左腕
「・・・希君は・・・」
その話の間に、首を絞められ続けている明利がつぶやいた
自分のポケットの中に手を入れて、何かしようとしている
「静希君は・・・あなたの攻撃で・・・死んだ・・・!」
その言葉に、彼は少し残念そうな顔をしてそうかい、ったく使えねえなと吐き捨てた
瞬間、明利の瞳孔が開く
「私は・・・あなたを・・・」
両腕を振り上げナイフを構える
その標的は、胴体ではなく明利の首を掴んでいる、目標の右腕
「あなたを許さない!」
明利の絶叫とともにその腕にあるナイフは目標の腕を切り裂き、そこにある種を深く植えこむ
「っ!?このガキ!」
首を拘束していた右手を解いて地面に叩き付けるが、明利の意識は寸断されていない
目標を睨み、祈るように手を合わせると同時に能力が発動し、その右腕に埋められた種が急速に成長を始める
「あ?・・・なんだこれ・・・あ・・・ああぁぁああああああああああぁぁ!」
右腕の傷を起点に根を張り、枝を伸ばすその木を、鏡花は見たことがあった
以前完全奇形にも使った、明利の切札『カリク』
右腕の筋肉を引き裂き、骨を穿ち、皮膚を食い破りながら体の本体へと向かってその成長を進めていく
明利が、あの優しい明利が、人を傷つけることを良しとしないあの明利が、人間相手にカリクを使った
その事実が、鏡花には信じられなかった
奇形種相手にだって使うことをためらっていたのに、あれほど簡単に、使って見せた
本当なら、目標の胴体にナイフを突き立てるだけだったかもしれない
または最初からカリクを植えるつもりだったのかもしれない
どちらかはわからないが、人間を、明利が明確に殺そうとしたことが鏡花にはショックだった
それだけ、明利にとって静希の存在が大きいものであったという証拠でもある
「この・・・ガキがぁ!」
明利に向けて球体が発射される瞬間、鏡花は明利の眼前に壁を作りその小さな体を保護する
突如現れた壁によって爆発のほとんどは防がれたが、その衝撃によって土が吹き飛んで明利の集中を途切れさせる
結果、カリクは目標の肩まで侵食するにとどまり、腕としての機能を奪っただけに終わる
もうあの腕は、何かを持つことも、あげることもできないだろう
だがその攻撃で仕留めるべきだった
だがこの後、明利は再びカリクを成長させることなく、ある方向に気を取られた
いるはずのないある人物、それを感知したのだ
激情した目標は再び明利に向けて、そして鏡花に視線を向ける
「お前ら・・・よくも俺の腕を・・・一緒に殺してやる・・・!」
右腕ではなく、左腕と、そして口に球体が作成されていく
恐らく球体を包みながら作る場所であればどこでも作成できるのだろう
片腕を潰せば攻撃頻度が下がるかとも思ったのだが、そう簡単にはいかないようだった
二人に向けて球体が発射される瞬間、再び鏡花が壁を作ろうと集中するより早く、二つの影が明利と鏡花の前に降り立った
鏡花の前に降り立ったのは巨大な獣
目標に向けて威嚇を放ちながらその大きな体で鏡花を守ろうとしていた
その獣を、鏡花は知っていた
自分の同級生、左腕だけ残して死んだと思われている静希の使い魔、奇形種フィア
そして明利の方に降り立ったのは、一人の女性
美しい金髪を持ち、鎧でその身を包む、静希の剣にして騎士、オルビア
唐突に現れた二つの影に目標は一瞬だけ動揺し能力に揺らぎが生じる
鏡花も、目標も、この場に突然現れた存在に注意を奪われていた
だが、明利だけが、その影を見ていた
自らの索敵の中に僅かに引っかかったその人物を見ようと、顔を上げていたのだ
高くなった土、そしてそのさらに上の木から飛び降りる、白銀の剣を携えた黒い影
音もなく降ってきた影は、白銀の剣を明利に向けられた左腕に全体重を込めて叩き付け、上腕部分から完全に切断した
切り落とされた左腕はわずかに宙を舞ってから地面に落下し、能力も解除されたのかその掌の中にあった爆破の球体も雲散霧消していた
腕を切り落としたことを把握するとその影は回し蹴りを放って強引に目標と明利の距離を引き離す
左腕を切り落とされたことへの動揺か、転がるように蹴り飛ばされた目標は腕の痛みに耐えながら自分の左腕を切り落とした人物を見ようとする
明利に背を向けるようにして目標と対峙するその姿を、鏡花と明利はしっかりと見ていた
黒い髪、黒い長袖の外套、そして左腕に握られた白銀の剣オルビア
明利も鏡花も、陽太でさえ完全に諦めていたその人物がそこにいた
その表情は、自分たちが何度も見た邪笑
目の前の人物を完全に自分の敵と認識したのか、彼は大きな笑い声をあげている
もう二度と聞けないだろうと思っていたその声で
「・・・随分素敵な格好になったな・・・えぇ?能力者!」
そこには死んだと思っていた、自分たちの仲間、五十嵐静希が立っていた
オルビアを持つ左腕を目標に向けながら、静希は邪笑を崩さない
唐突に現れたことで目標のそれ以上に鏡花の動揺は大きい
当然だ、死んだと思っていた人物が唐突に現れたのだから
そしてそれ以上に驚いたのは、静希の左腕がそこにあるのだ
明利が見た以上、あそこにあった左腕は間違いなく静希のものだったという
なのに今目の前にいる静希は五体満足でそこにいる
長袖から覗く左の手も、きちんと肌色をしている
だがそこに明利からもらった腕時計はなかった
「くそ・・・増援・・・か・・・」
右腕が封じられ、左腕を切り落とされたことで止血もできないと判断したのか、口から能力を放ち、左腕の切断面に小規模な爆発を起こす
爆炎が自身の残った左腕を焼き、強引な止血を施す
だがこれで失血死することはなくなったのだ
状況判断の早さ、この辺りはさすが能力者と言っておくべきだろうか
「鏡花!フォローしろ!」
その様子を見ていたのか、静希は一気に駆けだす
鏡花は動揺もある中、その声に半ば条件反射的に反応し目標の足元の地面を変換して下半身を完全に拘束する
目の前にまっすぐ向かってくる静希に向かって口から再び爆発する球体を放とうとする寸前、鏡花が静希の蹴る地面を急速に隆起させ、一気に加速させる
球体が射出される前に左腕で口を掴むと、口の中で小規模な爆発が起こり、口内と静希の左腕の皮膚をわずかに焼いていく
「お前にさ、礼が言いたくてここまで来たんだよ」
邪笑を崩さずに、静希はそうつぶやく
爆炎が消える中、静希の左腕が変化していることに鏡花と目標は気づいた
先程までは肌色をしていたその腕、爆炎によって皮膚と外套の袖部分が焼けたのだろう
本来なら、そこには肌があり、やけどを負っているはずなのに、静希は全く意に介していない
「結構前にさ、俺の幼馴染と約束したんだよ、俺が危なくなったら、怪我をしたらお前が治して助けてくれって・・・」
それは明利とした約束
初めての校外実習で雪奈が負傷した夜に、静希と明利が交わした二人だけの約束
「もうかなり前の話でさ・・・俺もすっかり忘れてたんだよ・・・こんなことになるまで」
爆炎が晴れたことでその左腕が全員の目に入る
そこにあるのは銀色の腕
明らかに人の物とは違う、金属でできた甲冑の腕のように見えた
「お前のおかげだ、思い出させてくれてありがとう・・・お礼に、最高に死にたくなるような目に遭わせてやるから、泣いて喜べ」
静希が目標の目を狂気の瞳で覗き込んだ瞬間、口を掴んだその左手が彼の歯と顎を握りつぶす
鈍い音と目標の絶叫があたりに響く中、静希は笑っている
その悲鳴を讃美歌であるかのように嬉しそうに聞きながら鏡花に視線を配って目標を完全に拘束させた
十字状態の岩の拘束具をつけられ、カリクによって封じられた右腕と口だけ露出した状態で仰向けにさせておく
仮に口から能力を発動しようと、右腕を再び動かそうとしようと、動くこともできない状態ならまったく意味はない
「静希・・・あんた」
「話は後だ、あのバカ、案の定暴走してやがるな、炎の色が変わってるのは予想外だけど」
どうやって生きていたのか、その左腕は一体何なのか、今までどうしていたのか
聞きたいことは山ほどあるが、それを制止して感動の再会を後回しにし、暴走し白い炎をまき散らしている陽太の方を見る
自分が発端であのような姿になったことへの自覚があるのか、静希はわずかに目を細めた
攻撃する目標を見失ったことで、陽太は周囲をしきりに確認して目標の姿を見つけようとする
だがどこにもいない、すでに鏡花の能力によって完全に拘束されているからである
「あのバカ止めるぞ、少しでいいから動きを封じてくれるか、俺が炎を弱めるから、そしたら完全に拘束してくれ」
「わ、わかったわ」
静希はトランプを二枚ほど取り出して陽太の周囲に飛翔させる
鏡花が陽太の足元の地面を変換し、その動きを拘束しようとするが、まるで子供にでも掴まれたかのように簡単に地面を砕いて拘束から抜け出てしまう
だが瞬間、静希の二枚のトランプから白い何かが噴射される
それは陽太の炎に降りかかり、その勢いを著しく低下させ、消していく
静希が放ったのは火事などで用いられる消火剤
簡単に手に入るもので、用意は何の問題もなく、陽太の暴走用にとっておいた代物である
陽太の炎が弱まったことを確認し、鏡花は全力で陽太を拘束していく
その体を土で包み、いつも見た光景、首だけを出した完全な生首状態に仕立て上げる
炎の体は土によって消火され、残った頭も静希の消火剤によって炎を消されたことで強制的に能力を解除されたのか、絶叫を上げていた陽太は徐々に理性を取り戻しつつあった
「ああぁぁああぁぁ・・・ぁ・・・あれ・・・?」
記憶がないようで、今の状況を理解していないのか、陽太はあたりをしきりに確認している
暴走するとこういう風になるのかと実感しながら鏡花はその様子を見ていた
累計pvが5,000,000突破したのでお祝いで複数まとめて投稿
もうあらすじに関しては悩むのやめました、これからは今まで通りマイペースに更新を続けて行こうと思います
至らぬところ多いと思いますが、これからもお楽しみいただければ幸いです




