姉として師として
雪奈は本当に静希を心配しているからこそ防御を教えているのだ
静希の何の強化もかかっていない体など、一撃で粉砕されるだけの力が能力にはある
下手に攻撃を教えてそれを発揮しようとすれば間違いなく反撃を受け、重傷を負うことになるだろう
だからこそ、まずは剣を用いての防御を教え、自分に一撃当てられるようになったのなら、次のステップに進むという条件を付けたのだ
雪奈に一撃を与えられるということは、前衛として必要な判断能力が正しく備わったということになる
剣を教える以上半端なことはしない、その相手が静希ならばなおさらである
「・・・それならば五十嵐に剣を教えるべきではなかったのでは?わざわざ危険に身を投じさせなくとも・・・」
「一応ね、それも考えたんだよ・・・でも静は剣を教わる気満々だったし・・・下手に剣を覚えて怪我されるなら、しっかり教えたほうがいいかなって思ってね」
素人が自分なりに剣を覚えて特攻する、そんな無謀なことを静希がするとも思えないが剣術など、多くの武術において基礎を押えていないということは、とんでもない危険を呼ぶことがある
特に静希は使えるものは何でも使う性格だ、せっかく手に入った剣を使わないという選択肢がない以上、雪奈にも剣を教えるという選択肢しかなかったのである
「まぁでも、ようやく防御は様になってきたしね、私の本気の剣も二~三割くらいの確率で防げるようになってきたんじゃない?」
「本気になったら雪姉の剣はほとんど見えないんだから、運に近いよあんなもん」
訓練の途中、必ずと言っていいほどに雪奈は本気の斬撃を含めることがある
もちろん刃を返して峰打ちでの状態でだが、静希はほとんどその眼でとらえることができない
通常速度で振るわれていた剣が突如速くなって襲い掛かるのだ、静希の反応速度ではほとんど防御など無理である
剣が見えない以上、雪奈の腕の振り、肩の位置などで判断するしかないのだが、反射的に剣を振り上げてそれが結果的に防御という形になる程度の成功率だ
「運っていうけどね、前は全然防げなかったのに少しずつ防ぐ回数増えてるでしょ?それは静希の体がしっかりと攻撃に反応できてるって証拠なんだよ?防御に関しては上達してるよ、間違いなくね」
それは無意識下での学習
脳がはっきりと攻撃を認識し、意識的に体を動かすよりも早く反射で対応するという半ば出鱈目な学習だ
もちろん静希の言うように、運の要素も強いのだろう
毎度相手になってもらっている雪奈の斬撃に慣れてきているというのもあるのかもしれない
だが少しずつではあるが確実に、静希は防御の手段を会得していることになる
少なくとも雪奈より遅い攻撃には当たる気がしない
「・・・ですがやはり前衛の真似事などさせるべきではないのでは・・・」
オルビアの事情を知らない石動からすれば、本人の希望を無視してでもその身の安全を優先するべきではないのかとも思えてしまう
確かに本来はそちらのほうが正しいのだ
希望通りに訓練して実戦で死亡しましたなんてことになったら目も当てられない
「だからこそしっかり教えるのさ、静は一度決めたら聞かないからね・・・私だって前衛の真似事なんてさせるつもりはないし、してほしくないよ?でも剣を持つ以上最低限の自衛手段くらい覚えておいて損はない・・・前に出る怖さをしっかりと覚えさせるためにも訓練は必要なんだよ」
前に出る怖さ
それはすべての前衛の人間が一度は覚える感覚でもある
攻撃が自分に迫ってくる怖さ、それを体で受けた痛みへの怖さ、また攻撃が来るのではないかという怖さ
それを覚えればわざわざ自分から前に出ていくようなことはしない
だがそれを乗り越えなければいけないのが前衛なのだ
静希は前衛ではない、だからこそ、その恐怖に打ち勝つ必要はない
雪奈は指導と教訓を同時に行うためにも、あえて危険の多い真剣を用いての訓練を行っているのだ
静希がむやみやたらと危険に突っ込まないように、自分の実力では前衛はできないとしっかりとわからせるために
雪奈の指導の賜物か、静希は確実に剣術をその身に収めつつある
その結果静希が危険な目に合うことも多くなっているが、同時にその危険から身を守る力も携えつつある
雪奈としては静希に前に出てほしくはない
だがいかんせん長い付き合いなだけに、静希の性格を知ってしまっているため、どういう行動に出るかわかってしまうのだ
少しでも実力をつけさせて、身を守ってほしい
雪奈が静希に向けて振るう剣に込める想いはそれに尽きる
だがもし、万が一に、静希が自分の一撃を当てることができたなら、前衛としての必須ともいえる判断力を身に着けたのであれば、その時は本当に攻撃を教える気だった
それはつまり、自分の弟分がそれだけ成長したという証でもあり、自分の元から巣立っていく準備のようなものだとも思っていた
その時がいつ来るのかはわからない、だが雪奈はそれがいつか来るということを悟っていた
前衛としての勘か、それとも姉としての勘か
もしかしたらそれは遠い日のことではないのかもしれない




