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J/53  作者: 池金啓太
十三話「その森での喪失」

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代価の銀

「確かに・・・メフィストフェレスの言う通りだ・・・私は罰されたいのだろう・・・シズキ、どんなものでもいい・・・私に罰を与えてはくれまいか」


邪薙の言葉に、静希は参ってしまう


今まで注意したり怒ったりすることはあっても、誰かを罰するなんてことはしたことがない


それに何より、今まで友好的に関係を築いてきたからこそこんな深刻な場面に合うようなものは見当たらないのだ


物理的に攻撃しても彼ら人外に通用するとも思えないし、精神的苦行を与えるというなら今まさにこの状況こそ邪薙にとって苦行だろう


どうしたものだろうかとオルビアに視線を送ると、今度は少し悩んでから邪薙の方を向いた


「でしたら邪薙、一週間お供えおよびマスターへの味覚同期なしはどうでしょうか?」


オルビアの提案は、はっきり言えば稚拙だ、神格にとって、いや邪薙にとってお供えや静希の味覚と同期して味わう食事などはあくまでも嗜好の一環でしかない


そこに意味などあるはずもなく、ただの楽しみとしてあるべきものだ


それを禁止されるからと言って、彼が悔い改められるだけの罰になる気がしなかった


「シズキ・・・それでいいのか?」


「・・・まぁ、他になさそうだしな・・・俺は構わない」


静希の言葉に邪薙はそうかと呟いて深く首を垂れる


これが最後の謝罪のつもりなのか、数十秒頭を下げたあと、邪薙は吹っ切れたように顔を上げる


「なぁオルビア・・・罰が欲しいとか言ってるやつにあんなのでいいのか?」


先程の罰に対して微妙に理解が追い付いていない静希が小声でオルビアに問いかけると、騎士たる彼女は薄く笑って見せる


「よいのですよ、邪薙は自らを責めることでしか贖罪できなかった終わりのない状況から、罰を受けるという、終わりのある形を迎えることができたのですから・・・それにマスターはそこまで邪薙を責めたいわけでもないのでしょう?」


「・・・そりゃ、むしろ感謝してるくらいだけど」


その言葉を告げてなお、オルビアは微笑みを止めない


邪薙が今欲しいのは感謝ではない


もちろん感謝されるというのは神としては嬉しいだろう、だが邪薙個人が自らを責めているのに、感謝などされても全く嬉しくないのだ


「たとえ形だけの罰だとしても、時にはそういうものが必要なのです、けじめをつけるための一種の儀式のようなもの、それがあるだけで、邪薙も、そしてマスターも救われる結果となるでしょう」


オルビアは静希より長い時を生き、多くの経験をしてきた


今の邪薙と同じように自責の念を抱えたままの状態も多々あっただろう


同じまじめな性格だからこそ、今の邪薙に必要なことがわかったのか、それとも経験から求められているものを察したのか


「・・・ありがとなオルビア・・・お前がいなきゃ、俺はもっとダメになってたと思う」


静希はオルビアにも感謝の念を惜しまなかった


同じ人の身であったことから、静希の感情を理解できる唯一の人外


その存在があるだけで、静希は心強かった


「マスターのお役に立てたのであれば、このオルビア、これほど嬉しいことはありません・・・どうぞこれからも存分にお使いください」


微笑んで自らの胸に手を当てるオルビアのその姿は、凛々しくも美しい騎士の風格だった


静希などには決して体現できない、いやこの場にいる誰にも出せないだろう気品にも似た空気を纏っている


今ほどオルビアが自分に仕えてくれてありがたいと思ったことはない


「ご飯出来たよ、降りておいで!」


そうこうしている間に、夕食ができたらしく部屋に聞こえてきた家主の声に反応して静希はオルビアに手を借りながら体を起こして村端の待つリビングへと移動する


そこには簡単な夕食が待っていた


一般家庭に出るような普通の料理だ


ハンバーグに味噌汁、サラダに白米、そしてかぼちゃの煮つけがそこにある


「人に料理出すなんて久しぶりだからね、あんまり期待しないでね」


「いえそんな、いただけるだけありがたいです」


オルビアに手伝ってもらいながら席について手を合わせようとして、その違和感に気づく


自分の左腕がない


事実として理解していても、いつもの習慣に対しての体の動作が追い付いていないのだ


食事においてもとにかく左腕がないというのは非常に不便だった


静希は右利きであるために箸などを持つことなどは何の問題もなく行えた


だが茶碗を持ったり、皿を動かす左腕がないために、いちいちオルビアに手伝ってもらわねばならない


一つ一つの動作で、ないはずの左腕が動き、そしてオルビアがそれを察して動いてくれる


非常にもどかしい時間だった


その様子を村端やメフィたちもつらそうに眺めていた


何よりつらいのは、静希が何かしようとする度に、自らの左腕がないことを自覚するときにする表情


気づいたように左腕に目が行き、そして眉をひそめた後に気丈に笑って見せる


痛々しくて見ていられなかった


そんな様子を数十分繰り返しながら食事を終え、村端は大きくため息をついた後、本題を切り出すことにした


「静希君・・・こいつをつけることに関して、一つだけ注意してほしいことがあるんだ」


静希がいつでも使えるようにした霊装『ヌァダの片腕』を持って、村端は食器を片付け終えた後に静希をベッドに運んでそういった


注意する事


義手の霊装というだけあって腕に装着することはわかっているが、何を注意するのか


「あの・・・何か問題があるんですか?」


あの霊装は使用者の傷を癒す力があるという


そして使用者の思いのままに動くという


それだけならなんの注意もいらないのではないかと思えてしまう


「静希君、この霊装の別名、覚えてる?」


「えと・・・たしか代価の銀・・・でしたよね」


あの時の仕様書にあった『代価の銀』という別名


能力だけ聞けばこんな別名がつくのはおかしいのではないかとさえ思えてしまう


だが実際に残されたその名が静希の頭の中でぐるぐるとまわっている


「この霊装はね、装着時に使用者の腕を吸収・・・いや、破壊しちゃうんだよ」


「・・・どういうこと・・・ですか?」


「つまり、これをつける代わりに、片腕をなくすって・・・そういうこと」


代価


何かを手に入れるために支払われる対等の価値のあるものだ


ヌァダの左腕を装備する代わりに、使用者は、装備した部分の腕を奪われる


装備する代わりに、装備者の腕を奪う、銀の義手


まさに代価の銀


「で、でも、俺の腕はもうないですよ?」


幸か不幸か、静希は左腕をなくしている


肩から上腕の途中まではあるが、腕の六から七割以上を喪失していると言っていい


「それなんだよ・・・この霊装は肩まである・・・君は上腕の真ん中ちょっと上あたりから肩まではある・・・そのうえでこの霊装を装備すると・・・その肩部分までなくすことになる」


つまりは、腕を完全になくす代わりに、新しい腕を装着する、そういうことだ


その事実に静希はわずかに額に手を当てる


こんなにうまい話だ、どこかで何かあるのではと思っていた


残った左腕


あってもまともに動かない、動いても意味がない左腕


それに対し、手に入るのは能力の込められた特殊な義手


比べるまでもない、手に入れられるのであればそれが最善だ


「それでね、この家に麻酔なんてものはないんだよ・・・今から病院に行けば問題ないだろうけど・・・」


確かに、病院に行けば正しい処置を受けることができるだろう


必要な麻酔や輸血だって可能だ


だが、静希は首を振る


「病院に行ってる時間も惜しいです・・・麻酔なら少量ありますから、それで代用します・・・もっとも痛みをどれだけ緩和してくれるかはわかりませんけど」


静希が持っている麻酔は本当に気休め程度のものだ


僅かに感覚を鈍らせ、痺れるような状態にさせる程度の物


以前これを塗布したナイフを鏡花に刺したことがある、あの時のものと同じだ


ナイフなどの局部的な傷であれば効果はあるだろうが、今回のような上腕部分から肩にかけての大きな範囲となると、どれだけカバーできるかは疑問である


「今何時かわかりますか?」


「今は・・・もうすぐ二十時だよ」


二十時、今から霊装の装着を始めて、一体どれだけの苦痛を強いられるだろうか


今、班の人間はどうしているだろうか


自分がいなくなっても、しっかりとしていられるだろうか


陽太は能力を暴走させていないだろうか


明利は泣いていないだろうか


鏡花は二人をしっかりと守っていてくれるだろうか


そんなことを考えて、静希は大きく深呼吸する


泣き言は言っていられない、自分が犯した失態のせいでこうなっているのだ


この程度のこと甘んじて受けるべきだと覚悟して霊装を右手で掴む


「メフィ、邪薙、オルビア・・・俺の体押さえててくれな」


人外たちに視線を送り、静希はトランプの中から麻酔の塗付されたナイフと、麻酔本体、そして裁縫用の針を何本か取り出す


以前言っていたように、これは本当に気休め程度の、軽く感覚をマヒさせる程度の効果しかない


しかも今静希の手元には注射器などと言うものはないために、少々荒っぽい施術が必要になる


オルビアの力も借りて左腕にまいてあった包帯をすべて除去してから付け根、肩の部分に強く布を巻きつけて腕に向かう血を完全に止める


そしてそこにナイフや針で傷をつけていき、そこに麻酔を塗り込んでいく


無論傷つける際に強い痛みが静希の脳を刺激するが、時間が経過するにつれて少しずつ感覚がなくなっていく


とはいっても完全にはなくならない


しかも感覚のないのは表皮、傷のついている表部分のみ、骨に近い内部には麻酔は行き届いていない


これが限界だと察して、静希は置いてあった霊装ヌァダの片腕を左腕の方に持ってくる


一体どんな痛みか、想像もできない、だが選択肢は今これしかない


近くの布を噛んで痛みに耐えられるように覚悟を決めてから静希はその霊装を装着する


日曜日なので複数まとめて投稿


ちなみに、店にあった三輪車の霊装に関しては細かいデータがあったりします


もう出てこないだろうけど


これからもお楽しみいただければ幸いです

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