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J/53  作者: 池金啓太
十三話「その森での喪失」

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三日目の始まり

それから先何も言わない陽太を前に、鏡花はどうしたらいいのかわからなくなってしまっていた


今陽太がおかしいのは間違いない


そして、こんな場所にいて精神衛生的に良いはずがない


「・・・戻りましょ・・・ここは冷えるわ・・・」


手を握って戻るように手を引くと、陽太は何の抵抗もなく鏡花の後についていった


何も話すこともなく、何かを見ようとすることもなく、鏡花と陽太は宿舎の方向へと戻っていく


宿舎の前に戻ってきたところで、陽太は鏡花から手を離した


「俺はここでいい」


「は?ここって・・・駐車場よ?」


幾つかの車が置かれている駐車場で、陽太が足を止めたことに鏡花は眉をひそめた


軍用の物や、誰かの私物と思える軽自動車も置いてあるただの駐車場、なのにここでいいという陽太の言葉を鏡花は理解できなかったのだ


「今の状態で寝ると、いつ暴発が起きるかわからないからな・・・火事起こしたくないから・・・今日はここで寝る」


陽太はコンクリートの壁を背にして胡坐をかいて空を見上げる


能力の暴発


多くの能力者が能力を制御しきれていない時に起こす症状の一つでもあり、何よりそれは子供のころに多い


特に夢などで感情が高まってしまうと寝ている間に無意識のうちに能力を発動してしまうことがあるのだ


「笑いたければ笑っていいぞ・・・この歳になって寝小便もどきしそうなんだからよ・・・」


「・・・笑えないわよ・・・」


鏡花は拳を握って固いコンクリートの地面に座っている陽太を見つめる


今までもこういう事があったのだろう、陽太の対応は非常になれている


自分の知らなかった陽太の苦労を前にして、鏡花はわずかに悔しくなった


「じゃあ、あんたの部屋、使わせてもらうわよ」


「あぁ、好きにしろ」


普段の陽太なら、何故?どうして?と聞き返すところなのだろうが、鏡花の悲痛な表情を見ていろいろ察したのだろう、それ以上何も言うようなことはなかった


陽太はそのまま眠るようで、ゆっくりと瞼を閉じた


それを見届けて鏡花は踵を返し、宿舎の前で足を止め先程まで陽太が見上げていた空を見る


「静希・・・あんたがいないと・・・この班バラバラになっちゃうわよ・・・」


悔しそうに、そして悲しそうにつぶやいて、そこにいない班の中心人物だった、あの厄介の種であった静希に呟く


だがそのつぶやきに返してくれる誰かは、ここにいない


明利も、陽太も


鏡花は歯噛みしながら宿舎の中に入っていく


今がこの班の分水嶺なのだと感じながら、陽太たちが使っていた部屋に入りどちらが使っていたかもわからないベッドに体を預ける


自分が思っている以上に疲労が溜まっていたのか、鏡花の意識はすぐに曖昧になっていき、やがてその意識は完全に落ちていく


今日のことを思い出そうとして、また一筋涙が流れるが、それすらも忘れるような眠気に鏡花は意識を喪失した


鏡花がベッドに倒れこみ、眠りだした頃、明利は自分の腕の中にある静希の腕と、彼から受け取った一本のナイフを見つめていた


静希が残した最後の痕跡ともいうべき二つの物品


いや、一つは物品というにはいささか趣味が悪い


その二つを眺めた後、明利はわずかに瞳を細め、何かを想うように目を閉じる


何を思い出しているのか、何を考えているのか


それは明利以外にはわからない


だがゆっくりと開けた目には、決意以上の何かが秘められていた


ナイフをテーブルに置き、腕を布で巻いて一時的に保護してから明利は窓の外の空を眺める


明日、実習最後の日


明利の決めたことを行うには最後のチャンスとなる


だからこそ今は寝るべきだ


悲しい、悔しい、何より怒りと憎しみが明利の体の中で渦巻いていた


こんなに強い感情を抱いたのは初めてかもしれないと思えるほどに、明利は頭も心もぐちゃぐちゃになっていた


だからこそ、今は寝るべきだ


このような感情を引きずったまま行動できるほど、今回の状況は甘くない


明利は静希が残した睡眠薬の一部を飲み水に混ぜて飲み込む


もとより疲労が強かったからか、睡眠薬を飲んだという事実から脳が勘違いを起こしたのか、飲んでから数分で強い眠気が明利を襲った


まどろむ中で明利は静希の思い出を振り返っていた


明利の記憶の中にいる静希はよく笑っていた


困ったように、嬉しそうに、時に怒りながら、そして楽しそうに


そんな笑みを思い浮かべながら明利は眠りについた


寝息をつき始めてから流れた涙を拭う者は誰もおらず、枕にしみこむことになる





鏡花が目を覚ましたのは彼らが起床すると設定した時間より三十分も前のことだった


まだ辺りは少し暗い


だがほんの少しだが東の空が白んできているのがわかる


夜明けが近い証拠だ


鏡花は水道で顔をあらい、自分の体のコンディションを確認していた


しっかりと眠ったからか、それほど体の重さはない


相変わらず頭や心がぐちゃぐちゃにかき回されているような不快感はあるが、少し集中すればそれもなくなるだろう


まずは食事だ


こんな時間では誰も起きていないかもしれないが、一応周囲に誰もいないことを確認してから食堂へ向かう


陽太たちはもうすぐ起きてくるだろう、一応後で確認に行くとして、この状況でも食べることのできるものがあるかだけ確認する必要がある


食堂へ入る扉には鍵がかかっているが、鏡花の能力の前に物理的な施錠は意味がない


能力を少し発動してすぐに鍵を開けてしまう


誰もいない食堂に入って調理場へと入り、何か食べるものがあるだろうかと物色する


そこには食材がいくつも存在しており、調理道具も大量にあった


これならそんなに大したものではなくても自分たちで作れそうだ


とりあえずまず先に陽太たちを起こすことを優先することにする


食堂にまた誰も入らないように鍵をしてから陽太の寝ていた駐車場へと向かうと、そこには昨日別れたままの体勢の陽太がいる


ただ一つ違うのは、陽太の周りの地面にわずかに焦げたような跡があることだ


恐らく寝ている間に能力の暴発があったのだろう


陽太の懸念はとりあえず当たっていたようだった


それはできるのなら外れてほしかった懸念でもあるが


「陽太、起きなさい」


鏡花がわずかに体を揺らすと陽太はゆっくりと目を開けてしきりに首を動かしてあたりの様子を確認する


「あぁ・・・時間か・・・悪いな」


陽太の寝起きの姿というのは何度も見たことがあるが、こんなうつろな表情はしていなかったように思える


やはりまだ感情の抑制は続いているようだった


それが良いことなのか、悪いことなのか、鏡花には判断できない


「一応まだ誰も起きてないみたい、交代の時間の隙を上手いことつけたみたいね」


もともとここに駐留していた後藤の部隊と軍の増援とでこの森の完全封鎖を行うべく、深夜もずっと見張りが行われていることは鏡花たちは知っていた

だからこそ少し警戒していたというのもあるのだが、それも杞憂に終わったようだった


「明利を起こして、ご飯食べて身支度したら出発しましょ」


「そうだな・・・入るときは頼むぞ」


周囲を完全に見張っているということは無論入るときも必ず警戒網に引っかかるということだ


そうなると単純に突破するだけではすぐに取り押さえられてしまうだろう

だが鏡花がいればまた話は違ってくる


モグラがこの森に入ってこれたように、鏡花たちも地中を変換しながら移動すれば問題ないのだ


明利がいれば位置情報に狂いはない


そう考えると、陽太ははじめから鏡花が協力することを確信していたのだろうかとさえ思えてくる


やはり腐っても実月の弟ということだろうか


鏡花たちがエントランスに戻ってくると、ちょうど起きたところなのだろうか、身支度を整え終えた明利と出くわす


「おはよう明利・・・調子はどう?」


「大丈夫だよ、体の疲れもそんなにないし、いつでも行ける」


明利は朗らかに笑って見せるが、それもいつものような明るさはなく、どちらかというと無理に笑顔を作っているような印象を受ける


だがあえてそれに触れることなく、そう、よかったと返して鏡花は二人を食堂へと連れていく


「鏡花さん、ありがとう、少しすっきりしたよ」


「・・・そう、無理はしないようにね」


食堂の鍵を先ほどと同じように開け、二人を食堂に入れてから誰も入ってこれないように鍵を閉める


仮に鍵を持っている人間がやってきても、鍵を開ける音で気づくことができるだろう


そうなったら隠れて逃げると同時に行動開始すればいい


「とりあえず朝ごはんにしましょう、一日行動すること考えると、しっかりと、でも朝だからあっさりしたものがいいわね」


「任せて、今作っちゃうから、その間に必要な準備とかあったら・・・」


そう言いかけて明利はそれ以上何もいう事はなく、調理室に向かっていった

必要な準備


この班の今のこのメンバーで準備を必要とするのはもはや明利しかいない


静希がいれば、じゃあちょっと装備点検しとくかなどと言うかもしれない


頭では分かっているのに、習慣として抜けない会話の中にある棘にも似た厄介な日常


鏡花も陽太も、近くから椅子を持ってきて調理室に腰を下ろし明利の作る食事の完成を待っていた


誤字報告が五件溜まったので複数まとめて投稿


最近すごい勢いでpvが伸びていてびっくりしました、一体何が起こったのやら


これからもお楽しみいただければ幸いです

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