夢か現か
完全に日付が変わり、しばらくしてから静希達は一度電気を落とすことにした
そっちのほうが出やすいかもしれないという雪奈の提案である
確かにあの時電気はつけていなかったし、出やすいというのも納得できる
明るいうちから出る幽霊というのが想像できないというのもあるが、僅かに発光しているようだった幽霊を視認しやすくなるという意味では正しい判断だろう
そしてそれが功を奏したのか、静希と明利、そして雪奈はそれを感知した
一度出会っているからだろうか、感覚が鋭敏になったのだろうか
蒸し暑さの満ちた部屋で三人が同時に立ち上がったことで全員に緊張が走る
そしてそれから数秒して青白く輝く光の靄がタンスの中から漏れ出るように現れて少しずつ形を作っていく
それはやがて昨夜見た幽霊と寸分たがわぬ姿へと変わる
「あ・・・あぁ・・・」
その姿をその場にいた全員が見た
そして、その中で唯一、目をそらすことができずに食い入るように見つめる人が一人
「俊樹・・・さん・・・!」
それは、この家の家主であり、この霊の妻でもある山崎のものだった
夫の名なのだろう、何度も名を呼びながらその霊に近づこうとしていた
その時、霊に異変が起こる
空気が震えるように風にも似た声が聞こえる
それにどんな意味が込められているにせよこの状況はまずい
「雪姉!石動!山崎さんを外に連れて行け!」
「りょ、了解!」
「さぁ先生行きましょう・・・先生!」
呼びかけても反応のない山崎を半ば強引にその場から離れさせようと力任せに霊から引きはがし部屋から退室させようとする
ある程度の反応までは予想していた、だがあそこまで自失状態に陥るとは思わなかった
それだけ山崎が夫を、山崎俊樹という人物を想っていたのだろう
「じゃ静希、私たちも出てるわよ」
「あぁ、陽太、お前はこの部屋に山崎さんたちが入れないように門番しててくれ・・・あと立ったまま気絶してる明利もついでに連れてってくれ」
「了解・・・ったくこいつは・・・」
強情に起きていることを選択しただけあって覚悟もできていたのだろうが、自分の体を立たせるのが精一杯で意識を保つことはできなかったらしい
圧倒的な恐怖を前に考えることを停止し、思考をシャットアウトした結果のようだった
「五十嵐、くれぐれも注意しろ・・・」
わかってますと部屋から出ていく城島に告げて、静希はトランプの中から自らの愛剣を引き抜く
「頼むぞオルビア」
「御意のままに」
オルビアの剣からその体が顕現し、絶えることなく声を発し続けている幽霊の背後に回り込んでその体を抑え込む
静希の目論見通り、オルビアの体は幽霊の体に触れることができ、がっちりとその体を押えていた
静希は少しずつ近づいてトランプを一枚その手に取って霊の額に触れさせる
大きく深呼吸して意識を集中する
邪薙の言う危険
いったいこの霊がどれほどの情報を持っているか
そもそも知覚できるか
何が起こるかわからないだけに緊張していた
意を決し、静希は能力を発動する
幽霊の体はオルビアの拘束からすり抜けるように静希のトランプの中へと収納されていく
青い靄はその場から姿を消し、トランプの中へと正しく収納された
そして静希はその場で意識をトランプの中の霊に集中する
何が起きても、覚悟はすでにできている
そして静希に、それが見えた
それはある景色だった
ここではないどこか、いったいどこだろうか、海の上であるように見える
近くには煙を上げる船のような物体が見えるが、景色が霞んでうまく認識できない
そして誰かがいる
自分に向けて何かを話しかけているように見える
いったい何だろうか、なんと言っているのだろうか
その誰かに、何かを手渡した
一体何か、わからない、もう何も見えなくなっていた
自分がどこにいるのかもわからない、幾重にも重なる感情の渦の中で静希はあたりを模索していた
いくらあたりを見回しても、何も見えない、本当に何もない、ただの暗黒
だがそんな暗闇の中で、何かが見えてくる
光に包まれて、何かが
それは、女性だった
朗らかに笑いながら、自分を見ている
緑に囲まれたある家で、自分を見ている
その眼にはわずかに涙を蓄えながらも、自分を見ている
胸の前で手を組み、その手の中に何かを持ちながら、自分を見ている
この人はだれだろう
その女性を見ていると、体の中が苦しく感じる
体のどこかが締め付けられているかのような感覚に陥る
それと同時に、胸の奥から風が吹き荒れるかのような高揚感も覚えた
誰かも分からない、だがその家を静希は知っていた
まだ新築のように見えるが、その形は山崎の家に間違いない
そしてそこにいる女性がいったい誰であるのか、唐突に理解できた
静希は名前も知らないはずなのに、はっきりと理解できた
山崎香織
石動が先生と呼ぶ、山崎俊樹の妻
この家の主
「・・・!・・・スター!・・・マスター!」
唐突に、静希の意識は現実に引き寄せられた
自らの剣であるオルビアがその肩をつかみ必死に呼びかけていたのだ
「あ・・・オルビア・・・俺は・・・」
「よかった、気が付かれたのですね・・・話しかけても何の反応もなくなってしまったので・・・心配しました・・・」
そうかと呟いたうえで静希は自分の異常に気づく
いつの間にか、静希は泣いていたのである
何が悲しいのかもわからずに、突然の感情の渦に包まれたせいで頭が理解に追いつかない
なぜ自分は泣いているのか、そしてあの霊が見せた光景
あの霊はいったい何がしたかったのだろうか
「マスター・・・何かわかりましたか?」
「・・・わかったような・・・わからないような・・・微妙なところだな・・・」
素直な感想だった
唐突に連続する映像を見せられてそれが何を示すのかもわからない
だが、今の霊がどのような状況であるのか、まずはその確認が必要である
静希の能力
道具や物体に備わっている性能を最善の状態にする
霊の性能や特性がいったいどのようなものであるかはわからないが、そこにあるものがいったいなんであるのか、静希は知らなくてはならない
「オルビア、また消えないようにいつでも拘束できるようにしておいてくれ」
「かしこまりました」
静希がトランプを構えると同時にオルビアも身構える
そしてトランプの中からまた靄が漏れ出して、人の形を作っていく
だが今度は靄独特の曖昧さがなく、くっきりと人の形を、顔を、表情を作り出していた
その顔はこの部屋の写真にあるその人そのもので、この人物が山崎の夫の山崎俊樹であることを確証させるものだった
霊はまっすぐに静希を見つめ、動かない
静希もオルビアもその場から動けずにいた
そしてどれほど時間がたっただろう、霊がゆっくりとタンスの一番下を指さした
いったい何を示しているのか、何が言いたいのか、とにかく静希はタンスの一番下の段を開けてみることにした
そこには幾つもの布が詰まっていた
恐らく裁縫用に用意されているものだろう
古着、布の束、切れ端、裁縫道具などもある
そしてその中に、桐の箱があるのを見つける
霊はそれを指さしているようで、静希はその中を開けてみることにした
そこには静希が昼間に見たお守りと寸分たがわず同じものが入っていた
「これは・・・」
静希がそれを見つけたのを確認すると幽霊はわずかに笑みを浮かべて靄となりそのお守りの中に入っていってしまう
未練、幽霊は場所や人や物にそういったものを残す
これがあの霊が残した未練の本体
つまりはこれを処分すればよいのだろうが、静希はその前に一つだけやってみたいことがあった
いや、やらなくてはならないことがあった
「オルビア、戻っててくれ・・・みんなをここに呼ぶ」
「・・・了解しました」
オルビアは深く頭を下げ剣の中に戻っていく
剣を収納した後、静希は全員を部屋の中に入れる
どうにか明利も意識を取り戻したのか、あたりをしきりに確認していた
その場に幽霊がいないことに一部安心しているものもいたが、静希の神妙な表情に全員がまだ終わっていないことを察知していた
「山崎さん、これが何か、わかりますか?」
静希が山崎に見せたのは、あの霊が指差したお守り
それを見て山崎は少し複雑そうな顔をする
「・・・それは・・・」
「あの霊が指差したものです、すいませんが、タンスの中の箱に入っているのを勝手に取り出しました」
それを見て、山崎は視線を伏せてしまった
それが何を意味しているのか静希はわからない
だが、山崎はそれが何なのかを理解しているようだった
「それは、あの人が出立する前に私が作った、夫婦そろいのお守りです・・・あの人を守ってくれるように・・・そして私を守ってくれるように・・・」
その言葉に全員がそのお守りを見た
手作りとは思えないほどに作りこまれていて、厳重にしまってあったからかほとんど痛んでいない
山崎の夫の遺品を見ている静希と石動はその差が明確に理解できた
「夫の遺品が届いてから・・・ずっと開けていなかったんです・・・でもなぜ今これを?」
「・・・手を出してくれますか?」
いう通りに差し出した山崎の手に、静希はそのお守りをゆっくりと渡す
「ずっと、こうしたかった・・・」
静希は自分でこの声を出したわけではなかった
何も言わずに、このお守りを渡すつもりだった、なのに静希の口からはそんな言葉が漏れ出た
静希自身は、自分が声を出していることにすら気づけなかっただろう
一時的にとは言え、幽霊の本質を覗いたためか、それともここにいた幽霊が静希を操ったのか、自然と出た声に静希は反応できなかった
そして、山崎の手の中にあるお守りが、僅かに光る靄を発生させ部屋中に充満させていく
誤字報告が五件溜まったので複数まとめて投稿
十月になっていろいろありますがそろそろ新しいルールでも作って更新ペースをはやめようと思います
といっても決まった日にちに投稿する量が増えるだけです
また後日正式に書きますのでお待ちください
これからもお楽しみいただければ幸いです




