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J/53  作者: 池金啓太
十二話「夢か現かその光景を」

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先輩の指導

「ていうか、静希って雪奈さんと毎日訓練してるのよね・・・よく生きてるわね」


静希に向ける鏡花の視線は信じられないといった感情を含めたような訝しむようなものだった


前衛の人間と毎日訓練して体がもつというのが恐ろしいことであると、鏡花も知っているのだ


毎日陽太と訓練しているのはだてではない


「なんだよそれ、ちゃんと上達してるってことだろ?それに手加減は最低限してくれてるしさ・・・なんならお前もやってみるか?」


「興味はあるけど毎日はごめんよ、私はそんな死に急ぐような真似したくないわ、体が追いつきそうもないしね・・・ていうかひょっとして明利もやってるわけ?その訓練」


この中で技術を取得する必要があるような能力者は静希と明利だけである


そう考えると明利が訓練しても何ら不思議はないが


「私は昔ナイフの扱いを教えてもらったくらいかな・・・でもそれくらいだったら陽太君もやってるよ?」


「てか、俺らはナイフと投擲の訓練はひとしきりしたぞ、明利はどっちもセンスなかったけどな」


陽太の言葉に意外そうにして明利を眺める


身近に刃を扱うことに長けた幼馴染がいるとはいえ、温和な明利がナイフの扱いを嗜んでいるとは思わなかったのである


ずっと治療などの技術ばかり磨いているものと思っていたが、静希のように試行錯誤した時代があったようだった


「確か陽太は投擲が得意なのよね?」


「おうよ、それなりにしっかり的を狙えるぞ」


確か静希のトランプ内に収納されている投擲ナイフもすべて陽太が投げたものだったはず


速度もさることながら、その投擲の精度も高いようだ


能力使用状態とはいえ、あれほど正確に投げられるのだ、もし陽太が能力に目覚めていなかったら、高校時代には野球部に入っていたかもしれない


そんな仮定は全く意味のないものだとわかっていながら、野球帽をかぶって夏空の下白球を投げる陽太を頭の中から消滅させる


「陽太が投擲で、静希は接近戦と投擲が両方普通、明利は両方ダメと・・・静希は多才なのか違うのかわからないわね」


「俺の場合は人並みにこなせるってだけだ、器用貧乏って言ったほうが正しい気がするな」


静希は多くの物事をそれなりにこなせる


彼の持つ技術の中でそれなり以上のものは意外と少ない


静希は徹底的に凡人なのだ、いい意味でも悪い意味でも


「みんなやってるなら私も教えてもらおうかしら、少なくともどっちかはこなせる自信があるわ、雪奈さん、私にもナイフの扱い教えてくれません?」


「それは構わないけど、私は厳しいよ?」


望むところですよと得意げにしているが、雪奈の指導がどのような意味を持つのか理解している幼馴染三人は不安そうな顔をしている


「私も興味があるな・・・支障がなければ私も指導してもらいたいのですが」


その言葉にさらに幼馴染の不安は募る


大丈夫か否かで言えばきっと大丈夫じゃないだろう


普段慣れているからこそついていけるが、雪奈の教え方ははっきり言って教えると言えるようなものではないのだ


「いいよ、それじゃごはんが終わったら庭に出ようか、先生、そのくらいならいいですよね?後輩への指導ってことで」


「あぁ、そのくらいならいいだろう、だがあまりはしゃぎすぎるなよ?物を破壊したりはご法度だ」


そのくらい心得てますよと告げて食卓に出ている料理がすべてなくなったのを確認すると全員でごちそうさまの号令をかけ、明利が洗い物の手伝いを始めるべく台所へと見事に何もなくなった食器を運んでいく


「雪姉、一応言っとくけど、いつもみたいな感じでやるなよ?ちゃんと手加減しろよ?」


「わかってるって、静は心配性だなぁ、お姉さんに任せなさい!」


胸をどんと叩いて見せるが、その笑みが逆に怖いのだ


石動はそうでもないだろうが、鏡花は接近戦においては完全な素人


昔からそれなりに嗜んでいた静希とは全く次元が違う


反応も対応も、恐らくまったくできないだろう


それに対して指導するのは、如何なる刃も自由自在に扱える雪奈


いくら鏡花が天才肌であるとはいえ、向き不向きというものがある


できないなどとやる前から頭ごなしに否定するつもりはないが、できるなら危ないことはやめたほうがいいのではないかと思ってしまう


「ねえ静希君、止めなくてよかったの?」


静希と明利の二人で山崎の洗い物を手伝っている中、明利が不安そうな声を出して静希を見上げる


明利は静希とは全く違う意味で心配性だ


誰かが傷つくことが嫌だからこそ止めるべきだとも思ったのだろう


「ん・・・まぁ・・・あの人も加減くらいはわきまえてるから、大丈夫・・・だと思う、万が一の時は陽太が何とかするだろ」


訓練の準備を始めている雪奈、鏡花、石動の後に続くように陽太は部屋を出ていった


久しぶりに行われる訓練を前に何か思うところがあったのだろう


あるいは何か感じ取ったのかもしれない


その勘がいったいどういう意味を持つのかは静希にも陽太にも全く分からなかった


「さてと・・・じゃあまずは二人の希望を聞いておこうか」


まだ暑い九月の昼間、先日雨が降っていて、しかも今も曇っているせいか、気温は高めなのに湿度が異様に高い


風がある分まだありがたいが、これで体を動かせば汗をかくことは間違いないだろう


「希望って、どういうのですか?」


「んと、接近戦か、それとも投擲か、どっちをやりたいかってことだね」


庭に出た三人は雪奈の言葉にわずかに悩むようなそぶりを見せている


縁側でその様子を眺める陽太は、俺らもあんなことやってたなぁと懐かしんでいた


「では私は投擲を、接近戦はある程度心得はありますが、さすがに中距離での攻撃はあまり経験がないので」


石動の戦い方は基本接近しなくては始まらない


血を行使するにしろ肉弾戦を行うするにせよ、その距離が近ければ近いほど効果的なのである


「なら私は接近戦かな、今まで全然やったことないし、ちょっとだけ興味あるし、何より弱点はカバーしないと」


鏡花は基本接近戦は好まない、それは自身に肉体強化の力がないからという理由もあるが、万が一近くで変換したものを破壊されればそれだけ危険なのだ


まさに接近戦型と遠距離型の手本のような二人であるため、本来は逆を選択すると思っていた雪奈は少しだけ意外そうにしてふぅんと呟く


弱点というほどのものでもないだろうが、互いに足りない部分を補うというのは大切なことだ


長所を伸ばすというのも大事だが、短所を補うのもそれと同じくらい重要である


「じゃあとりあえず、二人にはこれを貸そう」


雪奈が二人に渡したのはナイフ


鏡花には肉厚の片刃のナイフを


石動には小型の投擲用ナイフを


模造品など刃がついていないものではなく、本当に人を斬ることもできる立派な凶器である


「・・・え?最初は木の棒からとか、そういうのじゃないんですか?」


「甘い甘い、シュークリームより甘い、そういうおもちゃでやれば気持ちはどうしてもいい加減になる、自分が今何を習おうとしてるのか、何を持ってるのか、それをしっかり自覚するところから始めないでどうするのさ」


それは、十年近く刃物を握ってきた雪奈だからこそ言える、一番最初の教訓だった


刃物は鈍器の次に古い歴史を持つ、人が生み出した武器である


現代においてその用途は多岐にわたる、料理、芸術、殺人、解体、調整、散髪、切断


日常生活に最も近いそれは、文房具であり、調理道具であり、仕事道具なのだ


だが今から鏡花たちが習うのは日常からはかけ離れたものである


いわば、生き物を殺すための技術


刺し、斬り、傷つけ、その命を終わらせるための技術


雪奈が日々身に着けているものであり、静希、陽太、明利が教わったものでもある


「じゃあまず、それで自分の手を少しでいいから斬ってみようか」


「は?え?なんで!?」


「いいから、やってみて」


鏡花と石動はお互いに顔を見合わせて渡されたナイフを手に当ててみる


できる限り傷を小さくするようにやってみるのだが、いざ傷をつけようとなるとうまく切ることができない


刃物というのはいくつかの種類に分けられる


物理的なエネルギーを用いてその力を一点に集中することで突き破ったり、無理やり割って入ったりするようなタイプ


そしてもう一つは日本刀のような引いて斬る、鋭さともろさを兼ね備えているタイプ


雪奈が渡したナイフは、どちらも切れ味はよい、静希の能力にたまに触れていることもあってか、最高にも近い状態になっている


そうこうしている間に、石動の手のひらから血が流れる


前衛型である彼女にとって傷はさして珍しいものではない、特に自身の血を操ることに長けているのだ、痛みも血も慣れてしまっているのだ


わずかに滲んだ血を見て鏡花は少しだけひるむ


握ったナイフがわずかに震えて力が入らない


「できない?」


迷って力を出せない鏡花に、雪奈が声をかけた


そして鏡花の手に握られたナイフに手を添えて一瞬動かす


するとほとんど痛みなどないのになぜか刃の下から血がにじむ


そして血が流れたことでようやく鏡花の頭は痛みを認識し始めた


じわじわと、そこにあった神経が血が流れるのと一緒に刺激されているような感覚


風が傷をなでるたびに、神経にまで触れているような感覚


痛い


鈍痛とは違う種類の痛さ


この痛みを覚えるのは、静希に刺されて以来だっただろうか、あの時は戦闘中だったし、麻酔が塗付されていたためにそこまで痛みは感じなかった


だが実際に認識すると、小さくても確実に、その体に痛みを刻んでいた


そしてそれを自覚すると同時に、その手に握られたナイフの重さが増したような気がした


自分が今何を持っているのか、そして自分が今何を教わろうとしているのか


それがいったいどういう意味を持つのか、鏡花はようやく理解した


前衛の人間である石動が何の反論も躊躇もなくこの工程をやったのは、偏にそれを知っているからこそ


人を殺すという意味を、この痛みの数十倍のものを相手に与えるという事実と経験を


あの三人はこれをすでにやったのかと、少しだけそれを理解した


なぜ三人があぁも実戦に強く、何よりいざという時に躊躇わないのか


恐らく、この工程を終え、その上で訓練をしてきたからなのだろう

誤字報告が五件溜まったので複数まとめて投稿


最近少し空いた時間に最初から小説を読み返しています


まぁ昔の文を見ると表現が足りなかったりセリフがイメージと違ったり、自分の未熟さがよくわかります


誤字も幾つかみつけましたしね


これからもお楽しみいただければ幸いです

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