有篠晶
「うわぁ・・・」
明利は先程の質問も忘れ、感動の声を漏らしていた
そこにあるのは特殊な植物ばかり、エルフの村で見たメソンロギをはじめとする魔素を吸収する特殊な植物ばかり
壁、天井、床、柱、それこそ至る所にそれらが根をおろし、そこに生息していた
太陽の光は人工的なライトで補い、常にその成長を阻害しないように機械的に管理されている
地下だからこそ、その緑の匂いが非常に強く、同時にそれがここが異常地帯であることを告げていた
「幹原、五十嵐・・・これからあいつに会うことになるが・・・一つアドバイスをしておくぞ」
唐突に発せられたセリフに静希も明利も疑問符を飛ばした
アドバイスをするなんて城島らしくないなと思いながら、二人はその言葉に耳を傾けた
「理解しようとするなよ・・・あれはお前達とは違う生き物だ」
その言葉を反芻しながら静希達は城島の後を追いながらこの階に一つしかないある部屋へとたどり着く
静希達のイメージしていた檻はそこにはない、あるのは何重にも施錠された鋼鉄の扉
そう、この刑務所で能力を封じられる犯罪者の例外、それは何十人も殺害、あるいは能力を使用させること自体が危険と判断された、超が何個もつくほどの危険人物
ここに来る前に、事前に資料を渡され、ある程度は理解していた
数年前に大量殺人を犯し、逮捕拘束された、今世紀最高の医者とまで言われた、別名『神の手』
手足を拘束され、指の動きすら制限された状態で、彼女はそこにいた
座っている、というより、横にされていると言ったほうがいいだろうか
少し傾斜のついたベッドに腰掛けるような形で横になり、何十にも拘束具をつけられている彼女を、静希は目にした
神の手、有篠晶
生体変換を用いる能力者、生きている存在に対して同調、そして変換を用いることで如何なる傷や病も治すことができる
資料に記載されている情報は主に彼女の経歴や、その能力のことに関してのみで彼女に対することは記されていない
理解しようとするな
その言葉の意味を測り兼ねながら静希と明利は城島の後に続いてその部屋へと入っていった
城島と静希、そして明利が入室を終えると、ついてきた軍人二人を外に残して再び扉は閉められる
万が一のために外で見張りをするというわけである、かなり厳重な扱いに静希は目の前にいる人物がどれほど危険であるかを実感していた
いくらなんでも厳重すぎるのではないかとも思える
目の前にいる女性は手足はおろか目も口も完全に封じられている
栄養などは点滴で補っているのだろう、管が何本か彼女の体に伸びているのがわかる
「久しぶりだな、有篠」
目と口の拘束を機械を操って外しながらそう呼びかけると、彼女は久しぶりに光を見たのか、目を細めながらあたりの状況を確認しようと目を動かしていた
「私がわかるか?」
「・・・あぁ・・・なんだお前か・・・」
どうやら二人は知り合いのようだった
一体どこで知り合ったのかという疑問は後回しにして、拘束されている彼女の元へと近づいていく
「お前がここに来るなんてどんな風の吹き回しだ?俺にいったい何の用だ?」
俺
彼女は間違いなくそういった
外見は女性だ、声も間違いなく女性の物に相違ない、だが俺などと言う男言葉を使うことに静希達は強い違和感を感じていた
「私だってお前なんかに会いたくなかったさ・・・お前に会いたいと言ってきたのは私の教え子でな」
城島は自分の後ろにいた静希と明利を有篠にも見えるようにして見せた
その瞬間、彼女の目がわずかに輝く
「ほぉ・・・俺にねぇ・・・見たところただのガキにしか見えないが・・・」
有篠の目は一度明利に注がれ、次に静希に向けられる
そして何を理解したのかわずかにため息をついてみせた
「なんだ?そっちのガキを治してほしいのか?」
まだ何も言っていないのに、静希を顎で指して呆れたように項垂れて見せる
一体なぜわかったのか、まったくもって理解できない状況の変化に静希も明利も目を白黒させていた
「・・・さすがの眼力と言っておこうか・・・」
「だてに何年も人を治していたわけじゃない・・・体のバランスが崩れて左肩が少し上がってる・・・骨・・・足か・・・あるいは腕に異常があるな」
それは、腕を失ったことで生じた歪みだった
霊装には重さがないために、本来のバランスが保てずに左肩が上がってしまっているのだ
たったそれだけで静希の異常に気付き、なおかつ異常が生じている個所まで言い当てる
城島と明利の言う通り、優秀な医者であったことは確かのようだった
「で?患部はどこだ?治してほしいなら見せてみろ」
城島の話では、政府の高官などが時折重い病に侵されたとき、超法規的措置として彼女に治療を申し入れることがあるのだという
刑期と引き換えかどうかはわからないが、こういった取引が行われているのは、彼女のこの理解の速さと展開の早さから即座に理解できた
有篠の指示通りに、静希は服の袖をめくり、霊装の肩と腕の接続部を外して見せる
その様子を見て彼女は大体の事情を察したのか、なるほどなと呟いた
「腕を元に戻してほしいってか・・・元の腕はどこに行った?それ義手だろ」
「千切れた腕はここにある、これをこいつに繋げて、元に戻すことはできるか?」
あらかじめ静希から預かっていた腕を見せて、少しだけ外した拘束具の手の上に乗せる
彼女の能力で同調して静希の腕がどの程度あるのかを確認しようとしたのだろうが、途中まではその表情はまともだったが、突然彼女の目が細くなる
「だめだな、これじゃお前は治せない」
「な!?」
その言葉に一番反応したのは明利だった
これでは治せない、その言葉が納得できていないようでもあった
「一応聞くぞ、何故だ?」
「まず第一に、体積が足りない、もともとある腕の長さとこの腕の長さは一致してない、それは見ればわかるとして・・・問題はここから・・・俺じゃこの腕に同調できない」
同調できない
その言葉に静希も、そして城島も絶句していた
唯一驚いていなかったのは明利だけだ
「何故だ?この腕は間違いなくこいつのものだ、作り物ではないぞ」
「作り物以前の問題だ、俺は生きてるものにしか能力をつかえない、この腕はもう死んでる」
もう腕が死んでいる
言いかたとしては少し奇妙だが、彼女が言わんとしていることは理解できる
「・・・じゃあ、その腕はもう・・・」
「あぁそうだ、この腕はもうお前の腕じゃない、ただの肉と骨の塊だ、こんなもんじゃくその役にも立ちやしない」
静希の手の中に納まったその腕は、冷たく、もはや人間のそれであったことすら感じられないほどに変色していた
保存用の薬剤を用いようと、仮に能力で保存していようと、体から離れた時間が長すぎた
「気づいてたんだな・・・?」
静希の言葉に、明利は何も言えずに目を伏せた
明利の能力も有篠と同じく生き物に対しての同調だ、恐らく彼女自身、この腕に同調はできなかっただろう
それでも、名医と言われ、神の手と呼ばれることになった有篠であれば治せるのではないかと、その一抹の望みを懸けてここまで来たのだ
結果、明利の望みは完膚なきまでに打ち砕かれることになる
「こいつの腕を治す方法はないのか?お前なら何とかできるんじゃないのか?」
城島の問い詰めに対して有篠はため息をつきながら静希の体を上から下まで吟味するように観察していく
「そうだな・・・方法としては二つある、一つは腕の重さ・・・というか腕の体積分そいつが肉をつけるか、素材を別のところから用意するかだ」
肉をつけるというのは、要するに太れということだろう
だが脂肪をつけたところで腕が生えてくるとはどうしても考えられなかった
「ふ、太るだけで元に戻るんですか?」
「脂肪を腕に変えるだけだからな、肉の構造と形を変えるだけ・・・石を鉄に変えるようなもんだ」
明利の言葉にそう返す有篠は生体変換を用いて脂肪を筋肉や骨に変えると言ったが、物質で説明されると確かにできるような気もするが、それを人体でやるとなると成功率はどれほどなのだろうか
特に静希の場合体脂肪はかなり少ない
日々の訓練によって鍛えられた筋肉はかなり多く、脂肪はかなり少なくなっているのだ
無理に太るとなると多少静希にも負担はある
「素材っていうのは・・・いったい何なんですか?」
静希の言葉に、有篠の口角が歪む
「いい質問だ、城島、お前の生徒は見所があるぞ」
楽しそうな声に城島の手がわずかに震える
恐怖ではない、怒りで拳を握り、必死に殴りかからないように耐えているのだ
「まず素材を選ぶうえで重要なのは直感だ、自分の目で見て、触って、色を見て、匂いを嗅いで、そうやってはじめて自分が納得できるものを用意しろ、もちろんお前が用意したもので俺が納得できないのは当然だ、少しは妥協してやるさ、今回は治療目的だしな」
素材
その言葉に見合うだけのこだわりが、どうやら彼女にはあるようだ
素材のことを語りだしたとたんに声のトーンが二つほど上がったように思える
よほどこの話題が好きなのか、思い出すように自分の選んだ素材のことを話しだした
「俺が選ぶのであればまず第一に見るのは色艶だ、外見の第一条件ともなるうえに表面がいいものは内部もいい状態になることが多い、匂いばかりは個体差があるけど、それが逆にいい味を出すこともある、案外やってみなきゃわからない物なんだ」
「あの・・・で、その素材って何なんですか?」
注意事項ばかり述べられても何を持ってくればいいのかもわからないのでは用意しようがない
静希の言葉にあぁ悪い悪いと述べた後で有篠は笑う
今週から日曜日に続いて土曜日もまとめて投稿しようと思います
誤字が少なくなったし、こうやって少しずつ投稿できる数を増やしていけたらと思っています
これからもお楽しみいただければ幸いです




