矛盾と発見
それは明らかな矛盾だ
中学生が喧嘩した、そして能力を使用し相手に怪我をさせた、被害者は軽傷だった
この情報から静希達は今回の脱走者江本がそれほど強くない能力を保持していると推察した
だが実際は大人一人に重傷を与え車の扉を大きく破損させるだけの威力を秘めていた
能力者が特に理由もなく喧嘩を起こすか?あり得ない、自分の能力を私的に、しかも暴力に使えばどうなるかは自分自身でよくわかっているはず
能力を使う程の喧嘩などをしたのであればそれは感情的になった証拠でもある
感情的になりながら手加減をした?あり得ない、感情的になったならば能力の加減などできるはずもない
仮にある程度制御できたとしてもあれほどの威力を持っている能力ならば暴発しても何ら不思議はないのだ
「考えられるのは三通り、まずは陽太以上に操作性と制御性の悪い能力、集中すればある程度の威力が出せるけど、集中できないとほとんど意味のないレベルのもの」
感情的になるとはつまり集中を乱しているということでもある
だが今回の搬送中は良くも悪くも時間がかかった、集中するための余裕はいくらでもあっただろう
「もう一つは至近距離でないと威力が出ないタイプ、話を聞くに頭突きされるくらい接近してたみたいだし、そうおかしな話じゃない、同級生だってその程度の情報は持ってるだろうから対策も簡単なはずだ」
日々訓練をしている間柄ならば同級生の能力程度はある程度把握していてもおかしくはない、たとえ至近距離で威力があったとしても距離をとればいいだけのこと
それだけ情報があれば軽傷に抑えることも十分可能だ
「もう一つは?」
「・・・俺達が考えも及ばないような特殊なタイプ、能力の強弱が変化する、感情の強弱によるものかそれ以外か・・・どちらにせよ今回の状況に矛盾のない、俺らの予想から外れた能力」
静希の状況把握能力は高い、そして得られた情報から正解にたどり着けるだけの推察力もある
だがそれも万全ではない
能力の特性はそれこそ千差万別、本人の体調やその日の天気によって強弱が変わったり性質が変わったりするような物もあるかもしれない
だからこそ決めつけるわけにもいかないが、情報が少なく、時間も限られている状況ではある程度予測して行動するしかないのだ
「陽太と明利も聞いてたな?あくまで俺の予想だけど威力がある能力を使ったのは事実だ、接近には注意するぞ」
走りながら全員に警告を促すが、先頭を走っている陽太は僅かに笑って見せていた
「中坊相手に警戒しすぎじゃねえのか?不意打ちだったんだろ?」
「確かに突然だったのもあるけど、俺らが不意打ちを食らわない保証はないぞ、お前だって能力発動前に一撃喰らえばひとたまりもないだろうが」
油断してんじゃねえぞと強く戒め、走りながら静希は地図を確認している
かなり移動して明利の索敵範囲もかなり広げつつある、時折明利と鏡花の作った石包みの種を陽太が放射状に投擲し続けてもいる
どれほど走っただろうか、唐突に明利が声を上げてその場に停止し目を瞑り集中しだす
その異変に気付き鏡花が、そして静希と陽太が止まる
「陽太君、十時の方向五百m先に投げて!」
「また随分と細かい指定だこと!」
陽太は能力を発動し大きく跳躍する
木々を足場にしながらその体は木々の高さを軽く超え投擲を邪魔することのない上空へと飛び出し、明利の指示通り十時の方角へと種入りの石を投擲する
高速で打ち出された種に意識を集中しながら明利は索敵を続ける
「見つけた・・・けど・・・気付かれたかも・・・」
「急ぐぞ!鏡花、火事にならないように頼む」
はいはい!と急いで能力使用の後始末をしながら静希達は全員で明利の見つけた目標へと走り出す
石を投げての索敵範囲の拡大は相手が人間だった場合気付かれる可能性がある
突然石が投げられてくれば不審に思うのは当然だ
自分が追われている立場なら何らかの能力のかかったものだと思うのは必然だろう
だが全く手がかりのない状況から一瞬でも位置を特定できたのはかなりの進展だ
相手に多少の警戒を与えたかもしれないがその程度で位置が分かれば安いものである
「陽太、もう一度言っておくけど接近する時は注意しろよ?」
「わかってるよ、そんで怪我も極力避けろ、だろ?」
わかってるならよし、静希はそう呟きながらトランプの中からスタンバトンを取り出して出力を調整する
逃走しているとはいえ、相手は能力者
だがそれでも中学生なのだ、余計な怪我をさせるわけにはいかない
確実に無力化させるために的確な武器をとりだしたのだが、相手の能力が不明な以上不用意に近付く訳にもいかない
ここは陽太の接近で威嚇してから鏡花の能力で拘束してそれから無力化するのがベストだろう
走りながらものを考えるというのはあまり経験したことがなかったが、なかなか辛いものだ
何せ頭に酸素が回らない、全身の筋肉が酸素を求めて呼吸を荒くするのに脳にまで酸素を供給している余裕がないと言っているようだった




