表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
十四話「狂気の御手と決別の傷」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

539/1032

狂気に浸った瞳

「あぁ・・・そうだな・・・この話はなかったことにしてくれ・・・あんたには頼まないことにするよ」


「・・・そうかい、とりあえずはそれでいいさ・・・それと医者としての忠告だ・・・せめて右腕と同じ重さになるようにその義手に重りを仕込んでおきな、少しはましになるだろうさ」


その言葉に返事を返す前に静希は有篠と目を合わせることなく背を向け、明利を引き連れて扉の前に歩いて行った


残った城島は拘束具をつけなおしながら拳を握りしめて必死に殴るのを耐えている


我慢しなくては今にも殴ってしまいそうなのだろう


「なぁ、あのガキ・・・面白い目してたな」


「・・・どっちの方だ」


男の方だよと言って有篠は笑う


新しいおもちゃを見つけたかのような楽しそうな表情で彼女は笑う


その笑みは狂気に満ちている、どこの誰よりも歪んで邪で、淀んだ笑みだった


「あいつの目・・・あんときの俺にそっくりだ・・・あいつは俺の同類かもな・・・お前の生徒だっけか?ありゃいい能力者になるぜ?」


有篠の言葉に、城島の瞳が一瞬で殺意に満ちた


鋭い眼光が前髪の切れ目から眼下にいる有篠を捕える


「・・・あいつは・・・あいつはお前とは違う・・・それ以上私の生徒を侮辱してみろ、二度としゃべれないようにしてやるぞ」


「無駄なことはするなよ、んなもんすぐ治しておしまいだ・・・お前だって気づいてるだろ?あいつは普通の奴とは違う・・・どこかずれてやがる・・・そのずれはいずれ修正が利かないくらいに大きくなるぜ?」


その言葉を最後に口にも拘束具がつけられ、それ以上何かをいう事はなかったが、それでもなお部屋の中に有篠の笑う声は聞こえていた


その声が耳障りで、城島はすぐに静希達の後を追うように部屋から退出していった


静希達は収容施設から外に出て職員用の談話室で休んでいた


城島や、一緒についてきていた軍人にはそれほどの疲労などはない


それが必要なのは静希と明利だった


二人はもしかしたら腕を治せるかもしれないという期待があっただけに、その落胆が大きい


そして今までの人生で遭遇したことのないような異質な存在にあったことで精神に大きな疲労を与えていた


水を片手に肩を落としている静希と、それを見ていたたまれない表情をしている明利、その二人の様子を見て城島はやはり会わせるべきではなかったのではないだろうかと思ってしまう


特に、最後に有篠が言っていた言葉が忘れられない


あいつは俺の同類かもな


それは城島が少なからず静希を見ていて感じたことだった


異常ともとれる判断の早さと、行動の早さ


普通なら躊躇うべきところを、静希は躊躇わない、迷わない


それは時として人とは違う量の功績を上げることもある


だがそれは同時に、非常に危ういのだ


誰かが決めるよりも早く、誰かに伝えるよりも早く、異端の道へと足を踏み入れる可能性


城島は確かに、静希の中に有篠に似ているところを感じていた


それを否定したくて先程はあぁも声を強くしたが、恐らく彼女はそれすらも分かっているだろう


否定しきれない


その事実が城島の頭の中に残っていた


「先生・・・一つ聞いていいですか・・・?」


「・・・なんだ?」


憔悴しながらも、静希は城島に対して声を出す


顔を上げることなく出されるその声は少し枯れているようにも聞こえた


「さっき見せてくれた写真・・・あれに写ってた人たちは・・・どうなったんですか?」


それは有篠が素材にした人のなれの果て


彼女の甘言に惑わされ、その通りに行動し、結果あのような存在になってしまった哀れな人々


もしかしたら自分もその中の一人になっていたかもしれないのではと思うと寒気がするが、今はそれよりもあの人たち、あの場では生きていたという人たちがどうなったのかが気になった


「人たち・・・などと言うが・・・あれはもう誰が誰なのか判別もできない状態だった・・・奴自身あれを元に戻すつもりもなかったようだからな・・・公的に殺処分されたよ」


あれはもう人ではないんだという城島の声が少しだけ震えているように感じた


恐らくその場に城島もいたのだろう


狂気が充満したその空間を想像するだけで、明利は吐き気を催した


医学に精通しているだけに、その想像が容易なせいでもある


誰が誰かも分からない


有篠の能力は遺伝情報すら変換できる、つまり、個々の命の区別を無くすことができるのだ


それは恐ろしい、そして素晴らしい能力でもある


正しく使えば、ドナーなどの移植系統の手術などは必要なくなり、より多くの人を救えるだろう


だが彼女はその能力を正しく使っていたが、どこかが壊れたのだ、その結果、狂気の釜の蓋を開けた


「どうして・・・あの人はあんなふうに・・・?」


明利の疑問は、根本的なものだった


何故、あれほどの能力を持ち、医者として活躍し、多くの人を救えるのにもかかわらずあのようなことを行ったのか


癒しの力を持つ明利は理解できなかったのだ


治したいからその道に進んだ、誰に言われたのでもなく、自分が望んで


明利自身がそうだからこそ、なおのこと理解できない、なぜ人を傷つける道に進んだのか


「・・・あいつは、外科手術を主に行うのと並行して、形成外科も行っていたんだ・・・思った通りの体型や顔、髪や眼、そういったものを与える天才外科医としてな」


それは明利の調べた資料には載っていなかった情報だった


いや、正確に言うなら、情報を削除されたのだ


あの女性、有篠晶に関する公的な情報はほとんど消されている


それでも人の口には戸が立てられない、漏れ出るように過去の記録がいくつか出るが、それは重病患者や不治の病の患者を治療したなどと言う有名な記録のみ


「調書によれば・・・奴が狂いはじめたのは・・・一つの依頼だったそうだ・・・形成外科の依頼でな・・・あいつにとっても衝撃だっただろうさ」


当時、形成外科医として評判を得ていた彼女のもとにやってきたある男性が依頼した内容


それははっきり言えば、頭がおかしいのではないかとも思えるような内容だった


俺をスライムにしてくれ


最初、調書をとった軍人も、そしてその依頼を受けた彼女自身も何を言っているのかわからなかったという


つまりは、人間としての意識を残し、生きられるだけの内蔵機能を残したまま、自分の体を変換してゲームの中のスライムになりたいと言ったのだ


断るだけなら簡単だった、だが彼女にはそれができた、できてしまった


そこから、彼女の中の歯車は狂い始める


「それからあいつは・・・人間はどこまで生きていられるのか・・・それを試すための作品を創り出した・・・難病の患者を見つけては、あえて太らせて、体積を多くして変換できる量を増やして・・・奇妙なオブジェに変えていった・・・」


表向きは、長期の入院ということだった


治療中の状態は見せられるものではないということで、親族にも接触させず、声だけを聴かせた


患者も、それが治療であるからと言い聞かせて、問題ないと言い、声だけは出させた


決してその姿は見せなかった


もうその時点で、彼らは人間の姿をしていなかったのだから


実際治療はしっかりと行った、だがその中で何十人もの患者が死亡した


その結果、多くの人間に不信の目で見られることになり、事件が発覚することになる


「突き詰めてしまえば・・・純粋な好奇心だ、あいつは求められたものを確かに与え・・・自らの興味を満たすためにそれらを利用した・・・」


好奇心は猫をも殺す


そんな言葉がどこかにあっただろうか


人間の根源的な感情の一つ、好奇心


これをやったらどうなるのか、どうなってしまうのか


人の持つ知的好奇心には何も勝つことはできない


そういう意味では彼女は最も正常な人間だと言ってもいい


いや正常というのは正しくない、最も好奇心に素直な人間であるというべきだろう


「あの人・・・何故死刑になっていないんですか?」


多くの人間を殺し、何の反省もないのであれば、確実に死刑が待っているはず


だが、彼女は今もこうしている


城島が現役の頃に捕まえたということはすでに数年経過している、今もなお裁判でもしているのだろうか


「・・・あいつは書類上は死刑だ・・・だが上の命令でな」


「・・・上の・・・?」


「あいつの医者としての能力は希少だから・・・生かしておくんだとさ・・・」


つまりは、書類上、死刑にすることにして、その裏で生かしておく、そういう事


バカげている、そう言いかけたが、確かに有篠にはそれだけのことができるのだろう


死の淵に立たされている人物を救うことができる、ただそれだけだが、それは何よりも重要なことだ


いつだって殺すより生かすほうが難しい、彼女はどちらもできる人間だ


これがただ、殺すことしかできないような人間だったら、即座にその首をはねることができただろう


だが彼女は、幸か不幸か、人を生かすべき医者だった


彼女を殺すことで満足するのは世論と被害者の遺族


世論は報道陣営に偽の情報を流せば済むだけ、遺族だって死刑になったことが確定したという情報を流しておけばそれ以上は何も言えない


まさか死刑を執行する現場に遺族全員を入れる訳にもいかないのだから

情報操作程度ならば、それほど手間はかからない


これから助けられる数えきれない人間のために彼女を生かすか、彼女の死を望む遺族百数十人程度の人間のために彼女を殺すか


どちらを選ぶかと言われれば、確かに静希も前者を選ぶ


そんなことを考えている中、静希は夏最後の実習のことを思い出す


一般刑務所で起きた立てこもり事件


あの時囚人たちは神の手である有篠を救おうとしていた


なるほど、彼らは有篠が死刑になるという偽の情報を聞いて事を起こしたのだろう


恐らく、彼女が死刑になるという情報が偽物であることを知っているのは限られた一握りの人間のみ


現場にいた人間と、城島の言う上、恐らく政府や委員会の一部の人間だけだろう


政府や委員会の人間は、自分が難病を抱えた時の保険程度に思っているかもしれないが、彼女を生かすということがどれだけ危険であるか、それを理解しているのはあの写真と、あの現場にいた数えられる程度の人間だけなのだろう


「二人とも悪いことは言わん・・・あいつのことは忘れろ・・・腕を治す方法に関しては私もいくつか知人にあたってみる・・・今日のことは忘れたほうがお前たちのためだ」


有篠に会わせたことを少しでも早く忘れさせたい、そして彼女が言っていた言葉を否定したい


城島は二人の頭に手を置いて言い聞かせるようにそう言った


落胆は大きい


元の腕の方がいいに決まっている


だが、今だってそう捨てたものではない


「わかりました・・・そうします」


そう言い聞かせて、静希は顔を上げ、必死になって作ったつくり笑顔で返事をする


誤字報告が五件溜まったので複数まとめて投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ