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J/53  作者: 池金啓太
十三話「その森での喪失」

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森の中へ

「ちょうどいいから写真とかもたくさん撮っておくといい、それと覚悟しておけ?あそこほど為になるところはない、いろいろ勉強になるだろうさ」


城島から何とも教師らしい言葉が飛んできて静希達は少し面食らっていた


もちろんカメラは持ってきているが、それほどまでに感動できる何かがあるのだろうか


幾つか山や森に入ったことはあるものの、そこまでのものがあるのか少し疑問に思ってしまう


電車を乗り継いで一番近い駅まで行き、その後バスで移動を開始して現場に到着したのは十時過ぎ、片道三時間以上かけてしまっていることになる


静希達が荷物を持ってやってきたのは森の外側にある軍の宿舎


近くにはまだ道路や自動販売機、コンビニのようなものが存在しておりそこまで僻地というわけではないようだった


宿舎の入り口の守衛に城島が話しかけて中に通してもらうことになり、白を基調にした建物に入ると中には何人もの軍人らしき人物がいた


エントランス、というより小ホールに近い玄関口にこれから出動を控えているのだろうか、多少の武装を抱えて雑談しているようだった


だが静希達の存在を確認すると一瞬だけ警戒の色を見せ、その必要がないことがわかるとまた雑談に戻っていく


その体格から前衛の人間ではないかということがうかがえる、周囲への察知能力が半端ではないようだった


「今日からお世話になる喜吉学園のものです、部隊の隊長はどちらに?」


建物の中の受付に声をかけるとその返答よりも先に左右に伸びた通路の片方から数人、駆け足気味にやってくるのが見えた


「お疲れ様です、喜吉学園の方ですね、本作戦の総指揮を任されています、後藤と申します、本日より三日間、よろしくお願いします」


そういって姿勢正しく敬礼する後藤と名乗った男性、細身でありながら鍛え抜かれたその腕からなかなかの実力者であることがうかがえる


だが外見はほかの隊員より少し若いようにも見える


年のころは二十五に届いているかいないかといったところだろうか


「初めまして、喜吉学園教師、城島です、ずいぶん若い隊長さんですね」


「はい、若輩者なので苦労しています」


城島の言葉にも全くひるまずに互いに握手をしている


なるほど、この若さで隊長を任されているだけあってそれなりに肝は据わっているようだった


そして周りの隊員がまったく不満そうな顔を浮かべていない、一種のカリスマでもあるのだろうか、それともそれなりの実力を持っているのか


「紹介しましょう、今回実習を行ううちの生徒です、まだまだ未熟者ですがね」


城島が少しよけて全員が後藤に見えるようにするといつものように鏡花が一歩前に出て軽く礼をする


「喜吉学園一年B組一班班長、清水鏡花です、今日からよろしくお願いします」


鏡花に続きそれぞれ名乗ったところで全員が頭を下げる


それを見て後藤もよろしくと軽く会釈して見せた


「一応予定は確認してきましたが、この後すぐに出発ですか?」


城島はすでに傍観モードに入っており、ここからは生徒のやるべきことであるかのようにその場から少し離れた場所から全員を見ていた


そして自分たちも通った道だからだろうか、後藤たちは全く意に介さずに手帳を確認する


「そうだね、でも君たちも準備があるだろうし、それが終わり次第出発にしよう、うちの部隊もそれまでに準備を終えて表で待っているようにする、その時に護衛対象とご対面としよう」


後藤の言葉に全員が了解しましたと姿勢を正す


部下に各部屋まで案内してもらった時点で全員すぐに準備を始めていた


「にしても、ずいぶん若い隊長さんだったわね」


「そうか?鳥海さんとか町崎さんとか先生の同期なんだから別におかしい話じゃないんじゃないか?」


優秀な能力者であることそれすなわちリーダーの素質を持つというわけではない


名選手が名監督になれるわけではないというのと同じ理屈だ


誰かを従える以上、何らかの才能がある人間に限られる


それが能力者であるならなおさらだ


たまたま部隊の中にそういう素質を持った人物がいなかったのかもしれないし、貧乏くじを引かされただけかもしれない


「あれ?鏡花さんナイフ装備するの?」


両足にベルトをつけてナイフを装着している鏡花を見て明利は目を丸くする


今まで能力に頼ってばかりだったために彼女が武器を装備するというのは非常に珍しく感じた


「一応雪奈さんから多少の指導は受けたしね、ないよりかはましでしょ」


「下手に持って怪我しなきゃいいけどな」


「うるさいわよ陽太、何も持たなくていいあんたはいいわね」


ないよりはあったほうがいい、普通はそうなのだろうが陽太は持っているとかえって邪魔になってしまうだけだ


そう考えると陽太の能力は微妙に不便な点が多いのである


「まぁいいじゃんか、手札が増えたならそれはそれ、攻撃手段は多いに越したことはない」


オルビアをトランプから取り出して鞘に納める静希はわずかに集中を始めていた


危険が多いからこそ気は抜けない、僅かな油断も許されないからこそその集中はどんどん高まっていた


静希達が準備を終え最低限の荷物をもって外に出てくるとそこには整列した部隊が待っていた


だがそこに並んでいたのは聞いていた人数よりもかなり多い


三十人くらいはいるのではないかと思えてしまう


「待っていたよ、それぞれ携帯食料を渡しておくから荷物に加えてね」


部隊の一人から携帯食料を渡されとりあえず自分の荷物の中に入れておく


「あの、聞いていたよりずいぶん人数が多いようですけど・・・」


「あぁ、気にしなくていいよ、実際に動くのは君たち含め十五人だ、残りは留守番だよ」


つまりこの中から十一人が出撃する形になるのだろう


というか三日間あるのだ、ローテーションしながら出撃することだってあり得る


静希達は休みなしだが、軍の人間はしっかりと休みを取る


少し不公平にも思えたが、むしろ逆だ、それだけ実戦を積ませてもらえるのだから


軍に囲まれた状態で行動できるなんてそうそうない、これは貴重な経験になるだろう


静希と明利は部隊の人間の武装を軽く観察する


それは静希達が一度は握ったことのある類のものだった


アサルトライフル一丁、腰にはナイフと拳銃が一つずつ、そしてベルト部分に予備弾倉も複数装備しているうえに、各員上着やズボンのポケットに何かしらの道具を入れているようだった


人によってはおそらく能力に使うであろう道具を所持しているのがうかがえる


要するに完全武装状態と言っていいだろう


軍の人間でさえここまで武装するとは、さすがの静希達も少し気圧されていた


「それじゃあ君たちは右端に並んでいてくれるかい、すぐに平坂さんも来ると思うから」


「わかりました」


すぐに端の方に移動して一列に並ぶと数分して写真で見た白髪交じりの男性が現れる


あれが今回の護衛対象、平坂照幸


「それではこれより、樹海内部探索を行う、今回は喜吉学園から実習生も来ている、今回は彼らが先陣を切ることになっている、フォローを忘れずに全員気合を入れて臨むように!」


後藤の言葉に一斉に休めの体勢から直立状態へと移動し、見事な軍靴の音が響く中、静希はその統制力に驚いていた


普通年下の人間にここまで従うというのはあまりない


年上としてのプライドもあるだろうし、何より能力者というのは良くも悪くも個々の灰汁が強い、そんな中でここまでの統率をしているというのは恐るべきことだ


「では平坂さん、何か一言」


後藤にそういわれ一歩前に出てきた平坂は少しだけその様子を見て笑っているようだった


いや、感心しているといったほうが正しいだろうか


「えー、皆さんのおかげでこうして樹海内部調査を行うことができます、どうぞ今回はよろしくお願いします」


穏やかな声で全員の顔を確かめるように、ゆっくりと視線を動かし、最後に丁寧に一礼する


研究者というと静希はまだ二名ほどしかあったことがないが、こういう人もいるのだなと少しだけ意外に思えた


「では第一陣、配置につけ、清水君たちは中に入るまで平坂さんのそばにいてくれ、ただし内部に入ったらすぐにこの陣形を作って先陣を切るんだ、わかったね?」


後藤が見せたのは詳細資料にもあった陣形だった


陽太を先頭にその後ろに静希と鏡花、護衛対象の近くに明利を配置するパターンの行軍陣形


「確認したいんですが、進行方向はどのように決定しますか?」


「基本は平坂さんの行きたい方向になるな、それを聞いて安全かつ楽なルートを君たちが選択してくれ、基本部隊の人間は口出ししないようにさせるから、頑張ってね」


若いからか、多少静希達を見て思うところがあるのだろう、朗らかな笑みを浮かべて全員の肩を軽くたたいて現場に向かわせる


どうやら今日は後藤はこの場に残るらしい


これから始まるのだ、後藤の言っていたように気合を入れなくてはならないだろう


「君たちが喜吉学園の学生さんだね、今日からよろしく頼むよ」


「は、はい、よろしくお願いします」


平坂の近くへ向かい、互いに挨拶をしてから少しずつ移動を始めた


足取りは軽く、白髪が覗く男性とは思えない、恐らく普段から外を出歩いていろいろと研究をしているのだろう


「あの、平坂さんは奇形研究をしている・・・んですよね?」


「あぁそうだよ、興味あるかい?」


「はい!私・・・その、多葉樹を育てたりもしてて・・・生物関係にすごく興味があるんです」


奇形関係、というか生物や医学に関して非常に興味を持っている明利からすればここまであってみたい人物はほかにいないだろう


そして平坂自身も植物の奇形種たる多葉樹を保有しているということで少し興味がわいたのか、それとも研究者、というか同じ趣味を持つ人間に会えたのがうれしいのか、ついつい話が弾んでいるようだった


話が次々と展開して静希どころかこの場にいるほとんどの人間がついていけないような内容の単語がぽんぽんと飛び出してくる


本当に明利は興味のある話題には強い


これならば平坂の相手は明利に任せておいて大丈夫だろう


明利と平坂のディープな会話は置いておいて、静希達は封鎖されている森への入り口へとたどり着いていた


大枠としてフェンス、そしてその内側には数十センチにも及ぶだろう鉄の壁がそびえていた


すでに陣形は静希達を先頭にして動き出している、扉を部隊の人間が開けると同時に、向こう側にあるもう一つのフェンスが目に入る


「静希、一応確認しておくけど、地図は頭に入ってる?」


「あぁ、ルート形成に関しては問題ないと思うけど、問題はそこにいる生き物だよな・・・いや内容からしたら接触しなきゃいけないんだろうけどさ・・・」


いざこれから侵入するということを実感して手のひらから汗がにじむ


目の前に広がる木々の群れ


まだ日中で天気もいいというのに、その中は非常に暗かった


葉が、枝が、幹が、降り注ぐ日の光をほとんど受け止めてしまっているのだ


完全なる闇ではないとはいえ、この中で行動するのは少し萎縮してしまう


森に入る前に明利、陽太、鏡花の能力で索敵用の種を石で包み、遠くへ飛ばしていく


ばらまくように配置されたマーキング済みの種によって最低限の位置把握は問題なさそうだった


「平坂さん、まずはどこに向かいますか?」

「そうだな・・・以前報告にあった奇形種との戦闘跡を見てみたいな、頼めるかい?」


「わかりました・・・二人とも、お願い」


明利と平坂の会話を聞いていた静希と鏡花は頭の中にある地図を広げて平坂の言っている地点を思い出す


地形データの中にあった奇形種との戦闘の跡、前回に行われた地形把握の遠征の時にできたもので、大きく地面が裂けたり、洞窟上に穴ができてしまっている部分だ


「どうする?思い当たるのが三か所くらいあるけど」


「まずは一番近い場所から行きましょ、あまり急勾配じゃない道を通るようにしたいわね」


僅かに平坂を見たうえで二人はルートを簡易的に作成していく


平坂はかなり高齢だ、少なくとも前線に出るような年齢ではない


たくさん歩いて体力はあるのだろうが、できる限り消耗は抑えたほうがいいと踏んだのだ


チェックポイントを二人で決め、コースを確認し次第、コンパスを取り出して方角を確認する


「それではこれから移動します!至らぬところもあるかと思いますが、よろしくお願いします!」


静希の言葉に部隊の人間が野太い声を上げる


これだけの人間の進路を任されるのはかなりプレッシャーになるが、班の頭脳派二人が形成したルートだ


静希と鏡花の指示に従って陽太を先頭に森へと進軍していく


太陽が届かないせいか、地面は湿っており、腐った小枝や葉が大量に落ちている


虫もかなり生息しているらしく、足元に町では見かけない種類の昆虫がたくさん見ることができた


勾配の少ない地点を通過しながらゆっくりと移動していく


どれくらい移動しただろうか、定期的に魔素抜きを繰り返しながら、時間間隔がおぼろげになってきたあたりで陽太が手のひらをこちらに向けて止まるように合図する


その瞬間、静希が事前資料に書いてあった行軍停止の手信号を全体に送る


全員がそれを見ていたのだろう、全体の移動が一度止まり、僅かな緊張感が生まれている


「どうした?」


「なんかいる、前方・・・動物かどうかわかんないけど、ガサガサ言ってるな」


陽太の近くにゆっくりと移動し、小声で話すが、陽太もかなり神経質になっているようだった


さすがに能力を発動していない無強化状態では確証はないのだろうか、手を当てて耳に神経を集中しているが、完全とは言えない


「明利、種ひとつくれ」


「はい」


明利から種を受け取った静希はトランプの中からフィアを取り出して斥候として偵察させる


人間が行くよりずっと安全な索敵方法だ、そして明利がフィアに持たせた種に集中して索敵をしていると、奇形種を発見したと合図が出る


状況が理解できていない平坂にも奇形種を見つけましたというと、非常に興奮しだしているのがわかる


「明利、対象との距離は?」


「えっと・・・五十メートルもない・・・三十メートルくらいかな・・・」


三十メートル、距離にすると大したことがないように見えるが、これだけ木々が密集している地点でその場所の音が聞こえるというのは少し警戒してしまう


それだけ対象が大きいということだろうか


いつ戦闘になってもいいようにオルビアに手をかけてゆっくりと前進する


木々の中とはいえ相手は野生の獣、静希達の存在には気づいているだろうがどう対応するかはわからない


「何とか接近できないかい?どんな奇形種なのかな?」


「落ち着いてください、あまり前に出ると危険です」


奇形種にこんなに早く遭遇できることがうれしいのか、平坂は身を乗り出している、その表情はまるで子供のようだ


明利ががんばって止めようとしているが、明利の筋力で止められるはずもなく少しずつ陣形から外れて前に出てしまっている


やりにくい


その一言に尽きる護衛対象だった


誤字報告が五件溜まった、プラスお気に入り登録が1400件突破したのでお祝い含めて複数まとめて投稿


まだまだ先は長いですがこれからも精進していこうと思います


これからもお楽しみいただければ幸いです

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