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J/53  作者: 池金啓太
十三話「その森での喪失」

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撤退後の歓迎

その場での探索を終え、静希達は明利のナビゲートによって平坦な道をできる限り選択しながら入ってきたゲートへと戻ることにした


ルートを作成する際に直線的に戻るか、来た道を戻るかで多少の議論があったが、マッピングされていない部分を避けるために多少迂回しながら戻ることになり、全体での移動が開始される


途中何度も奇形種に接近されたが、今度は襲われるようなことはなく、何とか十七時半ごろに入り口であるゲートに戻ってくることができた


森から脱出することができた瞬間に今までの緊張感が解け、一気に汗と疲労感が噴き出てくる


今までの中で一番疲れる初日だったかもしれない


宿舎に戻るとそこには隊長である後藤と担任教師の城島が入り口で待ち構えていた


最初のように宿舎の前に整列し状況終了を告げると二人はうなずいて満足そうな笑みを浮かべる


「ご苦労様でした、今日はこれからゆっくり休んでください、学生の皆さんもご苦労様でした、担任教師の方の指示に従って解散してください、以上!」


全員が姿勢を正し敬礼する中、静希達は何とか姿勢を正すので精いっぱいだった


体力がないわけではない、肉体的な疲労よりも精神的な疲労のほうが圧倒的に強いのだ


常に危険に脅かされるという状況がここまで疲れるものだとは知らなかった


訓練などでは味わうことのできない実戦の経験、学生である静希達に最も必要なものでもある


「どうだった?特等席での樹海は、勉強になっただろう?」


「勉強・・・そうですね、とても勉強になりました」


わずかに笑みを浮かべる城島に対して静希は苦笑することしかできない


普通の人間が行うような机や黒板に向かうものとはまた別の種類の勉強


これから能力者として生きる上で必要な戦場にも似た空気と緊張感


確かに静希達は非常に貴重な経験をした


軍の部隊の動きやその精密さ、大人数を動かすうえでの難しさと必要事項


視界の遮られた状態での警戒と移動の仕方


あげればきりがないほどに、初日の探索は静希達に圧倒的な量の情報を経験として蓄えさせていた


そして城島の声を聴いたことでずっと集中しっぱなしだった明利の緊張がようやく解けたのか、大きくため息をついてその場に座り込んでしまう


この中で一番体力のない明利だが、よく持った方だと言える


「もう限界のようだな、風呂は沸かしてあるらしいからすぐに入ってくるといい、男女分かれているから同時に入れるぞ、しっかり疲れをとるんだな」


さすがの城島もこの状態の静希達にこれ以上鞭を打つ気にもなれないのか、明利を立ち上がらせて全員を宿舎の中に連れていく


男女に分かれて風呂場に行くことになり、静希と陽太は疲れた体を引きずって男湯の中に入っていく


「お、今日の主役のご登場だ」


浴場に入るとそこには今日一緒に行動した部隊の人間が大勢いて、すでに体を洗っている状況だった


声が響くと同時にその場にいた全員が静希と陽太の方を向き好奇の目を向ける


不快なものではなく、ただ歓迎しているような視線であることがうかがえた


「あ・・・今日はありがとうございました、皆さんのおかげで」


「固いこといいからさっさときなって、疲れてるんだろ?」


最低限の礼を言おうと思ったのだが、半ば引きずられるように洗い場まで連れてこられる


部隊の中には女性も交じっているので全員ではないようだ、恐らく女性の方では明利と鏡花が同じような歓迎を受けているだろう


「いやぁ、学生にしては凄く手際がいいよ、将来有望だな」


「ありがとうございます、えっと、確か前衛の方でしたよね?」


「よく覚えてるな、君は指揮官向きかな」


静希の横で豪快に笑うのは右翼の前衛に配置されていた男性だ


身長も陽太並みに高く、その体は陽太以上に筋肉に覆われている


前衛らしい竹を割ったような性格のようでカラカラと屈託のない笑いをしている


「君は前衛で変身してたのだろ?あれかっこいいな!」


「あざっす、まだまだ隠し技ありますよ」


陽太も陽太で別の隊員に話しかけられている、どうやらこの部隊の人間なりに静希達の存在は気になるものだったようだ


次々といろんな人が矢継ぎ早に質問してくるのだ


当然と言えば当然かもしれない、静希達は一年生の段階で完全奇形を討伐した経験を持ち、あまり公になっていないが委員会などの評価もかなり高い


一年生の段階で樹海に入れるなどそうそうないのだ


静希も陽太もこういうノリが嫌いではないためについつい話に乗ってしまう、いやこの人たちの話し方に非常に好感が持てたからこそだろうか


敵意も探りもなく、ただ静希達を称賛してくれる


こういうのは久しぶりかもしれない


そうやって話していると突然風呂場に黄色い悲鳴のようなものが飛んでくる


どうやらこの浴場は壁一枚を隔てて女湯とつながっているようだ


そして、今のは明利の声だ


恐らく女湯の方で手厚い歓迎を受けたのだろう


「お、あっちも盛り上がってるか?」


「なんだよ、いい声だなおい」


「どっちだ?スタイルいい方かな?」


隊員たちの下卑た会話に思わず笑ってしまいながら、明利を不憫に思いながら静希達は体を洗い終えてようやく湯船につかることができた


「ところで君たち奇形種との戦い方ずいぶん慣れてるみたいだったけど、戦闘経験どれくらいなの?」


「そうそう、完全奇形も倒したっていうじゃんか」


湯船につかってゆっくりと体を休めていると隊員が何とはなしに聞いてくる


さすがに高校一年であれほど手際よく奇形種と戦闘できるのは稀有なのか、とても興味があるようで、ほかの隊員も聞きたそうにしていた


「えーっと、戦闘経験自体は今回のを含めないなら片手で数えられる程度っすよ?完全奇形倒した時だって先輩たちがいなきゃ無理だっただろうし」


「先輩たちって?」


「知ってるかどうかわかりませんけど、深山雪奈と熊田春臣です、たしか雪姉の方は学生の奇形種討伐の記録保持者だったかな」


静希の言葉に部隊の何人かが考え込んだ後であぁあの!と思いついたように手をついていた


どうやら雪奈は軍の方でも注目されるほどの人間らしい


わが姉貴分ながら恐ろしい人物である


「一つ聞いていいか?今雪姉っつったけど、ひょっとして姉弟なのか?」


「静希と雪さんは昔から一緒にいたんで、姉貴分みたいなもんすよ、今でも指導とかしてもらってるみたいっす」


その言葉に全員がおぉぉとどよめく


姉弟分というのもそうだが今もなおあの奇形狩りで名を馳せた雪奈に指導されているという事実に驚いているようだった


「なるほどな、それならあの手際も納得だ、チームワークもいいし統率も取れてる、実力は折り紙付きってわけだな」


「あんまり持ち上げないで下さいよ、今日は本当に大変だったんですから」


「まぁ初日は誰でもそんなもんだよ、明日からはもっと楽になるって」


隊員たちからの檄を受け、励まされるのも悪い気はしない


雪奈の弟分ということよりも静希達の実力を正当に評価してくれるということが何よりうれしかった


ゆっくりと湯船につかってから着替えて風呂場から出ると、おそらく女湯でも静希達と同じような待遇を受けたであろう明利と鏡花に鉢合わせする


鏡花はそこまでひどい扱いはされなかったのだろうが、明利の表情は浮かない


どうやら例によってたくさんいじられたらしい


「ひょっとしてあんたたちの方も?」


「あぁ、俺らも結構質問されたよ、明利平気か?」


「うん・・・大丈夫」


「いやぁいい人たちだったな!」


朗らかに笑う陽太をよそに、明利は静希の服の裾をつかんで離さない


いったい何をされたのか気になるところだが、ここは明利の尊厳を守るためにも何も聞かないのがよいだろう


時間は十八時半といったところだ


夕食が少し遅めに二十時に設定されているために少し余裕があることになる


「先生、お湯頂きました」


一応城島に報告するべきだろうと城島に宛がわれた部屋に向かうと、彼女はいつものように机に向かって書類を書いていた


「おぉ、上がったか、それじゃあ飯まで時間もある、今日の感想でも聞かせてもらおうか」


書類を書くことを一時中断して城島はそこらへんに適当に座るように言ってから椅子を静希達の方へと向ける


先程見逃してもらったからと言って今日行ったことはしっかり報告しなくてはならない


「とりあえず、ひどく疲れたってのが一つですね」


鏡花の言葉にその場にいた全員が何度もうなずく


さすが最高難易度と謳うだけあって、その疲労度は今まで行ってきた実習の中でも最高位に属する


一年生に任せるのはさすがにどうかと思えるほどだ


「だが、その分楽もさせてもらえただろう?特等席はどうだった?」


「・・・まぁ、左右や後列よりはずっと楽だったと思いますけど」


前方以外への警戒をしなくていい前列は危険もあるだろうが、索敵が機能している間はかなり安全な場所だ


役割のしっかりと決まっている部隊の中で戦力を余らせるという選択肢がない以上、そこに配置させるしかなかったのだろう


「ふむ、索敵をしていた幹原からしたらどうだった?」


「えっと・・・とにかくたくさん生き物がいたのが印象的でした、それもかなりの密度でどんどん動いているんです、タイムスケジュールでも決まってるんじゃないかって思いました」


行動のタイムスケジュール、この生き物は何時に、別の生き物は何時にここを通過していいなどの取り決めが決まっている様子を浮かべたのか、城島はわずかに笑みを浮かべていた


明利にしては非常に珍しいたとえだ、だが恐らくそれは本心だったのだろう、それほどまでに生き物の往来が激しかったということだ


互いに接触しないぎりぎりの距離と時間を把握して移動する、長い時間をかけてそういう常識があの森の中では形成されていたのだろう


特に明利は移動した範囲のほとんどにマーキングを施していた


静希達が移動した後も何度も生き物の往来があっただろう、それを常に把握できるからこそ言えることだ


タイムスケジュールとはよく言ったものである


日曜日なのでまとめて複数投稿


一話一話の長さが短いように感じてきている今日この頃です


もっと早く物語がかければいいんですが・・・


これからもお楽しみ頂ければ幸いです

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