腕の効果
源蔵の仕事が終わったのは二時間ほど経過してからだった
装甲が薄く、なおかつ隙間の多い手首の手のひら部分から刃を突出するように仕上げた霊装を再び取り付けて静希はわずかに重くなった霊装を確認するように軽く動かしてみる
「使い方は簡単にしておいた、手首を小指方向に少し傾けてから手を上に逸らすと刃が出てくる、手首を少し外すようにすると出やすいかもしれん」
源蔵の言う通りに手を動かすと、手首の部分から両刃の刃が勢いよくあらわれる
なるほど、装甲に隙間があるとはいえそのままでは少し刃の勢いは落ちるようだ
この点も考えて訓練する必要があるかもしれない
「次に今度は親指方向に手首を回すと刃が戻る、基本はこれだけだ」
また源蔵の言う通りに親指方向に手首を傾けると刃が腕の中に収納されていく
「おぉ、完璧じゃんか、よくこれだけ早くできたな」
「なに、もう完成してるものを微調整して取り付けただけだ・・・そろそろ型もできただろう」
そういって道具をいくつか使いながら作業すると、そこには確かに霊装ヌァダの片腕とうり二つな物体が出来上がっていた
もっともそれは形だけで、色や材質などは全く違うもののようだ
型を取ってから、その空洞に何かを流し込んで冷やして固めたようで、内部の空洞もしっかりと再現できている
これを使っていくつか試作を繰り返しながら仕込み武器を作っていくのだろう
「ありがと源爺、一万くらいで足りるか?」
「バカモンがもっと高いぞそれは・・・まぁこれで勘弁しておいてやる」
静希からしっかりと金を受け取り、ポケットの中に無造作に突っ込んでから、源蔵は仕込んだ武器を試している静希を見て目を細めた
目の前にいる少年が、自分の記憶の中にあるそれからどんどん離れて行っているような、そんな気がしたのだ
当然だ、子供が大人になるということはそういう事だ
昔から知っている源蔵だからこそ、その感慨は深い
「静坊、あまり嬢ちゃんたちに心配をかけるなよ?」
「わかってるって、そのセリフもう耳にタコだよ」
そりゃいい、もっと言ってやろうなどと軽口を言いながら、また静希の頭を強引に撫でる
静希は口では嫌がっていたが、それほど嫌ではないようだった
だからこそ手で払うようなこともしなかったし、撫でられるままになっていた
「なぁ・・・心配かけるなよ?老いぼれにはな・・・ガキが傷つくところは・・・心臓に悪すぎる」
「・・・わかってるよ、わかってるつもりだよ」
どんなに口調や態度で誤魔化しても、人生経験の多い源蔵にはわかっているのだろう
静希は前回の実習で大きな傷を負った
それは左腕もそうだが、心的外傷も大きい
現に、夢に見るのだ
眼前に、球体が襲い掛かり、炸裂するあの光景
そして未だに無くした左腕が痛むのだ
そこに無いはずなのに、すでに感覚などなくなったはずなのに、なくなった左腕が痛む
脳が勘違いを起こしているのだろう、医者に相談したところ、そういった現象はよく起こるのだという
なくした腕がかゆかったり、痛かったり、今もそこにあるかのような感覚が襲うことはよくある
だが実際には腕はないのだ
何度も何度も、自分の腕はもうないのだと言い聞かせることで、少しずつ脳も勘違いをやめていくのだという
だが夢の方はどうしようもない
すでに恐怖の対象である目標は撃退し、監獄に入ったと聞いた
詳しい説明や前回の実習後にそれらしい城島からのアプローチがないためにどう判断したものか困ってしまう
静希か退院した翌日に罰則補習と称して徹底的に肉体を使った訓練を行ったが、あれはむしろ静希のためだったのではないかと思える
新しい左腕になって、どういう風に腕を動かしたらいいか、その確認のようなものだ
真意の程はわからないが、それでも感謝しているのは事実だ
本当なら停学処分になってもおかしくないだけの行動を静希達はしたということは自覚している
もっともその行動をしたのは静希を除いた三名だが
「ありがとな源爺、助かったよ、大砲の方は頼んだぞ」
「任せておけ、雪嬢ちゃんによろしくな」
静希は源蔵と別れて店を出る
左腕の動作を確認しながらうっかり暴発するようなことが無いようにしっかりと管理しなくてはならない
家に帰った後も日々の訓練を行おうとするのだが、今になってオルビアがいないということに気づいてどうしたものかと悩んでしまう
思えば高校生になってからほとんどの時間にメフィがいたために、あの悪魔がいない空間というのは非常に稀有だった
さみしいかと言われるとまた微妙だが、少しだけ喪失感にも似た感覚があるのもまた事実だ
毒されてきてるなと実感しながら、静希は左腕の操作訓練を始めていく
十月に入り、少しずつ涼しくなっていくなか、静希達は何時ものように学校にやってきていた
特にこれと言って変わるようなこともなく、日々を過ごす中、放課後に静希達は例によって城島に呼び出しを受けていた
いや、今回は少しだけ事情が違う
どちらかというならば、明利と鏡花が城島に用があったというのだ
無論向こうからも連絡があるということだったので都合がよかったのだろう
「今回は一体何の用なんだろうな?」
「今日は私たちの方からも要件があるから、そっちと並行してでしょ・・・ていうか静希、あんた左利きだったっけ?」
昼食をとっている中、静希の持っている箸の手を見ながら鏡花は首をかしげる
左腕をなくし、その腕を霊装を装着することで補っている静希はわざわざ動かしにくいはずの左腕で食事をとっていた
「もともと右利きだけどな、日常的に動かす訓練しないとだろ、これでも結構動くようになったんだぞ?」
「最初はお箸持てなかったもんね」
病院での生活を直に見ている明利からしたらその上達は目を見張るものがある
何せ最初はスプーンを持つのも苦労していたのだ
ただ握るのと、握ってから操るのでは難易度が違いすぎる
特にスプーンや箸と言ったものは、握るのではなくつまむと言ったほうが正しいからである
力加減やら指の動かし方やら、やらなくてはならないことはたくさんあるのだ
「にしても・・・日常的にやらなくたっていいんじゃないの?それじゃごはん食べるのも遅くなるでしょうに」
「いや、訓練は日常的にやってこそだろ、特別な何かをするんじゃなくて日々の積み重ねこそ実力につながるんだよ」
その言葉には、静希だからこその重さが込められていた
五月の頭からほぼ毎日のように雪奈とオルビアによる剣術の指導を受け続け、今の静希の剣術の腕前は相当のものだ
もっとも、剣の師である雪奈とオルビアに言わせれば、その実力は防御に限定されてとのことでもある
実際雪奈の攻撃を受け続ければ防御に必死になるのも頷けるものである
ただ、新しい腕になったことで、少し剣を動かしにくくなったらしく、また鍛錬が必要だということをぼやいていた
日常に変わりはなくとも、静希がやるべきことは確実に変わっている
それが良いことなのか、悪いことなのか、誰にも判断できなかった
「その左腕ってさ、一応能力もあるんでしょ?」
「あぁ、傷を治す能力だな、もうあれこれ実験してみたけど、案外役に立つぞ」
静希がこの腕を手に入れてからまず行ったこと、それはこの腕の能力の検査だ
傷を治す、などという言葉を受けてもどの程度まで許容してくれるのかがわからない
そして治してくれる傷が外傷だけなのかどうかも気がかりだった
「傷は傷だろ?なんでもオッケーなんじゃねえの?」
「いや、そりゃそうなんだけど、まぁありていに言えば、肉体の欠損が発生したとき、あるいは肉体に異常が発生したときに能力が自動発動するって感じだな」
「・・・何が違うんだ?」
静希の説明を理解できなかったのか、陽太は首をかしげてしまう
静希がナイフで自分の右腕を切りつけても左腕は即座に修復して見せた
この左腕は自傷行為にも有効ということになる
「それってさ、毒とかにも有効なの?」
「毒が起こした肉体へのダメージは治せる、だけど毒自体は消せない、おかげで半日腹が痛かったよ」
静希がこのことを確かめるために腹下しの薬を飲んで調査したところ、肉体へのダメージなどはあるものの、すぐに修復されているはずなのだが、痛み自体がなくなるわけでもない
延々と毒素がなくなるまで苦しむことになる、ある意味一番きついのはこの部分だった
「静希君、血液の状態はどうなの??」
「体内に残ってれば正しく治ってくれるみたいだけど、体外に出た血は戻らない、しかも追加されるようなこともないから、失血死には注意しないとな・・・」
治るのはあくまで肉体のみ、体内にある毒や血まではその能力の範疇では無いようだった
「案外地味ね、まぁでも外傷ではほとんど死ななくなったって思えばいいわけね」
「一応血のストックを用意しておくよ、もしもの時は明利に輸血してもらう」
「うん、任せて」
傷を負っての一番の死亡理由は失血死、傷が瞬時に修復されるとはいえ血を失うことに変わりはない
少しでもリスクを少なくするためにはある程度準備も必要だということだ
放課後、職員室にやってきた静希達一班が城島の机の前に立つと担任教師たる彼女は一拍置いてから全員の方を見る
「来たか・・・そちらからも要件があるということだったが・・・まずはこっちを優先させてもらうぞ」
そういって城島はいくつかの書類を取り出している
そこには明利の名前が記されたものがある
「幹原明利、お前の称号授与が確定した・・・称号名は『神勅の森』申告元は前回の後藤の部隊だ」
その言葉に静希達全員がどよめいた
まさか明利が称号を授与するなどとは思っていなかったのである
「うぉ!?マジだ!やったじゃんか明利!」
「おぉ、なんかかっこいい名前じゃないか・・・俺のジョーカーやら陽太の攻城兵器よりすごい感じだぞ」
静希は八月初旬に、陽太は八月の終わりに、そして明利は九月の終わりに称号を習得したことになる
一年生でこれだけの称号を保持している班は珍しいことだと城島も少し嬉しそうにしながらも、その表情は複雑そうだ
「あの先生・・・でもなんで私なんですか?私はあんまり活躍していないような気がするんですけど・・・」
明利の言葉に、班の全員がそういえばという表情を城島に向ける
確かに明利は今まで静希や陽太のような目まぐるしい活躍をしたと言われると疑問を持ってしまう
静希は悪魔を捕えるための行動を、陽太は戦車砲にも勝る攻撃力をそれぞれ発揮したからこその功績なのだ
「幹原自身、あまり自覚していないようだから言っておくが・・・あれだけの範囲を一度に索敵下に置ける能力者は意外と少ない、無論その分精度は落ちているだろうが、お前の索敵能力の高さが評価されたんだ」
一時的にとはいえ、明利はあの森の約五割を索敵下に置いていた
無論かなりの時間をかけての行動だが、それでもかなりの範囲を自分の索敵下に置いたことになる
軍の人間が索敵できる能力者を何人も導入してようやく全域を索敵下に置いた中、明利は一人で半分を索敵下に置いたのだ、確かにこれは評価に値するだろう
ただの森だったならここまでの評価はなかったかもしれないが、その場所が樹海だったのも大きな理由かもしれない
城島はさらにもう一つ評価対象はあるがなと言って机の上に一つの種を取り出した
それは明利の切り札として使う、カリクだった
「相手の能力の発生源が腕、または口などの末端であることを即座に理解、そして捕獲するためにそれを潰すための的確な行動を行った・・・今回の称号授与はその二つのことが大きい・・・自信を持て、お前は十分優秀だ」
城島の言葉に明利は表情を曇らせた
事情を知らない人間からしたら、明利が目標を捕獲するために相手の能力を、ひいては腕を無力化するためにカリクを用いたのだと思われたのだろう
だが実際相手の能力の特徴はつかめず、首を掴まれ自分の腕が胴体に届かなかったから仕方なしに腕を狙ったのだ
侵食部位が腕でとどまっていたのも、恐らくは捕獲のためだと勘違いされたようだが、実際には集中を乱され成長をさせられなかったのが理由である
そう考えると、手放しに喜ぶことができないことが悔やまれる
誤字報告が五件溜まったので複数まとめて投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




