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J/53  作者: 池金啓太
十五話「未来へ続く現在に圧し掛かる過去の想い」

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人外の心境

「・・・なるほどな・・・そんなことになっていたとは・・・あの阿呆が・・・!」


あかねや前原にわからない程度に事情をかいつまんで説明すると城島は額に手を当ててあきれ返っていた


もはや怒る気も起こらないらしい


唐突に脱走したメフィ、そしてそれを追う静希と、遭遇してしまった迷子


致し方ない状況とはいえ、ことの重要性を考えるのであれば班員に協力を要請してから動くべきだったのだろう


とはいえ静希がほかの班員を巻き込みたくなかったというのも頷ける


これだけ人の多い一般公開の中で自分の能力を最大限使えずメフィを逃がしてしまったというのも理解できる、何より静希にもそれなりの動揺があっただろう


「まぁ、もとより奴の能力ではメフィストフェレスを抑えることはできないことはわかっていたが・・・奴も人間ということだな、突然の面倒事で処理能力が落ちているらしい」


静希の能力である収納ではメフィは抑えておくことはできない


それは以前静希の制御下にある能力からいともたやすく抜け出すメフィを何度見ていることから明らかだ


そして、本来抜け出しても静希のトランプ操作の技量なら即座に収納しなおすこともできたかもしれない


だが静希は一瞬思考が停止してしまった


中衛型によくみられる特徴だが、事態が起こってから数秒はまともに反応できないことがある


唐突な状況をまず頭の中で整理してから事に当たろうとするためである


もし静希が前衛だったのなら考えるよりも先に体が動いたのだろうが、静希はあの場で考えてしまったのだ、何故メフィがトランプの中から出ているのか、その理由を


だが考えている時間的猶予がないと判断すると同時に動いたのだが、悪魔相手にその反応は遅すぎた


そして今静希の頭の中ではありとあらゆる状況の情報整理が行われている


現在位置、店の配置、メフィの行動先予測、この事件がばれないようにどのように行動するべきか、もしばれたときはどうするべきか、メフィになんと言って叱るべきか


そんないくつもの項目をほぼ同時並行で考えている静希に唐突に迷子が現れようものなら他人に、いや他神に押し付けたくなるのもよくわかる


混乱と焦りでただでさえ落ちている処理能力、そして考えなければいけない数多くの面倒事、そこに現れた更なる面倒に静希の情報処理能力を一時的にではあるものの超えてしまったのだ


それなりに長く静希を観察していた邪薙でもあのように取り乱した静希の姿を見るのは初めてだった


「お前がここにいることは五十嵐はすでに知っているのか?」


「あぁ、どうやらユキナが伝えたらしい、事が終わればここに来るだろう」


「なら何とかするべきは逃げ出したメフィストフェレスか・・・まったく・・・」


ここにいる邪薙に関しては何の問題もないと踏んだのか、とりあえず城島はため息をついてから邪薙の腕の上にいる少女に目を向ける


髪の切れ目から覗く城島の鋭い眼光を見ながらも、まったく怯えていないようだった


大体の子供には怖がられるのだが、こういった反応は少し珍しかった


「この子がさっきの放送の子か・・・親が来ていないところを見ると迷っているのかもしれんな・・・この辺りの警備担当に連絡して親を牽引してくるように言っておく、それまでここでおとなしくしていろ」


「言われるまでもない、ここで客引きをしているとしよう」


守り神も形無しだなと小さく呟いた後で城島は前原を連れてその場から離れていった


人込みに紛れて姿を捕えられなくなると腕に乗ったままの少女あかねが邪薙に興味津々な目を向けている


「ねえおじちゃんって神様なの?」


「ん・・・聞こえていたのか・・・」


先程の城島の声を聞きとっていたのか、あかねはまじまじと邪薙の顔を見ている


犬の顔をした神、小さな女の子からしたら自分の知らない謎の存在になるのだが、それでも神という存在位はイメージできるのだろう、その瞳は好奇と羨望に満ちている


「ばれてしまっては仕方がないな、私はこれでも昔は村一つ守っていた守護神だったのだ、今は訳あって一人を守るのに従事しているがな」


こういった子供には下手に嘘をつくよりも本当のことを言ったほうがごまかしがきく


なにせこの場は祭りに近い


仮に子どもが親に神様にあったなどと言っても、信じる者はいないだろう


「へぇー!ねぇねぇ、神様だったらお願いとかかなえられる!?」


「・・・だから私は守り神なのだが・・・」


どうやら小さな子供には守り神と願いをかなえる神の違いは分からないようだった


願いをかなえることなど邪薙にはできないのだが、一体どうしたものだろうかと悩んでいるとあかねは邪薙の頬の毛を引っ張ってきた


「あのね!私ね!行ってみたいところがあるの!」


「行ってみたいところ?」


この小さな女の子の行ってみたいところ、恐らくは遊園地などのテーマパークだろうか


彼女が能力者でなければ何の問題もなくいくことはできるだろう、親に願い出なければ連れて行ってもらえないかもしれないが


「うん!お月様!この前お父さんが頑張れば行けるって言ってたんだ!」


「つ・・・月か・・・」


この小さな女の子が行くには随分と遠い場所を所望したものだ


邪薙も知識だけなら月に行く方法などはテレビなどから入手している


だがこの子が今すぐに月に行きたいなどと言った場合、それを叶えてやれるだけの力は邪薙にはない


自分が願いをかなえられるということを疑ってもいない少女を前にどうしたものだろうかと邪薙は困ってしまった


腕の上で自分を輝く瞳で見つめ続ける少女を前に、邪薙はかつて自分が守っていた村の子供たちの姿を思い出す


自分の社が立てられた場所で並べられた供物、それを見つからないように少しだけ奪っていくようなやんちゃな子ども達


彼らが浮かべていた迷いのない純粋な瞳、目の前にあるのは、時代こそ違えどあの時と同じものだった


「・・・あかねよ、お前は月に行きたいのだな?」


「うん!行ってみたい!」


今の自分ではどうにもならないからこそ、人は神に願う


かつてあの村で村を守ってくれるように懇願した者たちもそうだ


自分たちでは村を守ることができないからこそ、神に願った


そして邪薙はその願いを聞き届けた、自らの存在がそうさせるのか、神としての本質がそうさせるのか、邪薙は村を守ってきた


「ではなぜ月に行きたいのだ?」


「え?・・・えっと、すっごく綺麗だから、真っ暗なお空にキラキラしてるでしょ?星でもよかったんだけど、お父さんは月ならいけるって言ってて・・・」


綺麗だから行ってみたい


なるほど、子供らしい理由だ、だがそれを行えるだけの身体的および精神的な強さがこの少女にはまだない


「もし、今のお前が月に行こうものなら、その体では耐えられないだろう、お前はあまりにも幼すぎる」


「えー・・・行けないの・・・?」


子供に難しいことなど説明しても分かるはずもない、何より今この子は目の前にいる神に話しかけているのだ、そんな物理現象などの面倒なことは神の力で何とかできるだろうと思っているに違いない


子供とは純粋であるが故に恐ろしいものである


「あかね、お前は自分で手に入れたものはあるか?」


「え?どういうこと?」


「親などに与えてもらったものではなく、お前自身が手に入れたものはあるか?」


唐突に話を変えられたことでいったい何を言っているのか少しだけ困惑した様だったが、あかねは未熟な頭でも必死に試行する


「・・・えっと・・・どんぐりとか・・・あ、アサガオの種拾って育てたよ!一人で!」


小さな子が手に入れられるものなど程度が知れている、それこそどこかで拾ったものが限界だろう


だがそれで十分だった


「なら、そのアサガオを育て、花を咲かせた時、お前はどう思った?」


「んと・・・嬉しかったかな、頑張ったし、お母さんにも褒められたし」


その時のことを思い出しているのか、あかねは笑みを浮かべながら頭を揺らしている


幼い子には褒められることはとても嬉しいことでもある


今はまだ褒められることが喜びになっているが、この先、この子の喜びは褒められることとは別のものになるだろう


「その嬉しさはお前が一人で勝ち取ったものだからだ、もちろん誰かと一緒に成し遂げても似た喜びは得られるだろう、だが自らの力で成し遂げたものというのは、喜びも一入なのだ」


幼い子供には、邪薙の言葉は難しすぎる、恐らく半分も理解できていないだろう


だが邪薙の言葉はこの小さな女の子に染み渡るように吸い込まれていた


「あかね、自らが望むことがあるならば、自らの力で成し遂げるのだ、そうして初めてお前の願いは成就するだろう、苦しさもあるだろう、悲しさもあるだろう、だがその先には、お前の、お前だけの喜びがあるのだ」


ただ願いをかなえるだけなら、他人でもできるだろう、何も神に頼る必要などない


だがただ与えられたものは、ただ叶えられたものは、それだけ感動を薄くする


それを得た過程に困難や苦労がなければ、その感動も、達成感も無くなってしまう


その過程が長ければ長いほど、苦しければ苦しいほど、得られるものの価値は大きく重くなる


邪薙は目の前の少女にそのことを伝えようとした


この小さな子供に自分の話す言葉がどれほど伝わっているかはわからない


だが邪薙は神だ、幸か不幸か、神なのだ


都合よく願いをかなえる神などいない、まして邪薙は守り神だ


神は道を示さない、自らの内側に語り掛け、道に気づかせる


以前静希にも行ったことを、邪薙はもう一度行っていた


「お前が本当にそれを望むなら、もう一度父君に話してみるといいだろう、きっと良い知恵を授けてくれる」


邪薙の言葉をじっと聞いていたあかねは難しそうな顔をして首をかしげてしまう


邪薙が何を言っているのかはわからずとも、大切なことを言っているということは伝わったのだろう


この幼い体と頭に神の言葉を刻み付けた


貴重な経験をしたのはいいものの、この子はそれを一体どれほど理解できているだろうか


完全に理解できないながらも、この子の本質はわかっているのだろう


この目の前にいる存在が言っていることは自分にとって良いことであると


だからこそ理解しようと頭をひねっているのだろうが、如何せん幼すぎるこの子の頭と精神ではどうやっても理解することはできないようだった


「あかね!」


唐突に、少女を呼ぶ声が聞こえた


人込みをかいくぐってやってきた女性を見るとあかねはまばゆい笑顔を浮かべて邪薙の腕から降りようとする


すぐさま下ろしてやると、あかねはやってくる女性に抱き着いた


「お母さん!」


「もうこの子は・・・!どこ行ってたのよ・・・!」


どうやらあの女性があかねの母親らしい、心配していたようできっとあちこち走り回っていたのだろう、その頬からは汗が垂れている


とりあえず自分が出ることになった最大の理由が解消され、邪薙は安堵のため息をついていた


「この子がお世話になったようで、本当にありがとうございます」


「いえいえ、どうかお気になさらず、私も久々に楽しかった」


邪薙に礼を言う母親の後ろから顔を出しながらあかねはにっこりと笑っている


このような小さな子供に好かれるというのも、また悪くない体験だった


そう思いながら邪薙は片膝をついてあかねの視線に自らの高さを合わせようとする


「あかねよ、先程言ったことをよく覚えておくのだぞ、お前は自らの力で事を成すのだ」


邪薙がそう言って頭をなでるが、やはり幼すぎるためか、その言葉の意味は理解できていないだろう


そのことに気づくと邪薙は軽く笑って、小さな頭をなでている右手に少しだけ力を込める


「お前はこれから多くの物を見て、いろんな場所に行くだろう、苦労もあるだろう、だがそれ以上の幸福がお前にあることを祈っているぞ」


「んん?よくわかんないけどありがとおじちゃん!」


またしても言っている意味は分からなかったようだが、邪薙が自分のことを思って何か言ってくれたということは理解したようだ


自分の相手をしてくれた人をおじちゃん呼ばわりすることで母親がこらと小さくたしなめるが、そんな反応を見ながら邪薙は豪快に笑いながら立ち上がる


「もうはぐれてはいかんぞ、しっかりと母君の手を掴んでおくのだ、良いな?」


「はーい、ありがとね犬のおじちゃん!」


「本当にありがとうございました」


手を振りながら去っていくあかねとその母親を見送りながら、邪薙もあかねに向けて手を振り別れを告げる


自分に会い、彼女の人生が好転すればよいのだがと思いながら邪薙はわずかに目をつむる


いつの世も子は子、幼く無知で、それ故に純粋


自分が守っていたのはあぁ言うものなのだなと感慨深くなりながら、邪薙は再び客引き文句を声にし続ける


後は静希を待つだけだ


こればかりは邪薙にできることなどない、静希がメフィを捕まえてここに来るのを待つことしかできない


自分は仮装した一般人、そう言い聞かせながら客引きを続けた


神としてこれほど複雑な気分はないが、これもある種自らに課せられた試練なのだと言い聞かせることにした





一方その頃、メフィはあらかたの出し物やイベントを見終わって少し開けた広場のようなところに腰を下ろしていた


テレビや静希の能力を介してみるのとは全く違う、やはり自分の目で見て触れることができるのは素晴らしいと実感しながら、自分と同じように休憩目的でここにいる人たちを眺めていた


人間の進化は面白いものだ


いや、進化というのは正しくないかもしれない、人間自身が変わっているのではなく、彼らが扱う文化が変わっているのだから


場所や時代が少し違うだけでこれだけ違うとなると、今まで自分が見てこなかったものはもっと違ったかもしれないと少しだけ後悔していた


幸か不幸か、メフィは非常に長い時間を過ごしてきた


それ故に退屈なこともあったし、嬉しいことも楽しいこともあった


そして今静希の下にいて、それなり以上に快適だ


これから何が起こるのか、想像するだけで心が躍る


だがたまには、こうして静希の下から離れてみるのもいいかもしれない


離れることで、どれだけ自分にとって静希が大事であるかを実感できた


今はもうすぐにでも静希の下に向かいたかった


先程まで心地よかったこの視線も、今はすでに飽きてしまっていた


似たような反応や視線を向けられても全く面白くない


「ねぇねぇ、お姉さん一人?よかったら一緒に回らない?」


こうやって自分に話しかけてくる男も一人や二人ではなかった、しかも打ち合わせでもしているのかと思えるほどに一人かどうかを聞くのだ


もう少し考えて物を言えないのだろうか


テレビなどでもこういった軽薄な男は当て馬扱いされているということを学ばないのかと嫌気がさしながら作り笑顔を浮かべて自分に話しかけてきた男の方を向く


「残念ね、今人を待ってるの、あなたのお相手はできないわね」


意訳するなら、貴方に興味はないからどこかに行ってくれと言ったつもりだったのだが、話しかけてきた男は全く意に介さずにメフィの隣に座ってくる


「へぇ、どんな人待ってるの?男?女?話し相手くらいにはなるよ?その角とか目とか肌とか凄いね、さすが能力者の変装だわ」


男は髪を茶色に染め、耳にはピアスのようなものもみられる


よくこの外見のメフィに話しかけてきたものだと思えるが、仮装で変化しているのは頭部と肌だけだと思っているようだ


日曜日そして誤字報告が五件溜まったので三回分投稿です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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