朝のそれぞれ
以前静希に聞いたことがある暴走中の陽太の姿は、もはや人と形容することすら間違っているのではないかと思えるほどだったからである
静希曰く、あれは獣である
言葉を忘れ、ただ感情と暴力に溺れた猛獣の類
鏡花が知る限り、陽太がそんな場面に陥ったところは見たことがない
万が一、そんな姿を目撃するとして、自分の力で止めることができるのか
以前戦った陽太の行動は本当にわかりやすい愚直な突進だけだった
だが獣の動きとなるとまた別だ、人と獣は基本考え方が異なる
もし静希のいう通り、陽太が完全に獣のようになってしまうとしたら
鏡花は軽く自らを叱咤して集中を高める
自分がやるしかないのだ
陽太も、そして明利もどこかおかしい中、自分がやるしかないのだ
自らの精神的な不調にも気づかず、鏡花は何とかしようと集中を高める
薄暗い森を進む中、最初にその異変に気付いたのは索敵を続ける明利だった
時間は経過し、そろそろ動物たちが動き出しても不思議ではない時間だ、なのに森の動物たちは一向に動き出そうとしないのだ
それどころか巣穴などにこもったまま動こうともしない
「この状況・・・最初の時と似てる」
「最初って・・・メフィと会ったとき?生き物がいないの?」
「うん・・・巣穴にはいるんだけど、出てこないの」
軽く状況を説明してから陽太も鏡花もあたりの様子を確認してみるのだが、風の音や自分たちの足音は聞こえるのにほかの音が一切ない
多少虫の声や動物たちの出す音が聞こえてもいいものなのに、それすらもないのだ
「ねぇ・・・可能性の話なんだけどね、もしかしたらメフィたちが外に出てるってことはないかしら」
「あ?どういう事だ?」
メフィたちが外に出ている
外というのはつまり静希のトランプから出ているということだ
一日経っても先日の獣除けが効いているとは考えにくい、なら今まさにメフィがどこかに存在していると考えたほうがまだ考えられる
「もし・・・静希が死んだとき、トランプの中にあるものすべてが排出されるとしたら・・・この辺り、または近くにメフィがいても何の不思議もないんじゃない?」
静希が死んだ場合のトランプの効果の継続の有無
それこそ死んでもトランプの中に物品を収納し続けているのか、それとも死んだ瞬間に静希のトランプの中にあったものがすべて排出されるのか
どちらにしろメフィたちは静希の能力では拘束しきれない、自由に出てこられるということを考えれば、死んだ人間にいつまでも付き従う意味はない
神である邪薙や従者であり剣であるオルビアはわからないが、悪魔で気まぐれなメフィはどんな行動をするか見当もつかない
「なるほどな・・・確かに死んだ場合能力がどうなるのかってのは考えたことなかったな・・・でもあいつが死んだ人間のためになんかすると思えないんだけどな」
未だ腕しか見つかっていないとはいえ、生存の可能性が絶望的である以上、死んだと判断する
これは正しい判断だ
生きていると仮定してくるはずのない援軍を待つより、最初からないものとした方がいいのも分かる
だが、明利も鏡花も未だそこまで冷徹にはなれなかった
陽太だって本来そんなことが簡単にできる人間じゃない
おかしいのはわかっている
明利も、陽太も、鏡花も、そしてこの森も、今何かおかしくなっている
なのにそれ以上どうすることもできない
途方もなく歯がゆい、そんな時間を一体どれほどつづけただろうか、すでに日は登り完全に動物たちの行動時間になっても、依然として動物たちは動こうとしない
先日はまだ好戦的な奇形種が出ていたのに、今度は一匹たりとも出歩いていない
これは僥倖というべきだ
むしろこちらとしては行動しやすくなっているのだから
索敵範囲を確実に広げていく中、その索敵範囲が森の約五割に達しようという時、明利はそれを見つけた
「いた・・・見つけた・・・!」
喜んでいるのか、それとも怒っているのか
どちらとも思えない見たことのない表情と声を出して明利は唐突に進行方向を変える
「明利!落ち着きなさい!」
「前方八百メートル先!索敵に引っかかった!戦闘準備!」
いくら明利が全力で走っても、陽太や鏡花の速度に敵うはずもなくすぐに追い抜かれるが、それでも全力疾走をやめない
どこから取り出したのか、その手には昨日静希から渡されたナイフが握られている
陽太の言っていたことが現実味を帯びてきた
「陽太・・・できる限りフォローするけど、あんまり派手に暴れるのは・・・」
陽太に近づいて話しかけようとしてようやく気付くことができる
彼の周囲の温度が上がってきているのだ
能力暴発の兆し
恐らく今陽太の頭の中は、静希を殺す原因を作った相手のことでいっぱいなのだろう
いつ暴走してもおかしくない二人を見て、鏡花はわずかにため息をついた
それと同時刻、城島は鳴り響く携帯のアラームによって目を覚ましていた
目覚めが悪い、そう思える朝は久しぶりだった
自分が請け負った生徒で死者が出たのは初めてだった
早く遺体を探してやらなければ、そんなことを考えているのだが、そこから先への頭が働かない
遺族にどんな顔をすればいいのか
そして自分が指導してきたあの三人になんと声をかければいいのか
とりあえず様子を見に行こうと城島は女子の部屋へと向かう
同僚が死んだことはあったが、それでも自分はあの時すでに大人と言えるだけの経験を持っていた
だが彼らは学生、なんといって励ませばいいのか
何を言ってもダメな気がする
特にひどいのは明利と陽太だった
明利は完全に意気消沈し、その眼は生気が感じられなかった
ひとしきり泣いていた声は聞こえていたが、それだけでどうにかなるとは思えない
そして次にひどいのは陽太だった
今までの元気なバカという印象を払拭するかのようなあの態度、最初城島はあれがいったい誰なのかと思ってしまったほどだ
陽太の姉が非常に優秀な人物であるというのは資料で確認はしていた
だがあの一面を見るまで信じられなかっただろう
それほどまでに陽太の変貌は城島にとって予想の範囲を軽く超えるものだったのだ
その二人に比べれば比較的鏡花は冷静さを保てていると思えるが、実際はどうだろうか
面倒見の良い彼女のことだ、恐らくいつもより気丈に振る舞おうとして普段通りにできないこともあるはず
思えば静希を含めた明利と陽太は幼馴染だったと聞く
だからこそあの二人の変貌ぶりも納得できる
もう少し、自分が何か言っていればこんなことにはならなかったのではないか
あの場で、森に送り出すべきではなかった
頭の中で後悔と自責の念がぐるぐると回る中、城島は明利と鏡花の使っている女子部屋へとたどり着く
結局なんと声をかけるか、まったく思いつかなかった
心のケアなどは完全に専門外だが何事もあってみなければ始まらない
「清水、幹原、いるか?」
ノックしても返事は返ってこない
「清水、幹原、起きているか?」
時間はまだ六時になったところだ、もしかしたら寝ているのかもしれないと思いながら静かにドアを開ける
すでに日が昇っているために、照明をつけなくても部屋の中の状況を簡単に把握することができた
城島は二人がベッドで寝ているところを想像していたのだが、その部屋の中には鏡花も明利もいなかった
あるのはベッドの上に置かれた布にまかれたであろう静希の腕
誰もいない部屋の状況を見て城島は舌打ちをして走り出す
向かったのは静希と陽太が使っていた男子部屋だ
頭の中が不安と焦燥でぐちゃぐちゃになっていくのがわかる
そして最悪の想像が彼女の脳裏をよぎる
どうにか外れてくれと願いながら、ノックもなしに男子部屋の扉を開けるとそこはやはりもぬけの殻
あの三人が同時にいなくなったことで、城島の中でいやな予感が止まらない
急いで班長の清水に電話をかけようとして携帯を見ると、何件かメールが届いていることに気づく
それは監査の先生からの報告だった
そこには三人が樹海の森に侵入したという報告が入っていた
いやな予感が完全に的中した
監査の教員は主に生徒たちの動向を監視し、審査し、危険があれば助けに入るというのが仕事だ
今はまだ危険な状況に陥ってはいないが、あの行動自体が危険であることは気づいているはずなのになぜ止めないのか
強い苛立ちを覚えながら急いで鏡花に向けて電話を掛けるが電源でも切っているのか、まったく応答しない
「くそっ!あの・・・バカどもが!」
力に任せて壁に拳を叩き付けると、携帯の画面に城島の見知った名前が表示される
そこに記された名は城島もよく知る昔の友人だった
事前にこちらに来ることは確かに伝えてあったが、何故このタイミングで電話などかけてくるのか
まだこんな早朝だというのにいったい何の用だろうかと思いながら通話ボタンを押す
「もしもし・・・早朝からなんのようだ・・・今こっちは忙し・・・」
邪険にするわけではないが、すぐにでも自分も樹海に入って生徒たちを引きもどさなくてはならない
考えることもやらなくてはいけないことも多すぎる中で旧友と親交を深めているような時間は一秒たりとも無いのだ
だが、携帯の向こうから聞こえてくる懐かしい友人の声が、城島の意識を一時的に喪失させ、同時に活性化させていく
「わかった・・・感謝する」
そういって通話を切り、城島はすぐさま後藤の元へと向かった
お気に入り登録件数が1500を超えたのでお祝い投稿
ここまで来れるともう登録件数2000も夢じゃない気がしてきました、まだまだ先は長そうですが
これからも拙い文ではありますが、お楽しみいただければ幸いです




