死亡回数
鏡花と雪奈がナイフを使っての模擬戦闘を始めてから十五分ほどが経過したあたりで、鏡花の首筋にナイフが添えられ、三十七回目の死亡を記録した
息をあらくついている鏡花は明らかに疲れているようだった
激しい動きはしているものの、鏡花の体力から考えればここまで疲労しているのはおかしく感じる
だが自分が持っているものと、自分に向けられているものがいったいなんであるかを正しく認識してしまっているが故に、通常の何倍もの疲労を強いられていた
緊張と圧力からくる心的疲労、それが肉体にも影響を与えているのだ
「そろそろ休憩しよっか、動きも鈍くなってきたし、汗もすごいよ?」
「え・・・あ・・・そうですね・・・」
自分がどれほど汗をかいているのかも認識できないほどに集中していた鏡花は荒く息をつきながら縁側に腰を下ろす
「お疲れ様、本当にすごい汗だね」
鏡花に水を渡しながら明利は鏡花の顔の汗を軽くタオルで拭っていく
ぬぐったところからさらに汗が噴き出るほどに鏡花の体は熱を帯びていた
「ありがと明利・・・きっつぅ・・・!」
貰った水を一気に飲み干しながら鏡花は大きく息をついて項垂れる
そこまで運動は苦手ではないし、身体能力も女子の中ではそれなりにあるほうだ、今回行った回避だってそこまでオーバーに飛んだり跳ねたりしたわけではない、たまに地面に転がるようにして強引によける場面があったくらいである
なのにこの疲労感
一撃一撃命を刈り取られるのではないかと思うほどの緊張感と、雪奈の放つ鋭い殺気と斬撃が鏡花の体力をどんどん削り取っているのだ
鏡花がダウンしたのを見て雪奈は石動の指導に回っているようで、また何度か手本を見せてまずい癖を出させないように腕の振りなどを矯正しているようだった
ただ回避していただけなのにここまで疲れてしまう体たらく、何とも情けないものだと思いながら鏡花は曇天を仰ぐ
「あんたらもこれやったのよね?私って才能あるほうだと思う?」
「んん・・・少なくとも私や静希君よりはあると思うよ、私は最初であんなふうに動けなかったもん」
「毎日続けていけばそれなりの実力にはなるんじゃないか?まだ回数こなしてないから何とも言えないけど」
少なくとも静希と明利よりは上
そういわれて悪い気はしないが、おそらく陽太よりは下なのだろう
前衛の人間と比べる時点で間違っていると言われそうだが、鏡花は陽太に負けていると言われると微妙に気分が悪い
「いやぁ、鏡花ちゃんはなかなかの腕前だね、こりゃ将来が楽しみだよ」
指導を終えたのか、同じく休憩に入った石動と縁側にやってくる雪奈はわずかに汗をかいており、近くにあったコップに入っている水を一気に飲み干す
動いていただけあって彼女も汗をかいている、この暑い中、水分補給は本当に大事である
「雪奈さん、私ってこの中じゃどれくらいの強さですか?」
「ナイフのこと?そうだな・・・三十分換算でよければ全員の初回死亡回数は覚えてるけど・・・」
死亡回数、それは雪奈の攻撃をよけそこなった回数であり、その人が接近戦に向いていないということを示すある種の指針でもある
「確か明ちゃんが二百八十二回、静が百二回、陽が二十四回だった気がするよ」
「二百って・・・明利は接近戦はダメなのね・・・」
三十分に二百八十以上殺されているということは一分に十回近く殺されているということでもある
身体能力の高くない明利ではそれが限界なのだろう
だが静希でも三十分に百回以上殺されている
今回の鏡花の記録は十五分で三十七回、つまり三十分換算に直せば七十四回だ
陽太に次いで良い成績ということになるのだが
「やっぱり陽太がずば抜けてますね」
「そりゃ前衛だからね、ナイフは徒手空拳と似てるからよけやすいし使いやすいっていうのもあるのかもね」
二人の言葉に陽太は誇らしげに胸を張る
確かにナイフは刃渡りが短く、構えは拳を構えるそれと遜色ない、突きを主体にすればほとんど拳の動きと酷似するだろう
だがそれでも、ナイフひとつとはいえ能力を発動している雪奈の攻撃を三十分受け続けて二十半ば程度しか殺されないというのは恐ろしい記録だ
能力も何も使わずに一分近く生き残っているということでもあるのだから
陽太は体格も能力も身体能力も前衛向きだが、ここまで接近戦への適性があるとは思っていなかったために少し驚いた
「ちなみに陽太ってどうやって回避するんですか?」
「陽は回避はあんまりしないんだよね、どっちかっていうと振ってる腕を掴んだり止めたり、カウンター貰うこともあるから気が抜けないんだよ」
雪奈の能力は刃物の性能とその数に比例して出力が高くなる
今回のような訓練の時はナイフ一本でしか能力を発動していないために、得られる身体能力はたかが知れている、故に強化なしの陽太でも簡単に止めることはできる
だがその速度ははっきり言って反応するのが精一杯で確実に目でとらえることなどできようもない
それをいとも容易く止めるというのだから、さすが前衛というほかない




