかわからない
記憶だけを読んでいる、明利はそういっていた
記憶だけでそれ以外は読んでいない、ということは経験だけを抽出して把握しているということだ
何故目の前の劣化した自分に理解できて、本物である自分に理解できないのか
一体この自分は何を考えているのか、理解できなくていらだっていた
『ワタシは随分と察しが悪いのね、本当に私なのかしら?』
「・・・何が言いたいの?あんたなんか私じゃないわよ」
鏡花の敵意を前に、幼い鏡花はくすくすと笑い続ける
その声がさらに鏡花をいらだたせる、昔の自分を馬鹿にされているようで腹が立つ
『ワタシは雪奈さんを尊敬してるのね、少し残念だけど、頼りになる先輩、好意的に思えるのも当然よね・・・でも雪奈さんはどう思ってくれてるのかしら?』
幼い自分の言葉に、鏡花はわずかに眉をひそめる
この目の前の自分がいったい何を言いたいのか、未だに理解できないのだ
「雪奈さんが私をどう思ってるかなんて気にならないわよ、少なくとも嫌われてはいないと思うけど、今はそんなことは」
『本当に嫌われてないのかしら?』
その言葉に鏡花は身を強張らせた
本当は雪奈は自分のことをどう思っているのだろうか
頭の片隅で、そう考えてしまったのだ
『雪奈さんだけじゃないわ、静希も、明利も、陽太も、本当はワタシのことをどう思ってるのかしら?』
「そん・・・なの・・・普通の、友達で・・・」
『友達?ワタシが?一人ぼっちの天才の私が?』
自分の声でその単語を呟かれた瞬間、鏡花の心臓が跳ね上がる
一人ぼっちの天才、それは鏡花が中学時代に言われていたあだ名のようなものである
静希の引き出しなどと同じような、不名誉なあだ名
『ちょっとワタシがすごいからってみんなワタシから離れていったわよね?親友だと思ってた子も、昔からずっと一緒だった子も、ワタシが優秀になっていったら、みんなワタシを嫌っていったじゃない』
鏡花は、昔から優秀な子供だった
勉強もできたし、運動もそつなくこなせた
子供のころから歯に衣着せない物言いだったし、そういう意味では誰よりも不器用な生き方をしていたともいえる
そして転機は中学の頃に訪れた
今まで通りに普通に自分の生活をしていたはずなのに、周りの友人たちが自分を避け始めた
教師に天才と言われ、成績を上げれば上げるほど、友人たちは自分を妬み、疎外するようになっていった
嫉妬
子供の頃にはなかった妬みの感情が芽生えたことで、鏡花はその格好の的になってしまったのだ
天才だともてはやされ、勘違いした同級生に戦いを挑まれることもあったが、全て撃退できた
その事実がさらに周囲の偏見を買ったのだ、鏡花は天才だから自分たちを見下しているのだと
鏡花からすればそんなことをしたつもりは一度もない
だがその強い言葉遣いと、優秀すぎる能力が、同級生たちの勘違いと妬みを加速させた
嫌がらせを受けても、自分の能力を使って反撃することはなかった
能力を使って報復すればどうなるかわかっていたからだ
その反応すらも、自分たちを見下しているのだと思われ、鏡花は二年に上がるころには完全に孤立してしまっていた
誤字報告が五件溜まったので二回分投稿
二月頭まで忙しい時期が続きますが、頑張っていきたいと思います
これからもお楽しみいただければ幸いです




