物事の本質
「よくそんな人好きになりましたね・・・」
鏡花の言う通り、よくもまぁそんな相手を好きになったものである
普通だったら優しくされたとか、趣味があったとか、そういうところに惚れるのではないのだろうか
「いや・・・その、見ず知らずの僕に対して本気で叱ってくれて、この人は優しい人なんだなって思えてさ、それにちょっと覗いた目が、怒ってるんじゃなくて心配してるような感じでね・・・」
もうそれからは思い切りアプローチしたよと懐かしそうに語る
要するにこの人は、外見的特徴ではなく、城島の内面に惚れたのだ
見ず知らずの人を救い、心配し説教をするなどと誰にでもできることではない
本気でそれをできる城島に、彼は惚れたのだ
「あの・・・でも先生は能力者ですよ?怖いとか思わないんですか?」
「知ってるよ、能力で助けられたからね・・・でもそれは問題じゃないと思ってるんだ・・・怖いとかは思わないな・・・少なくとも美紀さんは全然怖くない」
能力者と無能力者の格差は大きい
それこそ日常的な問題から非日常的に至るまで
実際に能力を使って戦うところを見たことが無いためか、それともそれを知っていてなお怖くないというのか
考えられる原因を思い浮かべても、恐らく前原にとっては障害にはならないだろう
だからこそ、一度断られてなお、今でも交際を続けているのだろう
そうこうしている間に、城島がトイレから戻ってくる
静希達からしたら、何故前原のプロポーズを断ったのか問いただしたいところだが、どのように切り出したものだろうかと悩んでしまう
それこそプライベートにかかわる話だ
自分たちは城島とそれなりに関わりがあるとはいえ、所詮は他人だ、そこまで深く干渉するべきではないことは理解している
「先生、何で前原さんのプロポーズ断ったんすか?」
そんな考えは全く知らないというかのように、何の恐れもなしに陽太が話の核心を突く
こういう時、バカというのは本当に恐ろしい、だが同時にグッジョブと全員が内心親指を立てた
「・・・話したんですか?」
「え、えぇ・・・すいません、つい」
悪気があるのかないのか、前原は少しだけ申し訳なさそうにしながらそれでも笑顔を崩さない
なんというかマイペースな人であるということは静希達も理解できた
「で?何で断ったんすか?一緒にいるのはいいけど結婚は嫌ってわけでもないんしょ?」
城島に対してガンガン攻める陽太というのも珍しい、というか人のプライベートに対してどうしてこうも突っ込んだ質問ができるのか不思議だ
「・・・この人には私よりずっといい人が見つかる、お前達だってわかるだろう?私のような女として不適格な人間よりもずっといい人が」
「そういう事聞いてるんじゃないんすよ、何で先生が結婚を断ってるのか、その理由を聞いてるんす」
陽太の言葉に、一瞬城島は言葉を詰まらせている
陽太は本当にたまにだが、物事の本質を突くようなことを口に出す
本人も気づいているのかどうかわからないが、これは陽太の特性のようなものだろう
バカで考えなしだからこそ、一番大事なことから目を背けずにいられる
城島の言葉では、結婚したくないのではなく、自分では結婚できないというふうに取られてしまう
なぜそんな風に言うのか、陽太が知りたいのはそこだった
「前原さんは本気みたいっすよ?なのに先生だけそんな変な理由でのらりくらりしてたんじゃ失礼でしょ、断るなら断る、オッケーなら結婚する、ダラダラ関係続けてないではっきり理由を言ってけじめはつけないと」
正論だ、陽太の言葉にしては非の打ち所がないほどに正論だ
まっすぐに向けられた好意に対して適当な返答をして現状を続けるというのは時と場合によっては正しいことでも、今回に限ってはそうではない
前原は城島に結婚を申し込み、城島はそれに対して曖昧ながら断り、それでも今のような交際関係を続けている
優しさというには少し性質が悪い、見方によっては男をもてあそんでいるようにも見える手法だ
だが静希達は城島が男性相手に貢がせたりだとか、そういった不誠実な対応をとるような人間ではないことを知っている
それ故に真意を測りかねているのだ
「けじめ・・・か・・・」
「あ・・・あの、美紀さん、僕は気にしていませんよ、いつか振り返らせて見せますから」
フォローのつもりなのだろうが、前原のその善意が城島に突き刺さる
前髪の奥にある瞳は迷いを含み、悩んでいるのがありありとわかった
生徒から言われ、自分のしていることがどれだけ残酷なことであるか再認識したのだろう
大きくため息をついた後、城島は顔を上げる
「響の言う通りだな・・・居心地がいいからと言って、いつまでも中途半端な関係を続けるわけにはいかないな・・・」
居心地がいい
城島にしては珍しい言葉に、静希達は少し驚いた
今まで意識してこなかったが、城島だって普通の能力者だ、普通の女性だ
今の関係が、自分を大切にしてくれる男性がいることが心地よく思えることもあるだろう
だがそれが間違いであるということがわかったのか、決別するべきことはすでに分かっているのか、前髪を少しだけいじって全員の目を見る




