行動開始
「時間だ、行こう」
午前五時、周囲が明るくなり始めている、完全な日の出ではないものの、すでに照明などなくても問題なく行動できる程度に明るい
余計な荷物は持たず、全員が軽装で動きやすくしている
その中で雪奈だけは物々しい
腰には六本のナイフ、そして鞘に紐をつけ背負えるようにした日本刀を所持している
熊田も静希たちが見たことのない道具を腰につけ、黒い手袋をはめていた
上級生二人が装備を変えた途端に纏う空気が変わる
目つきは鋭く、呼吸と各装備の確認をしている、ただそれだけなのに静希達とは全く違う雰囲気を作り出していた
「おい、目標に糸は使うなよ?」
「わかっている、傷つけずに捕獲がベストだからな、自重しよう」
その様子を見て静希は戦慄する
戦闘面において雪奈の右に出る者はいないと思っていた、少なくとも接近戦では敵う者はいないだろう
だが熊田春臣、ただの索敵手で戦闘型ではないと思っていたがこの変わりようはどうだろう、雪奈と同じく戦いに対してのモチベーションの高さがうかがえた
「今回の作戦はあくまでお前たちがメインだ、こと捕獲に関しては私達は役に立てないからそれに関しては任せたぞ」
「あぁ、わかってる」
捕獲に関しても鏡花なら陽太を擬似生首にした時のように簡単に捕獲できるだろう
静希と明利もワイヤー付きナイフや明利の植物を成長させる力を上手く使えば捕獲は可能だ
「明利、目標の姿は確認できるか?」
「ううん、どこにもいないよ」
「なら各員地図を持って、明利のマーキングがされていない地区の捜索に入る、フェンスの場所から左右に分かれて捜索する、あと熊田先輩、これを渡しておきます」
カバンから無線を取り出して片方を熊田に渡す
「周波数は8.0に合わせておいてください、押した状態で話せばこれに届きます、効果範囲は千五百mです、もし何かあれば連絡してください、こちらも目標を確認次第連絡します」
「おぉ、型落ちのようだがなかなかいい無線じゃないか、承知した」
無線を腰につけ準備は万全
「それと陽太、できる限り能力は使うなよ、目標を確認した時だけ使用しろ、鏡花は陽太がもし周囲に炎を撒き散らしたら後始末を頼む、絶対に山火事にはさせないでくれ」
「わかった」
「任されたわ」
最後の諸注意も終えた、後はリーダーの言葉を待つばかり
「よし、それじゃあ行きましょう」
班長鏡花の声かけから全員が山に入っていく
ちょうど東側の山間から太陽の光が入ってくる瞬間のことだった
二手に分かれた静希属するチームと鏡花属するチームはそれぞれ地図を持ち、明利のマーキングの施されていない場所の捜索、獣の行動範囲はそれほど広くない
人の意志を失いかけている今のエルフの少女の行動は獣のそれと同じはず、それは木に残されたマーキングと四足獣特有の威嚇の姿勢のようなものが証明している
「それにしても、何であの子は暴走しちゃってるんだろうね・・・」
問題はそこだ
なぜあそこまでエルフが暴走するのか、能力により何らかの精神作用をかけられているのか、それとも薬でも打たれたか、どちらにせよ十日以上効力を保つような能力や薬など静希は心当たりがない
結果から過程や原因を考察することは悪いことではないと城島は言った
できるなら考えたいことでもあったが、時間が足りな過ぎた
それにエルフのことに関しては教員でさえ知らないことが多い、いや教えられていないことが多いと言った方が正しいかもしれない
「目標を捕縛すればわかるかもな、捕縛し次第、明利、あの子に異常がないか調べてくれ、状況によっては医療機関に搬送しなきゃいけないかもしれない」
「うん、わかった」
もし、人格を狂わせる薬が投与されていたのなら明利では治せない、十日以上も効力を発揮する薬物に対処するにはこの村では不備が多すぎる
静希班は山を散策しながらマーキングし目標の行動範囲を確実に減らす、対して鏡花班はマーキングの施されていない地点の中央部で熊田の能力を使い探索を繰り返していた
「にしても、今回俺とお前が組むことが多いな、嫌になるよ」
「それはこっちの台詞よ、でも仕方ないわ、静希の言うとおり、この組み合わせは合理的よ」
「あいつの指示は的確すぎるんだよ・・・」
仲の悪い二人は悪態をつきながらも探知を行っている熊田を護衛しながら周囲への警戒を怠らない
捜索を始めてから早二時間、山を移動しながらの行動は体力の消耗が激しい
適度に休憩を取りながらも移動していると陽太が顔だけ火をともらせて鏡花を驚かせる
「ちょっと何やってんのあんた」
「黙ってろ」
陽太の視線のずっと先
顔全体に火をともし、視力を強化した陽太ははっきりとらえていた
「熊田先輩、二時の方向、確認してくれないっすか?」
「あぁ、今確認した」
「なに?どうしたのよ」
未だ状況を確認できていない鏡花が二人に問うが、二人は笑うだけだった
「見つけたァ!」




