日曜日の一コマ
日曜日であり、休日であるその日、陽太は久しぶりに町に遊びに来ていた
理由はただ一つ、普段使っている演習場が使えなかったからである
普段陽太は鏡花と共にコンクリートの演習場を使い、炎の訓練にいそしむのだが、日曜日のその日に既に使用不可の状態になってしまっていたのだ
何でも定期的な点検をするらしく、今日は一日暇になったことになる
前日からすでにそのことはわかっていたために鏡花も同じようにゆっくりと過ごすということを言っていた
久しぶりに羽を伸ばせるこの日は陽太にとって嬉しくもあった
昨日のあの様子から、静希を誘って遊びに出ることも考えたのだが、鏡花曰く
『あぁ言うのは自分でしっかりと考えられるだけの時間が必要なのよ、たまにはあいつにもゆっくりさせてあげなさい』
ということだった
遊んでしまえば何とかなると思うんだがなと陽太は考えながら、とりあえずはゲームセンターで時間つぶしついでに格闘ゲームにいそしむことにする
思えば、ゲーセンに行ったのは実に久しぶりだった気がする
鏡花に訓練を頼んでから休日らしい休日はなく、ほぼ毎日のように訓練を繰り返してきた
休日時間があっても持て余すだけなので、陽太からしたらありがたいと言えばありがたいことなのだが、鏡花に少し申し訳ないような気がした
何せ陽太との訓練を行うことは鏡花の時間を潰すことでもあるからだ
これからは自分で訓練できるようにした方がいいのかなと考えながら、やってくる挑戦者を返り討ちにして連勝記録を伸ばしていく
久しぶりのゲームでも、体は動きを忘れていないようだった
だがやはり上には上がいる
ブランクのある陽太では毎日研鑽を重ねる本当の熟練者には敵わず、連勝記録は十三で止まってしまった
時間を見ると時刻は十一時、まだ昼には少し早い
格闘ゲームにも少し飽きたなと思いながらゲーセンから出てこの後どうしようかと考えていると、陽太の視線の端に見慣れた後頭部が見える
普段授業でよく見るあの後頭部、いつもはスーツを着込んでいるはずだが今日は私服だった
秋らしいパンツルックの女性、陽太の担任教師でもある城島美紀その人だった
思えば彼女の私服姿を見るのは初めてかもしれない、しかも仕事以外での姿を見るのも初めてだ
休日はおろか夏休みにも働いていたような人である
久しぶりの休日なのだろうなと実感しながら、一体何をしているんだろうと興味心を高ぶらせると同時に、陽太はそれを見た
隣に、若々しい男性の姿、ジャケットを羽織り城島に向けて朗らかな笑みを浮かべている
対して城島も男性に対して薄くだが笑っているように見える
瞬間、陽太の脳細胞が一気に活性化し始める
普段あまり使われない部分までフル稼働し今の状況を整理しようと実月顔負けの情報処理能力を発揮した
そして第一に取った行動は、自分の携帯で電話をかけることだった
静希の携帯は壊れたまま、そろそろ買い替えるようなことを言っていたがまだ使えないはず
ならばと陽太はとにかく電話をかけた
『・・・はいもしも』
「城島先生が男と歩いてる!」
コール数回おいてでた声を無視して陽太は第一声を叫ぶ
いきなり訳の分からない言葉を言われたことで、電話の向こう側の相手は多少不機嫌になったようだった
『・・・あのさ・・・もう少しわかりやすい言葉はないの?いきなり何言ってんのよ』
相手は陽太の指導役であり一班の班長清水鏡花である
相手を探した時に五十嵐静希の次にあったのが清水鏡花なのだ
五十音順では明利がほとんど後ろの方になってしまうのが残念なところである、もし明利に電話をしていたら四苦八苦していただろう
「いや今日さ、訓練ないからぶらぶらしようと思ったらさ、城島先生が男と一緒に歩いてんだよ、しかも二人とも笑ってるし親しそうだし!これが噂の大人の恋ってやつなんかな!?」
思ってもみなかった状況に陽太のテンションは上がりまくっており、状況をある程度説明できたもののせっかくの休日にいったい何をやっているのかという鏡花のため息が電話の向こう側から聞こえてきてもおかしくない様子だった
『で・・・私にそれを言ってどうするつもりなのよ』
「え?来いよ、場所教えるから、一緒にスネークしようぜ」
陽太の言葉にあきれ果てたのか、鏡花は深い深いため息をつく
休日に陽太から電話がかかってきたから宿題でも見せてほしいのかと思ったら、担任教師のプライベートを尾行しようなどと言うお誘いを受けるとは思っていなかった
だが鏡花自身気にならないわけではない
何せあの城島だ
自分たちに対して圧倒的威圧感を放ち、教育的指導と称して鉄拳を振るうあの城島だ
彼女が普通の女性のように恋愛をしているというのはどうにも想像できない
「え?なんだよ来ないのか?!」
『・・・場所どこよ・・・』
そんな面白そうな状況を前に、行かないという選択肢は鏡花にはなかった
陽太に連絡を受けて鏡花が待ち合わせ場所に到着し、状況を正しく把握できるまでに数十秒ほどかかった
何せあの城島が今まで見せたことのないような朗らかな笑みを浮かべて彼女より少し高い身長のこれまた朗らかな笑みを浮かべている男性と一緒に歩いているからだ
「な?な?あれ絶対付き合ってるだろ!?」
「・・・うわぁ・・・なんて言うかすっごい意外だわ・・・あんな顔もできたのね・・・」
普段城島の表情など不機嫌そうな方向の物しか見たことが無い
時折人を痛めつけている時に楽しそうな表情をするだけで、あそこまで暖かい笑みを浮かべているところは見たことがない
あまりの豹変っぷりに城島とは別人ではないのだろうかと疑いもしたのだが、体格も、髪の切れ目から除く鋭い瞳も、城島であることを証明している
なによりあんな鬱陶しい前髪をしている女性はこの近辺では城島しかいない
「女は二面性があるって姉貴が言ってたけど・・・まさか先生があんなふうになるなんてなぁ・・・人は見かけによらないってことか?」
「いったいどういう関係なのかしら?もしかしたら同僚ってことも・・・でもあんな人見たことないわね・・・」
一瞬ただの仕事仲間ではないかとも思ったが、自分の学校にあんな教員や職員はいなかったと記憶している
同級生にしても、以前見せてもらった写真の男子生徒二名、そのどちらにも似ていない
これは本当に恋愛の場かもしれないなと二人でテンションを上げながらばれないようにこっそりと二人の後をつけていく
「・・・何やってんだお前ら・・・」
不意に後ろから声をかけられたことで二人は一瞬硬直した
ゆっくりと振り返るとそこには紙袋を持って立っている静希と、その隣で説明書片手にこちらを不思議そうに眺める明利がいた
「おやおやお二人さんデート?デート?おいおい俺らお邪魔かな?」
「何よ二人して一緒になってこんなところで、お邪魔ならどっか行ってましょうか?」
「お前らこういう時ばっかり息ぴったりだなこの野郎」
二人してにやにやと笑みを浮かべながら静希の持っている紙袋を見ると、それは静希が契約している携帯会社の物だった
どうやら壊れた携帯を新しくしに来たらしい
明利はついてきただけなのか、それとも自分も新しくしたのか、携帯の説明書を開いている
「そうだ、携帯新しくしたから前と同じように使えるぞ、番号は同じにしてある」
静希が取り出した携帯は最新とは言えなくともそれなりに高性能な機種だった
確か海外でも連絡が取れる仕様のものだったと鏡花は記憶している
「それはそうと、二人とも何やってるの?」
「見てわかんないか?」
「・・・わからないよ・・・」
明利の言葉通り、見てわかるはずがない
二人は今喫茶店の看板の陰に身をかがめているのだ
一見すれば一体何をやっているのか見当もつかない
「そう!びっくりなのよ!城島先生が男の人と歩いてたの!」
「へぇ、あの先生がねぇ・・・どこよ?」
ほらあそこと相手に見つからないようにこっそり指さすと、静希の目にも確かに男性と一緒に朗らかな笑みを浮かべて談笑している城島の姿がとらえられる
そんな城島を見て、静希は信じられないと言った表情を浮かべていた
「なぁ、あれ誰だ?」
「だから城島先生よ」
「・・・俺の知ってる城島先生と違う」
明らかに失礼な言い回しかもしれないがこの反応も無理はないかもしれない
何せ静希達に対しての城島の態度や表情はあまり良いものではないのだ
不機嫌とは言わなくとも、凛としているというか、少しばかり強く出すぎている節がある
そして今目の前には、教師としてではなくただの女性としての城島がそこにいるのだ
私服姿というのも新鮮だが、何よりあの表情が新鮮すぎる
「先生ってあんな顔できたんだね」
「ははは・・・明利私とおんなじこと言ってる」
声を殺して笑いながら鏡花は再び二人を注視する
どうやらウィンドウショッピングをしているようで、服や装飾品を見て回っているようだった
そんなものを買っていつ着るんですかと問い詰めたくなるが、ここは踏ん張りどころ、もう少し面白くなるまで我慢するのが大切である
「ていうか、さすがに後をつけるのはどうよ・・・人の恋愛に首突っ込むとろくなことにならないぞ」
「え?なによ気にならないの?」
鏡花の言葉にそりゃ気になるけどさと呟く静希
もちろん静希だって目の前で起こっている大人の恋愛に興味がある
ただの恋愛ではなく自分たちの担任教師の物なのだ、気にならないほうがおかしいだろう
だが同時にこれ以上首を突っ込むと面倒なことになると、静希の面倒事察知センサーが反応しているのだ
赤の他人のそれならば何の問題もなく尾行を続行したかもしれないが、相手はあの城島である
もしこのことがばれたらいったいどんな目に遭うか想像に難くない
「ね、ねぇ・・・もうちょっとだけ見てみない?」
「おい明利・・・お前まで・・・」
静希と一緒にいた明利としても、やはり女子、大人の恋愛に興味がないわけがなく、ついていくつもり満々である
こうなってしまっては静希が一人で離脱するわけにはいかない
静希だって興味があるのだ、このまま帰るというのも少しだけ残念だった気持ちもある
「ばれたら即行で逃げるぞ、それだけは頭に入れておけよ?」
全員が小声で了解と呟いて、再び尾行は続行された
城島達は普通に買い物や食事を楽しんでいる
衣服、装飾品、そしてちょっとした買い食い、そして現在は映画を鑑賞している
城島達の座っている席、その後ろから全て見ている静希達一行、これまでは何の変哲もないデートのように見える
「・・・なんかこう面白みがないな・・・」
「そういわないの、これから進展があるかもしれないじゃない、夜の街に消える的な」
「夜の街・・・や、やっぱりそういう事するのかな・・・?」
「ていうかこれじゃ完全出歯亀じゃないか?」
静希達は能力者と言えどただの高校一年生、恋愛ごとに興味があるのは勿論のことだが、微妙に知識が先行しているせいでいろいろと誤解や間違いを犯していることがある
特に大人の恋愛などと言うドラマや映画などでしか見たことのないようなものだと、もっといろいろな事件やら問題やらがてんこ盛りになっているようなものだと思っていただけに単調に進むデートの風景に少しだけがっかりしていた
「普通映画って言ったらさ、見ながらキスでも何でもするもんじゃねえの?あの男の人へたれか」
「それ絶対間違ってるわ、でもこの暗がりだったんだからもう少しなんかあってもよかったのに・・・」
陽太と鏡花からすれば刺激が少ないのが不満なのか、微妙にやきもきしだしている
「でも、こういうのってなんかいいなぁ・・・」
「どっちかっていうと、結構付き合いが長いのかな、そんな感じが・・・」
明利としてはこのデートはかなりうらやましいのか、微笑みながら二人の様子を観察している
あのようなデートが理想なのか、それともただうらやましいだけか
どちらにしろ明利はあれでいいらしい
一方静希は二人の様子を観察すると同時に一つ気づいたことがあった
「なぁ、あそこの席の子供、見えるか?」
三人に呼び掛けて小さく指をさす
その先には中学生くらいだろうか、男の子が座っている
白いワイシャツを着て前に乗り出すようにして何かを見ていた
「あの子がどうかしたの?」
「・・・あいつ、映画じゃなくて城島先生たち見てるんだよ」
静希の指摘に、三人がよくよくその男の子の様子を観察すると、確かにその視線は映画に向かっていない
普通映画館に入ったのであれば、眼前の映画に目を向けるはずなのに、その視線は客席、しかも自分たちが後をつけている城島達に向けられている
「本当だ・・・なんでだろ?」
「あれじゃねえの?大人の恋愛に興味がある青少年だろ?」
「他にもカップルっぽいのはいるだろ、何でまた城島先生に・・・」
静希のいうようにこの映画はカップル向けなのか、やたらと男女ペアでいる人が目立つ
さらに言えばどこも仲がよさそうで、くっついているのが目につく
そんな中で一人でいる男の子、ある意味目立ちまくりだ
その男の子を注視していると、鏡花が唸りながら首を傾げだした
「・・・なんかあの子どっかで見たことが・・・」
「なんだ、知り合いか?」
「いや、知り合いとかじゃないと思うんだけど・・・なんかどっかで・・・」
どこか記憶に引っかかるものがあるのか、その男の子の顔や体を見て思い出そうと必死に頭を働かせている
だがそんなことをしているうちに映画も終盤に差し掛かっていた
「おい、そろそろ出るぞ」
「え?なんで、最後まで見ていかないのか?」
「アホか、外に出るときに気づかれるかもしれないだろ、先に出て待ち伏せするんだよ」
映画館の構造は前からも後ろからも出ることはできるが、城島が後ろの方に来ないとも限らない、万一のことを考えて映画館を視野に収められる場所に移動する必要があるのだ
「なんだかんだ言ってあんたもノリノリじゃない」
「やるからには徹底的にだ、ばれないようにストーキングし続けるぞ」
こういう時に静希の隠密スキルは役に立つ
軍などで遮蔽物を上手く利用して相手の視界に入らないようにしながら移動して、こちらだけ相手を観察できるような訓練をひとしきり受けさせられていたのだ
もっとも今回はその手に銃器が持たされていないだけ平和的である
映画が終わる前に館内から出た静希達は、正面入り口をすぐ見ることのできる近くのコンビニの中で待機していた
すると少ししてから城島達が出てくる
そしてその数秒後に、物陰に隠れながら城島達の後をついていく先程の少年の姿が見えた
この奇妙な尾行関係、一体どういうことなのか、四人は顔を見合わせたあと首を傾げた
土曜日+評価者人数200人突破したので合計三回分投稿
ここからの話は正直章を変えようと思ったけれど話数が増えるのもどうかと思ったのでそのままです、十四話の後編だと思っていただければいいなと
これからもお楽しみいただければ幸いです




