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J/53  作者: 池金啓太
十四話「狂気の御手と決別の傷」

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常識の外側

「まぁそう焦るなよ、いろいろと説明したいことだってたくさんあるんだから」


そういって有篠は思い出しながら何を伝えるべきかを吟味しているようだった


明利も静希と同様に先程の言葉の真意を測りかねていた


いや、真意も何も、恐らく有篠は全く冗談などはなしに必要なものを述べたのだろう


だがそれ以上の会話を続ける前に城島が前に出る


「狂言はそこまでにしろ・・・同じことをやった奴らをあれだけ殺しておいて、よくもそんなふざけたことを・・・!」


「・・・どういう・・・ことです・・・?」


城島の言葉に、静希も明利も目を見開いた


太るだけで腕を取り戻せると思っていた


または彼女の言う素材とやらを調達すれば問題ないと思っていた


だが目の前で肩を震わせている城島の様子から、そうやすやすとはいかないということを理解してしまう


「こいつはな・・・似たような境遇の患者に対して、今のと同じような条件を付け・・・その患者を・・・」


城島がそこから先を言うことはなく、口をつぐんだ


一体何を言おうとしたのか、何に対して城島がここまで憤慨しているのか、静希と明利には理解できない


「失礼なことを言うな、俺はそういう依頼を受けたからそれを完遂しただけだ、あいつらが素材になったおかげで助かった命が一体いくつあると思う?」


「そのことは確認している・・・だが何人無関係な人間を殺した!?」


「ただ求められたから与えた、それだけなのに今俺はこんな所にいる、理不尽極まりないなぁ本当に」


彼女の言葉は本当に反省といったものはないようだった、それどころか自分が犯したことへの罪の意識すらないだろう


城島の話では少なくとも数十人を殺害している凶悪犯だとのことだが、その表情から、その声から、まったくと言っていいほどに、呵責や後悔などは感じられない


そこから届くのは理不尽への不満と、当時のことを回想して出す子供のような笑い声だけだ


彼女の話によれば、ある金持ちの依頼で老いた体から若い肉体への変化を望まれたらしい


それと同時に少し難解な条件を付けられたのだという


そして次々と自らの行いをいかに素晴らしいことであるか、彼女は語りだす

材料の調達が一苦労だった、どのように作り出すかが悩みどころだった、依頼をどのような形で完遂するか苦心した、モチーフは何にするか、何を表現するか、そこに何を混在させるか


芸術家のような語り口調で彼女は言葉を綴り続ける


静希と明利には理解ができない


彼女がいったい何を言っているのか、何を言いたいのか


ぽかんとしている静希と明利に気づいたのか、彼女はため息をつきながら苦笑いする


「わかんないかなぁ・・・こんなに楽しいことなのに、奇抜な作品ってのは理解されないもんだなぁ」


「口で言ったところでこいつらには伝わらんぞ、お前とは根本的に違うからな」


彼女が自分のやったことを面白おかしく話してくれる中、理解が追い付かない静希と明利に城島は一枚の写真を取り出す


こいつに依頼をするならこれを見ろと、ただそれだけを告げて城島はその写真を二人に渡す


そこには『何か』が撮影されていた


赤い何かと、その中に混じる白い物体、そして黒い糸のようなもので構築される塊


静希と明利はその写真を注視していったいそれがなんであるか考え込んでしまう


一見すれば人形のようにもみえ、置物のようにも見えるそれは彼女の言う作品というものなのだろうか


一般的な感性しか持ち合わせていない静希と明利はそれがいったい何なのか、どうにか理解しようとする、理解しようとしてしまう


城島がこの部屋に入る前に告げたアドバイスを思い出せずに、二人は理解しようと頭を働かせてしまった


静希が気づくよりも数秒早く、明利がそれに気づいた


気づかなければどれほどよかったであろうか


明利は今ほど自らが医学に携わっていたことを後悔したことはない


気づいてしまった瞬間に、明利は口元を押え、即座にその何かを見つめる自分の目を疑った


気づかなければ、見方によっては写真の中にあるそれは、ただのオブジェにしか見えなかったのに


明利は気づいてしまう、それが自らが学んできたことであるが故に


それは人の手で、人の足で、人の骨で、人の臓器で、人の血潮で、人の髪で、人の目で、人の脳で、人の皮膚で、人の全てで作られた何かであることを


ある種の芸術とさえも取れる趣向を凝らしたその異物、殺人という枠すら超えて存在するその物体は、明利の精神許容量をはるかに超えるものだった


彫刻のような繊細さで、書道のような大胆さで、絵画のような奇抜さで、命そのもので表現される、芸術


何の用途があるのかすら理解できないそれは、恐らく本当に彼女にとって傑作だったのだろう


そこに用途は必要なく、観賞し、評価し、後世に残す、ただそこに、その為だけに在るだけの、まさに作品


わずかな吐き気を催しながらも、明利はそこにある芸術から目を背けられない


知識があるだけに、次々と理解してしまう


その突起が、その丸みが、その表面が、その色が、その糸が、いったい、何を示しているのかを


視界が揺れる、呼吸が整わない、動悸が激しくなり、体の力が抜け、皮膚からは絶え間なく汗が吹き出し、その眼からはわずかに涙がにじみ出ている


そして明利から数秒遅れて、静希も理解してしまう


理解すると同時に、写真から手を離し、喉元まで迫りくる吐き気をこらえながら口元に手を当てる


静希も明利も、人の死は見たことがある


明利は前回の実習で、静希は実習の後、病院で死亡した隊員を見に行った


他人によって与えられた死


あれは確かに、二人が知っている死体だった


だが、これは殺人などとは言えない、いや、人を殺すということですらない、そして何よりここに写っているのは死体ですらない


殺人とは文字通り、人を殺すことだ、何らかの目的があって、何かの理由があって人を殺すことだ


それは時に怨嗟であり、禍根であり、偶然であり、過失であり、快楽であり、計画であるべきなのだ


なのにそこに写っているそれは、そのどれにも当てはまらない


本来行動の結果として現れるはずの殺人という行動が、過程の中に当り前のように組み込まれ、それすら気づくことができないほどの存在の昇華を果たしている


ここまで来て、静希はようやく理解した、理解してしまった


先程から有篠や、城島達の言っていた『素材』とは、生きた人間そのものであるということを


「あぁ、あの時のかぁ・・・これはなかなか上手くいったほうでね、もう少しだけ素材がよければもっといい色を出せたんだけど・・・」


まるで、自分で制作した絵の具のことを語るかのような気軽さで綴られる言葉に、静希と明利はそこで理解するのをやめていた


それなのに先程彼女が楽しそうに話していたすべてが頭の中で渦を巻いて、それを理解させようと脳内で再生されていく


何よりも恐ろしいのは、そこに悪意がないこと


純粋な創作意欲、そして依頼されたが為に作り出したという創作者としての正しきありよう


ただそれだけのことに、静希と明利は大きく恐怖していた


一体何を依頼され、どのように解釈したらこのような異形の肉塊が出来上がるのか、静希の今までの常識の中に答えなどない、あってはならない


「そこまでだ、五十嵐、幹原、それ以上は考えるな」


その空間を切り裂く城島の鋭い声に静希と明利は汗を垂らしながら自らの担任教師に視線を向ける


その眼は、今まで見てきたどの眼光よりも鋭く、強い感情を秘めていることが理解できた


「理解しようとするな、こいつは私たちと同じ人間じゃない・・・まったく違う生き物だ」


「ひどいこと言うなよ、理解者がいないと芸術は成り立たないんだぞ?・・・それに、お前がこれを見つけたとき、こいつらはまだ生きてたじゃないか」


その言葉に静希と明利は戦慄する


まず、この状態で生きているということに対して


そして、今彼女は『こいつら』といった


先程見たあの肉塊は、一人の犠牲で作られたものではない


何人もの人間の犠牲の上に成り立つものであることを理解してしまった


人間が生きる上で必要なのは、臓器の機能と、正しい血液の流れと酸素と栄養だけ


いくら形が変異しても、その根本さえ変わらなければ人は生きていられる


このような異形の形になっても生きていられる、否、生かされる


これほどの苦行が、悪行が、この世にあるのかと、二人は恐怖した


それこそ、日曜大工をするためのベニヤでも調達するような気軽さで、彼女は生きた人間を材料として必要とした


「ま、待ってくれ・・・素材って・・・もしかして、他人の腕を移植するってのか?」


「あー、移植とは少し違うな、どっかの誰かの腕を変換してお前の腕に作り替えるんだよ、安心しろ拒絶反応なんて出ないように遺伝情報ごと作り替えてやるから」


彼女にとって、人間の体はそのあたりにある石や土と同程度にしか見えていないというのだろうか


意識からしてすでに静希達とは別次元のものだ


遺伝情報を変えるなどと、普通の人間にできることではない


それは彼女の能力の特異性を示していることでもあり、彼女の精神の異常性をありありとあらわしていた


「一応注文を付けるとすりゃ、血液型は同じやつ、あと体の構造やら体格やらが似ている奴をチョイスしろよ?手間が省けたほうが成功率が高い・・・あ、それと死刑囚とかもやめろよ?あいつら栄養状態悪いから素材として不適格だからな」


手間


血液型や、体格の違い、遺伝情報などの変換を手間などと言う容易い言葉で表す彼女に、静希はわずかながらに畏怖の念を向けていた


そして理解していた


それだけのことが容易にできる能力者だからこそ『神の手』などと言う仰々しい称号を得て、なおかつあれだけの狂信的な無能力者を生んだのだ


「ふざけるな、生きた人間なんて用意できるか・・・!」


「ふぅん、まぁそれでもいいけどな・・・それじゃお前が太ったらまた来れば?」


その声は心底つまらなそうな、失望にも似たものだった


だがその眼は静希に向けられている


新しい何かを待ち望んでいるかのような、蛇のような視線だ


その視線を遮るように城島が前に出た


「わかっただろう・・・こいつはお前達とは違う・・・そしてお前たちの望む結果は与えてくれない」


「はっはっは・・・体脂肪増やしてくれたら、うっかり手を滑らせることもできたかもしれないがなぁ・・・残念だ」


恐らく、この女は今までも同じような手口で『素材』を集めてきたのだろう


他人を犠牲にするか、自分の体を少し太ましくするか


そんな選択肢を与えられては常人ならば後者を選ぶ


だからこそ、彼女は多くの素材を得ることができ、同時に多くの人を救い、多くの人を殺してこれたのだ


今になってようやく思い出した


目の前にいる女は、犯罪者だったということを


「結局のところ・・・お前はどうするんだ?諦めるか?それとも他人を犠牲にするか?それとも俺の手が滑らないことを期待して太って出直すか?」


有篠の狂気じみた声に城島は怒りを燃やし、今にも爆発しそうだったが、そんな中、静希の頭は冷え切っていた


異常なものを見せつけられ、あまつさえそれを理解しかけてしまったことで自分でも怖いくらいに頭の回転が速くなっているのを感じていた


自分が腕をなくしたのは、事故のようなものだ


実行犯には自分の手で復讐したし、自分の判断ミスでこういった結果を招いたことも自覚している


そんなことに、他人を巻き込むようなことはあってはならない


だからこそ、静希は改めて自分の左腕を掴んだ


日曜なので複数まとめて投稿


生放送がやっていたので見てみました、知らない作品ばっかりでした、書き専門だと他の作品見ないので新鮮でしたね


これからもお楽しみいただければ幸いです

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