指切り
「俺は剣を教えてもらってよかったと思ってるぞ?もともと頼んだのはこっちだしな」
その言葉に雪奈は少し視線を落とした
視線の先には静希の左腕、そこにある偽物の腕
もう体温などない、銀の腕
「でも、なんていうかさ・・・私が教えなかったら・・・」
「雪姉が教えなかったらオルビアから教わってたよ、結局変わらないって、だから気にすることないんだよ、これは俺のミスのせいでこうなったんだから」
そういわれても、頭のどこかで自分のせいではないかと思ってしまう
ただの怪我ならまだよかったが、左腕という大きな代償を伴って訪れた静希のミス
ミスの一端が自分にもあるのではないか、そう思えてしまってならなかった
「雪姉にはこれからも剣を教えてもらうぞ、俺が勝てるまでずっと、今さら辞めるなんて言うなよ?」
「・・・そりゃ、やめるつもりはないけどさ・・・でもやっぱ心配になるよ」
一度大怪我をしてしまったせいで、雪奈は迷い始めている、このまま剣を教えていいものか
静希なら怪我をしないように立ち回るとわかっているからこそ迷うのだ
静希が上手く立ちまわれないような状況に陥ったら
それならば立ち回る以前に教えなければいいのでは
そうも思ったが、中途半端に教えることの方が危険にも思える
こうなってしまうと思考はぐるぐると同じことを繰り返してしまうのだ
大抵のことならばすぐに割り切れる雪奈だが、今目の前に自分の行動の結果として左腕をなくした静希がいるだけに迷ってしまう
このまま教えていいものか
静希もそうやって悩んでしまっている雪奈の心情が理解できるからこそ、どうやって元気づけようか迷っていた
邪薙の時もそうだったが、一度落ち込んでしまった人物をどうやって元の状態に戻すか
自分が原因であるためにどうにかしたいと思っているのだが、良い案が思いつかない
でも、それでも
何度も何度も思考のループを繰り返している雪奈を見てだんだんもどかしくなってくる
いつもの雪奈の姿でないために徐々に苛ついてきていた
自分のことを心配してくれているのはわかる、これだけ長い間一緒に過ごしたのだ、もし雪奈が同じような目に遭ったら静希だって心配するだろう
そして責任を感じているのも理解しているが、これはお門違いだ、自分のミスでこうなったのだから雪奈が責任を感じることはない
なのになぜか彼女は自分のせいではないかという考えに至ってしまっているのだ
訓練中もどこか上の空でこのままでは逆に雪奈が怪我をしそうだ
「あぁもう!」
雪奈の頭をなでていた手に力を込めて両手でその頭を鷲掴みにする
「なんで大丈夫だって言ってるのにわからないかなこの馬鹿姉は!」
頭をシェイクするように上下左右に思いきり揺らすと雪奈は奇妙な声を上げながらもがこうとするが、急に頭を揺らされているために対応できずにいた
「痛かったし、怪我もした、高い授業料だったけど、ちゃんと収穫もあった!何も問題ない!わかったか!?」
「うぁ・・・あい、わかったよぉ・・・」
頭を揺さぶられたせいで足元がおぼつかないのかふらふらとよろけながら床に転がると、雪奈は小さくため息をついた
自分の腕と、静希の左腕を見比べてゆっくりと体を起こした
そして何かを思いついたかのように薄く笑みを浮かべる
「ねぇ静、指切りしようか」
「はぁ?また唐突だな・・・ていうか懐かしいな」
指切りなどと何年やっていないだろうか、約束事をするのも最近では口約束ばかりで指切りなどするようなことはなかった
懐かしくなりながら指を出そうとするが、雪奈が出しているのは左手の小指だった
一瞬ためらいながらも静希も左手の小指を出すと、雪奈はゆっくりその指を絡めてきた
「じゃあ・・・そうだね・・・静、もう私たちに心配させないでね?」
「・・・あぁ、もうわかってるって」
「はいそれじゃ、指切りしましょ、嘘ついたら・・・」
そこまで言って雪奈は一度歌を止める
自分の左腕に視線を向け軽くつかんで、また顔を上げる
「嘘ついたら私の左腕を切り落とす、指切った!」
「はぁ!?なんだそりゃ?針千本じゃないのかよ!?」
「針千本じゃやらないでしょ?静希が私たちに心配させるようなことしたら、私の左腕が落ちることになるからね」
雪奈の恐ろしい提案に静希は絶句していた
一体どういう思考を繰り広げたらそんな回答に至るのか、静希にはまったくもって理解不能だった
雪奈なりにある種の踏ん切りはついたのか、自分の剣を振り回しながら大きく伸びをして妙な声を上げているが、放置された静希からすれば恐ろしい約束だ
どうしようと本気で悩んでいると雪奈は楽しそうに笑いながら振り返る
「これで静は私たちを心配させられないでしょ?何せ私が担保になってるんだから」
それは満面の笑みだった
静希は自分の体は犠牲にすることはある、だが他人を犠牲にすることは極力避ける、特に昔からの付き合いである幼馴染が意味もなく傷つくのは嫌がるのだ
静希の性格を知り尽くしているからこそ、最も効果的な約束だった
心配をさせたら、彼女の左腕は落とされる
恐らく本当にやるだろう、目の前にいる雪奈という人物はそういう人だ
「さぁ静、今日はあと十回は死んでもらうよ?」
もう目の前にいる雪奈は悩むことをやめていた
自分を盾にする形で静希に危険な行動をとらせないようにした
わが姉ながら恐ろしいことを考えるなと思いながら、静希はため息をついてオルビアを構え、雪奈に向かっていった




