警備のお仕事
「おーい静希、そろそろ戻って来いよ、暇でしょうがねえよ」
「あ、悪い、それじゃお二人とも、また後ほど、これ俺の携番です」
イギリスに行ったときには使い物にならなかったために連絡先を教えることをすっかり忘れていたと思いながら静希は二人に自分の携帯番号を教え、鏡花に服を元に戻してもらってから裏方に戻る
時間が経過して、何人かの関係各所の人間が店を訪れるも、はっきり言ってまったく忙しくない時間が流れていく
仕事のなれはじめとしてはこれが丁度いいのかもと思いながらも静希達の担当時間はこうして終わっていく
午前中は店の手伝い、そして午後から数時間は警備の仕事が入っている
「結局何人来た?俺らほとんど仕事してないぞ?」
「まぁな、今日平日だし、仕方ないんじゃないか?」
制服に警備担当の腕章を取り付けて女子が着替えてくるのを待つ間に、静希達は廊下から周りの様子を見ている
現在時刻は昼過ぎ
丁度これから昼休みになるところで、静希達は先程店の方から出されたまかないのオムライスを食べてすでに昼食を終わらせたところだった
静希と陽太が行った仕事は数回飲み物を入れ、食器を洗ったくらいだ
数時間にたったそれだけしかやることが無かった時点で店としてはどうなのだろうと思ってしまう
これから午後になるにあたってどれほどの人が来るかはわからないが、とりあえず静希達は警備の仕事に移行することになる
「ってわけでさ、軍の知り合いを紹介したいんだが、いいか?」
『それは構わないが、あまり良い返事はできないかもしれないぞ?』
大野小岩の頼みでもある人材の紹介をするために静希は石動に電話をかけていた
一応知り合いからの頼みなのだ、これから世話になることを考えると多少は気にかけておいて損はない
「それは構わないよ、大野さんと小岩さんって名前で、そっちに行くように言っておく・・・まぁ暇つぶし程度に話してくれればいいから」
『ふむ・・・まぁお前がそういうなら・・・了解した』
頼むなと言づけて静希は電話を切る
その後に大野小岩に石動の現在位置を告げて依頼は完了する
あの反応からするに、石動は今のところ軍にそこまで積極的に入隊することは考えてはいないようだった
もっとも貴重なエルフの人材だ、あの二人がどこまで本気で勧誘するかはわからない物である
「お待たせ、着替えがないって楽ね」
「ごめんね、遅くなって」
鏡花と明利が制服に着替え、それぞれ警備担当の腕章を取り付けた状態でやってくる
すでに昼食を終わらせているのでこれから静希達の担当している箇所へと移動して警備を行うことになる
「俺らの担当箇所ってどこだっけ?」
「俺らは初等部校舎だ、まぁ比較的やることはないだろうな」
城島の采配のおかげかどうかはわからないが、楽なところに選ばれたところは喜ぶべきだろう
まず全員で警備担当の本部になっている教室に赴いて連絡用の無線と警棒を受け取る
その二つを腰に取り付けて耳にイヤホンをつなげることでいつでも連絡が取れるようにして各種点検を行う
「各階を順々にめぐるルートで巡回するぞ、備品とかある部屋もあるから一つずつ確認しておくこと」
「懐かしいなぁ、どんな部屋があったかもう覚えてねえや」
初等部に静希達がいたのはもはや数年前のことだ
どんな教室があったかなどもう覚えていないが大体の構造は記憶の欠片として彼らの脳内に残っていた
「教室内にも入ってチェックするの?」
「みたいだね、各教室の後ろから入ってチェックしたら出ていくって感じみたい」
見るのは廊下だけではなく、教室内も同様だ
問題は廊下だけではなく教室内でも起こる可能性がある以上、授業中だろうとそこに行くのが義務付けられている
この喜吉学園の校舎は初等部、中等部、高等部に分かれており、それらに教室と各種必要不可欠な専門教室が入っている
中等部と高等部は基本的に一学年に一階分のスペースがある、だが初等部は学年が多いために二つの校舎を用意してあるのだ
高くすれば一つの校舎にも入るのだろうが、さすがに六階以上の高さの校舎は無理なようで、下級生と上級生の校舎を分けることで折り合いをとっているようだ
「それじゃどんな順で回るか、上級生校舎と下級生校舎それぞれ二人ずつだろ?」
「どう分けてもおんなじよ、結局全員で順繰りに回るんだから」
同じ人員で同じところを回るのでもいいのだが、それだと異変に気づけないこともある
何より明利の索敵の種をついでに配置しておこうという魂胆だ
そうすれば今後の索敵兼警備が非常に楽になるのだから
「んじゃ俺と明利がまず最初に下級生、陽太と鏡花は上級生の方をよろしく」
「了解、陽太行くわよ」
「はいはい、仰せのままに」
鏡花に引き連れられるようにその後についていく陽太
もはや完璧に上下関係が決まってしまっている
「よし、俺らも行くか」
「うん、懐かしいなぁ、覚えてるかな」
明利自身も初等部校舎に行くことなどほとんどなかったために少しだけ嬉しいのか楽しいのか、笑みを崩すことなく上機嫌な様子だった
特に上級生になってからは下級生校舎に入るようなことはほとんどなかったために、正直ほとんど覚えていない
自分たちのクラスがどこにあったかくらいは覚えているが、そのクラスでどんなことがあったかと聞かれると思い出すのに時間が必要だ
たった数年のことなのにこれだけ記憶が劣化しているあたり、時間が経つというのは素晴らしくも残酷なものだなとなんとなくため息をついてしまう
自分たちを担当した教師の面々は元気にしているだろうかなどと、らしくもない考えを思い浮かべながら静希と明利は初等部下級生校舎の方へと向かった
記憶というのは当てにならない物だ
幼少時に自分たちが見て覚えていたものと、成長した自分たちが今見ているものとでは明らかに印象が違うのだ
身長が違うからというのもあるだろう、だが身長がほとんど伸びていない明利でも、自分の記憶の曖昧さがよくわかるほどに記憶の中の構造と実際のそれが異なっていた
「・・・こんなもんだったかなぁ・・・」
過去陽太や明利達と駆け回った校舎の中で、かつて自分たちが飛び乗ったり駆け上がったりした備品や階段が思ったよりずっと小さいことに少しながら困惑しながら静希達はそれぞれの教室を観察しに行った
昼食時から授業中に変化する際に、どうやら一般公開のついでに授業参観のようなものも行っていたらしく、親御さんが何人かやってきていた
一般公開にはこういった側面もあるのだなと思いながら静希は軽く会釈をして部屋に問題がないことを確認しながら着々と見回りを終えていく
これを何回も繰り返すのだから気張っても仕方がないというのもあるが、さすがにここまで環境の違いに驚くことになるとは思っていなかった
『静希君、一通り終わったよ』
「あぁ、こっちも終わった、それじゃ移動するか」
静希と明利で一階から四階までの校舎を回り終え、とりあえず向こうにいる二人の様子も確認することにする
「こちら静希、下級生校舎の見回りを終了、陽太、鏡花、そっちはどうだ?」
『あー・・・こっちももうすぐ終わるわ、そういや風香ちゃんと優花ちゃんに会ったわよ』
下級生の校舎の見回りを終え、上級生の校舎へ移動しようと二人に連絡すると向こうからノイズ交じりの鏡花の声が聞こえてくる
そういえば東雲姉妹はぎりぎり上級生だったなと思い出しながら、ついでに顔を見に行くかと思い立つ
「んじゃこれからそっちに行く、入れ替わりでそっちは下級生の方に向かってくれ」
『あいあい了解、んじゃね』
無線での通信を終了し、とりあえず静希と明利は合流して上級生の校舎へと向かう
下級生の時と同じように二手に分かれて移動し、それぞれ教室や各専門教室を回っていく
その中で静希は見覚えのある仮面の少女を発見した
教室に入ると、しきりに後ろを気にしている少女、仮面の模様から判断するに東雲風香だ
恐らく先ほど鏡花と陽太が見回りに来たことで静希も来るのではないかと期待していたのだろう
風香は静希が教室に入ってきたのを確認すると途端に姿勢を正してちらちらと後ろをしきりに確認していた
いいところを見せようとしているのか、集中しようとするものの、静希がいると思うと微妙に集中できていないようだった
問題ないことを確認し、軽く風香に手を振って教室から出るとちょうど授業が終わったのかチャイムが鳴り響いた
その瞬間に、風香が教室から出てきて移動しようとしていた静希を捕まえた
「五十嵐さん!お久しぶりです!」
腰にしがみつくように抱き着いてきた風香に多少気圧されながら静希は風香の頭をなでる
「あぁ、相変わらず元気そうだな」
「はい!元気です」
明利より小さい女の子というのは意外と珍しかったが、徐々に身長が伸びてきているのかだんだん明利の身長に近づいてきている気がする
子供の成長は早いが、この調子だと明利が身長を抜かされるのも時間の問題だろう
「あ!五十嵐さん!」
そうこうしていると今度は同じように優花が静希を見つけたのか、全力疾走の後にその腹部に頭部を思い切り押し付けるようにぶつかってきた
さすがは石動の妹分、的確に人体の急所を狙い打ってくる
「おぉ優花・・・お前も元気そうで何よりだ」
「はい!元気です」
まったく同じ反応を示すこの双子、別々のクラスであるというのにここまで反応が同じだと逆に入れ替わってもばれないのではないかとさえ思えてしまう
「五十嵐さんも警備ですか?」
「優秀な人でないと警備とかできないんですよね!?すごいです!」
一度に違うことを話されるとどちらに反応していいのか正直迷ってしまう
この双子、ほとんどの事柄はシンクロするのにたまに別のことを同時に話すから厄介である
「あぁ、俺らは初等部の警備、これから数日間はここらをうろつくから・・・他にも喫茶店みたいなところの手伝いもやってるぞ」
「「本当ですか!?行きたいです!」」
本当にこの姉妹は実は頭の中がつながっているのではないかと思えるほどに同じことを言う
店の場所を教えると二人は必死に場所を覚えているようで何度かその場所を口でつぶやいていた
「来てくれたらケーキくらいならごちそうするぞ?なにが食べたい?」
「いいんですか!?ショートケーキが食べたいです!」
「いいんですか!?モンブランが食べたいです!」
どうやら双子と言えど食の好みは完全に一緒ではないようだ
自分たちが担当している時間を教え、その時間に来ればごちそうできることを伝えるとちょうどチャイムが鳴って授業開始となった
二人は名残惜しそうだったが、静希から離れて手を振りながら教室へと戻っていく
今日も今日とて予約投稿
そろそろのんびりするのも終わっているころかもですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




