江本高貴
静希達は江本を囲むように散開し始めていた
静希が背後から、鏡花と陽太が前からゆっくりと距離を詰めていく
何故江本が笑ったのか、こちらが軽い相手であるとでも思っているのか、ただ単にもう逃げられないと悟ったか
事前に決めていたように陽太が少し前に出て能力を発動しようとする
それに呼応して鏡花も山火事にならないように周囲の変換を始めていた
だがいつまでたっても陽太の身体が炎に包まれることは無かった
「え?あれ!?なんで!?」
陽太の様子を見てまず最初に動いたのは鏡花だ
周囲の魔素濃度を携帯の天気予報を見て確認する
この辺りの魔素濃度は安定して七十%から八十%を維持している、魔素不足のせいで能力が使えないということはあり得ない
事実鏡花は能力を使えているし先ほどまで陽太は能力を使えていた
「鏡花!」
江本に何かされたのかと勘づく頃には、彼は鏡花に向かって走り出していた
能力を発動して彼の両側の地面から土でできた腕を二本作り捕らえようとする、だが前に転がるように跳躍してギリギリでかわし、鏡花の目の前に近づいた
「この!」
能力が使えなくとも殴ることはできる、陽太は相手から何をされたのかも気にせずに江本に向けて殴りかかろうと接近を図る、それと同時に静希も江本に向けて駈け出していた
だが江本は能力を使わなかった
後方に跳躍し距離を取ろうとした鏡花の肩の裾を掴み頭を掴んで陽太の方に投げる、いや投げるというより押したと言った方が正しい
何の攻撃にもなっていない、ただ押しただけ
陽太が自分に向かってくる鏡花に拳をあてるほど反応が悪いはずもなく、その体を受け止めて再度江本に向かう
敵対の意志が少しでも見えた以上、強制的に拘束するしかないと静希はオルビアを振り下ろす
だがその刃が届くことは無かった
江本の足元から土の拳が作りだされ静希の身体を強打する
とっさに腕を盾にする暇もなく、無防備な状態で直撃を受けた静希は数m宙を舞い木に叩きつけられる
「い・・・まのは・・・変換・・・?」
鈍い痛みに耐えながら状況を把握しようと江本の近くに生えたままの土の拳を注視する
鏡花の作るそれに似ているが、僅かに変換の精度が悪いらしく指が完全に作られていない、あれでは掴むような精密な動作はできないだろう
「変換で私に勝とうとか舐めてんの!?」
鏡花が能力を発動しようと地面に手をつく
だが、一向に能力が発動しない
「え!?なんで!?」
陽太に続き、鏡花にも起こりだした能力が発動できないという現象に静希は嫌な予感が止まらなかった
今までの情報をまとめ上げた結果最悪の予想が出来上がる
「明利!全速力で後退しろ!鏡花明利に続け!陽太は明利を守れ!」
静希の指示に一瞬何を言っているのかと戸惑いながらも明利はその場から全力で離脱しようと走り出す
同じく鏡花も距離を取り始め、陽太は二人をかばうように前に出て警戒しだした
だが次の瞬間、地面が大きく揺れて彼らの足を強制的に止める
静希がバランスを崩した隙に接近した江本が静希の頭と肩を掴もうとする
だが黙ってやられるほど静希はバカではない
頭を掴もうとした手を逆に掴んで筋力による対抗勝負に持ち込む
「へぇ・・・勘がいいねあんた・・・ひょっとして気付いた?」
「・・・最悪の予想だけどな・・・!これがあってたら絶望だよもう」
静希の顔色はかなり悪い
正直この予想が外れてくれと願っていたが、江本の笑顔によってその希望は打ち砕かれる
「ならいいや、仕込みは早めに済ませたいんだ」
周囲の地面が変換により形を変え静希の頭を強制的に江本の手に触れさせる
そして次の瞬間に盛り上がった土によって静希の身体は大きく宙に投げ出される
「静希!大丈夫か!?」
「あぁ・・・平気だ・・・っていいたいけど・・・」
静希は自らの右腕に意識を集中してトランプを出そうとする
だがいつまでたってもトランプは現れない
トランプの中にいる人外達に意識を集中するも全く交信できない
「くそ・・・やられた・・・!」
静希は状況を的確に理解していた
そして今の状況が最悪であることも
「お前、随分えげつない能力使うな・・・」
「そう?結構気に入ってるんだけどな」
江本は僅かに笑うとその体の周りにトランプを顕現させる
それは静希がいつも使う能力と全く同じトランプ
柄も、大きさも、形も、寸分違わぬものだ
「一応自己紹介しておこうか、僕は江本高貴、能力は相手の能力を奪うことだよ」




