恐怖の思い出
「なんか納得いかないわ、あんなに怖そうな演出までしてるってのにそんな下らない理由なんて、他に何かあるでしょ?」
怖かったのかと思いながら、突っ込むとメフィの機嫌が悪くなりそうなのでスルーしている静希とは対照的に邪薙は口に手を当てて悩み始めてしまう
オルビアもすでに静希の近くで料理の手伝いをしているために、完全に悪魔と神の幽霊議論になってしまっている
非情に奇妙な光景だ、人ならざる存在が幽霊について熱弁しているのだ
こんな光景は二度と拝めないかもしれないと思いながら静希は着々と料理を進めている
「そうは言ってもな、先も言ったが幽霊は単なる人の意志の残骸のようなものだ、そこまで強い力など持たんし、ましてや能力じみた事など使えないぞ、存在を昇華でもさせない限り不可能だ」
邪薙の言葉に引っかかる単語が一つあった
存在を昇華
オルビアが人間から霊装へとなったように、幽霊もまた別な存在へと変化できるのだろうか
「なあ邪薙、幽霊って別の存在・・・お前らみたいなのになれるのか?」
「また唐突だな・・・結論から言えば可能ではある、だが条件がいくつかあるな」
まさかの言葉に静希は興味深そうに耳を傾ける
そういえば今まで普通に過ごしてはいたものの、この人外達がどのように生まれたのかをよく知らないのだ
もし誕生の真実を知ることをできたならそれはそれですごいことなのではないだろうか
実用性があるかは置いておいて
「例えばそうだな・・・九十九神というのを知っているか?」
「えっと・・・物や道具を大切にしてると神様や精霊か何かが宿るんだっけ?」
九十九神、あるいは付喪神などと表記されるその神は日本の民間信仰を原典とする神だ
長い年月を経て古くなったり、長生きした依り代に神が宿ったものの総称である
「そうだ、先も言ったが人間などは日常的に感情や意志を発している、そういう意志は身近にある物ほど蓄積しやすい、そういった意志や感情が大量に蓄積された依り代に特定の霊が触れることで存在の昇華が起こり、その霊は神や精霊の類へと変貌するのだ」
もちろん、全ての神や精霊がそうして生まれるわけではないがなと付け足しているのだが、考えても見れば、邪薙の言葉から出たような人の意志の残骸が神や精霊に昇華するというのは少し考えが及ばない
口にしてみると随分と簡単に聞こえるのだが、そんなことが実際に起こるのだろうか
「ちなみに、その特定の霊ってのは、例えばどんな?」
「ん・・・そうだな・・・意志と一言で言ったがそれこそ多くの物があるだろう?意志だけならまだしも感情まで入りこむものも多い、それらすべてが蓄積しているような混沌にも似た渦に完全に適合しなくてはならない、一切の矛盾なく、全てを許容できるものでなくてはならんのだ」
意志や感情、言葉にすればただの数文字だが、邪薙の言うようにそれこそ数知れない種類がある
プラスの物からマイナスの物まで千差万別、それらが入り乱れる中で、それらすべてに矛盾なく適合する
そんなことができる意志の残骸などあるのだろうかと思えてしまう程に確率は低いだろう
「でもそんなに難しいんじゃ、九十九神って全然生まれないんじゃないのか?」
「そうでもないぞ、特定の用途にしか使われないような依り代ならば九十九神は生まれやすい、昔で言うのなら刀や鎧でよく生まれていた」
刀や鎧、それらは二つとも戦いにしか使用しないような道具だ
確かにそれらならば詰め込まれる感情や、ふりまかれる意志もある一定の、闘争に属するものに限定されるだろう
刀や鎧などは消耗品でもあるが、長く使われるような名刀などであれば意志や感情の蓄積も容易だろう
限定された道具などであれば九十九神は生まれやすい
限定された感情と意志しか詰め込まないのだから
適合する霊もまた限定されるが、まだ幾万の種類すべてを許容できるよりかは確率は高そうだ
「ちなみにさ、長く使われるとか言うけど、だいたいどれくらいの年数、意志やら感情やら詰め込めば存在の昇華ってできるんだ?」
「む・・・そうだな・・・強い意志ならば・・・十年、日常的なものであれば・・・それこそ数百年単位でかかるだろうな」
強い意志
それこそ戦などで生きようとしたり、相手を殺そうとしたりするような気迫にも似た意志と感情
それでも十年近く蓄積しなくてはならない
生まれやすいのかなと思ってみれば実際そこまで道具を使いこむというのは難しい
いや、人間の時間感覚で考えるから生まれにくいと思ってしまうのだ
目の前にいる人外はそれこそ何百年、何千年単位で生きてきたような化生の者
数十年に一度発生する事象が『よく起こること』と認識されていたとしてもおかしくない
もし仮に九十九神が生まれるような現場に遭遇することがあるとしても、恐らく人生に一度あるかないか程度のものだ
天体ショーにも似た頻度だなと呆れながら静希は完成した料理をテーブルに運ぶ
一旦幽霊談議は終了し、夕食を取ることになった静希
それに呼応して悪魔や神格、霊装が静希の味覚とリンクして夕食を味わっていく
この奇妙な食事風景も慣れたものだと、静希は半ば自らの環境適応能力に感心しながら米を口に運んでいく
翌日、静希達一班と石動は城島に呼び出され職員室までやってきていた
週末に外泊するということで手続きが必要らしくその用紙を静希達に渡すのが目的のようだ
そして幸か不幸か補習はプールの使用許可が取れなかった為にできないらしく、静希達からすれば久しぶりのゆったりとした放課後を過ごすことになる
もっとも、陽太と鏡花は訓練の為に残ることになるそうで、早々と職員室から出て行った
「石動、お前は残れ、先方と話をしたい」
「わかりました、それでは五十嵐、幹原、また明日な」
陽太達に続き職員室から出ようとした石動を呼びとめ城島は書類とにらめっこしながらあぁでもないこうでもないと思考を続けている
能力者を外で宿泊させるというのはそれだけ面倒なのだ
しっかりとした宿泊施設ならまだしも、今回は内容のせいでどうしても民家に泊まることになる
実習でもないのに民家で宿泊するというのは、予想外に面倒なのだ
「そういや明利、お前今回の事大丈夫か?」
「う・・・だい・・・じょうぶ、だと思う」
その言葉と表情は、大丈夫とはお世辞にも言えない程に委縮している
基本明利は臆病だ
普段メフィなどが喜んでみているバラエティ的な怪談番組でさえ直視することが難しい
昔、明利の家に陽太や雪奈を引き連れて泊まりに行った時、ちょうど本当にありそうな怖い話という番組がやっていて、それを全員で見ていたのだが途中で明利がトイレに行きたいが一人では行けなくて静希や雪奈に泣きついたり、夜になってさあ眠ろうと言った時に一人では眠れなかったり、鏡や窓を直視できなくなったりと、散々だった
そんなに怖いのなら見なければいいのにと何度も言うのだが、皆が見ているのに自分だけ見ないのは嫌だという、よく分からない意地から明利は恐怖に突っ込んでは自爆することが多い
恐らく今回も同じような事になるだろう
今回は鏡花と石動が近くにいるから、彼女達が何とかなだめてくれるとは思うのだが、もし冗談交じりにからかい始めたら明利が失神しかねない
「そんなに怖いなら別に留守番してても・・・」
「だ、大丈夫だよ!足手まといにはならないから!」
足手まといというかそもそも直視することもできないかもしれない幽霊に何故こうも強気でいられるのか
いや、恐らくから元気というかかなり無理をしているのだろう
雪奈に協力を要請した方がいいかもしれないと思案し始める
雪奈ならば明利が怖いものが苦手という事も知っていて、多少は精神面でケアしてくれるはずだ
普段抱きつき癖があるのも、こういう場面ではプラスに働くこともあるだろう
「まぁあれだ、気絶しないように気をつけてくれ」
「し、しないよ!もう高校生だよ!お化け見たくらいじゃ動揺もしないよ!」
「ほほう?一昨年腰抜かした人の台詞とは思えないな」
「あ、あれは雪奈さんがいけないよ!あんな風に脅かされたら誰だって」
明利の必死の弁解もむなしく、静希ははいはいと言いながら食ってかかる明利の頭を押さえてそれ以上の発言を許さない
今回は本当に明利は戦力に数えてはいけないだろう
こんな状況では能力が使えるかどうかさえも怪しいものだ
「もう、私だって何時までも怖いのが苦手なわけじゃないんだからね、少しは成長してるもん」
「まぁそうだな、昔はおもらしとかしてたし」
「それは小学校の頃の話でしょ!もうしないからね!」
「・・・」
「何でそんな目で見るの!?しないからね!?」
ひとしきり古傷をほじくり返したところで静希は軽く笑いながら、顔を真っ赤にした明利と別れて帰宅することになる
ついでに一応話だけは通しておくことにする
静希の家の隣、雪奈の住む部屋のインターフォンを押して在宅かどうかを確認する
「ハイハイどちら様・・・って静、珍しいね、どうしたの?」
突然の静希の来訪に驚いたのか、雪奈は目を丸くしている
確かに雪奈から静希の家を訪ねることはあれど、その逆はあまりない
この反応も当然かもしれない
「いやちょっと頼みがあってさ、いま時間あるか?」
「暇だよ、どうせなら静んちで話そうよ、お茶出るし」
何と不純な理由だろうか、というか自分の家ではお茶も出そうとしないのかこの姉はと思いながら静希は雪奈を自分の家に招き入れる
人外達がこぞって出てくる中、とりあえず静希は雪奈に茶を出して部屋着に着替える
「最近忙しそうだね、補習なんだっけ?」
「あぁ、中坊相手に後れをとったせいでな・・・たまったもんじゃないよ」
「あっはっは、油断大敵ってね、まだまだ甘いですな」
茶をすするついでに出された茶菓子をむさぼりながら雪奈はケラケラと笑っている
城島の訓練を受けていない彼女からすれば静希が疲れて帰ってきている程度のことしか知らない、それがどれだけ肉体的に、そして精神的に疲弊するものなのかを知らない
それはある意味幸せな事なのだろうなと静希は確信していた
十回分投稿中・・・
サブタイをあらかじめ考えておけばよかったかなと本気で後悔しています
いっそ予約投稿にしておけばよかったかな・・・




