代償の痛みと引き換えに
つけた瞬間には、何も起きなかった
もしや装着法を間違えたのかとヌァダの片腕を見た瞬間、それは起こった
腕部分に埋め込まれた宝石が淡く輝き、肩の部分から異音が聞こえてくる
最初、何が起こっているのかわからなかった、何せ静希の使用した麻酔のおかげで痛みをあまり感じなかったのだ
だが、痛みはすぐにやってきた
「あ・・・!?あがぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁあ!?」
それは破壊というにはあまりにも乱暴だった、吸収という言葉でさえ生ぬるい
これは捕食だ
霊装の内部で何が起こっているのかは静希達には理解しようもない、だが、静希の腕は少しずつだが確実に、その霊装によって肉を削り取られていた
「三人とも!押さえて!」
村端の声が響くと人外たちは暴れそうな静希の体をベッドに押さえつける
強烈な痛みに、静希の体がその意思とは関係なく痙攣するように動いているのだ
霊装を装備するにあたって装着中に外れるようなことがあってはいけない
装甲の隙間から静希の腕に残っていた血が流れ、異音が奏でられ続ける
どうやってその腕を削っているのか、それすらも理解できない
やがてその音が、変質する
瑞々しく、生々しい音から、まるで削岩しているかのような硬質な音へと変わる
今度は肉ではなく、骨を削っているのだ
もはや先ほどつけた麻酔など何の意味もない領域までたどり着いたその捕食は、静希の脳に直接痛みを刻み付けるかのように神経を削り、不快な音を奏で続ける
静希の絶叫は、もはや声になっていなかった
歯を食いしばり、布を噛み、右手は何かを握りしめて必死に耐えている
左腕を手に入れるためだ、このくらいの痛みは安いものだと思っていた
だがその想像をはるかに絶する激痛に、静希の脳は焼き切れる寸前にまで陥っていた
明らかに耐えられるものではない
この痛みは人間に耐えられるような代物ではない
ほとんど効果をなしていない麻酔に加え、意識のある状態で腕を少しずつ削られていく
その腕がいったいどこに行くのか、静希には理解できなかったが、恐らく二度と元に戻ることはないだろうことは理解できた
そして、人間では耐えられない痛みであることを証明するかのように、静希の意識はここで喪失する
あまりの激痛に脳がその許容量を超え、強制的に意識をシャットダウンしたのだ
喪失しかける意識の中、静希が最後に思ったのは、死んでたまるかという、生存本能に基づいたものだった
左腕の代替物をつけるだけの作業だったはずが、命がけの行為になることで、再び死の淵に立たされてなお、静希は生きることをやめようとしなかった
再び静希の意識が戻ったのは、深夜の一時頃だった
時間にして五時間近く意識を失っていたことになる
「う・・・ぁ・・・」
僅かにうめいたことで静希の意識が戻ったことに気づいたのか、傍にいたオルビアが濡れたタオルでその顔を拭いてくれる
冷たい布で拭われたことでようやくその顔が汗まみれであったことが理解できた
恐らく、オルビアはずっとこうして汗を拭ってくれていたのだろう
「マスター・・・お気分はいかがですか?」
「・・・あー・・・最悪だな・・・頭がくらくらする・・・」
それは強すぎる痛みを受けたことへの反動だろうか、それとも軽く寝ぼけているだけだろうか、どちらにせよよいコンディションとは言えなかった
一体自分はこんなところで何をしているのだろう
そんな思考にたどり着いたとき、静希は自分の左腕を見た
そこには先程静希に激痛を与え続けた霊装、ヌァダの片腕が確かに装着されていた
肩に食い込むように、いや、まるで融合するかのように装着された霊装を見てとりあえず成功したのだということを知り安堵のため息をついた
「これが・・・俺の腕か・・・」
「はい、マスターの新しい左腕です」
オルビアが静希によく見えるように左腕を持ち上げて見せてくれる
装着されたその腕は銀に輝き続け、組み込まれた宝石も爛々と光を放っている
だが一つ違和感がある
先程まで、正確には装着するまではこの霊装の指は六本あったのだ
なのに今は普通の左腕と同じような指の配置をしている
「オルビア・・・もう一本の指はどこにいったんだ?」
「もう一つの親指は、マスターとの接合を終えた途端に溶けて装甲の一部となってしまいました・・・恐らく装着されたのが左腕だと認識し、不要な部分を除去したのでしょう」
一体どういう原理でそうなっているのか、まったくわからない中静希はとりあえず腕を動かそうと試みる
だが、普段腕を動かすような感覚で操ろうとしてみても、その銀の腕は全く動く気配がなかった
「どうなってんだ?使用者の思うが儘に動くんじゃないのか?」
オルビアに起こしてもらい、試行錯誤しながら何とか動かそうとするものの、その腕は動かない
右腕に意識を集中して、腕を動かす感覚を記憶してから左腕を動かそうとしても、まったく動かなかった




